Mummy , My Dear

by さゆり

「ほらー」
 健が俺に林檎をくれた。
 健は林檎を食う時、必ずきれいに皮を剥いて、それから8等分して食う。スナックJに
誰かが土産に持って来てくれた林檎を見つけた健は、さっきから一心にナイフで皮を剥い
ていたのだ。およそ " らしくない " 奴のその姿に、俺は、
「ちぇ、女子供じゃあるまいし。男はこうやって食うんだ。」
 と、真っ赤な林檎をシャリリ、と丸齧りして見せた。
 甘くて、美味い林檎だった。
 「でも、この方が食べやすいだろ?」
 几帳面に剥いて、カットした林檎に何か特別の思い入れでもあるのか、健はナイフの先
に突き刺した一切れをしつこく俺の口元に勧める。仕方無しに俺がそれを唇で受け取ると、
優しい笑みを浮かべて、
「・・・ねえ、健、美味しい?」
 と、妙な事を言い出した。
 「おい、何を言ってるんだ、おまえ?」
 ふふ、と小さく笑って、健はもう1個、林檎を取ると、クルクルと慎重にその皮を剥き
出した。真っ赤な皮が一巻き、二巻き伸びた辺りで、健はその端を俺に持たせ、
「持っててご覧。さあ、どこまで長くなるかしら?」
 と、まるで女のような言葉遣いで言って、案外と器用な手つきで剥いていった。

 クルリ、クルリ・・・と、赤いリボンが伸びて行く。

「俺のお袋はとっても優しい人でね・・・」
 じっとそれを凝視めたまま、健が言った。
 でも、とっても身体が弱くてさ。」
「ああ、知ってる。俺達が一緒に暮らすようになった頃も確か入院してたんだよな。」
 うん、と健は微かな笑みを浮かべたまま、頷いた。
「病院に面会に行くと、それでも俺に何かしてくれよう、と思うんだろうな。辛いだろう
にきちんと起き上がって、いつも林檎を剥いてくれたんだ。こうして、『健、持っててご
覧。どこまで長くなるかしら?』ってさ・・・」

 クルリ、クルリ・・・と、伸びるリボンが2人を繋ぐ。

「お袋はいつも『健、何もしてあげられなくて、ごめんね。』って、そればかり気にして
たっけ。だからきっと、こんな事でも俺にしてくれたかったんだと思うよ。」

 クルリ、クルリ・・・と、伸びるリボンが心を繋ぐ。

「でも、俺はお袋が心配でさ。何もしてくれなくてもいい、って思って、俺、一生懸命、
林檎の皮剥きを練習して・・・」

 クルリ、クルリ・・・と、急にリボンが切れた。

 健は、ぶらん、と手から垂れたそのリボンをまだじっと凝視めたまま、
「『もう自分で出来るよ。』って、お袋に林檎を剥いて見せたんだ。そうしたら、お袋、
すごく寂しそうな顔してさ・・・『そう、じゃあ、もう母さんが健にしてあげられる事は
無くなっちゃったのね。』ってー。それから間も無くだったな、お袋が死んじまったのは
・・・」
 言葉が途切れた。俺は柄にも無く狼狽えて、千切れた林檎の皮を両手で繋げようとした
りしたが、当然のように無駄だった。
「ははは、何をやってるんだ、ジョー?切れちまったものが、くっつくわけ無いだろ。」
 健は笑いながらそう言うと、まるでまだ10かそこらの子供のように、握り締めた拳の
甲で、グイ、と乱暴に頬と鼻を擦った。それから目を上げて、俺を真直ぐに見ると、
「ガキって馬鹿だよな?親の気持ちなんか、これっぽっちも分かりゃしないで。」
 と、言いながら肩をすくめて見せると、残りの皮を手早く剥いて、サクリ、と林檎を半
分に切った。

 サクリ、とそれを半分に。
 サクリ、とまたそれを半分に。

 それはまだお袋さんと会う事が出来た頃の、健に " ちょうど " の林檎なのだろう。

「ほらー」
 健がさっきと同じように、きれいに皮を剥いて、8等分した林檎を俺の口許に差し出し
た。今度は黙って甘くて酸っぱいそれを口に中に収めて、俺は言った。
「うん、確かにこの方が食いやすいよな。」
と、健は " 何を言ってるんだ? " というような顔をして、真っ赤な林檎を取ると、
「いや、男はこうやって食うんだぜ、ジョー。」
 シャリリ、と小気味の良い音を立ててそれを齧ると、ニコッ、と笑った。


- The End -
 
 



Top  Library List