L' ARBRE DE NOEL (1)

by さゆり

クリスマス


 樅の木には星の飾りと赤いリボン。
 ジンジャーブレッドハウスには粉砂糖の雪と色とりどりのキャンディー。
 ご馳走には焼いた七面鳥と丸太に似せたブッシュ・ド・ノエル。
 窓の外には白い雪とスノーマン・・・

 いや、こればかりは温暖な気候のユートランドでは如何ともし難いな、と私はそれらを
眺めながら独り微笑んだ。例年通りにきちんとクリスマス用に飾り付けられた居間には、
しかし今年は誰もいない。
「そうか。いや、そうだったな」
 分かっていた筈なのに例年通り、早めに帰宅した私は久しぶりに静かなイブをゆっくり
と読書でもして過ごそうと、とりあえず部屋着に着替えると暖炉の傍のアームチェアに掛
けて読みかけの本を開いた。空腹になったらクリスマス休暇で帰省したメイドが用意して
行ってくれたご馳走を食べれば良い。シャンパンもきっと冷やしてある筈だ。そして、今
年はついうっかりと忘れてしまったが、来年からはもうクリスマスの準備は無用だと言っ
ておかなければ。
 そう、こうした習慣はあの子達がここへ来た年から始まったのだ‥‥。

 その頃、私は相次いで2人の少年の養父になった。1人は親友の息子でケン、もう1人
は偶然に出逢ったジョーで、奇しくも2人は同じ年齢だった。だが、同じなのは年齢だけ
で、ケンとジョーは育って来た環境の違いからか、正反対と言っても過言ではないほど性
格も物の考え方も異なっていた。しかし、普段はそれぞれの学校の寮で離れて生活してい
たので、いくら相容れない2人だと言っても特に困る事も煩わされる事も無かった。(勿
論、それぞれの学校から個別に連絡や苦情を貰う事はあったが−。)しかし、学校も冬の
休みに入り、2人が揃ってここへ帰って来る事になった。
 さて、と私は考えた。
 ケンの父親を奪っているのは他ならぬ私だ。しかも母親までが病に伏し、あの子は一緒
に暮らす事さえ出来ずに寂しい思いをしている‥‥。
 ジョーは気の毒な子だ。行き掛かりとは言え、両親を失った上に故郷へ帰る事も出来ず
にいるあの子の寂しさは如何ばかりであろうか‥‥。
 無論こうした諸般拠ん所無しと言う事情だけでも、まして軽々しい気持ちや一時の感傷
で2人の養父になった訳でも無かったが、日頃は研究や仕事に忙殺されて2人を顧みてい
る時間が無い事も事実だった。だから私はその分の埋め合わせがしたかったのだと思う。
私はこの子達がとても好きだった。だから何かしてやりたいと思ったのだ。
 うむ、そうだ。
「クリスマスを新しい家族で祝うと言うのはどうだろう?」
 子供はクリスマスが好きだ。パブリックスクールの学寮にいた私自身も、こうした折に
家へ帰るのは楽しかったように思う。私は自らの家庭を持たなかったが、妻子持ちの友人
や同僚もこの季節にはよく「たまには家族サービスしないと」などと言って結構いそいそ
と帰宅しているではないか。そうか、あれはこういう事だったのか、と私は独り頷くと、
まだ存命していた父母と家で過ごしたクリスマスはどんな風だったろうか‥‥?と、20
数年前の記憶を手繰りながら使用人にあれこれと指示したり、プレゼントを選んだりして
2人が帰って来る日を楽しみにしていた。

 そしてその日、異例とも思える時刻に庁舎を出て(「おお、博士もうお帰りで?これは
雪が降りますぞ!」と同僚には科学者とも思えぬ非科学的な事を言われたが−)急ぎ帰宅
した私を待っていたのは、プッと頬を脹らませたケンとフンッとそっぽを向いたジョー
だった。そして、生まれも育ちも違うと言っても同じ年齢の男の子同士だ、一緒に遊んで
いればすぐに打ち解けるだろう、などと暢気に構えていた私は2人の明らかに殴り合った
と思われるキズを見、自分の考えの甘さを思い知らされたのだった。
 一緒に遊ぶどころか、ケンとジョーは他所他所しい態度で互いに目も合わそうとしな
い。どうしたのかね?と使用人に訊ねてみると、どうやら原因は犬の事らしい。犬と言う
のはケンの父親の愛犬だったが、母親の入院を機に私がここで預かる事になった犬だ。非
常に大きく勇猛なジャーマン・シェパードだったが、訓練が行き届いており、幼いケンと
遊ばせても不安は無かった。とは言え、ギー(元々はギルバートだかギデオンだかと言う
立派な名前だったらしいが、幼いケンは口が回らず、いつの間にか「ギー」になってし
まった、と彼の父親は笑っていた)こうした番犬種には有り勝ちな排他的な性質も充分に
備えており、見知らぬ者には脅威以外の何物でも無い、と言った一面があった。
 昨年、怪我が治るまでの半年間をここで過ごしていたジョーがそろそろ庭へ出るほどに
回復した時、私はギーが彼を攻撃するのではないかと心配したものだ。しかし、ジョーは
苦も無くギーを馴らした。
(ジョー、犬が好きかね?)
(ああ、好きだよ)
 ジョーはギーの黒い背を優しく撫でながら穏やかな声で応えた。
(では、ギーの世話をしてくれるかな?)
 リハビリと情緒を安定させるための提案だったが、
(うん)
 と、ジョーは初めて子供らしい笑顔を見せて頷いた。
 そして、それから徐々に私にも心を開くようになってくれたのだが‥‥。

「それで?」
 困り顔の使用人に重ねて訊ねると、たまたま一足先に戻ったジョーがギーを抱きしめて
いるところへ、ケンが到着したのだと言う。途端にケンの顔色が変わった。
「ギーに触るなよ!それは僕の父さんの犬だぞ!」
 えっ、と驚くジョーの元から、「ギー、来い!」と呼び、尾を振って駆け寄った犬をケ
ンが叱ったらしい。と、今度はジョーが「この馬鹿野郎っ!」と血相を変えて飛びかかり
‥‥その後はもう取っ組み合いの大喧嘩になりまして−、と使用人は溜め息混じりに経緯
を語った。
「それはケンが悪いぞ。ケン、ジョーに謝りなさい」
 経験も予備知識も皆無だが、とにかく父親役を果たさねばならぬ。私は威厳を込めて
言った。だが、
「その必要は無い」
 と、それを遮ったのは意外にもジョーの声だった。

「謝るんなら、俺じゃなくてギーに謝れ」
 ジョーの言葉にケンはハッとしたように傍らで項垂れている犬を見た。彼の父親に似て
ケンはやたらと負けん気が強くまた強情な一面を持っているが、基本的には感受性豊かな
優しい子だし、とても賢い。自分の理不尽な仕打ちが犬を哀しませている事に気付くと、
大きな青い瞳を潤ませかけたが‥‥それでも悔しさを抑え切れなかったのか、キッと
ジョーを睨んで、
「ふんッ、誰が謝るもんか!」
 と、怒鳴り返した。
「こら、いい加減にしないか、ケン。さあ、ジョーに謝りなさい。それからジョーが言う
ようにギーにもだ。それに君は自分の非を自覚しているのだろう?それならば何をそんな
に意固地になって‥‥」
 言い聞かせながら、こんな時、彼の父親ならどうするのだろう?との思いが過る。彼の
父親は非常に厳しい男なので、例え相手が子供であろうと甘えや道義に悖る事を許しはす
まい。だから私も彼同様にしっかりケンを教育せねばならぬのだが、見ればケンはますま
す態度を硬化させてしまっている。正論を説いたところで無駄なのだろうか?尻を叩いた
方が早いのだろうか?‥‥やれやれ、と私は溜め息を吐いた。その時、項垂れていたギー
が突然ケンの傍を離れて植え込みの中へと消えて行った。
「あっ、ギー!」
「ヘッ、ざまあみろ。ギーはおまえなんか嫌いだってさ」
「そんな事があるものかぁ!」
 悲痛とも思えるケンの叫びに私は思わず言葉を失った‥‥そうか、ケンにもやはり解っ
ているのだ。解ってはいるがケンにとってギーは代え難い父親との絆なのだ。或いはギー
が寄せる愛情を得る事に叶わぬ父親のそれと重ねていたのかも知れない。だから、それが
自分よりも先にジョーに向けられていた事が我慢ならぬほど腹立たしかったのだろう。む
ろん、ジョーはそうした事情など知りはしない。彼は彼の正義感に基づいてケンの横暴が
許せなかっただけだ。

 だが、そんな気まずい状況を打開したのは他ならぬギーだった。
 ギーは植え込み中に転がっていたボールを探し出すと、今度こそは泣き出すのではない
かと言う顔をしているケンの元へ戻って来た。そしてボールを小さな手に押し付ける。
「ボールを投げてくれ」とギーが遊びに誘う仕種だ。途端にケンの顔に笑みが広がり、
「よーし、取って来い!」
 と、ボールを放ると忠実な犬は嬉しそうにそれを追い、鮮やかに空中でキャッチした。
だがどうした事か、それをケンではなくジョーの処へと運んだ。
「え?」「うん?」
 何の事か解らず、私も2人と一緒にギーのその不思議な行動に首を傾げてしまったが、
犬はボールをジョーの手に押し付けて盛んに「遊ぼう」と誘った。
「わかったよ、投げりゃいいんだろ」
 苦笑してジョーが投げたボールを咥えると今度はケンの処へ戻り、ケンが投げるとそれ
をジョーへ、ジョーが投げるとそれをケンへ、と渡し続けた。
「ちぇッ、あんな奴の処へ持って行くなよ」
「ヘン、あんな奴の投げたボールなんか取りに行くな」
 互いに憎まれ口を言い合っていたが、幾度目かに自分の元へやって来た時にケンは、
「ギー、ごめんな。僕が悪かったよ」
 と、哀しくなるほど真剣な顔で言って頭を撫でた。犬が尾を振ってそれに応えるのを見
ていたジョーはフッと口元を綻ばせると、それから2人はもう何の屈託も無く、
「いいぞ、ギー!ほら、今度は高ぁーいフライだぞ」
「おー、すげえな、ギー」
 ギーと一緒にその変則的なキャッチボールに夢中になって興じ出した。
 犬に教えられた気がして、なるほど、と私は頷いていた。
 いくら頑張ったところで実の親になれる訳など無く、また2人は、いや私も含めて、私
達はそれぞれに人格も背景も思いも異なる人間なのだ。家族になろうなどと言う烏滸がま
しい押し付け以前に、私達はまず互いを、そして互いが求めるものをよく理解する必要が
あったな、と私は苦笑した。
 一途な優しさで愛するものを守ろうとしたジョー、
 誰にも言えぬ父親への一途な思いに縛られたケン。
 ギーのように、私にはその両方を尊重してやる事が出来なかった、
 ギーのように、私には2人に笑顔を取り戻す方法が解らなかった。
 ギーのように、私とてケンとジョーが2人とも大好きなのに‥‥。

「ははは、偉いな、ギー」
 おいで、と手招くと犬は私の手にボールを渡した。よしよし、と大きな耳の辺りを撫で
ていると、
「博士が投げたら、ギーは誰にボールを持って行くんだろう?」
 とケンが言い出した。さあ?とジョーも首を傾げる。
「決まっている。ギーは私にボールを持って来るさ」
「本当に?」
「どうかな?」
 ギーを預かる際、私は飼育書をはじめ犬に関する一応の文献には目を通していたから、
群れを形成する動物である犬は社会性が高く、その行動学上、順位が上位のものや年長の
ものに従うという習性がある事を識っていた。つまり大人と子供ならば大人の方が絶対に
有利だという事だが、実験した事は無い。しかし、もしセオリーが覆されたならば、それ
はそれで私は彼らの「良き上位者」では無かったという自省の機会にもなる。
「ならば実証して見せよう」
 行くぞ、と私は力一杯ボールを放った。
 枯れた芝草を蹴散らしてギーが猛然と走り出す。
 そして‥‥

 私達はきれいにクリスマスの飾り付けが済んだ居間の絨毯の上に這いつくばって、ガラ
スの破片やら木片やらを拾い集める事となった。何故ならば、私が投げたボールが窓ガラ
スを割ってしまったからだ。しかし、実験の結果は満足の行くものだった。ギーはボール
を追って果敢に窓から居間へ飛び込み、見事回収したボールを私の元へ運んで(つまりこ
の往復が被害を大きくしたのだが)来たのだ。
「ひどいや、博士。窓枠まで滅茶苦茶に壊れちゃってるよぉ」
 被害状況を報告しながらもケンはケラケラと遠慮無く笑い、ジョーもクックッと笑いを
噛み殺している。ギーにはパッドを切らぬよう廊下で待機するよう命じて2人にも、
「巫山戯ていると破片で手を切ってしまうぞ。気をつけなさい」
 と、注意を与えたが、
「すごかったなぁ!僕、こんなに派手にガラスが割れたの見たの初めてだ」
「ああ、俺もだ」
「こんな大暴投を見たのも初めてだよ」
「プッ‥‥」
 などと、彼らは犬ほど私の命令に従う気はないようだった。しょうのない子達だ、怪我
をするぞ、と重ねて注意してから、私はイブに気の毒だとは思ったが修理の依頼をするた
めに受話器を取った。
「もしもし、南部だが、居間の窓ガラスを割ってしまってね。申し訳ないが‥‥」
 と、その背に、
「ジョー、さっきはごめん」
 そう小さく謝るケンの声が聞こえた。照れてしまったのかジョーの返事は聞こえなかっ
たが、ジョーの事だ。きっと笑顔で頷いたに違いない。私はそう確信して背を向けたまま
改めて、やはりこの子達がとても好きだぞ、とそっと微笑んだのだった。


「ははは、あの時のイブの食事は寒かったな」
 懐かしい思い出にそう笑った時、件の窓ガラスにコンッと何かが当たった。
「うん?」
 何だろう?と立ち上がった私はそこに思いがけない姿を発見して大急ぎで窓を開けた。
「ケン!ジョー!こんな処で何をしているのかね?」
「メリークリスマス!南部博士」
「メリークリスマス!博士」
 2人はそう挨拶すると、揃って少し含羞んだような笑顔を見せた。
「ああ、メリークリスマス。でもいったいどうしたと言うのだね?イブの夜だと言うのに
‥‥」
 ええ、ですから、とケンが微笑んだ。
「クリスマスはやはり " 家族 " で祝いたいとジョーが言うものですから−」
「おい、ちょっと待てよ、ケン。言い出したのはおまえだろ?」
 何を言うんだ、おまえだろ?いや、おまえが、と仲が良いのか悪いのか、息が合ってい
るのかいないのか、さっぱり解らない相変わらずの2人に私は、
「さあ、入って来たまえ。ご馳走が出来ているよ、シャンパンを開けよう」
 と、微笑んだ。

 私達 " 家族 " は、あれから幾度のクリスマスを共に過ごしたのだろう?
 楽しい事も可笑しい事も、また哀しい事や辛い事もあった。
 そして、私達はこれから幾度のクリスマスを共に過ごせるのだろう?
 しかし、私はまた来年もクリスマスの準備を整えておこうと思った。
 とても好きなこの子達のために‥‥。

 樅の木には星の飾りと赤いリボン。
 ジンジャーブレッドハウスには粉砂糖の雪と色とりどりのキャンディー。
 ご馳走には焼いた七面鳥と丸太に似せたブッシュ・ド・ノエル。
 メリークリスマス、メリークリスマス。
 聖しこの夜‥‥。


- THE END -



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