L' ARBRE DE NOEL (2)
- When Wolves Cry -

by さゆり

クリスマス


 樅の木には星の飾りと山と積まれたプレゼント。
 ジンジャーブレッドハウスには粉砂糖の雪と色とりどりのキャンディー。
 ご馳走には焼いた七面鳥と丸太に似せたブッシュ・ド・ノエル。
 窓の外には白い雪とスノーマン‥‥。

「どうだ?」
 そう訊ねた俺に、
「へぇ、すごいな!」
 ケンは素直に嬉しそうな顔でそれらを眺め、それからゆっくりと俺を見た。ケンの青い
瞳は確かに笑っているのだが、それでいていやに真剣な、いやに他人行儀な色をたたえて
いた。
「どうした、ケン?何か気に食わないところでもあるのか?」
 いいや、と答えながらケンはじっと動かない瞳で俺を見つめ、それから、
「約束のクリスマスだな、ジョー」
 と、口元を綻ばせた。
 そう、
 −クリスマスまで−
 それが俺達2人の約束だった。


 何もかもが終り、何もかもが元通りになって、俺達は待ち望んだ安息と自由を掴んだ。
しかしただ一つだけ元通りにならぬものがあった。そう、ケンの身体だ。
「仕方が無いさ」
 透き通るような笑顔でケンはそう言った。地球の平和を守り抜いたのだ。それにおまえ
達も死なずにいてくれたのだ。だからもう思い残す事は何も無いのだ、と。
「ジョー、人はいつかは必ず死ぬ。早いか遅いかの違いはあっても、それは大して重要な
事ではない。俺が生きた人生は確かにあまり長くは無かったかも知れないが、でもとても
いい人生だったさ。だから−」
 哀しまないでくれよ、とケンは微笑んだ。ああ、と如何にも物が分かった風に頷いて、
俺は何も言わずにケンを胸に抱きしめた。そして胸の中でだけ、
 −馬鹿野郎、何が「哀しまないでくれ」だ、「思い残す事は無い」だ。−
 −勝手なんだよ、おまえは‥‥。−
 そんな言葉を繰り返し繰り返し叫びながら、だが俺はそれを口に出しはしなかった。
 そう、
 −言えば、おまえがもっと辛くなるから−

 夏が行き、秋が来て、日に日に空が高くなって行く頃の事だった。
「えっ、退院するって?」
 ああ、とケンは嬉しそうな顔で頷いた。
「だって、おまえの身体は‥‥」
 もう手の施しようが無いんだろ?とはまさか口には出来なかったがISO医局のお歴々
から何度もそう聞かされていたし、それにおまえ自身も‥‥と、俺が眉根を寄せたのを見
たのだろう。ケンは、ああ、違うんだ、と笑った。
「良くなった訳じゃないんだ。いよいよ俺の身体はもうどうにもなりゃしないんだそう
で、こないだ主任が『何か希望はあるか?』と訊いてきた。だから俺、『家へ帰りた
い』って言ったのさ」
 主任の奴、渋ってたがね。でも許可してくれたよ、とケンは片目を瞑って見せた。
「そんな無茶な!ケン、おい、よく考えろよ。ここにいてさえ大変なのに−」
「だから、さ」
 どこにいたって苦しいのは一緒、もうすぐ死んじまうってのも事実。それならば、俺は
家へ帰りたい。家へ帰って、ジョー、おまえと‥‥
「俺と?」
「そうだ。な、ジョー、すまないが俺につきあってくれないか?」
 −つきあうって、じゃあ俺に最期を看取れってのか?−
 −勝手なんだよ、おまえは‥‥まったく−
 だがここにいたところで、俺はケンの臨終にはきっと駆け付けちまうのだろうし、奇跡
でも起きてケンが100までの寿命を取り戻したとしても、並の人間よりはサイボーグの
俺の方が長らえちまうのも事実だ。だから俺は、
「ちぇ、嫌な役回りだがしょうがねえや、つきあってやるぜ」
 と、渋い顔のまま頷いた。

 だが、ケンの言う「家」に着いた時にはさすがの俺も些か驚いた。俺は当然のようにあ
の崖の上の別荘だと思っていたし、いや、ISOも医局もそう思っていたからこんな無茶
な " 希望 " に応じたのだ。何せあの別荘は私邸とは言えISOが大いに関与していた
し、ケンの治療に必要な設備も整っていたからだ。
「ほら、いい処だろう?」
 請われるままに半ば逃避行のようにしてやって来たログキャビンの窓から、見ろよ、と
自慢気に振り返ったケンが言う通り、そこは確かに美しい処だった。
「ああ、いい処だな。だけど、ケン、なんでこんなホントワールの山の中のログがおまえ
の家なんだ?」
 ふふっ、と小さく笑ってケンは、
「ここは俺の親父の隠れ家だったのさ。それに−」
 あの別荘へ帰ったんじゃ、おまえと2人きりになれないじゃないか。俺はおまえと‥‥
 俺の唇にケンの唇が触れ、
「こう‥‥したかった‥‥んだ」
 啄むような接吻けの合間の思いがけない告白に、俺は初心なガキのように目を丸くして
ただそれを受け止めていた。
「ジョー、思い出せよ。おまえ、俺にこうしてキスしてくれたじゃないか?」
 ケンの熱い舌先が歯列を越えて、俺の舌を優しく弄るのをジッと受け止めていると、
「俺の口、薬くさいか?」
 唇を離したケンが小首を傾げてそう訊ねた。
「いや、そんな事は無えよ」
「ふふふ、おまえの口は甘いな。あの夜もそう思ったけど−」
 そうしてまたケンの舌が味わうように俺のそれに触れ‥‥
「‥‥ケン」
 俺は身体の奥底がじんわりと燃え出すようなその独特な感覚に酔った。
 酔って、ケンの背を抱いて、差し出されたその柔らかい唇を貪った。
 あの夜以来、久しく感じた事の無い歓喜と恍惚の予感が俺の身体を震わせた。
 −あの夜、俺は何をした?なぜ、ケンを抱き寄せて唇を重ねた?−
 −よせ!と振り払ったクセに‥‥勝手なんだよ、おまえは−
 本気なのか?何故なんだ?と訝しむ俺自身の声から耳を塞いで、俺はケンをさらに強く
抱きしめた。


 抱きしめて、抱き上げて、ロフトへの階段を駆けるように上って、さっき解いたばかり
の荷物に囲まれたベッドに倒れ込む。セーターとシャツを一緒くたに毟り取って、
「あん時みたいに「よせ」って言っても、今度はよさないからな」
 と、何だか馬鹿にドスが利いた声で言うと、可笑しそうに笑いながら、
「ああ、今度はよさないでくれ」
 そう答えたケンは動かない瞳でじっと俺を見つめ、それから、
「ジョー‥‥」
 囁くように俺の名を呼んだその声と重ね合わせた唇が少し震えていたのを憶えている。
だがその後の事は断片的にしか記憶していない。

 その瞬間に「−痛ッ」と眉を寄せて、ケンが身体を強張らせた事と、
 驚いて覗き込んだその青い瞳から、透き通った涙が零れ落ちた事と、
 数え切れぬほど互いの唇を求め合い、熱い舌と息を絡め合った事と、
 そして、もう失くしていた筈の俺の愛をケンの中へ注ぎ込んだ事と‥‥

 すべてを鮮明に記録する優秀なメモリーチップも、こうした本能的な行為は捉えないも
のなのだろうか?‥‥何か妙だな、と俺は直感的に思った。だが、今は何も考えずに、心
地良く弛緩したこの心と身体を互いに寄せ合っていればいいさ‥‥そう思い直して腕の中
で静かに目を閉じているケンの額に接吻けた。
「ジョー‥‥」
 と、また囁くようにケンが呼んだ。ん?と応えてもう一度、今度は軽く開いたその甘ら
かな唇に接吻けを贈ると、合わせたままの唇がゆっくりと微笑み、ケンは長い睫毛を上げ
てまだ艶やかに濡れている瞳を俺に向けた。
「やっとひとつになれたな」
「やっと?へン、前は無下に突き飛ばしやがったクセに−」
 よく言うぜ、と鼻に皺を寄せて言ってやると、ケンは「ふん、悪かったな」と鼻に皺を
寄せ返し、だってあの時はどうしておまえが俺にキスなんかするのか、俺を抱こうとする
のか分からなかったんだ、と言った。
「でも、今なら分かるぜ」
「ちぇ、ケン、相変わらず勝手な奴だな、おまえは」
「ふふふ、ハッピーバースディ、ジョー。ちょっと遅れちまったけどさ」
「なんだ、誕生日のプレゼントだったのか?だってもう明日は12月だぜ」
 ああ、そうだな。ま、許せ、とケンは笑った。
 遅れた理由はふたつあった。ひとつはケンの容態が悪化したためで、もうひとつは俺も
忙しくなってしまったためだ。大戦を経たばかりの世界はまだまだ不安定だったし、他の
者はいざ知らずサイボーグの俺はISOを離れる訳には行かない事情もあって、治安維持
活動(という名目の戦闘)に借り出される事もある。仕方が無えさ、と言う俺をケンは
ベッドの上から哀しそうな目で見ていた。

 12月に入るのを待っていたかのように、翌日から雪になった。
「もう春まではずっと白銀の世界さ」
 すっぽりと空を覆い尽くす、少し灰色を溶かし込んだような白くて厚い雪雲から絶え間
なく、そして音も無く舞い落ちる無数の白い切片を眺めながらケンが言った。
「なあ、いつまでここに−」
 訊きかけて、俺は途中で言葉を飲み込んだ。
 答えはひとつしか無い。そう、ケンが死ぬまで、だ。
 確かにケンはもういつ死んでも不思議では無い、というところまで来ているらしい。食
事らしい食事も取らないで、薬ばかり飲んでいやがる。だが、俺の目には‥‥これも大い
に不思議なのだが、ケンは医局のベッドにいた時よりも元気そうに見えた。だから、つい
馬鹿な事を訊いてしまったのだが、
「クリスマスまで、だ」
 と、ケンはきっぱりと明確な日にちを言った。
「クリスマス?クリスマスに何かあるのか?」
「救いの御子が生まれて、東方から学者達がやって来るんだろ?ジョー、おまえ、クリス
チャンのクセにそんな事も知らないのか?」
「いや、それはそうだが‥‥それとおまえとどんな関係があるってんだよ?」
 ケンはそれには答えなかった。だが、
「それまで俺は死なない。約束する、きっとおまえとクリスマスを迎えてみせるぜ」
 と、これもきっぱりとした口調で言った。
 −じゃあ、クリスマスが過ぎたら、おまえは死んじまうのかよ?−
 −勝手なんだよ、まったく‥‥おまえは−
 そう思ったが、俺はただ「よし、約束だぞ」と頷いてやった。あと24日、それが長い
のか短いのかは分からないが、ケンが最後に望んだ日々だ。ならば出来得る限りの事をし
てやろう、と俺は思った。ケンのわがままをすべて聞いて、ケンが望むすべてを叶えてや
ろう、と‥‥。


 白い雪に埋もれて行くログキャビンで、俺とケンは静かな日々を送った。
 不思議なほど具合が良かったとは言っても、それはもはやこれまで、という状態に陥ら
ないというだけの事で、依然ケンが日々弱って行く事に変わりは無い。幾度かは倒れ伏
し、約束のクリスマスを待たずにもうこのまま逝ってしまうのではないか?と、俺はその
枕辺に座って、昏々と眠り続けるケンの冷たい手を握り続けたが、それでもケンは奇跡の
ように目を開き、
「ジョー‥‥」
 と、優しく微笑んで俺に接吻けてくれた。
 そして調子が良い時には、ケンはあれこれと色々な事を沢山喋った。
 子供の頃の夢、父母との思い出、俺と過ごした頃のこと、飛行機のこと、
 感銘を受けた本の話、好きだった女のこと、食べ物やスポーツのあれこれ‥‥
 それらはみな他愛のない話ばかりだったが、考えてみれば俺達はお互いにそうした当た
り前の話をあまりしなかったように思う。
「ずっと一緒にいたのにさ、俺達ってお互いの事はあまり知らないんだよな」
 と、約束の日まで、別離れるまで、その埋め合わせをするかのようにケンは様々な話を
したが、共に戦い、別離れ、また戦友となった日々は決して話題にしようとしなかった。
 語り合い、笑い合い、そして求め合い、愛し合って、俺達は暮らした。
 哀しくないと言えば嘘になるが、それでも幸せな毎日だった。
 ただひとつ不思議だったのは、眠ってしまったケンの傍らでついさっきその唇が囁いた
言葉を、悩ましく美しく仰け反らせたその白い裸身を思い返そうとしても、また、樅の木
を飾るオーナメントを古い木箱から引っ張り出しながら2人で何をあんなに笑ったのかを
思い出そうとしても、やはり断片的な記憶しか無い事だった。
 −ロクでなしのメモリーチップがイカれたか?−
 −ちぇ、しょうがねえな、この肝心な時に、よ−
 ケンのすべてをせめて憶えていたいのに‥‥と、俺は舌打ちしたがこのログキャビンに
は年代物のラジオと無線機があるだけで、どうしようも無かった。

 日々はあっと言う間に過ぎて、ケンの細くなった指がクリスマスまでの12日間の小窓
を開けて行く。この小窓がすべて開いた時、ケンは逝ってしまうのだろうか?いや、そん
なにはっきりと残りの日数が分かる訳は無い。恐らくケンは「最後のわがまま」に区切り
を付けるためにクリスマスまで、と言ったのだろう。それならば‥‥と、俺はケンが医局
へ戻って1日でも長く生きる事に微かな希望を繋いだ。ケンにとってはまた辛い日々かも
知れないが、ISOもフェニックス・プランとか言う新しいケンの治療計画を打ち出した、
と聞いたし‥‥。

「ジョー、七面鳥とケーキはどうしよう?」
 いよいよ明日はイブという時、ケンが訊いた。
「ははは、地下の倉庫にはないのか?」
 このログキャビンの地下にはかなり大きな倉庫室があって、食料や薪や様々な物がまる
で魔法のポケットのように揃っていて、RI隊の隠れ家だったというだけあって相当量の
武器弾薬までが備蓄されていたが、ケンは「いいや」と頭を振った。
「ツリーの飾りやクッキーの粉はあったけど、さすがに七面鳥はいないみたいだ。幸い雪
も止んでるし、麓の町へ買い出しに行って来てくれないか?」
 俺に出掛けろって?ケンがこんな事を言い出したのは初めてだった。
 何だか胸騒ぎがした。だが、
「ケン、ひとりで大丈夫なのか?」
 と、問うと、ああ大丈夫さ、とケンは頷いて、それから俺の耳に唇を寄せて、あのな、
オリーブオイルも無くなっちまったんだ、と囁いた。
「あれが無いと痛い」
「ば、馬鹿野郎っ!」
 俺がマジに心配してんのに、おまえは−、と尻を叩く真似をすると、ケンは、俺だって
マジで痛いんだ、と舌を出した。まったくおまえは、と思わず噴き出しちまった俺は四輪
駆動車で麓へと向かった。
 雪が積もった狭い山道は快適とは言い難かったが、いつだってクリスマスの買い物は心
弾ませる。そうだ!プレゼントも用意しなくちゃ。シャンパンとそれから−
「おっと、オリーブオイルだ」
 あいつに相応しくエキストラバージンだな、と俺は馬鹿な事を考えながら町外れの教会
を過ぎ、町へと下りて行った。

 そしてイブの夕べがやって来た‥‥

 樅の木には星の飾りと山と積まれたプレゼント。
 ジンジャーブレッドハウスには粉砂糖の雪と色とりどりのキャンディー。
 ご馳走には焼いた七面鳥と丸太に似せたブッシュ・ド・ノエル。
 窓の外には白い雪とスノーマン‥‥。

「どうだ?」
「約束のクリスマスだな、ジョー」
 そう、
 −クリスマスまで−
 それが俺達2人の約束だった。
「メリークリスマス、ジョー。ありがとう、楽しかったぜ」
「ケン‥‥」
 ゆっくりと微笑んだケンは天使さながらで、俺は胸が詰まって何も言えなくなっちまっ
た。抱きしめて、思いの丈を込めてその唇に接吻けて‥‥と、フイに聞き慣れぬ、いや聞
き慣れた、か?ジェットヘリの爆音が耳に飛び込んで来た。
「何だ?いったい−」
 ケンはキッと表情を引き締めると、だがいやに落ち着いた様子で、
「来やがったな」
 と、低く呟いた。おい、何が来たんだよ、と問う俺に、見てみろよ、とケンはドアを開
けた。森の中のログキャビンにはまったく似つかわしくもない最新式のジェットヘリが着
陸しており‥‥
『ケン!ずいぶん探したよ。約束の日だ。さあ、来なさい』
「フンッ、やなこった!」
 スピーカーの声にケンは即座に怒鳴り返した。
「おい、ケン、ISOからの迎えじゃないのか?なぜ行かないんだ?」
 思い残す事は無いんだろう?だったら可能性に賭けろよ!と迫った俺にケンは、
「違うんだ、ジョー。フェニックス・プランと言うのは治療計画じゃない。俺をサイボー
グとして甦らせる計画なんだ」 
「な、何だって!?」
 救いの御子?ハッ、悪い冗談だぜ。俺なんざ悪魔にしかなれん、とケンは毒づいた。も
うISOは南部博士が率いていた頃のISOじゃない。強大な軍事力と恐怖によって世界
を統べる事しか考えていないんだ。そのために必要なのがおまえと俺、そう、ヒトの心を
持たぬ戦闘用強化サイボーグの特殊部隊なのさ。
 あっ、と俺は思わず声を上げた。
「そう言やメモリーチップが‥‥くそ、あいつら何かいじりやがったな」
 恐らく情緒や感情に関連する記憶回路だ。ちきしょう、ヒトらしい部分を徐々に削除し
て行く気だな、と俺は唸った。
「ケン、逃げよう!」
 駄目だ、とケンは頭を振った。
「ジョー、ヒトは一月近くロクに物も食わずに生きては行けないよ。俺の体内には既にお
まえと同じエネルギーセルが‥‥」
「嘘だろう?ケン、そんな、おまえ‥‥」
 だが、それももう限界だ。一刻も早く本格的なサイボーグ手術を受けなければ、俺はも
う保たない‥‥しかし、とケンは顔を上げてきっぱりと言った。
「ジョー、俺はサイボーグになるのが嫌なんじゃない。だが、俺が生き延びる事で屍とな
る地球は見たくない。分かってくれるだろ?ジョー」
 おまえなら、おまえだけは、とケンは透き通るような笑顔を見せた。
 それは俺が全身全霊を込めて愛したケンの強くて美しい笑顔だった。


 樅の木には星の飾りと山と積まれたプレゼント。
 ジンジャーブレッドハウスには粉砂糖の雪と色とりどりのキャンディー。
 ご馳走には焼いた七面鳥と丸太に似せたブッシュ・ド・ノエル。
 窓の外には白い雪とスノーマン‥‥。

 あれから幾度、クリスマスが巡って来たのだろう?
 俺は生き延びた。
(ケン、死ぬ時は一緒だ。俺もここで−)
 いかん、とケンは微笑んだ。思い残す事が無いなんて嘘だ。ジョー、俺だってもっと
もっと生きたい。生きて、博士が築こうとした本当の平和を、俺達が命懸けで守ったこの
地球に‥‥
(ジョー、頼む。生きて、俺の望みを叶えてくれ)
 −勝手なんだよ、ケン。おまえは‥‥まったく−
 だが俺は生き延びた。生きて俺はここにこうしている。

「長官、トール市長とビッタ神父がお見えです。そろそろ教会でミサを−」
「ああ、今、行く」
 分刻みのスケジュールにはさすがの俺も些か参るが、なに人一倍身体は丈夫だ。さて、
行くか、と、あの日と変わらぬ美しいホントワールの山々が見えるログキャビンの窓から
離れた俺は、ふと懐かしい室内を見渡した。
 おまえを抱いて駆け上がったロフト、語り合った暖炉の前のカウチ、
 年代物のラジオに古い無線機、万感の思いを込めて振り返ったドア、
 樅の木の星、ジンジャーブレッドハウス、ご馳走が乗ったテーブル‥‥。

(約束のクリスマスだな、ジョー)
 そう、
 −クリスマスまで−
 それが俺達2人の約束だった。
(メリークリスマス、ジョー。ありがとう、楽しかったぜ)
「メリークリスマス、ケン。もうすぐおまえの望みを叶えられそうだぜ」
 と、俺はひとり静かに微笑んだ。


 Merry, Merry Christmas ! to All.....



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