THE PLEDGE

by さゆり


- Homage to The " F " & The Equation of Cerulean Blue -

「・・・・・」
 モニタの中に浮かんだスキャン画像が、至極あっさりとあいつの病状の進行を物語る。
 俺は言葉も無いまま、それを眺めて溜め息を吐いた。
「我々も努力はしているんだがね。如何せん、進行を止める手立てが見つからないんだよ。
もう打つ手が無いと言うべきかな。だが、ケンを苦しめていた疼痛は−」
「ドクター・カイン」
 え?とフレームレスの薄いカラーグラス越しにドクターが俺の目を見た。
「あと、どのくらいだ?」
 ドクターは一瞬、信じられぬと言うように目を見開き、それから何か不吉な物を見た人
のように慌ててスッと視線を逸らした。
「はっきり言ってくれないか?俺にも予定ってものがある」
 そう・・・と口籠って、それからドクターは、
「あと1週間か10日、保って半月ってところだろうと思う」
 そうか・・・と頷いて、それで俺は肚を決めた。
「ケンに会って行ってもいいかな?」
「ああ、もちろんだとも。だがね、果たして君が解るかどうか、それは保証出来んよ」
 俺はもう一度頷き、通い慣れたガラスの柩への通路をドクターと並んで歩いて行った。
「ところでマーズ・エクスプローラー計画の成功、おめでとう。火星はどうだった?」
「つまらねえ所さ。何も無いし、それに・・・」
「それに?」
「空が青くない」
「ははは、ジョー、そりゃ面白い感想だな」
 ドクターは珍しく声を立てて笑った。気の利いたジョークだと思ったのかも知れないが、
俺は冗談を言ったつもりはなかった。俺にとって空は、やはり青くなければならないのだ
から・・・


 長い通路の先、幾つものセキュリティチェックやら隔壁やらの奥にケンは隠されている。
「ケン!」
 最後のドアが開くなり俺は、ベッドに半身を起こしていたあいつを呼んだ。
「帰って来たぜ、ケン。あいにく土産は無えけどな。」
 赤い空を睨みながら恋焦がれた青空の色をした瞳が俺を見上げ、にこり、と微笑んだ。
「おや、珍しい。ケンが反応したよ。ジョー、やはり君のことは解るのかな」
 ドクターはそう言ってくれたが、ケンは応えた訳でも俺が解った訳でもあるまい。偶然
だろう。だが心優しいドクターがそう言ってくれたのだ。敢えて逆らう事はあるまい。
「ああ。俺のことは忘れやしねえよな、ケン」
 だから俺は笑顔でそう言い、白いパジャマの肩に流れる焦茶色の髪をそっと撫でた。
 さてと、あと1週間か10日、保って半月か・・・
「ドクター・カイン、ケンを引き取りたい」
「ちょ、ちょっと待ってくれよ。引き取るって、どこへ?」
「博士の別荘だ。あそこならある程度の設備もあるし、ここからそう遠くないから、ケン
も耐えられるだろう」
「南部博士の別荘へ?でも、引き取ってどうするつもりなんだ?第一、ケンをここから出
す許可が下りるとは−」
「許可なんざ、どうでもいいこったぜ。ドクター、じゃこうしよう」
 俺は笑顔のまま、ドクターの胸ポケットから洒落た銀色のペンを抜き取ると、その先端
を彼の喉元に突きつけた。
「素手でもいいんだが、証拠が残らないからな。俺が「殺すぞ」と脅してケンを奪い去っ
たと言う事にすればいい。このペンには俺の指紋がバッチリ付いたし、まあ、誰でも納得
するだろうぜ」
「ジョー!何故だい?何でそんなにまでして、ケンを連れて行きたいんだい?」
「ケンとの約束なんだ」
「どんな約束だが知らんが、立派な犯罪だ。いくらマーズ・エクスプローラー計画唯一の
アストロノートだと言ってもただでは済まないぞ。ケンの主治医として、私は・・・」
 ドクターはそこで口籠ると、俺達のこの騒ぎにも何の関心も示さずに、独りどこか遠く
を凝視めたままの青い青いケンの瞳を哀しそうに見遣った。
「さっき、主治医としてもう打つ手が無いと言ったのはドクターだぜ。クサイ芝居だが、
協力しちゃ貰えないか?で、ついでと言っちゃ何だが、ケンの薬を−」


「さあ、ケン、懐かしの我が家だぜ」
 俺はブランケットにきっちりと包んだケンを片腕に抱いたまま、灯りを点けた。青い瞳
が2度3度と瞬いたが、それも眩しいという生理的な反応でしかないのだろう。自己満足
という語彙が脳裏に浮かび、俺は思わず苦笑した。いいさ、それでも・・・ここは紛れも
無くケンと俺が育った家であり、俺達の故郷だ。だからこそ父親だった南部博士はここを
俺達に遺してくれたのだ。ケンに残された時間はもうあまり長くない。せめて思い出の家
で過ごさせて何が悪い?・・・と、俺は開き直ったように自分に言い返して、ことさら明
るい声で言った。
「おまえ、ずいぶん軽くなっちまったな。何も食って無かったんじゃねえのか?」
 窓の側のベッドに降ろしてブランケットを解いても、ケンは相変わらず関心が無さそう
な顔つきをあまり変えず、僅かに周りを見回しただけだった。
「憶えてるだろ?ガキの頃、俺とおまえが使ってた部屋さ」
 壁には幾枚ものジェット機とスポーツカーのポスターが、ケンと俺の憧れを乗せたまま、
あまり色褪せる事も無く並んでいる。それらをぼんやりと凝視めたままの痩せた背にクッ
ションを当ててやってから、俺は「待ってろよ」とウインクしてキッチンへ行き、予め買
い込んであったアイスクリームだのチョコレートムースだのを取って来た。
「ほら、おまえの好きなものばかりだぜ」
 ケンは甘い香りの好物を見ようともしなかったが、俺はスプーンを取ってあいつの口元
に運んだ。銀のスプーンが唇に触れると僅かに口を開く。少し上を向かせて舌の上に乗せ
てやると、ケンは素直にそれらを飲み込んだ。
「ふふふ、美味いか?たくさん食えよ」
 美味いか不味いか以前に食欲など無いのだろうし、単なる嚥下反射なのだろうがケンは
為すがままに俺が口に入れた物を何でも飲み下す。駄目だぞ、好き嫌いしちゃ。すっかり
痩せちまったじゃないか・・・と言いながら、俺はケンの唇にスプーンを運び続けた。と、
その唇がゆっくりと微笑み、溶けたクリームが顎へと零れた。
「おっと−」
 それをナプキンで拭いてやると、ケンはいやいやをするように小さく首を振った。初め
て示した意思を伴った反応に俺は手を止め、唇でも傷めたかと覗き込んだ。すると、
「あ・・・」
 ケンが小さく声を上げた。なるほど、ケンは口元を拭われる事を嫌がっているのではな
く、青い瞳が見ている先を俺の身体が遮ってしまう事に抗議しているらしい。いったい、
何を見てるんだ?おまえ・・・慌てて振り返ってその視線の先を追う。
「これか!」
 そこにあったのは炎の赤に縁取られた青い不死鳥−ゴッド・フェニックスだった。まだ
実際の機体など無く、設計図から起こしたこのラフスケッチだけしか存在しなかった俺達
の不死鳥・・・いや、それに乗るなんて事も知らなかった頃に貼ったものだった。思わず
抱き上げて、ケンをそのスケッチの前へ連れて行くと、ケンは瞳を輝かせ・・・指を伸べ
て不死鳥に触れ・・・この上も無いほど幸せそうに笑った。
 それは穢れを、涙を知らぬ頃のケンの笑顔だった。天使さながらに無垢で透明な−
「ははは、ケン、おまえ、これを見てたのか」
 眩しげな思いで憧れ続けたケンの懐かしい笑顔を見ながら、俺もいつしか笑っていた。


 ケンはスプーンで口に入れてやったものなら何でも食べてくれたし、バスを使わせるの
も着替えをさせるのも、この位の重量などは苦にもならない俺にとって、確かに手は掛か
るがそう大変な事では無かった。しかし、一つだけ辛い事があった。それはドクターに用
意して貰った細胞代謝賦活剤やその他数種類の薬剤を投与する時だった。
 俺はパジャマの袖を捲り上げ・・・すっかり細くなってしまったその腕にいつも眉を寄
せた。ケンは俺より握りこぶし一つ背が低かったが体重はほぼ同じだったから、以前は俺
の方が痩せていたことになる。それが今はどうだ?それにこの肌・・・静脈が透けるほど
白くなってしまって・・・覚悟はしていたつもりだが、目の当たりにするとやはり辛くて
思わず顔を背けたくなった。
 しかし不思議な事に、ケンはあまり病的には見えず・・・
 そう、何と言えばいいのか・・・
 精巧に造られたビスクドールのような無機質な美しさを湛えていた。だが、俺にはそれ
さえもケンが無へと帰す不吉な前兆に思え、いつも慌てたように手早く袖を引き下ろした。
 そして・・・1日、2日、3日・・・と経つうちに、俺は思わず顔を背けたくなるほど
に痩せさらばえ、抜けるように白くなったケンの腕に注射針を刺す事を放棄してしまった。
ドクター・カインが知ったら血相を変えてケンを連れ戻しに・・・いや、あの時、クサイ
芝居に乗ってくれた彼の事だ、ケンのこの病状だ。きっともう何も言うまい。

 幸いな事に必ず、と言い遣った投薬を止めても、長い事、禁じられていた外へ連れて行っ
ても、ケンは特に変調を来たさなかった。青い青いその瞳で相変わらず独りどこか遠くを
見つめている。ケンの心や情緒がどうなっているのかは解らないが、時々、ケンはその口
元に優しい微笑みや、鮮やかな笑みを浮かべる。
「どうした、ケン?何か嬉しい事でもあったのか?」
 青い瞳が見つめる先は例のラフスケッチだったり、よく晴れた空だったり、風に揺れる
花だったり、眩しい太陽だったりと様々だったが、ジッと俺を見ていた事もあり、偶然だ
ろうと思ってもやはり堪らなく嬉しかった。


 4日、5日、6日・・・と、日は過ぎて行った。
 ここへケンを連れて来た翌日から毎日のようにISOから連絡が来たが、俺は、
「喧しいやい!」
 と怒鳴って取り合わなかった。わざわざここまで出向いて来た医局員や保安員達には、
躊躇う事無く銃口を向け、
「俺の腕は知ってるよな?」
 と凄んで追い払った。
「ジョー、馬鹿な真似はやめろ」「ケンが死んでしまうぞ」
「ヘン、そんな事は百も承知だぜ」
 と鼻で嘲笑ってドアを閉めた。彼らはしつこかったが、強硬手段に出る事はあるまい。
長らえてあと半月と医局屈指の名医が匙を投げた半ば厄介物の元ヒーローと、宇宙開発局
とアメリス合衆国がその威信を掛けて進めている火星探査に不可欠なサイボーグと・・・
秤にかけるまでも無いだろう。


 その夜は青い月の光が眩しいほどに明るい晩だった。
 灯りを落としても煌々と射す月の光で、またケンは飽かずにジェット機のポスターを眺
め続けている。
「そろそろ眠った方がいいぜ、ケン」
 さあ、と促して横にしようと顔を近づけた俺をケンの瞳が真直ぐに捉えた。
「ケン、俺が解るか?」
 偶然が重なって、こくり、と頷いてくれないだろうか?と月明かりに煌めくケンの瞳を
覗き込む。そこには俺が映ってはいたが・・・軽い失望を覚え、だが気を取り直してふと
見るとケンが泣いていた。
「どうしたんだ?ケン、どこか痛いのか、苦しいのか?」
 だがよくよく見ると健は泣いている訳ではなかった。ただ涙が頬を伝っているだけで、
月の光りのように澄んだ青い瞳に翳りは無い。何故だろう?と俺はそれを指で拭ってやり
ながら、青いガラス玉のようなケンの瞳をまたジッと凝視した。動かぬそれは磨き上げた
瑠璃、触れる事の叶わぬ空の頂き・・・ケンは今だ憧れを追い続けているのだろうか?
 だからケンは涙を流したのだろうか?・・・と、ふいにケンが瞬いた。長い睫毛に残っ
ていた雫がガラス玉をきらきらと輝かせる。
「ケン・・・?」
 真直ぐに前を見据えたまま、もう俺を見てはいないケンの瞳に呼ばれた気がした。俺は
ケンの頬を擬古ちない手つきで覆い、顔を近づけてまた暫し見つめ・・・やがて唇の先が
触れ、その柔らかい感触に驚いて顔を離し・・・だが、抗い難い欲求に負け、もう一度、
唇を重ねた。
 甘くて柔らかい唇だった。
 思わず背を抱いて、僅かに顔を仰向かせ貪るように接吻けた・・・
 と、微かにケンが呻いた。それでハッとして俺はケンを離した。
「・・・すまん。許してくれよ、ケン。俺はただ・・・」
 おまえを・・・と、ずっと心に伏せて来た事を言ってしまいたかったが言えなかった。
「悪かったな」
 照れ隠しもあったのだと思う。俺は言いながらカーテンを引いて青い月の光を閉め出し
た。闇がケンを眠りへと誘ってくれるだろう。眠らない時には睡眠薬を、とドクターは言っ
ていたがクスリはもう終わりだ。眠りの中だけでも俺はケンに夢を見させてやりたかった。
「さ、ケン、寝ようぜ。おやすみ」
 ケンにブランケットを掛けると、俺も隣のベッドに潜り込んで目を閉じた。

 だが・・・
 目を閉じたところで眠れず、俺は闇の中で目を開いた。と−
「ジョ・・・」
 吐息のように頼りなげな声が呼んだ。空耳か?と疑るよりも早く俺は飛び起きて、ケン
の枕辺へ顔を寄せ・・・くそっ、見えねえ、と手荒くカーテンを開けた。
「ケンッ!おまえ−」
 月の光の中、ケンの青い青い瞳が俺を見ていた。
「ジョー・・・」
 小さいが今度はしっかりとした発音だった。
 ああ、懐かしいその声、そして、懐かしいその眼差し。
「・・・ジョー、いつ・・・帰って−」
「ケン!ああ、ああ、俺はここにいる。帰って・・・来たぞ、ケン!」
 帰って来たというのが何の事で、いつの事なのか解らなかったが、とにかく、もうそれ
以上は言葉にならなかった。
 抱き起こし、抱きしめて、涙が伝う頬を擦りつける。
「馬鹿野郎・・・勝手な事ばかり、しやがって・・・ジョー、おまえは・・・」
 歔欷の合間に聞こえるケンの叱責が快かった。やっと取り戻したケンが愛おしかった。
と、同時に、これは現実なのだろうか?との疑念が俺を震えさせ、腕に力を込めさせた。
ケンに着せたパジャマと俺が着ているシャツを通してさえ互いの肌の温もりがはっきりと
分かる。しかしまだ不安だった。俺は身体を離し、ケンをシーツに沈めてパジャマの前を
開いた。露になった白い胸に手を当てると、そこには規則正しく脈打つ心臓があった。

 生きている。ケンは確かに生きている。
 ホッと息を吐いて、俺は確かにそこにいるケンにそっと接吻けた。
 甘くて柔らかいケンの唇・・・
 俺はもう自分を抑える事が出来なかった。
「ジョー?」
 ケンは少し驚いたように微かに身を捩ったが、抗う事はなかった。
「・・・している。ケン、俺はおまえを愛している。だから・・・」
 焦茶色の髪の中にずっとずっと心に伏せて来た事を告げて、俺はケンを抱いた。
 愛おしい・・・
 その思いだけでケンを包み込み、愛し合い、一つになりたかった。
 腕の中でケンが小さく声を立てるのを聞きながら、俺は死んでもいいと思った・・・


 燦々と降り注ぐ金色の光に眠りを解かれた俺はハッとして身体を起こし、腕の中にいた
筈のケンを探し・・・いや、ケンはここにいてまだ静かに眠っていた。右肩を下にして、
手を口元で緩く握り・・・俺はホッとして微かに震えるケンの睫毛を暫し見つめていた。
「ん−」
 身じろいでケンが目を開ける。揺蕩うその視線に俺は言い様のない不安を覚え、
「ケン、俺が解るか?」
 と、痩せた肩を揺すった。青い瞳が俺を捉え、ケンは優しく微笑んで頷いた。
「眩しいな・・・」
 そう言ったのだろうが、ケンの声は殆ど聞き取れぬほど小さかった。そして、瞬いた青
い瞳に浮かぶ涙・・・だが、ケンはそれを隠そうとするように手の平を広げ・・・
「ケン、おい、どうしたんだ?」
 驚いた俺は構わずにその手を退けて、濡れたケンの瞳を覗き込んだ。
 ケンは恋焦がれた空の色の瞳で真直ぐに俺を見、そして・・・
「生きてくれ、ジョー・・・いいな?最後まで生きると約束してくれ」
 それは凛としたあの懐かしいケンの声だった。
「ああ、約束する。だから、ケン、逝かないでくれ」
 うん、とケンは素直に頷いて見せたが、透けるように白いその目元は、既にうっすらと
翳っていた。死が腕を伸ばして、俺の腕の中からケンを連れ去ろうとしている・・・俺は
必死になって首を振った。
「駄目だっ!逝くんじゃない、ケン、逝っちゃ駄目だ!」
「ああ・・・でも・・・さよならだ、ジョー」
 いつか、きっと、また・・・と、音の無い唇が別れを告げ、
「ケン、おい、ケンッ!」
 優しい微笑みを浮かべたまま、ケンはゆっくりと目蓋を閉じた。
「狡いぜ、ケン・・・最後の最後になって・・・」
 死ぬ時は一緒だと約束したじゃないか。
 だから、おまえと一緒に逝くつもりだったのに・・・
 ケン、俺はどうすればいいんだ?・・・どうすれば?・・・どうすれば?

 金色の光の中へ溶けて行ってしまったケンの亡骸を抱いて、俺はそればかりを繰り返し
呟いていた。


−「マーズエクスプローラー、応答せよ!ジョー、無事か?応答せよ−」
 喧しい!と通信コンソールを叩いて俺はまだ生きている事を知った。
「こちらマーズエクスプローラー、ああ、何とかな」
−「ジョー!大丈夫か?心配したぞ。破損状況はどうだ?」
「今、調べてる・・・と、こりゃひでえや。コントロールセンター、破損状況を送信する」

 あれから数ケ月後、ケンと逝く事が叶わなかった俺は有人探査船で再び火星に向かった。
この赤い星に眠っている筈の無尽蔵の資源を調査する為だ。ケンを連れ出して死なせた事
は、案の定不問に伏された。何と言っても俺は世界でたった一人の、火星への飛行とこの
不毛の惑星上での調査に耐えられる、特別なアストロノートだからだ。
 だが、こうした計画や冒険には事故がつきものだ。

−「こちらコントロールセンター、マーズエクスプローラー、聞こえるか?」
「ああ、聞こえてるぜ。どうだい、この船は何とかなりそうか?」
−「ジョー、残念ながら・・・」
「残念がられても困るぜ。はっきり言ってくれ、もうこの船は飛べねえ、とな」
−「ジョー、至急対策を検討する。どうか最後まで諦めないで欲しい。」
「ああ、分かってる。とにかく生命維持装置が動いているうちは、最後まで出来る限りの
調査をしてデーターを送るからな。マーズエクスプローラーより以上」
−「・・・ジョー、君はヒーローだ。ありがとう、どうか頑張ってほし−」

 別にあんたらの為に頑張る訳じゃねえぜ、と俺は途中で通信を切った。
「あいつに、生きる、と約束したから俺は最後まで生き抜くんだ」
 俺は独り言ちて、探査船の観測窓から赤い空を眺めた。せめてこの空が青ければ、と思
わぬでもなかったが、それも1週間か10日、長くて半月の辛抱だろう。それに目を閉じ
れば・・・俺はいつだって恋焦がれた空の青を、眩しげな思いで憧れ続けたケンの懐かし
い笑顔を、鮮やかに甦らせる事が出来るのだから・・・

 そして、もうすぐ・・・俺は再びケンに会う事が叶うのだから。


 - THE END -
 



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