Rudbeckia Laciniata

by さゆり


 真夏の真昼。
 真っ青な空には眩い太陽だけが在り、真っ青な海から吹く風が崖の上に群れ咲く黄色い
 花々を揺らしていた。

 真夏の真昼。
 シン・・・
 と、不思議なほどの静寂の中を俺はいつもの場所へと急いだ。
(あいつ、もう来ているかな?)
 そんな思いが俺の足をもう少し急がせ、額から汗が流れた。
(ふふ、遅いじゃないか、とまた唇を尖らせるかな?)
 呼び出しておいて・・・
 小声でそんな文句を言うあいつの顔を思い浮かべて俺は独り笑い、それから
「ケーン!」
 と、こんな陽射しによくもまあと感心するほど青々とした芝草とそこをぐるりと取り囲
むように咲いている黄色い花々の、その真ん中に見え隠れしながら腰を下ろしているあい
つの白い背に声をかけた。
(・・・ジョー?)
 振り返りながらあいつはそう応えた。声は聞こえなかったが、あいつの唇が俺の名を形
作り、チョコレート色の髪と海からの風に片衿がひっくり返った真っ白いシャツが陽を弾
いてきらきらと輝くのが見て取れた。
(へへ、いたいた!)
 嬉しくなって、俺は丈の高い黄色い花々を揺らしながらケンの処まで走って行った。
「ジョー、遅かったじゃないか。人を呼び出しておいて」
 傍らに腰を下ろしながら手の甲で額の汗を拭う俺に、ケンはやっぱりそう言った。可愛
らしい唇を子供みたいに少し尖らせて・・・。
「ははは、ンな、怒るなよ、ケン」
「まったく、おまえは−」
 言いかけたその唇を俺は強引に唇で塞いだ。
 芳しくて、柔らかくて、そしてこんな陽射しの下でもひんやりと冷たいあいつの唇は、
始め苦情を申し立てるように微かな抵抗を示したが、直におとなしくなった。
「−いしてる、愛してるぜ、ケン」
 息継ぎの合間に俺は繰り返しそう囁いた。そしてあいつの頬を挟み込むようにしていた
片方の手を滑らせて、波打つ長い髪を指でゆっくりと弄った。
「やっぱり来てくれたな。嬉しいぜ、ケン・・・」
 言いながら唇を食み、片手をシャツの中へ進めると、唇と同様ひんやりと冷たいあいつ
の肌が指に心地よかった。
「ちょっと待っ−」
 いいや、「待て」なんて言葉は聞きたくない、とばかりに俺はケンの白い喉首へと接吻
けを移しながら、シャツの中で小さな突起を探していた指で、今度はシャツのボタンを
せっかちに外していった。
「ジョー、ちょっと待てよ、待てったら!」
 喉首から露になった胸に唇を移し、
「もう待てねえよ」
 と、駄々っ子のように言って上目遣いに見上げると、逆光の濃い翳りの中、それでも頭
上に広がる真夏の空と同じ真っ青なあいつの瞳が少し困ったように俺を見・・・
「ジョー、こんな事、しちゃいけないんだ。俺達はタブーを−」
 シッ、と俺はケンの冷たい唇に指を当ててその続きを封じた。
「知った事かよ。しちゃいけない事なら、何で来たんだよ、ケン?」
「おまえが呼んだから、俺は・・・」
「本当にイヤなら、タブーだと言うんなら、来なけりゃいいじゃねえか?」
 言い放って、俺は構わずに芝草の上に押し倒したあいつを抱きしめた。抱きしめて、接
吻けて、もう何を言おうと聞く耳など失くしてしまったフリをして、諦めてあいつが俺の
背を抱き返すまで、ただ、
「愛してる、愛してる」
 とだけ繰り返した。

 真夏の真昼。
「ジョー・・・」
 いつものように戸惑いと若干の非難を含んだ声で、あいつは俺の名を呼ぶ。
「ん?」
 分かっている癖に俺はとぼけたまま、尖らせた舌先で硬く起ち上がりつつある小さな突
起を嬲り、更に片手を下腹へと這わせて行く。
「あ・・・」
 最も敏感な部分に触れると、あいつはぴくりと身体を硬くして俺を押し返そうと試みる
が、俺はあいつを愛する事を止めはしない。
「ケン・・・」
 固く閉ざしたあいつの長い睫毛が微かに震えるのを、ジッと見下ろしたまま、
「愛してるぜ、ケン・・・」
 と、また繰り返して、俺はあいつの中に俺の欲望の全てを沈めて行く。
「は・・・ぅ・・・」
 刹那、寄せられる眉根があいつの苦痛を物語り、一瞬、俺は憐憫と後悔とにハッとする
が、だからと言ってあいつを愛する事を止めはしない。いや、むしろさらに深くあいつの
中へ、中へと熱い俺自身を沈めて行く。
 やがて・・・
 閉ざしたままのあいつの目蓋に接吻けて、俺はあいつの中で思いを果たす。
「ケン、愛してる・・・愛してるぜ、ケン・・・」
 そんな御為ごかしを繰り返しながら・・・。


 ザア・・・
 と、今までの静寂がまるで嘘のように海の音と風が戻り、芝草とそれをぐるりと取り囲
むように咲いている黄色い花々を、その真ん中でまだ抱き合ったままの俺達の髪までを盛
んに翻した。

 真夏の真昼。
 ケンと俺の秘密を知っているのは、真っ青な空の眩い太陽と、真っ青な海から吹く風と
その風に揺れる群れ咲く黄色い花々だけだ。

「ったく、おまえは強引なんだから・・・」
 ケンはまた少し唇を尖らせてそう言いかけたが、腹を立てた風もなく俺の首に回してい
た両腕にギュッと力を込めて一瞬、俺を強く強く抱きしめ・・・それから身体を離すと、
「・・・馬鹿だな、ジョー」
 と、フッ、と小さく笑いながら言った。
「ふん、馬鹿で結構さ!」
 俺はそんなあいつにニッと笑い返して、イヤだよ、もうよせったら、と身を捩るケンを
もう一度抱きしめた。抱きしめて首筋に唇を当てると、ケンはクスクス笑った。
「よせよ、ジョー。くすぐったいじゃないか」
 その頬を淡く桜色に染め、ひんやりと冷たかった肌にも今はしっとりと熱を帯びたケン
は、輝くように美しかった。俺はそんなケンが愛しくて、愛しくて・・・
「ケン・・・」
 ジョー、と喉奥で応えたケンは再び重ねた唇を拒もうとはしなかったが、それ以上の事
はもう許してはくれなかった。
「いいじゃねえか、な、もう一度・・・」
「いい加減にしろよ、ジョー」
「頼む!あと一回だけ」
「ダメだと言ったら、ダメだ!」
 きっぱりとした口調で言って、俺を押し退けるとケンは身体を起こした。
「チェッ」
 少し俯いて真っ白いシャツのボタンを1つ1つ留めているケンは、だが別に怒っている
風でも無かったので、俺はホッとしてワザとらしく舌打ちをすると、あいつの横にゴロリ
と仰向けになった。眩しい夏空がどこまでも真っ青に澄み渡って、まるでケンの瞳を見て
いるみたいだ。そして、容赦なく照りつける太陽は裸の胸をジリジリと焦がして、まるで
ケンに焦がれる俺の心みたいだった。
「愛してるぜ、ケン・・・」
 囁かずにはいられない俺に、
「うん」
 と、ケンは頷いて、そして優しい声で答えてくれた。
「俺も・・・愛してるぜ、ジョー」
 と。

 こうしていると、あの日の事が嘘のようだ。
 あの日、いくら呼んでもケンは返事をしなかったっけ。
 あの日、いくら喚いてもケンは知らん顔をしてたっけ。
 俺はそれがイヤだった。そんなのは堪らなかった。
 だから俺は・・・
(ケン、俺だけのものになれ!)
 と、祈った。
 それが叶うなら、方法など何でも良かった。

「でも、こんな事はもうこれっきりにしよう」
 ふいにケンが言った。
 吹く風に長い髪を踊らせたその白い横顔・・・白皙の、とかつて形容されたケンのその
美しい横顔は意外なほど優しくて穏やかだったが、表情そのままに静かに言い出したその
言葉は、しかし俺をギョッとさせるに充分だった。
「何だって?」
「ジョー、もう俺は此処には来ないし、おまえにも会わない」
「お、おい、ケン!まさか本気で−」
 跳ね起きて、思わず掴んだ腕を振り払おうともせずにケンは言った。
「ジョー、おまえが言う通り、何だかんだ言っても俺はおまえとこうして会う事を・・・
おまえに抱かれる事を待って・・・いやもはや俺は、おまえに会いたい、おまえが欲しい、
と、そればかりを願うようになっちまった」
 薄らと頬を染め、さらに俯いたケンはそれでも静かな声で続けた。
「ジョー、おまえさっき「タブーならば来なけりゃいい」って言っただろ?そう、おまえ
の言う通りさ。いけない事なら来なけりゃいいのに、来ちゃいけないのに、俺・・・」
「ケン?」
 唇を噛んで、顔を上げたあいつの頬には涙があった。
「・・・俺、どうにも我慢が出来なくなっちまうんだ。夏が来て、この黄色い花が咲くと、
 俺は此世へ戻って来てタブーを犯しちまう。二度と会ってはいけないのに、おまえに会い
 たくて会いたくて・・・」
 未練な奴だろ?嘲笑ってくれよ、とケンは片頬を歪めた。
「そうじゃねえ!そうじゃねえんだ、ケン。それは・・・」
(ケン、俺だけのものになれ!)
 と、それを祈ったのは俺なんだ。方法やその是非を問うている分別など無く、伝え聞い
た通り、ただひたすらに・・・

(ケン、俺の処へ帰って来い!)
 そう念じ続けて、俺は禁忌の反魂草を植えた。
 真夏の真昼、
 その反魂の花が俺の念いを伝え、おいで、とおまえを呼ぶのだ。
 サワサワと風に揺れて、帰っておいで、とおまえを手招くのだ。
 そして、俺の念いは叶ったのだ。
 やっと、やっと・・・

「そうか・・・この花が俺を呼んだのか」
「そうだ。だから、ケン、これっきりだなんて言わないでくれよ。おまえに会えなくなっ
 たら俺は・・・」
「ジョー、だけどやっぱりこれはタブーだ」
「知った事かよ!」
「だがこのままじゃ、俺はいつかおまえを取り殺しちまうかも知れない・・・」
 俺はケンが今にも消えてしまうのではないかと、それだけを恐れるようにしっかりとあ
いつの身体を抱きしめると、
「ケン、おまえが望むなら、おまえと一緒にいられるなら、俺は喜んでおまえの元へ行く
 ぜ。死ぬ時は一緒だ・・・そう誓い合った俺達じゃないか?」
 と、言った。
「ありがとう。嬉しいぜ、ジョー」
 と、ケンはこの上無く優しく微笑むと、それから少し哀しげに眉を寄せて俺を凝視つめ、
しかしもう何も言わずに、ただ俺の背を強く抱き返し・・・


 真夏の真昼。
 ふと我に返ると、真っ青な空には眩い太陽だけが在り、真っ青な海から吹く風にサワサ
ワ、サワサワと揺れる黄色い反魂草の花々の、その真ん中に見え隠れしている白い石碑の
前に、俺はひとり佇んでいた。

( Rudbeckia Laciniata=和名:オオハンゴンソウ)


- THE END -

 

Art by Sayu


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