See you again

by さゆり

「じゃ、これ。パスポートにはあんたの写真も入ってるし、書類も航空券もOK。大至急
だったし、ちょっと高いよ。全部、キャッシュで?」
 これで俺は、あの山猫野郎が言っていたクロスカラコルムへ旅立つ事が出来る・・・
これは自由へのチケットだ、と思うと、俺の心は少し軽くなった。
「ああ、無理を言ってすまなかったな、チェン。恩に着るぜ。」
 俺はチェンというその顔馴染みが示した額よりも余分にキャッシュを渡した。だが、偽
造パスポートやら裏金やら銃器の調達やらと、ヤバイ道に精通しているその華僑の男は、
「駄目、支払いは丁度でいい。ジョーは私の朋友でしょ?」
 と、ふくよかな指で数枚の札を俺の手の中に押し返して、笑った。
「それにジョーはまだ若い。これからも私、またいい商売出来るからね。」
 シェシェ、と俺は巫山戯て片手を上げた。すまねえな、チェン、でも俺はもうあんたの
客にはなれそうもないぜ、と心の中で呟きながら。
「ジョー、再見。いい旅をね。」
「ああ、あばよ。」
 ツァイツェンは「See you again 」と同じ意味だよ、と以前、チェンから教えてもらっ
たせいか、俺はその言葉を口に出来なかった。俺は嘘をつきたく無かったのだ、と思う。
出来ない約束はしたく無かったのだと思う。決して親しい友達では無かったが、俺は最後
までそいつに誠実でいたかったのかも知れない。

 華僑の現実的な商売のお陰で、とは言ってもチェンは決して損などしてやしないのだろ
うが、俺の手元にはまだ幾らかのキャッシュが残った。さてこれを何に−と、思った俺は
ふいにいつか祝ってやる、と言った甚平の誕生日にまだ何もしてやっていなかった事を思
い出した。
「甚平の奴の誕生日って、いつだったっけかな?」
 女の子というのはこういう事の記憶力が甚だ優れているらしいが、俺はまるで憶えてい
なかった。だが、まあ、いい。誕生日は毎年必ず一度はやって来る。
・・・そう、生きている限りは・・・。
「ロウソクは何本お入れしますか?」
 誕生日用のでかいケーキを買って、店員にそう訊かれたが、それさえ俺には覚束なかっ
た。だが、まあ、いい。年齢は毎年必ず一つづつ増える。
・・・そう、生きている限りは・・・。
 ふと、俺の来年は?・・・と、そんな事が胸を過った。
 毎年、必ずやって来る誕生日、必ず一つづつ増える年齢・・・
 だが、もう終りだな、俺に次の誕生日は絶対に来ないんだな、と、それがすごく不思議
だった。別段、哀しくも辛くも無かったが、少しだけ寂しい気がして、俺はそれを紛らわ
そうと、あれこれと誕生祝いに必要な物−クラッカーだとか、食い物だとか、酒だとか−
を忙し気に買い漁った。ただ、誕生日プレゼントだけは買わなかった。今まで、俺は甚平
にそんな物をやった事が無かったから、今更のように、何かあいつが喜びそうな物を残し
・・・それを見て、後であいつに泣かれたりするのが嫌だったからだ。

「おい、ジョー。」
 振り返ると、そこには一番会いたくて一番会いたくない奴が、健が立っていた。
「よぉ、健!丁度良かったぜ、大荷物になっちまったんだ。手伝えよ。」
 何だ、いったい−?と、目を丸くするあいつに俺はケーキだの何だのを持たせて、車に
戻った。
「健、おまえもジュンの店へ行くところなんだろう?」
 ナビシートに座った健は黙ったまま、二、三度、瞬いて、それから少し慌てたように、
こくりと頷いた。本当は俺を尾けていただけで、行く当てなんか決まっていなかったに違
いない。俺はあいつのそんな様子が可笑しくて、OK、と笑顔を見せるとアクセルを踏み
込んだ。
「ジョー、この荷物はいったい何だ?」
「誕生祝いをやろうかと思ってな。」
「え?今日は誰かの誕生日だったか?」
「今日かどうかは知らねえが、甚平のさ。」
「甚平の、って何でまた、急に?」
「別に何でも無えよ。ただ、急に思い出したんだ。だから、忘れないうちにと思ってね。
たまたま、小金が手に入ったもんでな。」
 ヘンな奴だな、と健は案の定、怪訝そうな顔をしたが、
「ま、いいか。本当の誕生日が暇だとは限らないからな。」
 と、どこかホッとしたようにそう言って笑った。俺はこいつにだけは決して嘘はつきた
くない。だが、また嘘をつかなければならない。しかし、それも今宵限りだ・・・そう思
うと俺の心はまた一つ、軽くなった。
「ジョー、この前はすまなかったな。おまえを尾け回したりして−」
「ははは、健、男と男の話し合いになら、またいつでも応じてやるぜ。」
 ああ、だがあの朝焼けを見たのも、もうずっと前だった気がする。おまえは俺の変調に
気付き、そして俺はそれを振り切ろうと、誤魔化そうと必死だったっけ・・・健、嘘をつ
いたんじゃねえぜ、俺自身にも分からなかったのさ。分からなかったから、俺は不安だっ
たんだ、怖かったんだ。おまえに甘えたら、心が挫けたら、きっと俺はここまで来る事が
出来なかっただろう。
 だが、もう怖くは無えさ・・・。
「だけど、ジョー、本当に無理だけはするなよ。」
「ちぇ、分ってるって。相変わらずうるせえ奴だな、おまえは。」
 ふふ、やっぱり本当に誤魔化し切れてはいないのかな?−と、だがそれが無性に嬉しく
て、しかしそれでも俺はニヤリと笑って見せるだけで、本当の事は決して言いやしない。
最後まで一番誠実でいたいおまえにだけは・・・。

 まだ宵の口を少し回ったところだったが、どうせ流行らない店だ。俺達は早々と、
" CLOSED "
の札を出して、俺達だけのパーティーを始めた。
「うわあ、すげえや!」
「良かったわね、甚平。」
「そーら、メリー・クリスマス!」
「違うんじゃないのか?」
「この際じゃ、何でもエエじゃろ?」
「ははは、とにかく御目出度う!ってさ−」
 笑い声と食い物と飲み物と、そして温もりと優しさと仲間達と・・・
 楽しい夜だった。
 こいつらを、こいつらの笑顔を守るためなら・・・
 楽しい夜だった。
 愛するおまえらのためになら、俺は命なんか惜しくない・・・そンな陳腐な台詞さえ
素直に胸に沁みて来るような、本当に楽しい夜だった。

「またな。」
 別れ際、繰り返されるその言葉に込められた人の想い・・・
 See you again
 それが果たされなくなる時、人は別れ行くのか?俺はその言葉を口に出来なかった。
 俺は嘘をつきたく無かったのだと思う。出来ない約束はしたく無かったのだと思う。
 決して裏切りたくない親友だったのにも関わらず、俺は最後まで裏切らねばならない
そいつに、せめて一時、誠実でいたかったのかも知れない。
 が、
「ああ、またな。」
 と、俺は笑って、アクセルを踏み込んだ。


- Continued on the second half of #103 -


(c) Ippei Kuri



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