SO DON'T BREATHE .........

by さゆり


 会いたくない奴に会ってしまった。選りに選って、こんな処で・・・。
「ほぉ、君もこんな店へ来る事があるのか。」
   例によって語尾は平板。断定的なその物言いには慣れたつもりだったが、冷ややかな色
の無いの目が癇に障る・・・悪いか?俺だって何も考えられなくなるほど酔って、暖かい
女の中で眠りたい時だってあるさ。
「あなたこそですよ。まったく意外だなぁ、大佐。」
「何故、意外なのかね?」
   この野郎、と怒鳴りそうになるのをグッと堪えて、健は笑顔を作ると、
「だってそうでしょ?こんな処は佐官に相応しく無い事、甚だしいじゃないですか?大佐
の御高名が汚れやしないかと心配ですね。さぁ、将校クラブへ御案内をー」
 そう言いながら、片手を胸に置いて慇懃に腰を折って見せた。だが、鋼鉄製の大佐殿に
はこうした嫌味も通じないらしい。堅物め、怒ればやり易いものを、と健は笑顔のまま、
いや、構わんでくれ、などと答える相手を軽く睨んだ。と、
「初めて会った時から思っていたのだが、君は綺麗な目をしている。青空を飛ぶ時の高揚
感と心地良さを思い出させる色だ。とても美しい。」
 鋼鉄製が唐突に、そして表情も変えずにそう言った。
「そりゃ・・・どうも。」
 健は面喰らって瞬いた。いったい何だって言うんだ?
「G1号、掛けんか、立ち話も何だからな。」
 そう言うと、鋼鉄製は健の答えを待たずに、さっさと奥のボックス席へと靴を鳴らして
歩いて行った。
 
 ステージでは殆ど何も身に付けていないセクシーなダンサーが、中央のポールを脚線美
の間に挟んで腰を振って見せている。魅入っている男も幾らかいるが、たいていの男達は
こうして盛り上がった欲望の相手をしてくれる子猫ちゃんとの交渉や、既に始まっている
前戯に余念が無い。
 しかし当然の事だが、このテーブルだけは妙に静かだった。
(ちぇっ・・・)
 小さく舌打ちして、バーボンのグラスを掴み上げた時、釘を刺された。
「飲酒は慎んだ方がいい。どうせまだ詳しい検査は済んでいないのだろう。」
「大佐には関係無いでしょ?干渉しないで下さい。」
「あれから君の具合を長官に質問させてもらったがー」
「越権行為だ!放っておいてくれよ!」
 そうか、俺を探しに来やがったんだな、と健は構わずにグラスを乱暴に呷った。
   ちくしょう!あんたなんか・・・あんたなんかに分かるものか!
 俺が欲しいと思うものを皆、持って、当たり前のような顔しやがって!
 あんたには家があって、両親も兄弟もいて、学校時代の友達とかもいて、トップ・ガン
の中のそのまたエリートの部隊を率いて、その歳でもう大佐で、約束された将来があって、
やりたい事をやれて・・・。
 だからあんたは思うままに飛べばいいさ・・・俺はもう飛べなくなるんだから。
   そんな事をわざわざ確かめに行くなよな!
「G1号、君はー」
「うるさいっ!」
 だが、相手は健の怒りに気押されるでも無く、淡々と言葉を続けた。
「今の覆面部隊を辞めて、私の隊へ来る気はないか?」
 え?
 と、健は驚いて相変わらず表情も色も無い大佐の目を覗き込んだ。唇の端が微かに引か
れているのが、この男の笑顔なのだ、と健は知っている。
「長官の同意は得ている。君はあの生化学兵器さえ使わなければ、これ以上悪くなる事も
無いそうじゃないか。ならば、私の隊へ移って飛び続けるのが最善策だと思う。」
   あんた、俺を見限ったんじゃないのか?
 俺の失態を、あんたはあんなに怒ったじゃないか。他の誰も気付かなかったかも知れな
いが、自分とあんたは誤魔化せなかった。だから、あんたにはもうすっかり・・・。
「俺が大佐の隊に?」
「そうだ。」
「なぜ?」
「君は私が知る限り、最高のジェット・パイロットだからだ。私と互角に飛べる奴は他に
はいない。いや、これは断じて認めたくは無いのだが・・・」
 ぎらり、と透明な瞳が健を睨み据えた。
「恐らく君は私よりも上だ。」
「何ですって?」
「二度は言わん。だがそう言う事だ。私は君が惜しい。だから私の隊へ来て、思う存分飛
んだらいい。君は若い、今ならきっと身体は回復する。」

 神様、翼を返して下さるのですか?
 空に帰りたい・・・。
 そうしたい、そう出来るものならば。
 刹那、もう遠くなってしまったと思っていた青空の頂きが見えた気がした。
 だが、俺の神はあいつだ・・・!
 
 健は鼻で嘲笑うと席を立ちざま、言い捨てた。
「ふん、自分よりも巧く飛ぶ人間は許せないって訳ですか?汚い手だぜ、大佐。」
「それはどういう意味だ?」
 この男にしては珍しく純粋に疑問符付きの言葉だった。それが嬉しくて薄く微笑み、し
かし健は唇を噛んで、キッと眦を上げるとさらに言い放った。
「惚けたって駄目だ。俺を手許に取り込んで、飼い殺す腹でしょ?一旦、入隊してしまえ
ば階級が絶対の軍ですからね、俺は大佐であるあんたに逆らう事はおろか、同等の口をき
く事さえ出来なくなる。つまり、あんたは与えるフリをして、俺の翼をもぎ取る気なんで
しょう!」
 色の無い瞳に複雑な色が浮かんだ。
 驚き、困惑、失望、そして怒り・・・。
「G1号、それ以上の侮辱は許さん。私はただ君のジェット・パイロットとしての天賦の
才が惜しいだけだ。曲解せず、冷静に私の提案をー」
「何が侮辱だ。俺は軍人でも無けりゃ、あんたの部下でも無い。放っておいてくれ、と
言ってるだろう?」
 踵を返そうとした時、ズキリ、とまたいつもの激痛が顳かみから沸き上がったかと思う
間も無く、健は平衡感覚を失ってグラリと上体を傾がせた。
「おい、G1号ー」
 抱き止められたのか、急速に狭くなって行く視界にまたプラチナ・ブロンドが迫り、ジ
ンジャーの香が鼻孔をくすぐった。
 ちくしょう!ブラックアウトだ・・・。
 墜ちる・・・!
 だが、健は支えてくれた相手を突き飛ばして、怒鳴った。
「放せよ!俺は鷲だ。鷲は自由にしか飛ばんし、誰の腕にも止まらん!あんたの思い通り
になんかなるもんか!」
「そうか。」
 大佐の声はぞっとするほど低く、冷たかった。そして、再び手首を捉えた指は抗えない
ほど力強かった。
「来い。」
 
 こうした店のそうした用途に使われる部屋を借りるのに手間は要らない。所定の額を支
払えれば、身分も職業も年齢も性別も問われる事は無いし、鍵を寄越す相手と会話を交わ
す必要も無い。チラリ、とこの店には珍しい雰囲気のカップルに一瞥をくれたフロントの
店員は、退屈しのぎに2人の背を見送りながら素早く想像を巡らせてー何やらわけありの

ようだが、ま、強面の軍人さんにあの可愛いタントは、さんざん虐められるんだろうなー
と、ニヤッと唇を歪めた。
 
「放せよ!あんた、何を考えてるんだ?こんなー」
 白兵戦に慣れぬ空軍の将校を振り解けぬ、この無力さはどうした事だ?と、健は叩き付
けられたベッドの上で足掻きながら呆然とした。
「音に聞こえた特殊部隊が意外と弱いものだな。それとも身体が言う事を利かないのか?」
 うるさいっ、放せ!と抵抗したが、乱暴に衣服を毟り取って行く手を振り解けない。
「G1号、いや、健。君は自由だと言ったな?」
 シャツを投げ捨てた男が伸し掛かって来た。案外ときれいにプレスされた白いシーツの
上に両腕を掴んで押さえ込まれると、すぐ目の前に青い瞳が在った。
「君は誰の腕にも止まらん、と言ったな?」
 こいつの目は青かっただろうか?と、じっとそれを覗き込んだ。
「健、G2号は、ジョーは君の何なんだ?」
 ハッとして瞬くと、青いのは自分の瞳の色でそれが男の光彩を染めているのだと気付い
た。動かぬ目に映る自分の目を凝視めながら、健は震える唇を動かしていた。
「ジョーは・・・俺の・・・」
「ジョーは君の?さあ、答えろ。君は何故、G2号にあの長剣を渡さないのだ?」
   いや、答えては駄目だ!ーと、頭を振る。
 そうか、とまた冷たい声が低く響いて、身体を開かされた。
「あーっ・・・」
 強引に貫かれた痛みが叫び声になって迸り、背が弓なりに反った。なだめるように首筋
に接吻けられ、丁寧に愛撫を加えられると身体が震えた。
「G2号とは、ジョーとはこういう事をしているのか?」
   ゆっくりと腰を使いながら、男が訊ねた。
 駄目だ、抗えない。
「・・・ああ、そうだ。ジョーは・・・ああっ・・・」
 激しく突き上げられて、言葉が途切れた。
 ちくしょう!・・・堕とされる・・・。
「ジョーに長剣を渡さない理由は?」
 唐突に動きを止めた男の低い声が再び質した。
「愛してるんだ。」
「愛してる?それが理由か?」
 焦らすように動き、追い詰め、さらに問われた。
 ああ、堕ちる・・・!
 
 頭が痛い。
 身体が重い。
   胸が苦しい。
   だが、欲しい・・・。
「・・・失いたくないんだ!ジョーを、ジョーを失うくらいなら、俺は・・・」

 荒い呼吸にまだ戦慄いている健の唇に、男が薄い唇を寄せた。
「・・・よせよ!俺に触れていいのはジョーだけだ!」
「そうか。」
 激しく拒絶した相手は静かに頷くと、接吻けの代わりに強引に犯したその身体を抱きし
めた。暖かい、優しい抱擁だった。思わず、温もりに飢えた身体がそれに応える。
「大佐・・・」
 冷徹で鳴らした口許が微かに笑った。
「アーサーだ。」
「アーサー?・・・良い名前だな。」
「ああ、気に入っている。」
 けん、と唇が動いて、もう笑っていない相手が独白のように話し出した。
「私はただ私には理解出来ない事を知りたかったのだ。作戦上、不利になると解っている
行動を敢えて取ろうとする君と、それを容認する長官に不安を覚えてトラップを張った。
しかし、君を飛ばし続けたい、君が惜しいと思う気持ちに偽りは無い。だから、どんな手
を使ってでも君の本心を知りたかったのだ。」
 じっ、と凝視めた瞳には何の色も無かった。
「案ずる事は無い、G1号。誰にも言わん。約束する。」
「健、だ。」
 そうだったな、と再び口許が微かに笑い、そっと寄せた唇が耳の中に囁いた。
「健、君の言う自由というものが少し理解出来た気がする。」
 ふふ、と健も微笑むと、プラチナブロンドに唇を寄せて囁きを返した。
「アーサー、俺もあんたの不自由さが少し解った気がするよ。」

  ..... But, It's a secret, so don't breathe a word of it to anybody .....


- The End -



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