SOMETIMES

                       by さゆり。



Sometimes I wish I were somewhere elso......

「俺だって、時にはどこかへ行っちまいたいと思う事もありますよ。」
 健はパーキングに無愛想に突っ立ったナトリウム灯の仄朱い明りに、その整っ
た横顔を見せながらぽつりとそう言って笑った。つまり健が言いたい事は何なの
か?と、島田は頷いて見せつつも、それを考えていた。ついさっき、ジョーにウイン
クして、そっと後にした病室の窓が、二人が座っているベントレーのシートから真
正面に見える。

「・・・誰だ?」
 暗い廊下で声を落としてそう訊ねた島田の前にひょっこり現れたのは、帰したは
ずの健だった。
「島田さん、俺ですよ。撃たないで・・・。」
 とぼけた口調で答えた少年は、屈強と呼ぶに相応しい仲間をどうやって撒いた
のか?いや、きっとこの子にとっては簡単だったに違いない、と島田は上着の中
に差し入れた右手をそっと元に戻しながら苦笑した。
「帰りなさい、と博士に言われませんでしたか?健。」
「あなたにもね。」
 くす、と健は微笑んで肩をすくめた。
「ジョーと言い、あなたと言い、まったく手の焼ける子供達ですね。博士に叱られて
も知りませんよ。」 
「ねぇ、ジョーは?あいつ、気がついたんでしょう?」
 ええ、と頷いて見せながら、だから俺が出て来たのだと知ってやがる癖に、と島
田は苦々しく思った。
 ジョーは向こう見ずで生意気なガキだが、可愛い。しかし、健は素直な優等生だ
が可愛げが無いな、と島田は常日頃から思っていた。どこがそうなのかと言えば、
捻くれているようでストレートな性分のジョーに比べて、真直ぐなはずの健の方が
島田にとっては掴みどころが無かったからかも知れない。
 
 非常口からパーキングに出ると、生暖かい夜風が吹き出していた。雨になるの
だろう。
「あいつ、痛がってましたか?」
「ええ、撃たれた左肩が動かない、って言ってましたよ。」
 ふぅん、と可愛らしい唇を尖らす少年をベントレーのナビシートに乗るように促す
と、島田はまだ暗い周囲を素早く見回してから、自分もドライバーズシートに着い
た。
「そういうのが習慣になるには、何年くらいかかりますか?」
 湿った夜風に乱された前髪をかき上げながら、健が訊いた。
(くそガキめ!)
と、内心では思いつつも島田はあくまで無表情のまま、
「そうですね、ま、3年もあれば・・・。」
 などと答えてやる。クライアントである南部よりも威張った口をきくジョーの方がや
はり数倍可愛いぜ、と隣のシートで澄まし返っている健を横目で見ながら再び思っ
た。と・・・、
「俺だって、時にはどこかへ行っちまいたいと思う事もありますよ。」
 健がパーキングに無愛想に突っ立ったナトリウム灯の仄朱い明りに、その整っ
た横顔を見せながらぽつりとそう言って静かに笑った。何を突然に?と、訝しく
思いながら、島田はそれでも頷いて、
「健、仕事を増やす気ならやめてください。それに博士がどんなに心配するか、あ
なたもそれを見てたでしょう?」
 健も、ええ、と頷きはしたが、どことなく寂しそうな表情のまま、
「でも、ジョーは俺を心配してくれるかなぁ?」
 と、ぽつりと言った。
「この一週間、ジョーの奴、もしかしたら一度も俺の事を思い出さなかったかも知れ
ない。」
 島田はハッとして、思わずその可愛げの無い少年に向き直っていた。健はいつ
ものように真直ぐに前を見つめたまま、さり気なく拭い去ろうとしたようだが、その
幼さの残る円やかな頬を涙が伝った。
(そうか・・・。)
 と、島田はようやく微笑み、初めて健をジョーと同じくらい可愛いな、と思った。

 無垢な心、穢れの無い愛。
 だが、それらは須らく失うものだと言う事を、彼らはもはや知っている。
 だから・・・彼らは互いに自ら傷つくのか?
 違うのはそれを口に出すか、出さないか。そうするか、しないか・・・か?

「そんな事はありませんよ。ジョーはきっとずっとあなたの事を考えてましたよ。」
 ほんとうに?・・・と、少し不安な目で健が問う。答える代わりに手を伸べて、何故
か伸ばし始めた健のウェーブのある柔らかい髪を撫でてやりながら、島田は繰り返した。
「ええ、きっとね。」
 
 二人が座っているベントレーのシートから真正面に見えるジョーの病室の窓が、
いつしか音も無く落ち出した温い雨に滲んで見えた。

- The End -


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