The Waiting Time (1)

by さゆり

 私が彼に出会ったのはほんの偶然。
 待ち合せの時刻にはまだ時間があり、暇つぶしにお気に入りのアイスクリームショップ
で新発売だというミックスベリーのコーンを買って、でも混んでいる店内は鬱陶しいので、
外へ出てひんやりと冷たいアイスクリームを楽しんでいた時の事だった。
 見るとはなしに歩道を行く人々や通りを挟んだ向い側のシアターの看板(あ、この映画、
評判がいいのよね)などを眺めていた私の目は、ちょうど歩道と車道の境い目に植えられ
ている街路樹に背を預けて、オフホワイトのジーンズのポケットに両手を突っ込んだ彼の
ところで止まった。
 歳の頃は17、8といったところだろうか?
 チョコレートブラウンの無造作に跳ねた前髪の下の綺麗なブルーの目がジッとこちらを
凝視めている・・・こんな整った顔立ちのスマートな若者に熱い視線を注がれるのは、決
してイヤじゃない。だが、彼が心を奪われているのは・・・そう、私のミックスベリーア
イスのようだ。私は噴き出しそうになるのを堪えて、わざと芝居がかった仕種でアイスを
ゆっくり舐め取った。と、可愛らしい彼の舌も微かに動き、それから、こくり、と小さく
喉が上下するのが見えた・・・なんて可笑しいの!
(ああ、もう駄目。我慢出来ないわ)
「ねぇ・・・」
 と、私は彼の傍に歩み寄って声を掛けた。
 え−?と、間近かに見ると本当に綺麗なスカイブルーの瞳が怪訝そうに瞬いて私を見る。
ふーん、睫毛がこんなに長かったらマスカラなんか要らないわね・・・羨ましい。
「美味しいわよ、新発売のこのミックスベリー。買って来たら?」
「あ、すみません。つい−」
 と、そのハンサムな坊やはひどく慌てた様子で頭を掻くと、あんまり美味しそうだった
から、と照れた笑顔で付け足した。
「美味しそうって、それは私も含めてのこと?」
 彼の子供っぽい態度と可愛い顔にちょっと揶揄ってやろうかしら、という悪戯心が起き
た事は確かだったけれど、まさか・・・。

 待ち合わせの用事−私の仕事なんだけど−は、いつも通り2時間程で終った。
「食事でも」と誘ってくれた相手を、「ありがと、でも今夜は先約があるの」と余裕の微
笑みで躱すのはとても気持ちがいい。だから、3回に1回は例え嘘でもそうする事にして
いるけれど、今夜は「嘘」ではない・・・でも、もしかしたらあの坊やはもういないかも
知れないな、と思いながらもパーキングへ降りる私の足は少し急いでいた。
 ナトリウム灯の安っぽい橙色に、真新しい私のジャガーは胡散臭い濃紫色に染まってい
てちょっと幻滅を感じたが、ほとんど真っ黒に見える低い車内に人影がある事を確認して、
私は笑顔になった。
「あら、いい子ね。本当に待ってたの?」
 半ば倒したナビシートでウーン、と伸ばしたその撓やかな身体の若さが眩しい・・・
 そう、さっきまでの相手とは大違いだわ。
「ここで待ってろ、と言ったから待ってたのに」
「ふふ、寝てたんでしょ?」
 だって他にする事も無いし−、と彼は軽く欠伸をして、それから唐突な動作でドライバ
ーズシートに着いた私の肩を抱くと、シャネルの新色を引き直した唇に唇を重ねて来た。
「がっつかないで。モノには順序ってものがあるのよ」
 と、見た目ほど華奢ではない彼の身体を押し返す。
「だって・・・」
 少し狼狽えた顔つきもまた可愛いわよ、坊や。
「ね、イタリアン?それともチャイニーズ?」
「ジョーはイタリアンだけど、俺はジャパニーズ」
「そうじゃなくて−」
 ディナーの事よ、と私は笑った。スシでもいいけど、と訊くと、生の魚は嫌いだ、と顔
を顰めた。へぇ、ジャパニーズなのにスシが嫌いなの?・・・揶揄いながらホテルの前の
大通りをどんどんリトル・イタリーへと向かう。一応、訊いたけれど、私はイタリアンが
食べたかったからだ。だけど、坊やのTシャツにジーンズという格好ではきちんとしたレ
ストランには入れない。ま、ピザかな・・・
                 生ハムにアンチョビ、モッツァレラはWで・・・。
「で、ジョーって誰?」
「あ、俺の友達」
「ああ、そう」
「ねえ、あのさ・・・」
「ん、何?ピザも嫌いなの?」
 いや、ピザは好きだけど・・・と、頭を振って、
「俺、飯よりもあなたが欲しいよ」
 と、焦れた声で言った。わーお、若いわね、と大袈裟に答えながら、そう言えば私にも
食事よりもSEXって時があったな、と思い出して笑った。
 きっと彼は獣ように激しく私の身体を貪るだろう。
 相手を感じさせて、達かせて・・・なんて事は少しも考えずに。
 自らの欲望にのみ支配され、己のエクスタシーをのみ追求して・・・
 ・・・でもその時、きっと彼はとびっきり美しいに違い無い。
 私はまだ青くて固い百合の蕾に似た彼の体液の香を嗅いだ気がした。
 ・・・でもその時、きっと彼はとびっきり悦い声で囁くに違い無い。
 シャワーさえ億劫になって、身体を繋いだまま眠りに落ちるSEXなんて、もう何年ぶ
りだろう?髪を振り乱し、声を上げて、上になり下になり・・・ただ純粋にSEXのみを
楽しむためにするSEXもたまには悪くないじゃない?
(ふふふ、それもいいな)
 でも、まだよ・・・
「だーめ!私はおなかが空いてるの。いい子にしないんなら、ここで降りなさい!」
 急ブレーキを踏んでシルバーのジャガーを路肩に停めると、きっぱりそう言ってやった。
 さぁ、どうする?坊や・・・。


 Geoia Miaのピザはなかなか評判が良くて、いつも混んでいるのが難点だが、同郷人のよ
しみで私はいつも早くテーブルに着く事が出来た。
「ね、イケるでしょ?」
「うん、とっても美味いね」
 坊やは結局、車から降りなかった(私の勝ちね!)。その後は拗ねたように口も利かな
かったクセに、今は盛大に生ハムとモッツァレラがトッピングされたクリスピーなピザに
旺盛な食欲と屈託のない笑顔を見せている。
「アンチョビも美味しいわよ」
 と、皿を差し出すと、
「その魚、ジョーは好きだけどね・・・」
 俺はどうも苦手。臭いし、しょっぱいし、気味の悪い色してるし−と、まるっきり子供
のような事を言って手を出さなかった。じゃ、これは?と真っ赤なトマトとバジリコのサ
ラダを勧める。私がこれをオーダーした時からイヤな顔をしていたくらいだから・・・、
もちろんちょっとした意地悪だった。
「いや、トマトは嫌いなんだ。それにその葉っぱも・・・」
「臭いし?」
 そう、と頷いてそれでもさすがにオレンジジュースではなく、私の故郷・BC島産のワ
イン−マメルティーノという甘口のワインだが−を、これもイケるね、とクイクイ飲んで、
自分でチョイスしたローストチキンと林檎のサラダは残さず平らげた。「飯よりも」なん
て言ってたけれど、まだ物足りなそうな彼の様子に私は笑ってシャブリのグラスを置いた。
「ドルチェは?ジェラートでいい?」
「うん。ミックスベリーがあればいいんだけど」
「ねえ、トニオ、そういうの、あるかしら?」
 顔見知りのウエイターは、「無いね」と肩を竦めると代わりにチョコレートのジェラー
トをたっぷりと盛って来てくれた。
「グラッツェ」
 にこりと微笑まれて、日頃無愛想なトニオまでがつられて微笑んだ。この可愛らしい笑
顔は、どうやら殿方にも効果があるらしい・・・そうね、彼はきっと女にも男にもとても
もてるに違い無い・・・でもそう言えば学生ではないみたいだし、雰囲気や物腰から察し
てドロップアウトしてGSなんかで働いている風でもないし・・・この坊やは何をしてる
のかしら?−と、そんな興味が湧いた。と、件の無邪気なスカイブルーが間髪を入れず、
私を見た。
「ん?どうかした?」
 本格的なエスプレッソを味わいながら、それとなく観察していたのに気付いたのかしら?
・・・私は些か驚いた。職業柄−高級コールガール?いやあね、それはあくまでも「手段」
のひとつだわ−、私は鼻も利くし勘もいいのよ。なにせこう見えても、私はあの・・・
「ね、少し食べない?これもとっても美味いよ」
 行儀良く、皿の縁をナプキンで拭いてそう言った彼の円みを帯びた頬は、グラスを重ね
たマメルティーノのせいか、微かに薔薇色を含んで、まるで聖画の中の天使のように美し
かった。
「そうね・・・私もドルチェが欲しくなったわ」
 私は意外なほどがっちりと男らしい彼の手にそっと指を重ねながら、低い声で耳元にそ
う囁いた。


「へぇ、いい家に住んでるんだね」
 マリーナを見下ろす丘の中腹に建てられたこの家は、かつて有名なムービースターの別
荘だったそうで、あまり広くは無いがとても洒落た造りで、私自身とても気に入っていた。
「街からそう離れていないのに、景色がいいんだね。あ、向こうの岬まではっきり見える
や・・・ね、あの赤い屋根の建物は何?」
「さあ、知らないわ」
 凝った鉄柵を巡らしたバルコニーから彼の歓声が聞こえた。私がバスを使っている間、
ああして景色を見ながらずっと風に吹かれていたのだろうか?こっちへいらっしゃいよ、
と呼んで、乾いたその唇に接吻けると、仄かに潮の香がした。それを味わうように尖らせ
た舌の先でくっきりとしたその輪郭をなぞると・・・彼はもう我慢が出来ない、と言わん
ばかりに私の身体を強く抱き締めた。
「駄目−」
 と、押し退けて、テーブルの上のクーラーからさっき開けたドン・ペリニヨンのボトル
を取ってグラスに注いだ。前戯としての駆け引きが出来るほど、彼は大人ではない・・・
だから、焦らせば焦らすほど・・・彼とのSEXは素晴らしいものになるだろう。
 懇願するような、だがそれでいてどこか醒めているようなブルーの瞳を斜めに凝視めた
まま、私は滑らかな泡をゆっくりと吐き出している黄金色のシャンパンを口にした。さ、
バスをどうぞ、と澄ました口調で勧めると彼は素直に頷いて、
「待ってて・・・寝ちゃイヤだよ」
 と、可愛い事を言った。そしてそれから私のグラスを取ると、一口シャンパンを呷り、
甘い香りに濡れた唇で私に接吻け・・・おや、なかなか洒落た事を知ってるじゃないの、
坊や・・・口移しされたそれが潤滑油のように2人の唇と舌を滑らかにしてくれた。私は
暫し柔らかくて、でも断固とした意思を持っているかのように力強く男らしい彼の接吻け
を楽しんだ。

 そして、それから・・・彼が極上の笑みを浮かべて・・・バスルームに消え・・・たの
だろうと思うのだが・・・。
「ねえ、寝ちゃダメだったら−」
 耳元で囁かれた甘い声に、
「んん、寝て・・・ない、わ」
 と、何度か答えたような気がするの・・・。

 頭がボォッとするくらい身体が熱くて、とてもイイ気分だった。
 若くて、撓やかな腕が私をしっかりと抱いていたわ。
(今日は、誰と寝た?)
(彼から何を聞いた?)
(で、その日にちは?彼は場所も言ってた?)
(情報の連絡先は?ね、どうやって連絡してるんだい?)
(君のような女性は何人くらいいる?)
 まるで別人のように落ち着いた声でそんな事を訊かれた気がするけれど、私はそれに答
えたのだろうか?でも、何故、坊やがそんな事を訊くのか、さっぱり分からないわ・・・
うん、きっとあれは夢だったのよ・・・。


 翌日の午後になって私は寝覚めた。
 口を利くのも億劫なほど、疲れていたのには驚いたけれど・・・あんなに若い子とあん
なに激しいSEXをしたんだもの・・・と、苦笑して熱いシャワーを浴びた。
 でも、本当に私は彼と愛しあったのかしら?
 綺麗なスカイブルーの目をした可愛い坊や・・・。
 また、あのアイスクリームショップの前で会えるかしら?
 そうね、きっとまた会えるに違い無いわ・・・ええと、何という名前だったかな?あの
坊や・・・友達はジョーで・・・坊やの名前は−

 そう、ケン!・・・ケンという名前だったっけ。


- The End of The Waiting Time (1)



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