The Waiting Time (2)

by さゆり

 私がそのバーのカウンターに座っていた彼と出会ったのはほんの偶然。
 飲んでいるのかいないのか、グラスのビールは随分と温くなっているようだった。軽く
頬杖を突いて、時折、緩くウエーブのかかったチョコレートブラウンの長い髪を掻き上げ
て、彼は誰かを待っているようでもあり、誰かを探しているようでもあった。

(へぇ、見ない顔ね。でもなかなかイケてるじゃない)
 年齢は17、8といったところだろうか? まだ幼さの残る顔立ちだが、何処となく、
そして何となく、こうした歳のガキらしからぬ「翳り」を感じさせるちょっとミステリア
スな雰囲気を持ったその坊やに私は心を奪われてしまった。
 でも「翳り」と言っても決して彼が「暗い」というワケではなく、そうね、まるで爽や
かな初秋の空のような澄み切った「明るさ」・・・そんな表現が一番似つかわしいかも知
れないな、と思うんだけど、ちょっと哀しくなるくらい透明な明るさを彼は湛えていた。
こんな薄暗い店で、なんだか怠惰な感じで頬杖を突きながらも、彼はすごく穢れのない、
綺麗な(もちろん容姿はそうだし)奴に見えたのだ。

(うーん、ちょっとイイなぁ)
 ねえ、女ってこういうタイプに弱いわよね?だから私は「あ、この子が今夜の客になら
ないかしら?」と、見るとは無しに赤いTシャツに包まれたほっそりとした身体をそっと
観察(・・わぉ、そんなにイヤラシイ目で見ていたワケじゃないのよ)し続けた。それに
今夜は他にあまりイイ客もいそうに無いし・・・

「ねぇ、1人なの?あたしと遊ばない?」
 そう声を掛けると、彼はうっとりするほど綺麗なブルーの瞳で私を見て、可愛い口元に
笑みを浮かべたけれど、それからちょっと声を落として、
「金が無いんだよ」
 と、答えた。ああ、お金が無いの・・・じゃ、お呼びじゃないわね、と私は自慢のスト
レートヘアを肩越しに投げて、でもプロらしく色っぽく微笑み返した。
「ごめんね。また今度−」
「いやな坊やね。でもあんたみたいに綺麗な子なら、その「また今度」に期待しちゃおう
かな。ね、じゃ約束して」
「約束・・・って?」
 彼は怪訝そうに小首を傾げた。こうするのよ、と私は彼の頬に片手を当ててふっくらと
したその唇に軽くキスした。と、案の定、彼は目を丸くして慌てたようにツイッと私から
逃れた。驚いた事に頬までうっすらと染めて−。
「あーら、失礼ね。逃げること無いじゃない?それともあたしみたいな女とはキス出来な
いってワケ?」
 少し険しい表情を作って(本当は噴き出したかったんだけど)ホットピンクの唇を尖ら
せて言うと、これまた案の定、彼は狼狽えたように盛んに瞬きして、
「ごめん、そんなつもりじゃ・・・」
 と、頭を掻いた。あそ、それじゃどんなつもりだって言うのよ?と私はさらに意地悪く
澄まし返って言ってやった。うふふ、また赤くなって、そして暫しの沈黙・・・この子っ
たら、本当に可笑しいし、それにやっぱりとっても可愛いわ。ねぇ、まさかチェリーボー
イなんじゃないでしょうね?
 と、
「あの−」
 フン、と横を向いてWのフォーローゼスを口に運んでいた私の肩を彼が叩いた。
「ん、なぁに?」
「ね、もうすぐ連れが来るんだ。で、用事が終わるまで少し待ってて貰えるなら、あなた
と遊べると思うんだけど・・・」
「お連れさんにお金を借りる、っての?」
 彼は、うん、と少し照れたような笑顔で頷くと、もう炭酸など少しも効いていないだろ
うと思われる温そうなビールを飲み干した。
「いいわ。でも、違う相手が見つかったら、構わずに行っちゃうからね。あんたの用事が
済んで、その時にまだあたしがここにいたら・・・そしたら遊びましょ」
 うん、と彼は思わず抱きしめてしまいたくなるような、とびっきり可愛い笑顔を見せて、
もう一度、頷いた。


 それから2時間くらい後、私は彼とさっきのバーから1ブロックほど離れた " そういう
ホテル " の一室にいた。
「ね、さっきのオジサマ、あんたのイイ人なの?」
「うん、まぁね」
 バスルームからバシャバシャと水音を響かせながら彼が答える。先にシャワーを浴びて
もいいか、と部屋のドアを閉めるなり言った彼に私は「いいわよ」と頷いてやった。だっ
て、「お待ちどうさま」と戻って来た彼は、どう見ても身体を洗って来たとは思われない
様子で、身体を寄せるとほんの少し、汗の匂いが残っていたのだ。
(あの格好いいオジサマ、どんな風にこの子を可愛がったのかしら?)
 私はむしろそのアトをそのまんま見たいな、と思ったくらいだったが、彼はとても気に
しているようで、とにかくソレをすっかり洗い流してしまいたかったらしい。

 そう、あれから間もなく、彼が言った通りに一人の紳士が現れて・・・
(やぁ、待たせてしまったかな?)
 粋なボルサリーノに良く手入れされた口髭の、といった格好いいその中年はすごくセク
シーな声で彼を差し招くと、このバーでは見かけた事も無いのにとても物慣れた様子で、
(部屋は空いているかね?)
 と、バーテンダーに訊ねた。はい、どうぞ、とキーを渡しながらバーテンダーが天井を
指差す。だいたい当然のように、こうしたバーには二階にそうした部屋があってそういう
事をスルために借りるんだけど、私はちょっとバックマージンが高過ぎる気がしてあまり
ここは使わない。
(あの−)
(うん?)
 彼がチラッとこちらを見ながら、すごく真面目な顔でその紳士に何かを言っている様子
に私は二人のやりとりが手に取るように分かった。ほぉ、と微かに口元を綻ばせた紳士が、
私にボルサリーノを軽く傾げて見せたので、私は「待つ」事に決めた。彼は「軍資金」の
調達に成功したようだ。それから二人はちょっと人目を避けるようにしながら、二階へと
上がって行った・・・

(ふーん、あんた、チェリーボーイかも知れないけど、バージンでは無いってワケね)
 と、私はおかわりを頼んで、さっき彼がしていたように頬杖を突いたのだった。


「オンナを買いたい、だって?ふふふ、おまえも一端の口を利くようになったものだな」
「痛ッ!」
 突然、優しかった手が革の鞭のような一撃を見舞った。
 驚きに見開いたブルーの瞳が怯えを孕んで、少し潤んで見える。
「怖がる事は無い。ただ、可愛いおまえがあんなオンナを抱くのかと思うと・・・」
 大きな手と男の身体はもう少しも優しくは無い。
 無造作に、彼の肉体をただSEXの相手としてだけ扱い、与えるよりも自らが更に多く
の快楽を得るために動き続けて、彼に声を上げさせた。
「う・・・くっ・・・」
「ふふ、些か悔しくてね」
「あぁっ・・・お願い、もう・・・」
「おや?そんな事ではあの手のオンナを悦ばせる事は出来んぞ。ふふ、ほら、教えてあげ
よう。さあ、もっと足を開いてごらん」
「嫌だ、痛いってば・・・やめて、やめて・・・」
 しかし、何度、懇願しようとも男のそれはますます猛り勃つばかりで、彼は責め苦から
逃れようとシーツを握り締め、涙を流し−、それでもその動きに身を任せているしか術が
無く・・・そうして、やがて彼はいつものように男の巧妙なSEXに酔わされ、汗を流し、
さっきとはトーンの違う声を上げて自らもその男が貪っている快楽を食む。
「ああ、もっと!ねえ、もっと!もっと!」
 いい子だ、おまえは可愛いよ、と耳の中に囁かれて、彼は・・・


 意外にも照れた笑顔がウソのように、彼はSEXが巧かった。
 抱きしめて、接吻けて、優しく激しく、決して急いだりせずに、だけどちょっとワイル
ドに・・・このトシでこんなに悦いのはきっとあのオジサマの教育が−、などと二人の姿
を想像(いえ、妄想ね)していたら、思わず達かされそうになって(だって、なんかお耽
美だし、萌えるじゃない?)、私はナイトランプのぼんやりした薄闇の中で強く瞬いた。
 見せかけだけのチェリーボーイね、と笑うと、彼は、
「俺はいつも、この見た目で損しちゃうのさ」
 と、苦笑した。
「いいじゃない?あんた、イケてるわよ。女はあんたみたいのに弱いんだから」
「そうかな?でも、女ってジョーみたいなのに弱いんだろ?」
「ジョー?」
「ああ、俺のダチさ。セクシーだって、いっつもイイところを持ってかれちまうんだ」
 きっとジョーはあんたとは正反対のタイプね。見るからに「オトコ!」って奴でニヒル
に眉を寄せてるんでしょ?と、言いながら、まだ微かに濡れているチョコレートブラウン
の髪を額から掻き上げてやると、
「へぇ、その通りだよ。驚いたなあ」
 と、彼はまた子供っぽい可愛い笑顔を見せた。ふふ、あたしはプロだもの、などと軽く
受け流したが、あの髭のオジサマは何度もこんな顔を見た事があるのね。あんたを苛めて
(だって、灯りを消す前に見たあんたの羨ましいくらい綺麗な肌には、真新しい痣がいく
つもあったわ)押さえつけて泣かせるんでしょ?と、訳も無くちょっと腹が立った。
 そして・・・
(くぅっ)
 彼が呻き声を飲み込んで、男に貫かれる時の顔を思い浮かべると無性に悔しくて・・・
でも、同時に私はその様にとても欲情していた。
(もし、オトコだったら−)
 きっと私もあんたを抱いて、それで泣くまで苛めてみたいな。それで・・・
(悦いよ、どんなオンナもおまえには適わない・・・)
 なんて言ってみたいな。ね、あのオジサマもそう言ったんでしょ?で、あんたはその天
使様みたいな笑顔をあいつに見せたのね?馬鹿ね、あいつにはきっと奥さんも子供もいる
のよ。あんたなんかただの玩具よ。飽きたら、きっと捨てられちゃうんだから・・・
 あたしみたいに、と私はワケの分からない事を言いながら、女のやり方で彼を激しく攻
め立てた。吃驚したのか、
「どうしたって言うんだい?」
 と、訊いたけれど、この子、やっぱり " 馬鹿 " じゃないわ。それからはもう何も言わ
ず、私と一緒にただSEXに没頭してくれた。何だか少し大人びた顔で、私の自慢のスト
レートヘアを優しく撫でて、
「愛しているよ」
 と、切ない声で甘いウソをついて、キスしてくれた。

 きっとあんたも哀しい思いで、あのオジサマのウソとキスに酔うふりをしてんのね。
 何もかも分かってて、
(ねえ、何でなかなか会ってくれないのさ?)
 なんて駄々を捏ねたりしてんでしょ?

 そうして暫くの間、愛しあって・・・
「ん−」
 僅かに苦痛を含んだその声に目を開けると、彼が白い喉を仰け反らせて、軽く唇を噛み
しめているのが、長い睫毛が微かに震えているのが見えた。
「ね、達って」
 うん、と彼は素直に頷いて・・・。


「お嬢さん、それだけですか?」
「ええ、それだけです。夕べ、この若い人は間違い無く私の客でした」
 私は彼の写真を凝視めながら、刑事の質問にそう答えた。
「こっちの帽子の人は知りませんわ。でもこの若い人は私と角のホテルに−」
「つまりこの若い男に、夕べ、あなたは買われたって訳ですね?」
「いけませんか?私はお金さえ支払って頂ければあなたとだって寝ますわ。それに、その
お金が誰かがこっそりあなたのポケットに入れたものかどうかなんて事も、ぜーんぜん気
にしませんもの」
 ちょっとちょっと、お嬢さん、と刑事は苦笑いを浮かべて、
「分かりました。で、彼とは朝まで一緒だったんですね?」
 ええ、と私はウフフッ、と色っぽく笑ってやった。若い人って疲れますわね。一晩中、
ですもの。こほん、と些かその辺りに衰えを感じていると思しき刑事は咳払いをすると、
ご協力に感謝します、と写真とメモをしまったが、
「こいつらは国防大臣官邸爆破事件の容疑者として指名手配されていますので、また現れ
たら必ず通報して下さるようお願いします」
 と、言い残して行った。
「ええ、必ず」
 などと笑顔で答えたものの、私は「まさか!」と思った。
 でも・・・
憎たらしい警察になど言いやしなかったけれど、あのオジサマと二階へ消えていた間の事
は、私には分からない。
 彼はオジサマと寝ていたのか?・・・寝ていたとしても汗にはなるし、痣を付けられる
事もあるだろう。でも逆に、もしかしてあのイケ好かない国防大臣のお城のどこかの部屋
を吹っ飛ばしに出掛けていたとしても・・・汗になったろうし、痣になる事にも出くわし
ただろう。

(ま、どうでもいいわ)
 と、私は肩を竦めて、Wのフォーローゼスのグラスを取った。
(またね)
 うっとりするほど綺麗なブルーの瞳で私を真直ぐに見、それからとびっきり可愛い笑み
を浮かべて、
(愛してるよ)
 そんな優しいウソをついてくれた彼にもう一度、会いたいとは思うけれど・・・
 そうね、きっとそれは適わぬ話だもんね。


              (ホントワール諜報工作中のエピソード@捏造篇(爆))


- The End of The Waiting Time (2) -



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