I wish ....(2)

by さゆり。

(裁きの日が来たと言うのか?)
 大地は揺れ、大気は震え、燃え盛る地獄の底の大釜が地上のすべてを飲み込もうとしている。いや、こういう宗教的な例えは科学者としての自分には相応しくない。しかしすべての事象が、こうした聖書の中に預言された言葉に何と当てはまる事だろうか・・・。

 国際科学技術庁本部に世界中から送られて来る地殻異変のデータに、科学者達は眉をひそめ続けた。刻一刻と、地球は確実にその姿を消そうとしている。
「明神礁が火を吹きました!」
 また新たに受信したデータが、悲痛な叫びを呼ぶ。
「我々の計算以上に異変の推移速度が早いぞ。このままでは・・・。」

 予測のつかない不安がピンと張りつめた空気をさらに冷たくする。ここで見る限りは、地図上に点滅する無気味な光点があちらへ、こちらへとその数を増して行くだけだが、実際その地点には・・・街があり、人が居り、暮らしが、それぞれの人生が存在しているのだ。彼らはどうなっているのか?裂けた大地に飲み込まれ、崩落する海岸と共に海中に没し、吹き上がるマグマに焼かれ、生命は確実に失われつつあるのだ。地獄の苦しみとともに・・・。
「偶発的に起こった地殻の変動とは思えんな。まったく関連性のない火山帯や地溝帯が一斉に活動を開始するなんて・・・。」
 一人の科学者が誰に言うとはなしにそう呟いた。
(そう、これはあの悪魔どもが仕掛けた大博打なのだ。)
 ぎゅっと唇を結んで、しかし南部はそれに答える事なく踵を返した。
「南部博士!」
 追い縋るようにアンダーソンが呼び止める。
「ああ、長官・・・。」
「良いのですか?このまま真相を発表せずに・・・。」
 南部とて世界中の人々に真相を、とは思うが必ず起こるであろう大パニックを考えると、そう出来なかった。以前、奴らがバンアレン帯を降下させるというとんでもない作戦を取った時、事態の収拾を話し合うために集まった各国の代表達でさえ浮き足立ち、パニック状態寸前に追い込まれた。
(まして今回はその代表を召集している時間さえ無い。)
 アンダーソンにももはやすべてを南部に委ねるしか取るべき道は無かった。
だが・・・。
「そうなったら我々はすべての信用を失い、地球は奴らの手に渡るでしょう。まったく恐ろしい事です。」
 常に自分と自分の作戦を信じ、全面的に支援してくれたアンダーソンがふと気弱げに微笑んだのを見た。彼には南部が抱いている懸念が分かるのだろう。(地球を欲している者が、その目的である地球を消滅させる訳はない・・・)
 バンアレン帯を降下させたV2計画の時には当てはまった事だが、果たして今回もそうなのだろうか?・・・南部の懸念はそこにあった。だが、南部は、
「ですから、彼らを信じて、待って下さい。」
 と、きっぱりと繰り返すのみである。彼らは、科学忍者隊は必ずやこの地球を、正義を守り抜く。自らそう信じずに、誰が死地へ赴き、血を吐く思いで戦い続けている彼らに報い得ると言うのか?
「分かりました。南部博士、例え裁きの日が来ようとも、私はあなたと忍者隊の諸君を信じましょう。」
 そう言って、アンダーソンは穏やかな笑顔を浮かべた。
「ふぅ・・・いささか疲れましたな。博士も少し休息を・・・。」
「ありがとうございます、アンダーソン長官。」

 だがもちろん、自室に戻っても南部には休息を取っている時間は無かった。膨大なデータや資料を検討し、それらから得られた情報から「真実」を見い出さなければならない。そして未来へと続く道を見つけ出さなければならない。
 地球の未来、平和で明るい地球の未来・・・それこそが南部の生涯を賭けた夢であり、すべてを犠牲にして追い続けるたった一つの望みだった。だから南部はここ数日の不眠不休も忘れて、デスクに向かい続けていたのだが・・・。
 ふいに、
「博士・・・南部博士・・・。」
 と、呼ぶ者があった。その声に驚いて顔を上げた南部は目を見張った。
「ジョー!ジョーじゃないか・・・いったい何処へ行っていたんだね?」
 壁一面の書棚の前の暗がりに、ジョーが立って居た。
 見慣れた痩せた身体が、きちんと整えられたダークブロンドが、そして豊かな前髪がわずかに影を落とす彫りの深い顔には、これも見慣れた少しはにかんだような、照れたようなブルーグレイの双眸が微かに笑っていた。
「クロスカラコルムです。たった今、そこから戻って来ました。」
「やはり、そこに居たのか・・・で、健は、忍者隊はどうした?みんなには会えなかったのかね?君を探してみんなもクロスカラコルムへ飛んだんだが。」
「いえ、会えましたよ。最初はなかなか会えなくて、ずいぶんともどかしかったけれど・・・博士、俺は健に奴らの本部への入り口を教えました。だから、安心して下さい。きっと今頃、健が何とかしてくれているでしょうから。」
 ジョーはそう言いながらデスクの前まで来ると、そうか、ジョー、良くやってくれた、と顔を輝かす南部に力強く頷いて見せて、それからすっ、と右手を差し出してゆっくりと掌を開いた。そこにはバラバラに破壊された彼のブレスレットがあった。
「なるほど、この状態だったのでモールス信号しか送れなかったのだな。」
 ええ、と頷いて、ジョーはそれを静かにデスクに置くと、
「博士、俺の予備のブレスレットを貰えませんか?これじゃ、健に連絡も取れやしない。」
 と、言った。そうだな・・・と、南部はキャビネットの金庫から真新しいG2号用のブレスレットを取り出すと、ジョーの左手を取った。それを手首にはめてやりながら、
「ジョー、身体の具合はどうなんだ?まったく無茶な事をして・・・」
 と、訊ねた。目の前にあるブルーグレイの瞳が、素直な謝罪の色を浮かべて瞬き、すみません、ご心配をかけて・・・と、小声で答えた。
「ジョー、今回の一件が決着したら、今度こそちゃんとした検査を受けるんだぞ。小さな病院でのたった一度の検査で確定診断など着くものでは無い。ジョー、おまえがあと数日の命だなど、私には信じられん!ジョー、おまえがいなくなったりしたら、健が、みんながどんなに哀しむ事か・・・だからー」
 思わず南部はジョーの両肩を掴んで、そう言っていた。
 はい、と穏やかな笑顔を浮かべるジョーはしかし至極健康そうに見えたし、ここ暫く見せていた刺々しさも荒々しさも無い。はにかみを含んだその笑みは少年の頃と少しも変わらず・・・。
「博士、いつもお言葉に逆らってばかりいて申し訳けありませんでした。俺は甘えていたんです。捻くれて、逆らって、そうして我を通す事で、俺は博士や健がどのくらい俺を思ってくれているかを確認していたかったんです。」
「・・・馬鹿な事を言うものではない。私が、健がおまえの事を思わぬ訳が無いではないか?」
「はい、博士。ありがとうございます。いつもいつも、俺の事を・・・あの時、BC島のあのビーチで、血だらけで転がっていた俺を抱き上げて下さった博士の腕の温もりは決して忘れません。」
 南部はその時、すぐ側に居るはずのジョーがスッと遠離ったように感じ、
「ジョー!何処へ行く?」
 と、その肩をまた掴もうとしたが、もうそこにジョーは居なかった。
「博士、俺の望みは叶いました。だから、健が・・・みんなが・・・必ず地球はあいつらが・・・。」
 すぐ側に居るはずのジョーが、ひどく遠くからそう言った。
「ジョー・・・!」
 ジョーが笑顔のまま片手を上げると、その指には健のブーメランがしっかりと握られていた。そして身を翻すと、ジョーは、タッ、と軽やかな足取りで走り出した。顔を上げ、真直ぐに前を見つめて、ジョーは走って行った・・・。
 
 
「・・・ジョー!」
 思わず呼んだその名が南部の意識を覚醒させた。我知らず落ちた微睡みの中、疲労が見せた夢だろうか?気にしつつも、未だ行方が分からぬジョーへの思いが見せた姿だったのだろうか?
 それは、クロスカラコルムから、すべてが終ったとの健からの報告を受ける1時間ほど前の出来事だった。


「思い悩んだからといって、あなたたちの心の中のだれが、
           わずかでもこの世の命をのばすことができようか。」
                    (マタイによる福音書より)
 
- The End -


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