I wish ..... - The original plot by Dango -

by さゆり。

「ジョー、帰るの?」
 激しく愛しあった後の甘いけだるさをまとって、マリアとか名乗った女がジョーに訊いた。明日も朝からトレーニングがあったし、特にジョーは基礎体力が不足しているとかで早朝のランニングまで教官から言いつかっていたのだが・・・。
「いや、泊まって行く。まだ宵の口じゃないか、もっと楽しもうぜ!」
 嬉しいわ、と艶かしい笑顔を見せるその女から咽せるほどキツイ煙草を受け取ると、ジョーはもうすっかり皺になってしまった安宿のベッドにひっくり返った。
(へん、つまらねぇトレーニングも、苦しいだけのランニングも真っ平だぜ!勝手にしやがれ・・・!)
 その頃、ジョーはとにかく全てが面白くなくて、唯一、反抗する事だけに生き甲斐を見い出しているような、どうしようもないガキだった。


「おはよ。」
 汗に濡れた前髪を首を振って払い除けると、健はにこり、と笑いながら片目をつぶって見せた。ずいぶん走って来たのか、はぁはぁと息を弾ませている健の横にそっと並んで、ジョーも走り出す。
「ふふ、もうすぐ家だぜ。狡い奴だな、ジョー。」
「ちょっとばかり寝坊しちまったんだ。健、おまえもランニングしろって言われたのか?」
「いや、おまえと一緒に走ろうと思ってさ。でも、おまえがいなかったから、俺がおまえの分まで走って来たぜ。」
 そいつはすまなかったな、とジョーは外方を向いて小声で詫びた。そうさ、健は教官にランニングメニューなんか追加されやしない。こいつは真面目につまらんトレーニングにも励むし、夜遊びもしないし、おネエちゃんと朝まで、なんて馬鹿な真似もしやしない。
 だから、ジョーはいつまで経っても健に適わなかった。
(ジョー、真面目にやれ!いくら健には武術の心得があると言っても、おまえのはサボリ過ぎだぞ。ほら、しっかり押さえ込んでみろ!)
 教官に怒鳴られる通り、ジョーは健を押さえ込む事も投げ飛ばす事も出来なかった。
(パンチ力と持久力はおまえの方があるし、頑張れば絶対に健よりも強くなれるぞ!)
 別に俺は健より強くなんかなりたくねぇや、と誰に何と言われようと・・・いや、言われれば余計に、だ・・・ジョーが自ら「面白い」と思うものーガン・シューティングやカー・ドライビングは特に気に入っていたーにしか真剣に取り組もうとしなかった。
 そんなジョーに、教官も南部もずいぶんと頭を痛めていたようだが、やりたくないものは、やりたくない。同じ汗を流すなら、相手は甘くて柔らかい女がいい・・・ジョーはそう思っていた。
(夕べのマリアって女はなかなか良かったな。)
 あれから2度、3度と愛し合って、眠ったのはもう夜も白々と明け始めた頃で、まだ女の温もりと残り香がジョーを抱きしめて放さない。
 と、
「ふぅー。」
 肩が触れ合うくらいのところで、健が大きく息を吐いた。仰向いた顔が微かに紅潮して汗が光っている。ちょうど親指が1本入るくらい開いたままの唇から、ちらりと花の色をした舌先が覘いた瞬間、ジョーは昨夜の情事を思い出してドキリとした。
(悦い、ジョー・・・あ、悦い・・・)
 その唇が、今にもそう言いそうな気がして、ジョーはごくりと唾を飲んだ。
 が、
「どうした、ジョー?俺の顔に何か付いてるのか?」
 瞬いて見返せば、そこには怪訝そうな健の顔があった。
「う?いや、何でもねぇよ。」
(馬鹿野郎!こいつはおネエちゃんじゃねぇぞ、間違えるなよ!)
 顔と身体が熱くなるのにどぎまぎしながら、ジョーは自分と健を誤魔化した。
 しかし、
「あー、汗をかいたなぁ。ジョー、シャワーを浴びないのか?」
「さっき浴びて来たばかりなんだよ。」
 へぇ、さては一晩中、汗になる事をしてたんだな?と、悪戯っぽく笑って、健はいつものようにシャワールームの前で、バサリと潔くウォームアップスーツとTシャツを脱ぎ捨てた。ジョーは見慣れているはずのその白くて肌理の細かい裸身をーまだ少年の身体のままに細かったが、すでに男らしい筋肉がバランス良く付きつつあったー妙に胸がドキドキして、何故か正視出来なかった。 


「Merry Christmas、ジョー!」
 様々な訓練の合間にやって来たクリスマスは特別なものでも無いが、健は礼儀正しく、そう挨拶をした。
「ああ、Merry Christmas、健。」
 ジョーもおざなりに挨拶を返し、さて今夜は博士も戻らない事だし、夕食が済んだら、街へでも繰り出そうか・・・と、上の空のまま、マイクロウェーブで温めたチキンの皿を健に渡した。温暖なユートランドとてクリスマスの頃には、朝晩は冷え込むようになるが、それでも晴れた日の昼間は半袖で過ごせるのだから、あまり気分は盛り上がらない。しかし、トレーニングは休みになったし、嫌いな教官も煩い使用人もニューイヤーまで居ないというのが嬉しくて、ジョーは気分が良かった。
「そうだ!健、今夜はバイクを使うかい?」
「いや、使わないが・・・ジョー、街へ行くのか?」
 へへ、まぁね、と意味ありげに笑うジョーを少し羨ましそうに見て、健は、
「いいなぁ、ジョーには友達がいっぱい居て。俺はあんまり街へも行かないから、一緒にクリスマスを過ごす相手も無いや。」
 と、だが比較的軽い感じで言った。だからジョーも気軽に言ってやった。
「そうさ。健、おまえは馬鹿だぜ。訓練、訓練って真面目にやったからって、面白い事は何も無いじゃないか?そうだろ?」
 ジョーのその言葉に、かもな、と笑って頷いた健からバイクのキーを受け取ったものの、ジョーはこの広い家でたった一人でクリスマスの夜を過ごさねばならない健を思うと、何だか出掛ける気が失せた。いくら健が強くても、それは寂し過ぎる気がする。
「なぁ、健、お祝いにシャンパンでも飲まないか?」
「シャンパン?そんな物、どこにあるんだ?」
 目を丸くする健にウインクして、ジョーは南部の書斎へ入って行くと、バー・キャビネットからきちんと気持ちの良い温度に冷えたシャンパンのボトルを持って来た。
「モエ・エ・シャンドンのヴィンテージ・ドン・ペリとは、さすがは博士だ。趣味がいいぜ!お、こっちはクリュッグのグランド・キュヴェだってさ。」
「おい、ジョー、でも勝手に飲んじまっても怒られないかな?」
「大丈夫さ。クリスマスを祝うために飲むんだぜ?怒られるもんか・・・そうら、Merry Christmas!」
 ポンッ!と小気味の良い音を立てて栓を抜くと、クリームのように滑らかな泡とともに素晴らしい香りが部屋の中に広がる。シャンパンはいつだって人を幸福へと誘ってくれる。2人は歓声を上げて、ほの甘い香りの黄金色のシャンパンを飲んだ・・・次から次へと・・・かなり大量に、何本も何本も。

「ジョー、おい、ジョー・・・。」
 自分の名を呼ぶ優しい声に、ジョーは目を開けた。
「う、ここは?・・・あ、なんだ、俺の部屋か。」
 シャンパンを飲むうちに何だか堪え切れないくらい可笑しくなって、2人はけらけら笑いながら訳の分からぬ冗談を言い合い、それからまたシャンパンを飲んでは大笑いして、やがて知らぬ間にジョーのベッドで折り重なるようにして眠ってしまったらしい。
 月明かりを頼りに目を擦って見ると、健が顔を覗き込んでいるようだった。
「ん?健、どうした?自分の部屋へ帰って、寝・・・」
 あの時のように、親指1本分くらい開いた健の唇がゆっくりと近づき、そう言いかけたジョーの唇を塞いだ。まるでシャンパンの泡のように柔らかくて滑らかなその感触・・・差し入れられた舌先の熱さ・・・間近に嗅ぐ甘い吐息・・・きらきらと濡れたように光る青い瞳・・・そして、思わず抱きしめた腰の細さ・・・健のそれら全てにジョーは再び熱く酔った。酔って、そのまま身体を重ねてしまいたかった。
 が、
「駄目だ。ジョー、おまえは俺を押え込めやしない。」
 と、半ば朦朧とした意識の底で健がそう言って、くす、と笑った気がした。

 翌朝、と言ってももう昼過ぎだったが、2人は目覚めと同時にひどい二日酔いに悩まされ、おまけに帰宅した南部からお小言ーシャンパンを勝手に飲んだ事に対してではなく、無茶な飲み方をした事について、「急性アルコール中毒になったらどうするのだ!」と叱られたのだーも、しっかりと頂戴する事となった。
「参ったな。でも、楽しかったぜ。」
 と、健はにこりと笑っているが・・・ジョーには複雑な思いが残った。
「おい、健、おまえ、何だって俺にキスなんかしたんだ?」
 そう訊ねると、健は真ん丸な目をして心底驚いた顔をしたし、次の瞬間には、
「馬鹿野郎!寝ぼけるのもいい加減にしろーっ!」
 と、殴りかかってさえ来たが、ジョーにはあれがただの夢だとは、どうしても思えなかった。夢だと言うには、あの夜の健はあまりにも艶かしく、そして忘れ難かった。
 だから、ジョーは決心した。
「ちくしょう!健よりも強くなって、きっとあいつを押さえ込んでやるぜ!」
 と・・・。


「ジョーはどうしたのかね?」
 トレーニングの様子を見ながら、南部が教官に訊いている。
「何か思うところがあったんでしょう。ジョーの奴、すっかり真面目にやるようになりましたよ。私も驚いているんですがね、いやぁ、あのジョーが自分から反復横飛びまで熱心にやってくれるとはねぇ!」
 教官は大いに満足の様子だし、南部もホッとしたようだ。
「うむ・・・まあ、何があったのかは知らないが、これでジョーに関しては、一安心と言ったところかな?」

 南部と教官のそんなやり取りを聞きながら、健はくす、と小さく笑った。
 
 
- THE END - Special thanks to Dango-san !


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