HONEY AND LEMON
−後日談−

by 小市民


 ジョーが健の元を訪れたその明くる晩、ユートランド・シティにある最大の某高級チェ
ーン系列ホテルに於いて、各国の要人を招いてレセプションが開催されていた。レセプシ
ョンが佳境に入り、南部がスピーチのために檀上に立ったまさにその時・・・。
 突然会場の明かりが全て落ち、それとほぼ同時に銃声が響く。火薬の臭いと煙の中、婦
人の甲高い叫びと、紳士のどよめきが複数重なる。
 そこまでは、完全にそれを仕組んだ者達の予定通りの運びであった。予定外だったのは、
システムをダウンさせた照明がすぐに復帰したことと、正確に狙って銃弾に倒れた筈の南
部が、檀上のどこにも確認できなかったことであった。
 瞬時に失敗を察知し、現場を捨てて逃走を図った工作員達に、更に不測の事態が襲った。
退路を断たれ、拿捕されようとは夢にも思っていなかった。完璧な計画と綿密な会場の下
見・・・。この計画が成功すれば、隊長に昇格だったのに・・・、と工作員は自分よりも
かなり年若い少年達に束縛されながら漠然と考えた。
「その様子じゃ、すっかりもう風邪は良いみたいだな。しくじりはしないかと正直、冷や
冷やしたぜ。」
「任務中に何を不謹慎なことを・・・。ジョー、あっちの敵はお前に任せた。」
 ジュンと甚平によって、出席者を安全な場所へ避難させ終えた雑然とした会場で、健は
捕らえた工作員に注意を払いながら次の命令を与える――。こうして南部の暗殺計画は未
然のものとなった。

***

 翌日、科学忍者隊のメンバーは、ISO本部にある南部博士の執務室に集まっていた。
昨晩の任務の結果の全体像をいち早く、その命令を下した本人の口から聞きたかったため
である。が、その日は国連の代表との会議が入っており、南部が忙しい合間を縫って辛う
じて執務室に顔を出したのは、今回の事件について、5人であれこれ推測をしたり、議論
をし尽くしたお昼を大分回った頃であった。
 秘書を従えて執務室に入って来た南部は、淡い色合いのスーツを端正に着こなし、疲れ
の片鱗も感じさせず、いつもと違わない完璧な紳士ぶりであった。痰が絡んで咳き込む風
のジョーの様子を視界の端に捕らえながら、挨拶もそこそこに手短に本題に入った。
「昨日の警護はご苦労だった。せっかく集まってもらって済まないが、またすぐに会議に
戻らなくてはならない。昨晩の件については、日を改めて詳しく説明しよう。健とジョー
の捕らえた工作員は、今情報部が尋問を行っている。いずれ、ISO内部の内通者の名が
割れるだろう。そのタイミングで次の任務の指令を与えるので、各々コンディションを整
えておくように。」
「ラジャー!」

「ところでジョー、さる筋から聞いたのだが・・・。ジョーはウォーカーのアルバイトに
精を出しているそうではないか。ご婦人方のエスコートも良いが、日頃の健康管理には十
分気を付けてくれ給え。」
 意味ありげな視線でジョーを一瞥し、南部は言葉を継ぐ。
「健に続いて君まで風邪かね。おぉ、そうだ、後でケイトにマスクを届けさせよう。ISO
がSARS用に改良した、どんなウィルスも透過させないN95を超える性能を持ったマスク
だ。他のメンバーに感染すことのないよう、マスクを装着し給え。」
 そう言い残すと、南部は秘書の声に促されるままに慌ただしく執務室を後にした。
(ちっ、あの野郎、余計なことをしゃべりやがって。パーティーでよく顔を合わせる度に
何も言わないから、逆に嫌な予感はしたんだが。博士にチクっていやがったな?しかも博
士、何もそんなことを皆の前で・・・。)ジョーは一人心の中で毒づく。

 案の定、変声期を迎えた何事も知りたい年頃の少年の声が、南部の去った執務室に無遠
慮に響く。
「“ウォーカー”って何のことだい?」
「・・・甚平はそんなこと知らなくていいの!!」
「んだんだ、甚平には、まだちぃーっとばっかし早いの。」
 竜の同意の声が重なり、ジュンの諫めるような声に、甚平が「ちぇっ、おっかねーの。」
と首を竦め、上目遣いで機嫌を伺うという、見慣れたやり取りが繰り広げられる。さらに
ジュンの声の矛先はジョーに向けられた。
「ジョー、最近“ジュン”に顔を出す回数が減ったと思ってたら・・・そうゆうことだっ
たのね。よーく判ったわ。」
「仕方ねぇだろう?こっちにも色々事情ってもんが・・・。」
「へぇ?どんな事情かしら?そうね・・・、じゃぁ、せいぜい頑張って稼いで“ジュン”
のツケを払って頂戴。何なら健の分も合わせて払ってくれても結構よ。」
 ジュンは、腰に手を当て、口にはにこやかに笑みを浮かべながら、言った。それでも眼
は真剣だったから、ジョーにしてみれば、余計に怖かった。

 話題の雲行きが怪しくなり、ジョーは思わず縋るように健を振り返ったが、当の頼られ
たリーダーといえば、口笛を吹きながら窓際へ行って、何の変哲も無い高層ビルだらけの
街並みとグレーの空の景色の眺めるようにして考え事に耽っている振りをした。ジョー達
に背中を向けて、あくまでも話が聞こえない風を装うつもりらしい。いよいよジョーは孤
立無援となってしまった。
 それでも、何とか取りなすように、ジュンに一歩近づこうとすると、すかさず鋭い声が
飛んでくる。
「やだ、近づかないで、風邪が感染るじゃない。博士の言う通り、マスクをちゃんと付け
るのよ。きっと似合うわねー。」
 最大級の嫌味を込めてにべもなく言い放たれ、ジョーは二の句が継げず、ただ黙り込む。
(ついこの間、『健の風邪なら喜んで感染るわ〜』などと、ぬかしやがったのは何処の何
奴だ?!だったら喜べ、俺が引いてるのは健の風邪だぜ。ただし“元”が付くけどな
・・・。)
 ジョーは心の中で思ったが、そんなことを言おうものなら、収集が付かなくなるのは火
を見るより明らかで、口が裂けてもそんなことは言えない。
 そうこうしているうちにジュンは、ジョーに向かって「イーっ」と、しかめっ面を向け
ると、弟分の襟首を掴み引きずるように退場していった。
 少し乱暴に、冷たく閉められた扉を見送りながら、ジョーは、ため息を一つ吐いた。
(ああいう嫌味なところが無ければ良いオンナなんだが・・・。あんな性格で嫁の貰い手
が無くなっても知らねぇぞ。)などと口には出さないが、余計なお節介を考えてしまうの
はジョーの優しさであり、損な質かも知れない。

「ジョー、本当に辛そうだな。今日はもう早く帰って休んだらどうだ?昨夜の報告書と
・・・、それと、先週のバードミサイルの件の始末書の方は俺が何とかしておく。お前は
風邪を治す方が先決だ。くれぐれも早く帰ってちゃんと休むんだぞ。」
 風邪を感染してしまったという罪悪感によるものであろうか。(そもそも、直接原因を
作ったのはジョー自身なのだが・・・。健には知る由もなかった。)口調はいつものリー
ダーのそれであったが、やけに行き過ぎた気遣いと、それでも有無を言わせない健の強い
視線に見送られるようにして、早々にジョーISOを後にした。

***

 ユートランド・シティーの郊外ある殺風景なトレーラーハウスが、日が落ちる前の時間
帯に主を迎え入れたのは久しぶりのことであった。当の主はというと、大して食材の入っ
ていない冷蔵庫を形ばかりに漁り、チーズとプロシュートをつまみ代わりに赤ワインを胃
に流し込むと、これまた珍しく早々にベッドに入った。よほどリーダーのお達しが効いた
のだろうか、それとも、帰路に着く廊下で若い女性職員から、マスク姿を指さされて笑わ
れたショックのためだったのだろうか・・・。

 が・・・、風邪などアルコールでも飲んで眠れば良くなる、と高を括ったジョーであっ
たが、彼が酷い症状と激しい後悔に見舞われたのは翌朝のことであった。
 少し前の誰かと同様、ベッドから起きあがることもままならなくなった彼が、何とか
ベッドサイドの携帯に手を伸ばし、重い頭でメモリをスクロールさせながら世話を焼きに
来てくれそうなガールフレンドをサーチする。そして、ふと手が止まったのは、他の誰で
もないこの名前だった。
 ――“Ken Washio”

 それから数時間の後、慌ただしくトレーラーハウスを訪れる一人の人影があった。


 THE END (or To Be Continued ?)
 
 



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