クリスマスキャロル

by 小市民

ISOにはユーレイが出るらしい・・・。
そんな子供染みた噂をジュンが耳にしたのは、街中がクリスマス一色になった12月も半ば
のことだった。
ISO本部も例外に漏れず、ビルディングの前には大きなツリーが
“世界の平和を祈って・・・”
 という、もっともらしいメッセージを添えて派手にデコレーションされている。現に戦
いの最中に身を置いているジュンとしては、毎日その横を通るたびに、ツリー見上げなが
ら皮肉ともつかない複雑な気分に陥るのだった。街行く人と同じ気分でクリスマスに盛り
上がりたい一人の女の子としての自分と、それを冷静に諫めるG3としての自分が交叉する
・・・。

その日、ランチを終えたジュンが化粧直しにパウダールームに向かうと先客がいた。ジュ
ンは一瞬足を止める。この声は・・・、経理部のエミリとカオルだ。いつものように髪型
からつま先までバッチリ“かわいい女”を演出したスタイルで、噂話に花を咲かせている。
ジュンはそっと眉をひそめて、(どうか気付かれませんように。)と念じながら、その脇
をそ知らぬ振りをして早足で通り過ぎる。と、その時・・・エミリの声に呼び止められた。
「あら?ジュンじゃない?久しぶりー、最近見かけなかったけど、どうしてたの?」
やっぱり捕まってしまったか・・・。ジュンは2人に悟られないようそっとため息をつく。
一呼吸おいて、にこやかに応じる。
「ホント、久しぶりね。南部博士の会議の付き添いでしばらく出張に行ってたから・・・
ここへの出勤は1週間ぶりなの。」

 南部博士の私設エージェントともいえる科学忍者隊のメンバーには、ISO本部に自由に出
入りができるよう、表向きは南部付きの“秘書”や“ボディーガード”という身分が与えら
れている。経理部の契約社員である彼女達2人とは、表向きの仕事で知り合ったものの、積
極的に声をかけてくるのはいつも向こうだった。何故なら彼女たちの目的は健とジョーの
ことだったから・・・。
ISOの女性の間で健とジョーは絶大な人気を誇っているということをジュンは聞いたこと
があったが(確かにいいオトコなのはジュンも認めるところだ)、顔を合わせる度に彼ら
のことをしつこく聞かれるので、正直辟易していた。

ジュンは先日も同じ場所で彼女たちと交わされた会話を思い出す。
「でも、本当にうらやましい。健やジョーと同じオフィスなんて。」
「そうよ、ズルいわ。私がジュンだったら、毎日思い切り気合入れてオシャレして来るの
にぃ。」
 ジュンはちょっとムっとしたが、それは表に出さず逃げるように取り繕う。
「そんなことないわよ。確かにオフィスは一緒だけど、全然仕事の内容は違うし・・・。
だからほとんど接点はないのよ。」
それにカオルが応じる。
「それが甘いのよ。きっかけは自分から作らなくちゃ。あんないいオトコに発情しないな
んて、ジュンも変わってるわね。ジュン、この前、健には彼女いないって言ってたわよね?
お願い、彼紹介してー。」
 余計なお世話、だとジュンは思っていた。彼女達の言っていることはわからないでもな
かったし、健に想いを寄せる自分の気持ちも自覚している。でも・・・いちいち特殊任務
の度に“発情”していたら仕事にならないではないか。私情を仕事に持ち込むほど子供で
はなかったし、そんな生半可なことでは任務を遂行していくことができないことは自分自
分が一番よく理解している。なのに、何故こんなことを言われなければならないのか?
 コネを使ってISOに就職して、腰掛けのつもりで職場を体のいい花嫁修業所か婿探しの場
所と思っているお嬢様方とは所詮立場が違うのだ。彼女達と話していると“普通の女の子”
ではいられない自分の姿を見せつけられる。
(・・・いけない、随分と皮肉っぽくなってるわ、アタシ。疲れてるのかしら?)
ジュンは自嘲気味に余裕を無くしている自分の気持ちを分析し、密かに自省した。

「聞いてるの?ねぇ、ジュンってばー。」
 カオルの呼びかけで、ジュンはルージュのスティックを手にしたまま慌てて我に返り答
える。
「え?ご、ごめんなさい。今ちょっと別のことを考えてて・・・。で、何のことだっけ?」
「もぅ、やだー。オトコのことでも考えてたんでしょ〜?だからー、“ユーレイ”よ、
“ユーレイ”」
 エミリが舌足らずの口調で念を押すように繰り返す。
「あぁ、ユーレイのことね。・・・へ?ユーレイ?何それ?!クリスマスキャロルじゃあ
るまいし。」
 珍しくいつもと違う話題に、ジュンは内心で多少の驚きと安堵を感じつつ、呆気に取ら
れる。さすがに怪談って歳でもあるまいし。そこへ少々オーバーなアクションとともにエ
ミリとカオルが言葉を継ぐ。
「それがね・・・、B2階のメンテナンス室の男性用トイレに出たんだって!夜中にメンテ
担当の職員が2人、倒れてるのを警備員が見つけてビックリしたらしいよ。ケガらしいケガ
はしてなかったらしいんだけど・・・。」
「でね、慌てて助け起こして事情を聞いたらしいんだけど、どうも当の本人達も訳が分かっ
てないらしくて、全然説明が要領を得ないのよ。」
「そうそう、トイレに行ったら後ろから影が近づいてきて、気がついたらこうなってた、
ってことらしいよね。」
 ジュンは平静を装い話に相槌を打ちつつ、話を聞くうちに内心ではドキドキし、手にうっ
すら汗が浮かぶのを感じた。そう・・・、彼女には思い当たる節があったのだ。


 時を遡ることおよそ半月前・・・。
 夜を徹しての任務を無事に完了し、明け方に帰還した健たち5人が取り急ぎその概略を報
告するためにISO の南部の執務室を訪れたのは、もう日も高く上ったお昼近くのこと。さす
がに疲れた表情の彼らを気遣い、早く体を休めるよう言い残して、南部が最低限のレベル
で報告会を打ち切ったのはちょうど正午であった。

 別件の諜報活動に関連して南部の元に一人足止めを喰ったジュンは、大急ぎでISOビルの
最上階にある展望台兼カフェテラスに向かう。この状況で”彼”が空腹のまま帰るはず無い
とジュンは女の勘で知っていたから。食欲よりも眠気が勝っていそうだった甚平と竜はとう
にISOを後にしたに違いないということも、計算済みだった。
(これくらいは役得よね?)と思いながら、ジュンはセルフサービス式のカウンターで直
ぐに出てくるハヤシライスとサラダのセットをオーダーし、お昼時で混雑した客席を素早
く見回した。

 数分後、やや落胆を隠せない表情で、サラダをフォークで突っつく彼女を、ダークブロ
ンドの男はコーヒーカップを片手に見る。周りの女性職員の羨望を含んだ眼差しの数がい
つもより少ないのは、やはり彼女らが目当てとしていた青い瞳の相棒が居ないせいだろう。
  「健なら・・・、アンダーソン長官の秘書グループのお姉さま方に誘われてな。何でも近
くに美味しいチャイニーズのお店があって、奢ってくれるって言われた途端、ホイホイ付
いて行きやがったぜ。まぁ、モテる奴は羨ましいぜ。」
「あら?ジョーも誘われたんじゃないの?一緒に行けば良かったのに。モテるのは貴方も
同じでしょう?」
 明らかに棘を含んだ言い様にジョーは、
(八つ当たりは勘弁してくれよ。畜生、健の奴、美味しいとこだけ持って行きやがって
・・・。)
と内心毒づきながら応える。
  「冗談じゃないぜ、俺は別に・・・」
 ジョーが反論しようとしたその時、斜め前方から、聞き慣れた単語が飛び込んできた。

  「特殊部隊の・・・科学忍者隊って言ったか?」
 聞き覚えの無い男性の声に自然に意識はロックオンされる。
 ジョーはジュンの肩越しに声の主の方向に目をやる。グレーのつなぎを来た男性が2人、
おしゃべりに興じている。左胸のポケットから下がったIDカードに素早く確認する。あの
カラーは技術系の職員・・・、そこまで観察してジョーは思い当たった。メンテナンスルー
ムで時々顔を合わせる技師の一人に違いない。
  「あいつら、一体どんな仕事してるんだか知らねーけどよ、部品の交換頻度とメンテナン
ス回数の多さは酷いもんだぜ。」
 コーヒーを手にしながら、男にしては少々甲高い声で自分たちの仕事の忙しさを詰る。
 若干年上に見える男がタバコの灰を落としながら同意する。
  「全くだ、あの部隊が動くようになってから、急に俺達の仕事量も増えたぜ。そのくせ給
料は前のままだからたまったもんじゃない。」
  「あの弾薬と弾の補給量の多さときたら、半端じゃねぇ。命中率悪過ぎるんじゃねーか?」
  「どんな奴らなのか、いっぺんツラを拝んでみたいもんだ。バイザーなんかで偉そうに顔
を隠しやがってよ。」
  「ガキや女も混じってるしよ。一体どんな目的で結成されたかは知らねーが、あんな奴ら
の下で働く俺達の立場ってばねーよな。」

  (あの野郎ども・・・。好き放題言ってくれるじゃないか。)
 ジョーの眉が吊り上り、拳が握られているのにジュンは気付き、
「ジョー、ここは人目があるから・・・。」
 と小声で諫める。
「んなことは、言われなくても分かってる。」
 と返って来た声は明らかに怒気を含んでいる。

 さらに無粋な会話は続く。
  「そういえば、俺、女のメンバーをこの間始めて見たけどよ。結構若い感じだったぜ?
スタイルも結構良かったし。」
  「おいおい、何処を見て仕事をしてるんだ?まぁ、あれは、8x、5x、8xってとこだな。」
 「さすが、イノウエ。ちゃんと見てるんじゃねーか?」
 今度はジュンの表情が変わる番だった。頬が引きつるのをジョーは不安そうに見る。
 「でもよ、バイザーで顔が見られないのは、却ってラッキーだったかも知れないな。素顔
を見ていたら今頃話題にすらなってない可能性もあった訳だろ?」
  「そりゃぁ、もっともだ。アハハハハ・・・。」

 2人で笑い合う声を尻目に、
「もう最悪。これ以上聞いてられないわ。ねぇ、ジョー、行きましょう。」
 と、まだ幾分か残ったトレーを片手に先に席を立ったのはジュンの方だった。
 彼らの脇を通過するとき、厳しい視線を送るが、気付かれることなく会話は続けられる
のを耳の奥で確認しながら、ジョーとジュンは早足でカフェテラスを後にした。


 それから数日経った日の深夜、任務を終えたジュンが自身の専用の武器『ヨーヨー爆弾』
の反応速度が気になって、調整の依頼のため単身ISOの地下に位置するメンテナンスルーム
を訪れたのは、全くの偶然であったし、そこにカフェテリアで見かけたくだんの彼ら二人が
当直で詰めていたのも、また偶然であった。ただ、このタイミングはお互いにとって実に
不幸な結果をもたらすこととなった。

 ジュンはすぐに例の2人だということに気付き顔を強張らせたが、瞬時に科学忍者隊とし
ての平静な表情に戻す。
  (そうよ・・・、今の私の顔はバイザーで覆われてて見えないし、第一あの場に私たちが
居たなんてまさか夢にも思ってないハズよ。)
 そして、いつも通り調整の方向性や納期等について打ち合わせた後、メンテナンスルー
ムを後にしようとしたジュンの背中に向けて一言無粋な言葉が浴びせられた。
「よぉ、ねーちゃん、いいケツしてんなー。今度デートでもしよーぜ。」
 本人にしてみれば軽い挨拶程度のノリだったのかも知れない。だが、この言葉でジュン
は自分の中で何かが切れたのを感じた・・・。

 暫く経って連れ立って用を足しに来た2人に、白い一つの影が忍び寄る・・・。
 暗い廊下で待ち伏せにされ、彼らには失言に相当する(いやそれ以上?)のお仕置きが
課せられた。それでも仕事に影響しないように、腕や顔は傷つけぬよう注意を払ったのは
最大限の思いやりが込められていたのかも知れない。?最後に去り際に一言捨て台詞。
 「私とデートしようなんて100万年早いわ、よーく覚えておいて。」
 だが、すでに意識が混沌としていた彼らに果たして届いたかどうか・・・。

***

 翌朝、健ら5人は、早い段階で南部博士を通じて、昨晩地下のメンテナンスフロアで発生
した事件について耳にすることとなった。また同時に、襲われたメンテナンス担当者のケ
ガは軽いこと、メンテナンスルームにあったデータ類については何故か全く手が付けられ
ていなかった等の情報がもたらされ、その扱いについて意見が交わされる。
 任務に対しては“超”が付くほど忠実なリーダーはギャラクターの介在を疑い、
「至急詳細な調査をして、未然に次の事件を防ぐべきです。」
 と、南部博士に迫った。ジョーは黙って事の成り行きを見守る。
「私は・・・、健の意見には反対よ。だって・・・、」
 健の意見に逆らったジュンを竜や甚平は、珍しいと驚きを含んだ目で見る。
「あっれー、お姉ちゃんが兄キに逆らうなんて珍しーの!」
 からかった弟分は、「こっちは真剣に話してるんだから、静かにしなさい!」と厳しい
言葉を浴びせられ、「ちっ、おっかねーの・・・。」と一人ごちて黙り込む。

 勘の良いジョーはピンと来るものがあり、横目でチラリとジュンを見やる。ジュンはあ
くまでも知らぬ振りを決め込むようだ。
(仕方ない、今回はジュンに協力するか。これ以上仕事を増やされて女共と逢う時間が減っ
ちゃ適わねぇからな。)
 と彼女を援護する側に回ることにし、おもむろに口を開く。
「・・・今回の件では、データや施設の実害は全く無かったってことは、目的もわからな
いままか・・・。第一、ギャラクターの仕業なら、被害者はとっくに消されてるんじゃねぇ
のか?ジュンの言う通り、そんな状況であれこれ嗅ぎ回るのは得策じゃないと思いますが、
博士?」
「そうよ、博士。もしギャラクターの仕業なら、絶対次のアクションがある筈です。それ
から動いてもきっと遅くはないわ。」
 我が意を得たとばかりに頷くジュンに、ジョーはつい余計な一言を冗談めかして付け加
える。
「意外と内部の私怨による人間の犯行だったりしてな。俺は心配いらないと思うぜ。ちょっ
と強引だが、一足早いクリスマスキャロルってことで片付けちまいな。」
 訳あり気につぶやくジョーに向けらられた南部博士と健の不審のこもった視線と、そし
てジュンの厳しい刺すような視線が印象的であった。

 こうして、この事件の真相は永遠に闇に葬られることとなった。当事者と、ごく一部の
人間を除いては・・・。

***

 エミリとカオルの会話は途切れることなく続く。半月前の出来事を反芻しながら、半ば
うわの空でそれを聞くジュンにさらに追い討ちがかけられる。
「でもさ、そのユーレイって、女らしいよね?」
「え?何でそんなこと分かるの?」
「だって、彼らの背中にくっきり付いた足型が女物の靴だったらしいから。」
(えー?何でそんなことまでバレてれるのよ?!)
 と化粧ポーチを握る手が小刻みに震える。幸い話に夢中の2人には気付かれずに済んだが。
「でもさ、ちょっとザマーミロってかんじじゃない?だって、あいつらのセクハラ凄かっ
たらしいもん。」
「あぁ、知ってるー。酒が入ると特にひどいらしいよね。庶務のクミコもすれ違いざま、
触られたって聞いたことあるよ。いくらメンテの腕が良くてもあれじゃねぇ・・・。」
「だからさ、今回のユーレイ騒ぎも私たち女性陣にとってはちょっとしたクリスマスプレ
ゼントってとこかな?ってゆーか、上の人間が事件の犯人探ししないで放置したわけじゃ
ない?ユーレイって噂が広まったのもその辺が理由なんじゃない?」
 意外に冷静に物事を分析しているカオルであった。それにエミリがおっとりとうなずく。
「それは言えてるかもー。」
「でもうちの内部の人間でそんなことやっちゃえる女がいるってゆーのも笑えるよね。
“天誅”って感じ?オトコ2人を相手にそんなことしちゃうなんて、絶対お嫁に行けない
よね。嫁にもらったオトコが絶対ヒサンだよね!」
「ホント、ホント!」
 ただ呆然と脇に立ちつくすジュンは最早カオルとエミリには意識されていないようだ。

「あ、ヤバ・・・、エミリ、あと1分でチャイム鳴っちゃうよ!今日ボス超〜不機嫌だから
遅れちゃマズいよ。ダッシュで戻らないと!」
「ホントだー。カオル待ってよー。」
「そうだ、ジュン、今度健とジョー達との合コンセッティングしてねー。絶対よ!!じゃー
ね!」
 “絶対よ”の発音に力を込めて固まったままのジュンを残し、慌しく去っていく2人の背
中を見送りながら、ジュンはどっと疲が襲ってくるのを感じた。パウダールームに一人取り
残され、珍しく殊勝なことを考えていたりした。
(たまにはもう少し女らしくした方がいいのかしら・・・?)
 慣れないことは止めた方がいいと思うが・・・、ジュン?


THE END


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