ガッチャマンと呼ばれた男 Act.1

by tama


酒のせいで火照った顔を洗おうとバスルームに入ったジョーは、健がバスタブに
浸かり目を閉じているのに気付いた。少し気まずい気持ちを抑えながら声を掛け
たが、疲れが溜まっているのか、ろくに返事も返さない。良い香りの泡にくるまれ
てリラックスしているのかと思えば、その眉間には皺が寄っている。すぐに立ち去
らないジョーに気づいているくせに健は何も言わない。自分が側にいるのを我慢し
ているなと、さっきより深くなった健の眉間の皺を見てジョーは思った。
 昼間の件をまだ根に持ってやがるのか。いい加減にしろって。
 ジョーは自分に構わない健にとんがりながらベットに横になると、わざと大きな音
を立てて新聞を広げた。

「こっちは、俺のベットだ」
 風呂から上がった健が自分のベットに横になっているジョーを見るなり文句を
言った。
 仰向けに横たわるジョーは広げた新聞を顔に乗せたまま動かない。構わず健は
ベットに腰掛けた。
「どけよ」
 右手で髪をふきながら、左手でジョーの腰を叩く。
 のっそりと起き上がったジョーは反対側に腰を掛けて髪を掻き上げた。
「飯は食ったのか?」
 ジョーが掠れた声で健に聞いた。
「ああ」
 健は背中越しに嘘をつく。ベットのスプリングが撓んでジョーが立ち上った。
「ホラ、食えよ。下で買ってきた。こんな時間だからろくなもんが無ねえ」
 サンドイッチの入ったコンビニの紙袋を健に差し出す。
「腹は減ってないから明日食べるよ。そこに置いといてくれ」
 昼間の件を話といた方がいいか。と思った時、ジョーが言った。
「俺の所為か?」
 えっ、と健は振り向いてジョーを見たとたんからだが固まった。ジョーが泣いてい
る。目を真っ赤にして泣いているのだ。思いがけないジョーの涙に健は狼狽えた。
「な、ど、どうしたんだ。何で泣いてるんだ?」
「俺は忍者隊を抜ける」
 健は頭がまっ白になった。何を言ってるんだ?こいつは?
「ちょっと前から、お前が飯を食わないのは知ってた。俺の所為で食えないんだよ
な」
 何を言ってる?
「俺がみんなと気があって有頂天になってた時、お前は任務の事をずっと考えて
いた。俺は俺だ、お前とは違うと思っていた。今日の事もお前に何で殴られたの
か、これを見てようやくようやく解った」
 二人の間に広がるくしゃくしゃになった新聞を健は見た。
 昼間の銃撃戦の記事が一面トップに載っている。
 実地訓練の為、素性を偽って参加した市警本部の麻薬ルート撲滅計画が成功し
たと報じてある。ジョーは銃撃戦に参加し、健は居残り組として指揮系統の補佐を
務めた。
 健とジョーの参加したこの作戦が成功しようが、失敗しようがいっさいの口出しは
禁止されていたにも関わらず、情報がつかめず苦慮していた事に業を煮やした
ジョーが単独行動をしアジトを突き止め緊急突入の決定打を与えたのだった。
 本部に戻ったジョーに勝手な行動をとるなと健が怒鳴り、平手を食らわせた。珍
しく短気な健に売り言葉に買い言葉でジョーも応酬したが口では健にかなわな
い。ちょうど呼びに来た刑事と部屋を出てそのまま顔を合わせなかったのだ。
 新聞には死傷者の数と逃げ遅れた一般人の数字が報じられていた。
「売人は仕方ない。たとえ未成年だろうが銃を俺に向ければ容赦しない。でも通行
人が巻き添えを食って死ぬなんて事はあっちゃならねえんだ!ましてや俺の所為
で!そうだろう健!」
 ジョーの拳が震えている。
「俺は忍者隊にふさわしくない、おまえのパートナーにはもっと他に良い奴がいる」
 健は新聞を手に取るとゴミ箱に捨てた。ジョーは銃の腕が良い。的に当てるのは
当たり前、急所を外すのは朝飯前という奴だ。無駄な殺しも絶対にしない。敵側に
負傷者が多数出たが、それが不幸中の幸いだと知っている者は健以外にいるは
ずもない。
「そうだな。ISOには優秀な人材は掃いて捨てるほどいる。お前や俺の代わりは
すぐに見つかるだろう」
「俺の代わりだ。お前じゃない」
「お前が辞めるんなら俺も辞める。もう一度新しいメンバーで忍者隊を構成しても
俺には引っ張っていけるだけの技量はないし。時間も無い。第一面白く無い」
「人の生き死にに面白いも何も無いだろうが」
 健の言い草にジョーは少し呆れる。健は時々思いもよらない事を言うのだ。
「あるさ。失敗すれば落ち込むし、成功すれば楽しい。どっちの気持ちもお前といれ
ば二倍になる」
「なんだそら」
 また呆れたようにジョーが健を見た。
「昼間の事はちゃんとお前と話をしなかった俺も悪いんだ。第一遅かれ早かれ突
入は決まっていたんだ。巻き添えは気の毒だが俺達に責任はない。責任があると
思うのは自信過剰だ。俺には、俺達にはそんな力はない」
「健」
「この世の中思い通りに行くわけはない。回避出来る事態が解っていても、それを
成しえる力など17の俺達にはないんだ。一人じゃなおさらだ。お前やみんながい
て俺はようやく一人前になれるかもしれない。だからお前が抜けたらやっていく気
力なんか俺にはない」
 健の瞳が真っ直ぐにジョーを見つめる。陰りのない目だ。
「健、これからだって俺は自分を変えるつもりはない。お前の足を引っ張るかもし
れないんだぜ」
「そんなことは問題じゃないさ」
「?」
「まだ、言わせる気か?おまえが必要なんだ。お前がいてくれないと、今の俺はも
う立っていられない位参ってんだ。凹んだ時にお前がいてくれないと八つ当たりが
出来なくてどうにかなっちまう」
 健の正直な気持ちだった。相手が女ならこれは愛の告白かもな。と健ははにか
んだ。
 ジョーはその時言葉に出来ない感情が湧いて来てそれを持て余した。何を言っ
て良いのか解らない。目の前の健が急に違う存在に、そうまるでまるで脱皮した
かのように見えた。南部の期待に答えようと努力している健の姿が、自分より大
人びて見えてジョーは面白くなかった。自分に小言を言う健が煩わしかった。で
も、今此処に居る健はまるで違う、こんな弱みを見せる健をジョーは知らない。
「健」
 ジョーの手が伸びて健を抱きしめる。
「お前を抱きたい」
 自分でも信じられない事を言ってしまった。
「まったく、今日は何度お前に驚かされる事やら」
 健が呆れる。
「嫌か?」
「男と寝たことはないぜ、お前はあるのか?」
「バカ野郎。あるわけ無いだろうが」
「で、俺がその、下になるわけ?」
「当たり前だ。ばか」
「ばかばか言うな。怒るぞ。第一お前は、、」
 文句を言いかけた唇を唇で塞がれて健は言葉を失った。
 そして新しい発見に驚きのうめき声を上げる。ジョーはキスが殊のほか上手い。
これではジョーを拒め無い。ジョーの唇は健をときめかせた。一瞬全てがぼやけ
ジョーの存在だけがそこにあった。
「どんな事があっても、お前とならやっていける」
 相手を確かめるようなキスが情熱を帯びた口づけに変わる。すぐにまさぐってき
た舌に驚きながら健はジョーの舌を吸い返した。
「おまえになら命も預けられる」
「それは俺の台詞だぜ、健」
 
 朝に目覚めたときに後悔する事になっても今夜はお前を離さないからな
と、ジョーは健の耳元に囁き、あまりに気障な台詞に健は耳まで真っ赤になった。
 
 ギャラクターとの戦いは近いと南部は言う。いずれその時が来たとき任務を果た
せるのか、本当にリーダーは自分で良いのか?健は押しつぶされそうな不安を忘
れさせてくれる手をジョーに求めてしまった。こんな事は自分らしくない。してはい
けない事なのだと分かっていても差し伸べてくる手を拒めない自分の弱さを健は
自覚せずには居られなかった。
 
 もっと時間があったら、もっと大人だったら。相談に乗ってくれる父がいたら。
 無いものねだりをする子供のように健は胸の内で叫んでいた。
 きっと明日はまた、元の自分に戻れる。
 ジョーの温もりを求めて今夜は眠るまい。
 例え朝日が黄色く見えようとも。 
                



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