(無題・1)

by tama


「なにを見てるんだね。健」
暖炉の前に寝そべって大人しく本を読んでいた健が、ふと気づくと自分と同じよう
に指をこめかみに当て南部をじっと見ている。
「なんでもないの」
可愛い声でそう言って広げた本に目を落とす。
そして首を傾げる。
「どうしたんだね」
小さな唇を僅かに尖らせ難しそうな顔をする様子は、南部の真似だとつい最近気
付いた。
「なんでもないの」
また同じ事を言って俯く。
ちいさな指が絵本のページをさも大儀そうにめくる。
「何を読んでるんだい」
南部は書類を置いた。
今日はこの天使の誘惑に勝てそうもない。
「ピノキオ」
「読んであげよう」
健は嬉しそうににこりと笑う。南部の頬が緩む。
側に寄り添った南部に肩をくっけ健は南部の声に耳を傾ける。
大人には短い話しも幼い子には大冒険のひとときだ。
母親譲りの青い目が暖炉の炎を受けきらきらと光っている。
だが、物語を最後まで読み終わったためしは無い。
健は眠り込んでしまい。南部は本を閉じる。
南部はそのちいさな温もりを抱え上げ静かに寝室へ向かう。
ベットの傍らに膝をつき無垢な顔を真摯な眼差しで見つめる。
かけがえの無い暖かさを親友から奪った事を懺悔するように。
この子の将来を奪う事を懺悔するように。
南部はその小さな手を握りしめる。
愛おしく握りしめる。


Art by さゆり
Art by さゆり

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