BEFORE A TAKEOFF

by トールハンマー


「Generator is gone up to a red zone」

 オペレーターの指示を受信し、モニター上の機体が鮮やかなターコイズブルーから、
朱に、そして緋色に発色し、機首を持ち上げたかと思うと、極限まで張った弦を放つよう
に猛々しい鳴声を上げ、紅蓮の炎翼[つばさ]を広げた。
 それはまさに巨大な炎の鳥で、滑空するように前方に確認した対象物に、嘴の切っ先か
ら突っ込んだ。
 臨界温度3,000度。組み込まれた4体のメカを極に発生した強力な時空フィールドの中
で機は安定を保ち、外部からのあらゆる衝撃を遮断する。イオン化された大気分子が光を
放ち、象られた翼の破壊力は、現時点では計り知れない。
 高速で接近する対象物は、触れた面から切断され燃え尽き、その塵埃すらも残さない。
 ゴッド・フェニックス。
 科学技術の粋が生み出したスーパーウエポンであるにもかかわらず、炎翼を広げたその
姿は、文字通り、赤と金の翼を持つ、不滅の象徴、エジプト神話の霊鳥の名に相応しい。

「どうしたっていうんだ。こんなところに呼び出しておいて」
 ブレスレットが鳴ったのは、午後11時を回った頃。サボっていた3日分の教練レポート
を仕上げて、ベースフラットのスプリングの悪いベッドに身を投げた時だった。
「何なんだよ。何か用があるから呼んだんだろ?」
 さして力んだわけでもないのに、やけに声が大きく響いた。
 特別な事態や緊急時でもない限り、この時間帯の格納庫にメカニックたちの姿はない。
だだっ広いフロアに、昼間、最終テストを終えたターコイズブルーの機体が一機あるだけ
だ。もっともメインハンガーでは、昨日からホバーやウォーターバイク、エレカなど、基
地内メカの総点検が行われ、賑やかなのだろうだが、自分たちの他に人影もなく、ガラン
として静まり返った此方は、肌寒さえ感じる。
「おい、ジョー」
「怒るなよ」
「怒ってやしない」
 やっと、口を開いたジョーに健は溜息で返し、傍らに腰を下ろした。膝を抱えた彼を真
似て腕に顎を乗せると、フロアの片端にポツンと座った二人を、青い機体が見ていた。
「“科学忍法火の鳥”か・・・、まったく凄い破壊力だぜ」
 禁煙スペースであるにもかかわらず、手持ち無沙汰にもならず、長い時間じっと目の前
の機体を見つめていたであろうその瞳は、まるで焦がれる恋人でも見るようにうっとりと、
だが、視線に孕んだ宥めがたい熱を帯びて潤んでいた。
 きっと、この話をしたかったのだろうと、健も同じ思いで水を向けた。
「ああ、あの炎の翼が俺たちのものになるんだ」
 モニター越しでさえ、その炎の刃を目の当たりにした時のジョー興奮は手に取るように
わかった。握った拳が力を込めてプレッシャーに戦慄いたのを知っている。食い入るよう
に見つめた瞳は、そしてこんな言葉を我慢していた。
「美しい・・・・な」
 うっとりとジョーは言った。
 大空を染め、舞い上がる不死鳥の翼。伝説の赤と金。
「ああ、確かに美しい。だが、あれは兵器だ。敵のメカを破壊し人の命を奪う」
 今は悠然と翼を置く機体はテイク・オフさせた瞬間から自分たちを試しにかかるだろう。
「怖気づいたのか!」
 寒々とした空間に熱を孕んだ声が響いた。瞳孔の中にあるのは憤り。
「そうじゃない! そうじゃないが・・・、正直、怖い」
 操作盤の上の指一本で、あれは神にも悪魔にもなる。
「ふん、そんな弱気でいるんじゃ先が思いやられるぜ。目には目をだ。流された血は流し
た者の血で償わせてやる」
 復讐・・・、それが、戦いへの糧となって何がいけないか。幼い日に両親を奪った敵が
今、自分の前にいる。
 ジョーは自覚のないままその闘争心を正義という言葉に変換する。それは、だが、凄ま
じいほどの強さを内包するだろう。
 健は彼のその強さに憧れた。幼い頃からずっと・・・・・、何をも寄せ付けず、疵口を
舐め自己の回復力だけで、傷を癒すことの出来る、それを本能と備えている強さだ。
 流された血、流される血、流血を得ずして勝利はない。わかりきったことに、だが、躊
躇がないというのは間違いだ。
 これからは、この手を血に染めるのだ。
 もう、何も知らなかった頃には戻れない。この右手が引金を引き、息の根を止めるため
に喉骨を砕き、揮った剣を容赦なく突き刺す。そして、その行為を続ける己を守るために
また、敵の目を射、腕を千切り、心臓を抉るのだ。
 人殺しにかわりはない。
 だが、決して、
「怖気づいたわけじゃない。肝に銘じてかかれということだ」
「殺らなきゃ、殺られる。戦場じゃそれだけだ。撃たれる前に撃て。俺は躊躇はしない。
たとえ膝をついた相手でも待ったは無しだ。おまえは、情けをかけるのか」
「・・・・、さあな」
「その時は俺が撃ってやる」
 ジョー・・・・、
 それは、強者の奢りか? それとも弱者の成せる術か? いや、
 真っ直ぐに据えられ微動だにしない瞳に、おまえが必要だと言われている気がする。
 この戦いには、おまえが必要だと。
「説教なんてうんざりだ、そんなもの何の役にもたたねぇ。どうする? やめちまうなら
今のうちだぜ」
 それが、やめてもいいって顔か・・・・?
「おまえがやる気でいるのに、俺だけがへこんでいられるか」
 健は立ち上がって背筋を伸ばした。倣って立ったジョーが意地悪く鼻を鳴らしてみせる。
「ふん、なら、さっきの弱気はなんだ」
「あれは、気の迷いだ」
 返す言葉に肩を震わせたジョーの苦笑いがくっついた。

「なぁ、健。俺は恋をしているのかも知れない」
「ゴッド・フェニックスにか」
 伝説の赤と金。不滅の象徴。
 一瞬、ジョーは唖然と瞳を向けたが、直ぐに健に背を向け、堪えるようにクックックと
笑い「・・・いや」と付け加えた。
 綻んだままの唇が「人間だ」と言う。
「マジ・・・か」
「・・・・」
 もしかして、こんな時間にこんなところまで自分が呼び出された理由はこれだったのか?
健は予期せぬジョーの告白にたじろいだ。だいたいジョーの口から“恋”などという単語
が出ることが信じられない。
「本当に? 相手は誰だ」
「当ててみろよ」
 言った唇はこんな場面でも不敵だ。
「う〜〜ん、第2秘書室のアキか」
「なぜそう思う」
 そりゃ、ずばり、
「躰」
「ちがうな」
「じゃぁ・・・、情報処理室のオオドリー」
「そのこころは?」
「金持っていそうじゃん」
「おまえねー」
「なら、“ホット・ラウンジ”のママ。タダで飲める」
「健・・・・」
 ジョーは頭を抱えた。まったくこの思考回路ってのは、いったい・・・・!
「どれも見当違いだな。もっと身近な奴だ」
 言ってから不味かったとジョーは後悔した。
「もしかして、ジュンか・・・」
 脱力・・・。そう来ると思った。相変わらず想像力の乏しい奴だ。「ちがう」と思いっ
きり否定する。後で面倒ごとはごめんだ。
「じゃ・・・」
「いい加減にしろ。もういい、ただ“気の迷いだ”」
「おい、それは失礼だろう」
「いいんだよ、“あいつ”は鈍感だからな」
 そのくせ、他のいろんなことには気を回す。俺に言わせりゃ、それが高じて悩まなくて
いいことを悩んで、いらぬ苦労を抱え込む破目になるってことだ。
 それでも“おまえ”の考えていることは、きっと正しいのだろう。だが、戦場じゃ、そ
れが命取りにもなりかねない。
 だから、おまえが迷った時は、俺が撃ってやる。
 おまえを守るために。
「ジョー?」
 ほんの一瞬、作ってしまった沈黙の意味を推し量るように、健が小首を傾げた。
 口に出さなかった思いを見透かされたような気がして、慌てて取り繕うために上着の胸
に煙草を探す。が、ここは禁煙スペースだ。
 訝しげに見つめるままの健を残して、ジョーは格納庫の出口に向かって踵を返す。
「告白はまたこの次だ。チョコでも買ってな」
「?」
 おまえ、今日、何の日だか知ってるか? 健。


 伝説の赤と金。

 誰かを守るために、たった一つの真実に報いるために。
 戦いは、誰が裁くのでもない、一人一人の尊い命の行く末が審判を下すのだ。


                To be continued
 



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