Earth light ―誕生の星―

by トールハンマー



Art by GANMO


西暦2224年。
地球エリア第8区画。アスリーブ海域恒星系第5惑星軌道上防衛監視基地―タナトス―

「Ssalute!」
シャトルを降りると一斉に敬礼を受け、歓迎の辞と笑顔で迎えられる。それに軽く右手
を上げることで応え、差し出された右手に握手を交わす。
「連邦前線基地・統合本部総司令官着任、おめでとうございます」

晴れやかな基地司令官の挨拶は印象的で、それに続く部下たちの言葉も恭しく新参者を
珍しがるといった不躾さはまったくない。
「長旅、お疲れ様でした」
ワームホールを移動するたった数ヶ月の航程だが、この言葉は前時代からの決まり文句
だ。
航行距離約200光年。
ここ[タナトス]は地球より数えて8番目に位置する防衛監視基地であり、今回建造さ
れた第9区画前線基地・カルムアへの最後の中継地だ。かつてアンドロメダからの侵略
によって滅亡の危機に晒された人類が、次世代の懸命な宇宙開発の末に築き上げたネッ
トワークは遂に銀河系を出、外宇宙にまで、その守りの手を広げた。

「寄航は明後日だと聞いていました」
「ああ、スケジュールではね」
基地司令幹部総出の華々しい歓迎を受けた後、私の相手を受け持ったのは、まだそのミ
リタリースーツも初々しい青年士官だった。これから7日間の滞在の間、彼は私の身の
回りの世話を言い付かった。
すらりとした、まだ少年のしなやかさの残る肢体と同様、柔軟で素直な従順さが見て取
れる。私に対しても勿論、何の偏見も持ってはいないようだ。
今の時代、サイバネティクスの体を持つものはそう珍しくはない。
足や腕といった格部位、筋肉組織や神経系統、そして記憶中枢でも、“丈夫で長持ち”
するとう理由で各機関の重要ポストや軍の上層部に組み込まれる例は少なくない。
戦闘能力に長けた強靭な身体は兵器として、電子頭脳を有する者は情報処理や記録者と
して重宝がられる。私もその最たる例だ。
「何か艦内でトラブルでも?」
急な予定変更の着艦には、基地内は大いに戸惑ったであろうことは容易に察しがついた。
彼が上官に対する僭越さに躊躇しながらも、好奇心を隠しきれずといった風に小首を傾
げてみせたので、ご希望どおり答えてやる。
「いや、ただ、どうしても今日じゃなきゃいけない訳があってね。個人的な」
個人的な?
再度、首を傾げた彼の額で細いライトブラウンの髪がさらりと流れた。
「そう、で、船長をせっついたら“俺はあんたのお抱え運転手じゃないんだ!”と散々
嫌味を言われた挙句、着港してから向こう1ヶ月の酒代をせびられた」
私の言い草には酷く驚いたようで、彼はポカンと口を丸くする。そして、
「それは、お気の毒に」
と、ぽつりと言った。
「だろ?」 と、だが、同意を得られたと満足したのは間違いで、
「船長がです」
と、あっさり言ってのけた。その言いようが私はいたく気に入って、
「こんな不良将官だが、よろしく頼む」
親愛の情を込めてポンと肩を叩いた。すると、さっきとは打って変わって控えめな言葉
が返ってきた。
「こちらこそ、こんな未熟者が准将のお世話を承るなんで・・・、その、申し訳ありま
せん」
彼には、どうして自分のような下士官を、私の世話役にしたのか? 上官の思惑が読め
ないようだが、どうしてなかなか、ここの司令官は切れ者だ。
「いや、気に入ったよ。その瞳」
「瞳?」
彼の瞳は青かった。
「地球の、空の色だ」
「地球の? すみません、私はここの生まれで」
「そうか、知らないのか、地球の空を」
「ええ、」
「美しいぞ」
私は腰を折り、青年の瞳を覗き込んで微笑ってみせた。
「光栄です」
彼は少し恥ずかしそうに、項を垂れた。

それが、私と彼とのコミュニケーションの始まりだった。

与えられた個室に入ってしまえば後はプライベートタイムだ。7日後の朝まで私には何
の任務もない。
だから、早速、船長の酒代まで支払う破目となった計画を実行するべく準備をする。と
いっても、スーツケースから取り出したヴィンテージものの葡萄酒と二客のグラスを出
すだけだったが・・・、
結構、値が張ったんだぜ・・・、
独り言て、モーゼルの緑のボトルを掴んでテーブルに置く。グラスと一緒に。取りあえ
ず着替えを引っ張り出し、他の物は中に収めたままクローゼットに突っ込む。
一息つくために、ミリタリースーツの立て襟に指を掛けた。上着を脱いでパールハンガ
ーに吊るし、シャツのボタンを探った時だった。
ポーン・・・と、軽やかにドアチャイムが鳴った。
「はい、今・・・」
まさか?・・・・、船長が早々に酒代を請求に来たのかと嫌な予感を抱えてドアを開け
る。だが、そこに立っていたのは、厳つい顔をしたごついガタイの船長ではなく、頭一
つ分見下ろす背丈の、先ほどの青年士官だった。
「すみません、着替え中でしたか?」
ちょっと頬を染めたように見えた。シャツのボタンが全開だった。
しまった、いつものも調子で・・・と、内心舌打ちしながらもさり気なく前を掻き合わ
せる。
「あの、何か、お飲み物をお持ちしようかと思いまして。ラウンジにいいウイスキーが
入ったって、その、今日輸送してもらった物資ですが・・・、マスターが勧めるもので
・・・」
いかがですか? と尋ねる彼に口元が緩む。
基地は生活圏を有した惑星の軌道上にあるが、離れ小島であるのには違いない。そのた
め常時数千人の常務員を抱えるここには、軍事スペースの他に居住区や、ささやかな娯
楽施設が整えられている。
「マスターは愉快な人かい?」
「ええ、とても。占いが得意なんですよ。凄くインチキな。良かったらラウンジにい
らっしゃいますか?」
彼の誘いは魅力的だった。が、一応確かめておかねばなるまい。
「君も付き合ってくれるの?」
この質問は、だが、彼には予想外だったようで、私の前で大きな瞳を瞬かせる。彼はた
だマスターの言いつけどおりに、私に寝酒を勧めに来ただけのようだ。
「私は、アルコールは・・・」と言いかけて・・・、ここで断れば、
職務怠慢。彼の頭にはこの言葉が浮かんだだろう。俯いてどう返答するべきかと視線を
落とした彼に、それなら・・・と、私は提案した。
「ガリレオのところに案内してくれないか?」
「えっ? 監視塔の」
「いや、展望室の方でいい」
ガリレオというのは、基地内に設置された宇宙望遠鏡だ。勿論、監視塔での役目を果た
すものだが、観測用にも使用され、居住区ではその映像を鑑賞用として展望室に転送す
ることが許可されている(もっとも個人的な使用規制は定められてはいるが・・・)
「地球を見たいんだ」
言うと、彼は顔を上げた。大きな、そして青い瞳が私を見た。
「ちょっと待って」
私は急いで葡萄酒の瓶とグラスを上着に包んだ。ドアを出かけてワインスクリューを忘
れたので取りに戻る。
「お待たせ」
ちゃんとシャツのボタンを留めて彼の横に立つ。
「もう、ホームシックですか。先が思いやられますね」
俯いて、ククッと彼が笑った。

「フン、大きなお世話だね」

地球からここまでの200光年には約3ヶ月の航程を要したが、ここから向かうカルム
アまでの航程はおよそ35日、距離にすれば数万倍も遠方にありながら、時間にすれば
その3分の1だ。亜空間航法などと便利な世の中になったが、これでは、旅愁を感じる
趣などあったものじゃない。
カルムアは、現時点ではまだ恒星系の軌道上に、監視塔を置いた主要部が出来上がった
だけだが、本体を組み惑星や衛星との連結を完成させれば軍備を配備する。外宇宙には、
今はまだ無人探査機が周回しているだけだが、そこへ軍事基地を建造するのもそう遠い
未来ではないだろう。
時が、加速している。
科学時術は、もはや人間を置き去りに一人歩きを始めたのではないだろうか?
進歩は、やがて、その調和を失い、なし崩しに、生み出されたものが、生み出したもの
へと取って代わろうとするのではないだろうか?
その中に、私は、組み込まれているのだろうか?

「どうか、しましたか?」
人気のない廊下を無言で歩いてしまった私を、遠慮がちに彼が見上げた。
青い、澄んだそれが、私を見る。
「君はいくつだい?」
ふと、彼には不釣合いな肩章を見て尋ねた。
「17になりました」
「へぇ、優秀なんだな、その歳で少尉だなんて」
「人材が不足してるんです。ここじゃ、珍しいことじゃありません」
確かに、改造惑星では人口の増加には限度がある。テラフォーミングされた地上の生活
圏はまだほんの僅かで、基地常務員の殆どが地球からの異動者だ。
だからといって誰でもが手にすることの出来る肩書きじゃない。彼はエリートなのだ。
「私が、君の年頃には車に夢中だったぞ」
「車? 暴走族とか・・・ですか?」
きょとんとした目で、物騒なことを聞いてくる。
「えらい死語を知ってるな、ま、族ははってなかったが、サーキットでは鳴らした腕だ」
車と女と、酒と煙草と、そして、銃と・・・・、
「もしかして、レーサーになるのが、夢だったとか?」
夢? もう随分と耳にすることのなかった言葉に懐かしさを覚える。
「遠い、昔の話だがね」
哀愁を、込めたつもりはなかったのだが、彼は私のメランコリーを感じ取ったのか、
「貴方は、いくつになられたのですか?」
さり気なく、という感じではなく真摯な眼差しで問いかけてきた。
「年齢は見ての通りだ。生きている時間は君の10倍じゃ利かないがね」
僅かな、沈黙があった。
「寂しくは、ないのですか?」
唐突な問いに少し戸惑った。
「私を置いていくヤツは、とおの昔にいないよ」
それがどういうことを意味するのか、感受性の強い若者には伝わっただろうか。
青い目が私を見ていた。
私はそこに、彼の僭越的な哀れみや、若さ故の、未熟さ故の困惑ではなく、無垢な慈愛
と、抱擁にも似た無償の温もりとを感じた。
人間は、こんなにも、優しい。
私の中を熱いものが満たした。長い間、忘れていた感動だった。

展望室は基地の後方、惑星側に位置しドーム型のルーフが宇宙空間[外]に突き出てい
て普段は全天で周囲の星を眺めることが出来る。
「地球ですね」
彼が確認し、部屋の隅のコントロールスタンドでガリレオ本体にコマンドする。補足ま
で数分かかるだろう。
三次元スクリーンの四方から投影装置が現れるのを、手摺に寄りかかって眺める。上着
から出したボトルを傍らに置くと、指示を済ませた彼が手持ち無沙汰に壁に寄り添った。
「こっちにおいで」
呼ぶと、素直に従って私の隣に身を寄せた。
「何が始まるんです?」
傍らの葡萄酒と二客のグラスを見つけて、子供のような好奇心な唇が問いかけてくる。
その問いに、微笑だけで返答する。
これは、きっと神の思し召し・・・・、神など信じたことのない無神論者だが、こうい
う時には、いいように解釈しておこう。
何人もの女と、男と、付き合ってきたけれど、真実欲しいと思った相手は、それと気づ
く前に失った。いつ果てるともしれない戦いに明け暮れ、やっと手にした平和を、共に
味わうことなく逝ってしまったあいつとの、長いようで余りに短い付き合い。
だから、
「今日、君に会えたのは、きっと偶然じゃない」
覗き込む瞳は、あいつの青。
頭一つ分小さい彼と話をするのに、私は常に顔を傾けていたので、その時も彼はそれを
不自然には思わなかっただろう。
その隙をついて、私は彼の唇に触れた。
彼が、驚いて身を強張らせたのは言うまでもないだろう。きっと一瞬何が起こったのか
も理解していない様子に、
「少尉、いついかなる時にも冷静沈着さを忘れないように」
と、からかってやる。すると、
「すみません」と小さく口篭った。耳まで赤かった。
コミュニケーションからスキンシップにランクアップを図った時だった。
・・・・まったく、相変わらずだな。
どこかで、声がしたように感じた。それを、フッと唇だけで躱してみせる。
・・・・妬くなよ。おまえに会いにここまで来たんだ。いいだろ、少しぐらい楽しませ
てくれたって。

「今日は、大切な日なんですね」
やっと開いた唇が赤かった。何とも勘のいい坊やだ。
「ああ、ホームシックになるのは、今日だけだ」
「地球に残して来た大切な人を思って?」
「いいや、残されたのは、私だ」
はっと気づいて、呟くような私の言葉を、彼は、その慈しみで満ちた瞳で受け止めてく
れた。
ファン・・・と、音がして、3次元スクリーンに画像が浮かび上がる。徐々に鮮明にな
る青は、太陽の光を受けて実体化する第3惑星、地球だ・・・・。
見上げて、大きく息をつく。
200光年、
秒速30万kmの光が、漸くここまで運んで来た200年前の地球。
瑞々しい青、10万光年の銀河系に、だが、まだたった一つ。
ああ、そうだ。
・・・・進歩はやがて調和を失い、
生み出されたものが、生み出したものへと取って代わろうと・・・・、
そんなことはない、
間違えはしない。今度も。
地球が、始まりだ。
おまえが、“俺たち”が、守った、あの誕生の星が。
そこに、育まれた、命を、人間を、心を、
人は、どんなに遠くに離れても、決して見失いはしないだろう。

200光年の“時”を遡って・・・、
健・・・・、
地球光[ひかり]の中に、その姿を思う。おまえが、“俺たち”が存在[い]る、光の
中に。
「健・・・・」
口にすると、そっと傍らを離れ、彼の気配がドアの向こうに消えたのがわかった。

「乾杯だ、健」
ボトルを開け、グラスに注ぐ。船長をせっついて、この日に強行着艦した目的を果たす
ために。
そして、大きく息を吸い込んで、吐いて、気持ちを静める。
これじゃ、まるでプロポーズじゃないか・・・と、一人呆れながらもグラスを掲げる。
何となく気恥ずかしくて、いつも言いそびれてしまった一言、
気づかずに、言わなかった、たった一言、
さあ、言うぞ!

Happy・・・、Birthday、
Happy Birthday! Ken。

おまえを、愛している。

ああ、
やっと言えたな。



                   END




Art by Sayuri


Top  Library List