Guessing Game(3)

by トールハンマー


Guessing Game 3−1


 俺は、それが何か知っている。
 それは、忘却という救いの神だ。
 悲しみはいつまでも人に巣くってはいられない。
 救いの神は生への執着に他ならない、
 いつまでも、いつまでもと望んでも、
 失われた時は、流した涙と共にやがては思い出という甘美な記憶に姿を変え、
 人は、そしてその上に新しい記憶を積み重ねていくことを覚える。
 いつの日にか、幾つもの堆積した記憶の底で化石となった時間を掘り起こし、
 昔語りが出来るように。
 それは、かくも残酷なことのようだが、枯れた緑が再び芽吹くように、
 生まれた子供が母親の乳房を求めるように、自然の営みの一つにすぎない。
 不変のものなど何もない、喜びも一時ならば、悲しみもまた。
 止むことなのない流動(るどう)は、新たな希望と新たな時の恵みを与え、
 そしてまた、共なる新たな苦痛と悲しみをもたらす。
 しかし、人は決して悲しみに慣れることはない、
 それ故に、いつまでも弱く儚い愛しい生き物のままである。
 人間の精神は、おそらく肉体のそれよりも遙か昔に、
 その進化を止めてしまったのだろう、
 弱く儚い愛しい生き物であり続けるために、
 愛し合わねばならぬために、
 太古に目覚めた生命の、ほんの一時のそれぞれの記憶を、
 永遠に連ねていくために・・・・、

 そうして、
救いの神は、高慢に慈悲の手を伸べて俺を導く。



  3−永遠となるもの


「ジョーって呼んでいいかしら?」
 そう言って笑ったパッションレッドの口許は確かに魅力的だった。
 差し出された右手に「よろしく」と、社交辞令をつけて了解したジョーの傍らでア
ニックがニッと白い歯を見せて笑った。
 退院してからリハビリに2ヶ月を要して支局に復帰してみれば、物置と見紛うばか
りだった室(へや)が、見違えるように綺麗に片付いていた。
 所狭しと積み上げられていたデータファイルの山は姿を消し、几帳面に背表紙を付
けてロッカーに仕舞い込まれ、散乱していた書類や、床やサイドボードに放置されて
いたガラクタ達は処分されて、所々で配置の変わったデスクの上には、読み散らかし
たままのニューズペーパーも、吸殻の溜まったままの灰皿もなかった。おまけに窓辺
にはパステルカラーの愛らしい花が飾られていて、埃を払ったブラインドの隙間から
射す光にクリスタルの花瓶がキラキラと輝いていた。
「どうだ、女性がいると違うものだろ」
 アニックが片付いて広くなったデスクの端に腰を乗せながら煙草を咥える。
 満足そうに言いながらも、キョロキョロと辺りを見回し腰の落ち着かない様子に、
ジョーは内心可笑しくて笑った。そこへ、
「大佐、室(へや)は禁煙にしたはずです」
 と彼女の抗議。
 慌てて煙草を懐に戻し、首を竦めたアニックの姿は滑稽だった。
「ジョー、暫くはデスクワークで我慢してくれ、補充要員が揃うまで前線はお預けだ」
 咳払いと共に体裁を立て直してアニックは言ったが、この様子では室(へや)はます
ます整理整頓が行き届き、アニックの腰はますます落ち着かなくなるだろうとジョーは
思った。
「約束どおり、美人を選んでおいたぞ」とのアニックの全快祝いの言葉に違わぬ、彼女
は襟の詰まったミリタリースーツも凛々しい長身のボディと、ライトブラウンの髪を少
年のように短く不揃いにカットを入れながら、赤く染まった前髪がコケティッシュな美
人だった。
ルイザ・マッカラムと名乗り、こんな状況下では一見アニックの秘書とも見えるが、
彼女は立派な戦闘員だ。
「ジョー、あなたにも注意をしておくわ。自分のデスクは自分で片付けること、使い終
わったデータチップやペーパー資料は速やかにファイルラックへ、ゴミはゴミ箱へ」
「了解です。ミス・マッカラム」
「よろしい、それから私のことはルイザでいいわ」
 親しげに笑った顔は好感度が高いが、ツンと意識的に引き締められた唇に乗ったルージュ
の赤は、情熱的というより挑戦的だ。気の強そうな瞳に垣間見る女豹の鋭さは、戦士とし
ての十分な気質を物語っている。
 しかし、チームはやっと1人、このルイザを補充したに過ぎない。元の体制で活躍出来
る状態にするには少なくともあと3人は必要だろう。メンバーが揃うまでにはここは髪の
毛1本落ちていない、いや、1ミクロンの埃もない無菌室になっているのではないだろう
かと妙な不安に駆られる。それ程、状況は苦しいのだ。
 大佐はドライバーの任務をめでたく解雇され、元の司令席に戻ったが、灰皿のなくなっ
たデスクは厭に閑散とし、室(へや)の行く末を暗示しているようでジョーは気が重かった。

 後日、改めて室のメンバーが顔を揃えた。
 頭数はまだ足りないが、もう1人補充された新顔を見てジョーは驚いた。
「苦心の策だ。賛成してくれるだろ、坊や」
 顔を半分歪めて笑ったアニックに、ジョーは黙って仕方ないなと頷いた。
 新顔の名はリュウ・ナカニシといった。
 彼をメンバーに加えるには誰よりもジョーの承諾が必要だと思ったアニックは、快い聞
き入れにほっと胸を撫で下ろしたに違いない。
ISOの本部諜報課に席を置いている彼を、アニックは以前からチームに欲しがっていた。
今でこそ、構えばかりの課に甘んじて腕を持て余している彼だが、かつてギャラクターの
勢力が華々しかった頃、ISO長官、ジュリアス・アンダーソンの元、最高顧問、南部考
三郎によって組織されたシークレット・ソルジャーチームの一員として、その腕を競った
かつてのジョーの仲間だった。そして、その時のチームリーダーを務めていたのがケン・
ワシオだった。それ故、アニックはこの決断には酷く躊躇した。ジョーにとって失ったば
かりのものを、傷口を、そして抉るような結果にならないかと。
 しかし、敢えてアニックはその決断を下した。自分はジョーをそれ程軟弱には思って
はいないし、事態は切迫していた。チームが復活出来なければ室は解散に追い込まれる
のだ。そうなれば、ジョー共々、それこそ構えばかりの某諜報課に転職ということにも
なりかねない。いや、悪くすると一生、局長付のドライバーを務める破目になるかもし
れない。
 そう判断したアニックの苦心の策だった訳だが、それを差し引いたとしても、彼は本部
に置いておくには勿体ない人材だった。
「ジョー、また宜しく頼むわ」
 リュウは大きな身体を頼もしげに揺らしてジョーを見た。
 右手を差し出しながら、ジョーは瞳を伏せて少し笑って見せた。
「ところで、早速だが仕事だ」
 アニックがジョーの肩を叩いて言った。視線を合わせた彼は素早くウィンクを投げてよ
こし、信じられぬというような期待と困惑の混ざった目で自分を見たジョーに、白い歯を
見せていつもの笑顔を作った。
「やった! そろそろだと思っていましたよ、大佐」
 突然声を上げ、ジョーの隣で腕まくりをしながらそう意気込んだのは、チームでは最年
少のアルだった。雇用規定にはまだ満たないが、彼の入局は特例でその年齢の低さも特別
だった。それ故、彼を除けばジョーが一番年下ということになるが、他のメンバー達も女
性のルイザは不問として、アニックを除けば皆よく似た年齢だった。この度の作戦で室と
しては年配の戦闘員を失い、チームの平均年齢は一気に若返ったのだ。
「いったい何処から仕事をかっぱらってきたんです? 大佐」
 アルと呼ばれるこの少年のフル・ネームは、エリオット・オマリー。2年前、アニック
がアクラの戦場で拾ってきた孤児だ。目の前で両親を地雷で吹き飛ばされ、放心状態のま
ま爆撃地を彷徨っていたところを、遊撃隊に保護されたのだという。一旦は戦災孤児の施
設に預けられたが、アニックを慕い無理矢理彼の元に居座ってしまったのだ。
 アルの愛称は“alveolus−蜂の巣の穴”から取ったものだ。俗に蜂の巣を叩い
たように・・・・と言われるように、ブンブンと騒がしいからである。
「人聞きの悪いことを言うな、アル。ガリバーのリクルートページからの推薦だ」
 アニックがジロリとそのアルを覗き込んだ横で、ルイザが形の良い唇を一頻り歪めて笑
いを堪えた。ガリバーというのは室のコンピューターで、本部の感応型ブレインをマザー
に新兵募集の広告から各国のキラー衛星の軌道まで、あらゆる情報を提供してくれる頼も
しい奴だ。
「彼のお薦めなら確かだ」
「そうとも限らないぜ、俺はガリバーの読みを信じて大損をしたんだ」
「コンピューターは過去のデータに基づいて未来を予測するんだ。血統、勝歴、戦績、あ
の時の“大穴”を当てられなかったのはガリバーの責任じゃない。おまえのギャンブル運
が悪かったのさ」
 ルイザの笑顔につられて久し振りにメンバー達の間に笑いが戻った。そして「おまえ達
は支局のコンピューターでギャンブルをやっていたのか!」と、久々に落ちたアニックの
雷に全員揃って首を竦めたものの、それさえも心地好い刺激となって皆を力づけた。
「ルイザ、資料を用意してくれているな」
 アニックに言われて頷いたルイザが、ガリバーの情報をネットワークしたのを合図に、
皆がセンターテーブルに移動する。遠慮したのか最後に従ったリュウの表情が、ジョーの
傍らで引き締まった。その慣れたはずの緊張に、一瞬、軽い眩暈のような感覚を覚える。
「ジョー?」
 目敏く気づいたルイザが怪訝そうに覗き込んだ。
 俄かに甦る面影があった。
 小首を傾げ、心配そうに見据える青、額にかかるブルネット・・・・・、
「あ、ああ、何でもない」
 そう答える目の前に、赤い前髪を垂らしたルイザの顔があった。
 突然、実感として湧き上った事実に、ジョーは底知れぬ恐怖を覚えた。
 ケンはもういない・・・・、
 それはとうに現実として認識したはずの事実だったにも拘らず、激情のままに味わった
胸を掻き毟られるようなそれとはまったく違った、ひやりと冷たく身体中に浸透するとて
つもない孤独感にジョーは震え上がった。
 それを悟られないように、ルイザより先に歩を進める。
 アニックをオーナーシートに、それぞれが椅子を引き腰を下ろすと、円卓の中央に設置
されたタッチパネルに腕を伸ばして、各自、自分の前にモニターを用意する。スライドし
たテーブルの表面からせり出したデスクトップを作動させると、画面は自動的にファイル
を選択し、砂と岩肌ばかりの枯渇した土地に建つ、尖ったまるで塔のような屋根の建物を
映し出した。
 ジョーはその見覚えのある風景がどこであったのか、直ぐには思い出せなかった。研究
所か?いや、工場にも見えるが・・・・、クローズアップされていくに従い、其処此処に
監視ロボットや赤外線網の警備システムが配備されているのが解るので、余程厳重な警戒
態勢下にあるのが伺える。
「さて、これは何を隠そう、ファング・フィールドにあるISOの武器製造工場だ」
 アニックの言葉にそうだったと思い当たる。過去二度の大戦で今は荒野と化したかつて
の国境跡、ファング・フィールドにあるダガー・パコダと呼ばれる小規模だが開発設計チ
ームを伴う数少ない武器製造工場だ。
「ここを破壊する」
「何だって!!」
 皆が声を揃えたのは言うまでもない。ただ1人、事前に説明を受けていたルイザだけが
アニックの横で黙って頷いた。
「極秘任務だ、ダガー・パコダはギャラクターに乗っ取られた」
 今度は声も上がらなかった。当局の特別警備下に置かれる武器製造工場がギャラクター
のそれも素人集団が大半の残党共に占拠されたというのだから。
「ちょっと、大佐。リクルートページから選んだにしちゃ過激すぎやしません?その重大
任務」
 恐る恐るというように口を開いたアルが唇の端を歪めた。
「そりゃ、そうだろうよ。ページの開設者はISO長官だ」
 アニックは懐から煙草を取り出そうとした手を止めてコンソールに移した。画面に1人
の男の上半身が現れた。
「極秘任務って、こりゃ、長官の首が飛ぶな」
 丸い目を尚丸く見開いてリュウが言う。
 画面の男はダガー・パコダの総責任者、事件の首謀者となったミシェル・バーナードで
大柄な体躯と浅黒い肌、特徴的な灰褐色のアイカラーはラディッシュブラウンと表示され
ていた。これではいくら警戒を厳重にしたところで砂に釘を打つようなもの。バーナード
はおそらく、壊滅と共に姿を潜め沈黙を守り続けていたギャラクターのスリーパーだった
のだろう。それに気づかずA級管理責任者の重要なポストにまで就けていた当局の責任は
免れない。
「報酬は口止め料と思って、はずんでもらいましょうよ」
 大胆なルイザの発言に皆が苦笑する中で、アニックは渋い顔をする。
 きっとこの事件、どこにも持っていき様がなかったのでここに依頼が来たのだろう。敏
速かつ完全にこの任務を遂行してくれるのは、アニック以外にはいないと絶大なる信頼を
もってアンダーソンは、おそらく頼み込んだに違いない。おおかたリュウの移籍も彼の手
回しがあってのことだろう。しかし、こんな頭数も揃わないチームでありながら、それだ
けの信頼を得ることの出来るアニックはやはり只者ではないと、改めてジョーは感心した。
「で、出陣メンバーだが」
 アニックは一つ置きに歯の抜けた円卓を見回して徐に切り出した。そして小さな咳払い
と共にチラッと自分に向けられた視線を、ジョーはさりげなく避けた。何故そうしなけれ
ばならなかったのかは、彼にも解らなかった。
 アニックは筆頭にジョーを挙げ、順次名前を呼んだメンバーにそれぞれの役割を簡単に
告げると、最後にリーダーである自分を付け足した。
「大佐、レディが前線で、なんで俺が留守番なんですか?!」
 円卓を一回りしたアニックの視線が再び手元のコンソールに戻るのを待って、メンバー
に漏れたアルが立ち上がりテーブル越しに抗議する。その瞳が恨めしそうにルイザに向け
られた。
「あら、“淑女(レディ)”なんて古い単語を知ってるのね。今じゃ、死語だわ。でも、
それならこういう言葉も知ってるでしょ、“レディ ファースト”って」
 気づいたルイザが余裕の笑みを見せる。
 苦し紛れに「男女平等だろ!」と、しかし、言った横で声が上がる。
「それこそ死語だ、男女不平等だった時代っていつのことだ?」
 グッと怯んでふくれたアルに、明後日の方向を向いたアニックが言う。
「あー、誰を残すかについてはクジで決めた」
「非公開だ!」
 バン!とテーブルを叩いて、下ろしかけた腰を再び上げたアルの言い分はもっともだっ
たが、ジョーには、いや他のメンバー達にもアニックの心情を計り知ることは容易だった。
 彼は最年少のアルを残したのだ。それだけ今回の事件は痛手だったのだ。万一の事態は
いつでも訪れる。アニックとて決して立ち直った訳ではなかった。
「納得がいかないならロシアンルーレットでもするか」
 突然、ジョーがテーブルにリボルバーを取り出し弾倉から弾を抜いた。そして 改めて
1発だけ詰めると、シリンダーを十分に回転させてアルに差し出した。
「これで文句なしだ」
 凄みの利いたジョーの声にアルは竦み上がった。
「冗談!解ったよ。留守番してるよ。俺まだ死にたくない」
 漸く腰を下ろしたアルは、だが、それでも不服そうにぶつぶつと口籠った。
「なんなら俺が残ってもいいんだぜ」
 その言葉に激しく首を横に振ったアルはピタリと口を閉じた。そしてその様子を溜息混
じりで見ていたアニックは言った。
「おい、ジョー。もっとヤル気を出してくれなきゃ困るじゃないか」
 思わず視線を絡めたジョーに、アニックは渋面を作って見せた。だがその瞳に捕らえた
姿が思いのほか頼りなく心細げに見えて、アニックは内心不安に駆られた。


Guessing Game 3−2




 飄々と吹く風が地面を切り裂き露出した岩盤の上に、砂塵を舞い上がらせていた。その
中に所々黒く影になって見えるのは爆撃跡のクレーターで、視界を広げると見渡す限りの
荒野に数え切れない程存在している。全てが戦争の傷痕だ。巨大なメガロポリス、再び成
長を始めた経済、しかし、立ち直ったのは表面だけで、薄っぺらな平和のベールの内に建
つ都市が、ここに似合いの砂上の城のようだと物語っている。
 程なく太陽が西に傾きかけた、ダガー・パコダはまだ地平線の向こうだ。砂嵐が止むの
を待って出発したので予定より20分程のロスが出ていた。それを取り戻すためにジープ
は懸命にエンジンの唸りを上げ続けている。本来なら決行は夜を待った方がいいのだが、
この地形を車のヘッドライトだけで移動するのは至難の技だ。
 タイヤの横の大きく裂けたクレバスを覗くと、地盤から突き出た何本もの牙のような岩
柱がそそり立っている。これがファング・フィールドと名づけられた由来で、こんなとこ
ろに落ちればまず命はない。
 クレーターに飲み込まれ朽ち果てた廃墟は砂に埋没し、その横をジープは半径50メー
トルに渡ってジャミングしながら目的の場所へ向かう。
「極秘に片付けろとの言いつけなら、派手に爆破などしていいのですか?」
 ルイザが今更の質問をする。
「この人数ではそれが最善策だってことだ。チマチマやるには人手不足だ」
 幸い、警備員、工員以下職員は全員解放されていた。しかし「後は上層部が何とでも繕
うさ」とはアニックは付け加えなかった。

 作戦は極簡単なものだった。中央コントロールルームに時限爆弾を仕掛ける何の工作も
ない奇襲攻撃だ。チームは8名、アルを残したこれが全員だ。ジョーを陣頭にする先発隊
と後方援護を受け持つアニックの後発隊で進入し、先発隊が中央突入に失敗した場合、後
発隊が後を継いで続行する。リュウはアニックの隊に加わり、ルイザ以下3名が中央コン
ピューターのハッカー作業を担当する。
 やがて前方に槍の切っ先のようなものが見え出した。次第にそれは砂の上に長く伸びて
いき、錆色の空に突き出た高い塔が姿を現した。
 それを確認しても誰もが無言だった。作戦に取りかかる前の胸を締めつけられるような
焦燥感、これだけはどれ程場数を踏んでも決して慣れることはなく、駆け出しの新米にも
熟練のベテランにも平等に味わうことが許される唯一の感情だ。
「バーナードはあの中にいるんじゃろうか?」
 緊張の糸を切らないよう気を使って、リュウが言葉にする。
「探す必要はないが見つけたら殺さずに連行しろ。だが、脱出の際に邪魔になったら迷わ
ずぶち殺せ。自分の命が優先だ」
 それがリーダー、司令官の命令だった。
 時限装置が動き出せばタイムリミットは3分。一目散に建物の外に出るのが精一杯だろ
う。少しでも手間取ればジ・エンドだ。
 ゴクリとジョーは喉の奥にヒリついた痛みを感じて唾を飲んだ。 

 ジープは塔の手前の大きなクレーターの縁で、滑り落ちそうに横たわる建物の残骸の影
に止まった。後ろから付いて来たもう1台がその横でエンジンを止めるのを待って、アニッ
クが黒い逞しい身体に武器を装備したのを合図に、作戦は開始された。
 まず警報装置を麻痺させ、入口の監視ロボットを破壊せねばならない。ジョーがライフ
ルで砦となる高いコンクリート塀の上の赤外線探知機のアンテナを狙う。一発で仕留めて
それを乗り越えた次は、カメラを頭に付けた監視ロボットのコンピューターをぶち抜く。
 異変に気づき敵が飛び出して来るのに1分、「かかり過ぎじゃねぇか」とアニックが北
叟笑む。難なく第1関門を通過した。ルイザはジョー達とは反対方向に走って行く。コン
ピュータールームは建物の西側の地下にあった。
「ジョー」
 アニックの声に小さく頷き、持っていたライフルをリュウに託す。ここからは拳銃の方
が扱いやすい。
「行くぞ!」
 一斉に駆け出す先にやっと敵が姿を現した。それを蹴散らして先を急ぐ。
感覚は冴えていた。心配していたブランクの間の衰えもなく、発砲した弾丸は正確に相手
の急所を撃ち抜いていった。だが、ジョーはじっとりとグリップを握る手に汗を滲ませた。
使い慣れたはずの銃がずっしりと重く手の中に感じられた。また1人、前方の敵を撃つ。
構える暇も与えず床に転がす。だが、やはりしっくりとこない。感覚が冴えていればいる
程、身体とのギャップが感じられた。それは先に進むにつれてますます強くなった。ジョー
は、まだあの焦燥感を捨て切れないでいた。
 次第に敵の数は増えていったが、然程訓練を積んだような手合いではなかった。しかし
数にものを言わせて次から次へと現れる敵に、とうとう後方隊は足止めを食わされた。
「直ぐに片付く、先を急げ!」
 アニックが叫ぶのも耳に入らぬように、ジョーは走った。目的の室まで関門はあと2つ、
第2ゲートを通過し、第3ゲート前で分厚い防火扉に阻まれた。そう上手くはいかない。
 ジョーはべっとりと汗ばんだ手をシャツに擦りつけた。そしてベルトから手榴弾を抜き
投げつける。思ったとおりこんなものではビクともしない。
「クソ! ルイザは何をやってるんだ!」
 毒づいたところにリュウが追いついて来た。
「大佐は?」
「大丈夫じゃ、それよりここダメなのか? ルイザ達は・・・・」
 言いかけた言葉がけたたましく鳴り響く警報ベルに掻き消された。
「今頃、何だってんだ!」と思ったが、システムが狂い始めたのだ。どうやらルイザ達が
ハッカーに成功したらしい。防火扉がゆっくりと床から持ち上がった。すかさずジョーが
潜り抜ける。内側にマシンガンを構えた敵はいなかった。
「ジョー、ここは任せろ!」
 振り向くと扉の向こうに敵が群がり始めていた。ジョーと組んでいた先発隊の他の2人
もリュウと共にディフェンスに付いた。
「頼むぞ!」
 言い捨てて目的地に急ぐ。時限爆弾を仕掛ける中央コントロールルームは、もう直ぐそ
こにあった。しかし・・・・、
 ジョーは額に噴き出る汗を拭った。不意に立ち止まり辺りを伺う。静か過ぎる、そう感
じる心が急速に危機感を覚える。足が震えた。
 ・・・・・なぜ? もう一度汗を拭う。しっかりしろ! 言い聞かせるように再び走り
出す。
 腕にぶら下がった拳銃が重い、身体が自分の思うように反応してくれない。まるでビス
が1本抜け落ちたような不完全さだ。何かが足りない。俺の中の何かが欠けてしまってい
る。落ち着かない、苛々する。
 目の前に迫るコントロールルームのドアを目指しながら、ジョーは沸き上がるそれが恐
怖であることを否定するかのように、全身を奮い立たせた。
 当然、待ち構えていた敵の影がそのドアから現れた。咄嗟に後戻りし廊下の角に身を潜
める。防火扉の向こうで起こる銃声が徐々に少なくなってきていた。この分だと直ぐにで
も援護が得られるだろう。そう思った時だった。柱の影でコントロールパネルに取り付い
ている敵が見えた。手動に切り替えられた開閉装置によって、ズズッと重い扉が再び閉ざ
されていく。ロックの優先順位が指定され、これで内側(此方側)からしか扉は開かない。
「畜生!」
 足音が幾つもある前方の角から群がるように防火扉の前に集中してくるのが解る。
 完全に援護を絶たれた焦りから、発砲してきたその敵を血祭りに上げるべく銃を乱射す
る。瞬間、ジョーはギクリと背筋を強張らせた。完全に標的となった身体から血の気が引
いていく。
「ジョー!!」
 不意に声が聞こえた。
 反射的に身を伏せ、床に転がりながらトリガーを引く。銃声と同時に眉間を撃ち抜かれ
た敵が壁に張り付いた。が、
「そこまでだ」
 身を起こしたところで銃口に取り囲まれた。空気の動きが止まった。ピタリと構えられ
たサブマシンは寸分の隙も見せずにこちらを狙っている。いままでの敵とは明らかに違う
訓練を積んだコマンド達だ。
「随分と荒っぽいお出ましだな。どこの者だ。死ぬ前にせめて名乗らせてやる」
 サブマシンの後ろに控えた灰褐色の瞳がジョーを見た。ラディッシュブラウン?
「ミシェル・バーナードか?」
「そうだ、おまえは?」
「サイド6、タイ大佐のチームだ」
「第6支局の? そうか奴のチームなら納得がいく。昔から無鉄砲なだけが取り柄の特攻
野郎共だからな。だが、それも今日限りでお仕舞いだ」
 バーナードがゆっくりと腕を上げた。サブマシンの銃口が一斉に火を吹く、その寸前で
ジョーの手から手榴弾が飛んだ。ボワッという爆風と共にコマンド達の身体が一瞬宙に浮
き床に叩き付けられる。起き上がろうともがく背中に、手元に転がったサブマシンを拾っ
て連射する。辛うじてコンクリートの柱の陰に逃れたバーナードが、拳銃で狙ってくる。
「その腕で俺を殺れるかよ」
 肩をぶち抜いて動きを封じる。
「運があったら生きて外へ出な」
 連行したいが今は邪魔だ。
 ジョーはコントロールルームの正面に据えられたコンソールテーブルに取り付いた。中
枢コンピューターがハッカーされているので、どのパネルも沈黙している。暫くテーブル
の周辺を、時限爆弾をセットする手頃な場所を探して回る。ちょうど足元にケーブルポケッ
トが見つかった。蓋を開けて赤や黄色のコードを引きちぎって取り除き、その代わりに爆
弾を押し込める。タイマーは180秒。セットボタンを押す前に通信を入れる。
「セット完了! 退避せよ。繰り返すセット完了した!」
『ラジャ!』
『よくやった、坊や!』
『グッドラッグ、ジョー!』
 次々に返ってくる応答を聞きながら、ジョーはボタンを押した。
 カウントダウンが始まった。入口を塞いだコマンド達に「命が惜しい奴はさっさと外へ
出ろ!」と怒鳴る。散り散りばらばらになって先を急ぐ敵に混じって、ジョーも出口へと
向かう、防火扉のロックはとっくに解除されていた。
 床に捨て置かれた死体を踏みながら、大勢の足音が扉の向こうに消えようとしていた。
 と、その時ジョーの脇腹を銃弾が抉った。焼けるような痛みに呻いて床に膝を付く。足音
が全て消えた。だが敵の気配がある。
 何処だ?
 急に呼吸が苦しくなった。鼓動が胸を締め付けるようだ。首筋を冷たい汗が滴り落ちる。
 敵は! どっちだ? 後ろか前か。
「ジョー!!」
 その時、確かにジョーは聞いた。
 ・・・・・右だ!
 構えた先に敵がいた。トリガーを引いていた。
 ピタリとくる確かな手応えがあった。柱の影でもんどり打ってドサリと倒れたのは心臓
を見事に射抜かれたバーナードだった。
「ジョー!」
 声がする。その気配が手に取るように感じられる。
 立ち上がり走り出す。タイムリミットまでもう幾らもない。身体が燃えているように熱
い。だが不思議と不安はない。さっきまであれ程までに感じた焦りと苛立ちが、奇麗にな
くなっていた。銃を持つ腕が軽い、意志が傷ついた身体さえ自由に操っていた。
「ジョー、後少しだ」
 最後のゲートを抜けて砂を踏む。風が頬を撫でた。
「ケン」
 ジョーはその名を呼んだ。

 ドドドッーと背後で落雷のような轟音が轟いた。ダガー・パコダの塔が折れるようにし
て崩れ落ちた。爆風が砂嵐のような砂塵を噴き上げクレーターに逃げ込んだジョーの頭の
上に雨のように降った。
「無事か、坊や」
 気がつけば、アニックがリュウがルイザが側にいた。8人のメンバー全員が無事脱出に
成功していた。
「任務完了!」
 笑おうとしてジョーは顔を顰めた。緊張が解けて一気に痛みが込み上げたのだ。
「ジョー! 血が、撃たれたの!」
 ルイザの幾分悲鳴染みた声に改めて傷口を見る。脇腹から腰にかけてシャツとズボンが
真っ赤に染まっている。掠り傷の割に出血が酷いらしい。
「大丈夫さ」
「って、顔色じゃないわよ! 早く止血しないと」
「大丈夫だって! 俺は不死身だ」
「なにバカ言ってるのよ!」
 叱られて首を竦める。アニックが心配そうに唇を歪めて笑った。
 砂嵐が収まってクレーターをリュウの肩を借りて登ると、風が止んでいた。凪いだ海の
ような流砂に美しい風紋が刻まれ、その向こうに陽が沈みかけていた。

 ・・・・ケン、そこにいるんだろ、
 傍らに呼びかける。
頷くケンの青い瞳、
俺はどこにもいかない・・・・、
 そっと耳元に届いたケンの声。

 やっと捕まえた、ケン!
両手を伸ばして掻き抱く。
 『ジョー』
寄り添った気配に甘い声が聞こえる。
 『おまえの側にいる』
ああ、
『嘘じゃない、ずっとだ』
 ・・・・・ああ、ずっとだな。
俺の唇に触れて、ケンが笑った。


3−永遠となるもの END




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