Guessing Game(4)

by トールハンマー


Guessing Game 4−1


 戦いが俺の血を滾らせる、
 ふつふつと胸の奥に湧き上がる闘志が俺を駆り立てる、
 さながら血の匂いに牙を剥く野獣のように、
 敵の気配に言い様のない興奮と戦慄が、勇み足で身体を駆け上がる、
 生か死か、その単純な駆け引きに心躍らせる自分がいる、
 身を焦がす熱い脈動が俺を支配する、
 じっとしてはいられないような、
 だが、身を潜め仕留める獲物を焦れて待つような極限状態が、
 俺を目眩のようなエクスタシーに引きずり込む、
 閃光・・・・、ショットともにスパークする興奮、
 銃口の先に見出す紛れもない勝利、
 戦場はいつも俺を彷彿とさせる。

 たった一言の命令だけが、俺を動かすのだとしても、
 俺は俺を止めることは出来ない、
 たった1発の銃声が、俺の命を奪うとしても、
 俺は俺を止めることは出来ない、
 戦うことを本能と覚えた身体が、戦場に焦がれる、
 あたかも、離れられない安住の地のように、忘れられない故郷のように、
 狂おしく恋焦がれる、愛しい者の待つ場所のように、
 俺は戦場に焦がれる、
 たとえ心臓を射抜かれ血の海に沈もうと、
 多くの戦士達の屍と共に、朽ち果て砂に埋まろうと・・・・・、

 ケン、おまえがそこにいるなら、
 弾雨に抱かれてさえ、うっとりと夢見ることが出来るだろう、
 ケン、おまえと共に・・・・・・、



4−誓いと捧げるもの


 ドドッ!! と大きく揺らいだ建物と一緒に身体が一瞬床から浮いた。次に来る事態を
予測する間もなく足元が崩れ落ちる。
「アル、掴まれ! ここだ!」
「ジョー!」
 差し伸べた手に満身の力を込めて身体一つを引き上げる。その下で足場となっていた鉄
柱の骨組みが、コンクリートの固まりをバラバラと撒き散らしながら、飴のように曲がっ
て落下していく。
「手を離すな!」
 砲弾のショックで建物全体が地震にあったように振動している。柱は折れ、壁は崩れ床
は抜け落ち、逃げ道を求めた回廊伝いの階段が足元から崩れ落ちた。額の汗が数十メート
ル下の残骸の中に落ちていく。歯を食いしばり腕を引く。肩の骨がギリギリと軋むのが解る。
「ジョー、無理だよ」
「黙ってろ!」
 叫んだと同時にもう片方の腕が掴んでいた手摺がズッと半分床から抜けた。平衡感覚を
失った身体が、アルと一緒に崩れた建物の3階で宙吊りになる。
「畜生!」
「ジョー、手を離して、1人ならなんとか這い上がれる」
「黙ってろと言ってるんだ!」
 叫ぶ声が口を開けて待つ死の底に吸い込まれていく。
 なんとかならねぇのか! 舌打ちしながら頭上を仰ぎ見る。ぽっかりと穴の開いた屋根
からバラバラと唸るようなローター音を響かせて、バズーカ砲を構えたヘリの機体が不気
味な影をチラつかせている。どうやら砲弾は撃ち尽くしたようだが、腕1本が2人分の体
重を支えるのに耐えられる時間は限られていた。それを見て取ったのか、止めを刺すこと
もせずにヘリは機首を背けて遠ざかった。とりあえずは幸運だったと思うべきだろう、
 しかし、
 ・・・・・どうするか、
 這い上がれなければお陀仏だ。唯一動かすことの出来る首だけを回して、なんとか命の
綱になりそうなものを探す。ふと目に入ったのは人魚のブロンズ像だった。様々なオブジェ
クトで飾り付けられた屋敷の、広い回廊の空間を飾るために船首から切り落とされた海神、
ネプチューンが頑丈なコンクリートの壁に嵌め込まれていた。
 そう言えばここは海運王の屋敷だったか?ガラクタばかりが並んでいると思ったが・・・
 いいところにいてくれたぜ。
「アル、俺の腰に移れるか」
 エアガンを抜かなければならない。彼に腰の銃を任せてネプチューンを狙えと言うのは
無理だ。
 頷いたアルが空いている方の腕を持ち上げ、腰に回してガッチリとベルトを掴んだ。
「いいな、ゆっくりやるんだ」
 体重が腕から腰に移動する。
「オーケー、ジョー。手を離してくれ」
 力を抜いた腕が指先で触れ合って離れた。ジンと痺れた手にドクドクと血液が流れる。
2度3度指を曲げて感覚を確かめてから銃を抜く。
 シュッと銃身を微かに震わせ、銃口から細いスチールロープが勢いよく伸びたかと思う
とネプチューンの逞しい体に巻きついた。
「ナイスショット!」
 腰にしがみついてアルが言う。
「黙ってろと言ったはずだ」
 睨みを利かせて黙らせる。 ・・・ったく!こんな時に悠長な野郎だ。
 ピンと張ったロープを今度は手繰り寄せるように銃身の中に巻き取る。片腕に掛かって
いた重みが両腕に分散され、ロープが短くなるに従って身体が死の口から浮上する。頭上
に床が見えると必死でしがみついて這い上がった。
「助かった」
 蒼白の額に冷たい汗を噴き出して、床に座り込んだままでアルが言う。
「安心するのはまだ早いぜ、ブツは?」
「それならこのとおり」
アルはジャケットの内ポケットから、大事にしまっていたマイクロチップを出して見せた。
「それを持ってる限り、俺たちは追われる身だ」

 案の定、派手に建物を破壊した連中は自分達を追って、今度は装甲車に装備されたバズ
ーカ砲を発砲しならが猛スピードで追撃してくる。広大な面積を有する庭を、芝生を巻き
上げ、潅木を薙ぎ倒して邁進する、さながら戦車のようなその走りっぷりには閉口するし
かなかった。
「あいつらここをアクラと間違えてるんじゃないの?」
「アクラならまだ味方もいただろうさ、アル、ポップコーンは残ってるか?」
「ああ、とびっきりよく弾けるのがね。」
 アルが出した小型爆弾は掌サイズより更に小さめだが、手榴弾の10倍の破壊力を持つ
当局の自慢の逸品だ。
「ようし、お見舞いしてやる」
 車を急停車させ、180度方向転換する。
「降りろ、アル」
「何で!」
「スタントマンの経験はないだろう」
「ジョーはあるのかよ」
「つべこべ言わずにさっさと降りろ、尻を叩かれたいか!」
 ナビシートのアルを放り出し勢い良くドアを閉める。代わりにドライバーズシートのド
アを開ける。ポップコーンをダッシュボードに置き、一気にエンジンを噴かせて発進させる。
 目標は前方敵装甲車、距離約200メートル。一瞬にして接近した標的が雷鳴のような
爆音と共に地面から吹き飛んだ。



「ジョー、アル、ご苦労だったな」
 窓辺に花を飾った支局の明るい室の中で、アニックが頼もしそうに2人の肩を叩いて言っ
た。その大きな手の下で、アルのまだ成長過程の肩は更にも増して貧弱に見えたが、負け
じと皆を前に自慢げに胸を張って見せた彼は、もう立派なチームの一員だった。
「大佐、次の仕事も俺に任せて下さい」
「ああ、どんどん回してやるから、しっかり励め」
 2人が持ち帰ったマイクロチップに収められていた情報に、アニックは上機嫌だった。
なにしろ、ギャラクターの影で暗躍を続けていた歴代のビッグネーム達が一挙に解明され
たのだから、いつもはキリリと引き締まっている頬が緩むのも無理はない。山とプリント
アウトされた彼ら(“シャドウ”と呼ばれるギャラクターを資金面で支えてきた影の支援
者達だ)の経歴には些か舌を巻くが、その中でいったい誰から吊るし上げてやろうかと物
色するのがこたえられないという様子だ。だが、そんなアニックを横目に睨みジョーは顔
を曇らせた。
「大佐、俺にはもっと楽な仕事を下さい、これじゃ命が幾らあっても足りやしない」
「何を言う、ドンパチやらなきゃ気がすまない奴が」
「お言葉ですが大佐、大佐の派手好きには敵いません。俺は大人しい方です」
 ジョーの言葉にルイザがツンと肩を持ち上げて首を竦める。どっちもどっちだとでも言
いたいのだろう、呆れた目つきが2人を交互に見遣るが、彼女とて決して地味な方ではない。
「ヘリにバズーカ砲に装甲車、彼らの力は大きくなる一方です。早いとこシャドウ達を潰
してしまわないと今に不味いことになりますよ。大佐、この際、一気に片付けてしまいま
しょう!」
「勿論、そのつもりだ」
 ルイザの赤い唇が戦闘意欲に燃えた。こういう時の表情はなかなか魅力的だとジョーは
思う。いよいよ本領発揮だとばかりに、チームは活気を取り戻した。
「俺はもう留守番はしませんからね」
 すっかり自信をつけたアルも同様に、クルクルと良く動くトビ色の瞳を輝かせた。
「ああ、これからはこき使ってやる。そのために頼もしいメンバーを補充した」
 アニックは親指を立ててホストコンピューターを備えた司令室を示した。
「ガリバーのご友人達ですか?」
「フフン、皆には先に紹介を済ませたが、少し人見知りなところがチャーミングだぞ」
 言いながら2人の背中を促して、奥のドアに向かうアニックの思わせ振りな言いように、
ジョーとアルが顔を見合わせた。
「チャーミングだって?コンピューターが?」
「人間だろ」
「って、女性かな?・・・・」
「うーん・・・・」
 司令室のドアを開けたアニックに付いて中に入ると、ガリバーに向かって黙々とキィボ
ードを叩く姿があった。真っ直ぐに伸びた長く艶やかな髪は女性と見紛う程だが、その背
中は若い男性のものだった。期待を裏切られてアルが「ちぇ」と小さく舌打ちする。
「どうだ、捗ってるか?」
「70%というところです。ここ半年間のデータは全て片付きましたが、インプットされ
た不必要な情報が多過ぎます。管理は誰がやっていたんです? 無駄な贅肉は人間同様、
動きを鈍らせます。ガリバーの容量にも限界があるんです」
 背中を向けたまま遠慮もなしに答える無礼に、アニックは腹を立てる様子もなかったが、
アルはムッと露骨に嫌悪感を現わした。
「管理は君に任せたんだ、好きにやってくれ。それよりジョーとアルが帰って来た。紹介
しておこう、これでうちのメンバー全員だ」
 その言葉に今まで無心にキィボードを叩いていた指がピタリと止まり、ゆっくりと背中
が振り向いた。そして立ち上がった青年は、真っ直ぐにその瞳をジョーに向けた。
・・・・・ホーク?
 見覚えのある顔だった。初めて会ったのは確かYUNOの南部博士の研究室だったと記
憶している。彼の足は片方が義足だ。そのための治療に通っていたらしい。日本人だと聞
いた漆黒の、見たこともない瞳の色がまるで表情のない人形のようで、その時、ゾクリと
背筋に冷たいものを感じたのを覚えている。
「本部中央司令部から移ってもらったミスター・タカザキだ。これからはうちの参謀役と
して司令室にいてもらう」
「タカザキ?もしかしてホーク?」
「そうだ、聞き及んでいるようだな」
 アニックの言葉に、知らないはずがないと言うようにアルは目を見張った。そして初対
面の相手には少々失礼とも思える程にまじまじと彼を眺めた。
 黒い髪と黒い瞳、濃い肌色といった東洋人特有の容姿は、(とりわけ彼は稀な美貌を持
ち合わせていたせいもあってか)自分達の周囲では一見酷く違和感を覚えさせる。慣れて
しまえばどうということもないが、初対面の時には誰もが好奇の視線を向けるのは仕方の
ないことかも知れない。
「鷹崎慧一です」
 右手を差し出すために彼はゆっくりと歩を進めて近づいて来たが、その足取りは決して
ぎこちない感じはなく、スラリと伸びた整った体形が心なしか揺らいでいるのが、かえっ
て優雅にさえ見える。
「エリオット・オマリーです。ホーク、あなたのことはよく知っています。会うのは初め
てですが銀鷹(エル・アルコン)を守護神に持つ勇者だと」
 最初にその右手に応えたのはアルだった。さっきの自分の無礼な態度などすっかり忘れ
てしまったかのように、薄っすらと頬さえ紅潮させてその勇者を迎えた。しかし、
「薄情な守護神だったよ」
 昔のことだと言うように、青年は軽薄とした微笑を浮かべた。
 片足を失い今は戦場を退いてはいるが彼の前線経験は長く、ギャラクター全盛時代から
リーダーとして指揮したチームには、数々の華々しい戦歴が残っていた。
「命があっただけでも感謝しろよ、守護神は君を見放した訳じゃない」
 言葉に詰まってしまったアルのフォローをするようにアニックが言った。それに答えて
彼はまた薄笑いを浮かべる。
「守護神・・・ですか、そんなものに頼っているようじゃ、あなたも噂程の人じゃありま
せんね。タイ大佐」
 ・・・・・何だと!
 今度はジョーの方がムッとなった。その時、ドアの外からルイザの声が聞こえなかった
ら握手を交わす前に、彼の胸倉に掴みかかっていたに違いない。
「大佐、長官からお電話が入っています」
 顔を覗かせたルイザに、軽く片手を上げてアニックは了解した。
「ジョー、ちゃんと自己紹介をしろよ」
 言い残して司令室を出て行くアニックには、どうやら拳の震えがお見通しだったようだ。
一呼吸おいてから右手を出す。怒りを静めるために。だが、差し出した右手には応えずに
彼は言った。
「君が、“コンドルのジョー”か」
 “えっ!”と耳を疑ったであろうアルの動揺が、傍らに感じられた。
「そんな名前を覚えている奴がいたとはな」
 それこそ昔のことだ・・・・・、
「ジョージ・アサクラ。あの“イーグル”が誰よりも愛した男」
 囁くような青年の声に、一瞬、殺気とも思える程に空気がヒリついた。
「何のことだ」
「そう凄むなよ。これでもキューピットのつもりなんだ。果たせなかった告白の言葉を伝
えるためにここへ来た」
 急におどけて見せる青年の、だが、瞳は笑っていなかった。
「えっ?」
 ジョーが眉を寄せると、心なしか唇を皮肉に緩めた。
「“忘れないでくれ”と、彼は言いましたよ」
「いったい何の話だ?」
「解りませんか? 呪縛ですよ、彼はなかなか嫉妬深かったようだ」
 無表情だと思っていた瞳が、ゾクッとする程妖しく光った。
 いったい何のことだ? 奴は何を言ってるんだ? ケンの言葉を伝えに来ただと?
 ケンは何も残しはしなかった。誰にも何も託しはしなかった。俺はケンを見取ることも
心を確かめることも出来なかったんだ。呪縛だって?“忘れないでくれ”?それはいった
い何の呪文だ。俺を過去に戻してくれるのか。
「確かに伝えましたよ」
 茫然と立ち尽くしたまま、ジョーは背中を向け再びガリバーに向かう青年の姿を見ていた。
「ジョー?」
 上着の袖を引っ張られて漸く我にかえると、アルがこれ以上ないというような困惑した
表情で覗き込んでいた。
 それを振り払ってドアに向かう。青年はもう振り向きもしなかった。
「ジョー!」
 司令室を出、そのまま急ぎ足で室を離れる自分をアルが追いかけて来る。
「ジョー、知らなかったよ。本当なのか? 君がコンドルのジョーだって」
「だったら、どうだと言うんだ」
「フェニックスだろ! ドクター・ナンブのシークレットソルジャー! 凄いじゃないか、
イーグルとも一緒だったんだろ」
「おまえが崇拝してるのは銀鷹(エル・アルコン)じゃなかったのか」
「それは認めるけど、フェニックスは既に伝説的英雄だ。彼ら以上の戦士はいないよ。
ねぇ、イーグルとはどんな関係? コールドブルーの瞳をした“氷の戦士”って噂どおり
の人?ねぇ、話してくれよ、彼の正体」
「話すことなんてないさ、おまえが知っていることが全てだ」
 そうだ、全てだ。今更、俺が知り得るケンの何事もない。
「ねぇ、ジョー」
「煩せぇ、イーグルは死んだ!」
 怒鳴ったとこころでアルが足を止めた。
「あ・・・、すまねぇ」
 何に腹を立てたのか解らなかった。不躾な青年の態度かアルの好奇心か? いや、どち
らでもない。不意に伝えられた“言葉”に驚き、何かを期待している自分が滑稽に思えた
のだ。
「そうだったの・・・・ゴメン、俺、知らなくて・・・」
 項垂れるアルの肩は酷く小さく見えた。その肩に触れようと伸ばしかけた手をジョーは
止めた。
 昔、同じように小さな肩を震わせていた者がいた。ギャラクターに殺された仲間達の無
残な死体を前に、声を殺し、歯を食いしばって堪えていた、まだ15にもならないであろ
うジンペイの姿が目に焼きついている。涙が死者への弔いになどならないことを俺達は知っ
ている。
 戦場でしか生きられない者は、戦場で死ぬしかないのだと言い聞かせるように、口には
出さなかったが皆が同じ思いを味わったのだ。そして必ず仇を取るのだと、ギャラクター
を倒すのだと。それはいつ訪れるかも知れない、自分自身の死の恐怖への細やかな抵抗だっ
たのかも知れない。俺達は、そして、土に埋もれた仲間の屍を糧としながら新たな戦場へ
と臨んだ。
 戦いは終わった訳ではない。ギャラクターは残党共とその復活を企んでいる。そうだ、
俺にとってフェニックスは伝説でも何でもない。俺の前には今も戦場がある。
 ・・・・忘れないでくれ、
 忘れるはずがない。
「いいんだ、怒鳴って悪かった」
ジョーが詫びると、アルは項垂れたまま首を振った。
「俺の方こそ」
 肩に掛けられた手を労わるように、アルはそっとジョーの腕に触れた。


Guessing Game 4−2



 その事件が起こったのはそれから間もなくだった。
 ニューカリフォルニアシティの約半数の都市へ生活用水を供給するマンモスキャニオン
ダムがギャラクターに占拠された。それによって麓のメロウウッドの街を始めとし約10
00万もの市民が飲み水を絶たれる破目となった。ISOは緊急に給水車を手配すると共
に街のパニックを沈め、ダムを奪回するためにコマンド部隊を出動させた。
 このところ度を越して大胆になってきた敵の行動には、明らかに今回のシャドウ狩りに
焦っている様子が伺えた。「挑戦なら受けて立ってやろうぜ!」と、当然チームにも出動
命令が下るだろうと武者震いと共に沸き上がったメンバー達だったが、事態は思わぬ方向
に展開を見せた。
「何だって?大佐が本部に拉致されたって、どういうことだ?」
 そっと耳打ちされた知らせに思わず声を上げたジョーに、リュウは「しっ!」と人差し
指を立てた。
「確かな話じゃないんじゃ、だが、一向に連絡が付かんそうじゃ」
 テーブルに乗ったコーヒーを啜りながら、尚も未確認情報だとリュウは念を押したが、
折しもサイド6に援軍を要請しようとしたアンダーソンが、アニックを本部に呼び出した
矢先だった。ギャラクターから受信した声明文はこともあろうか、シティの統治権の放棄
を求めるもので、要求に応じない場合はダムを爆破すると宣言していた。それを聞いた支
局側では一刻も早いアニックの帰局を願ったのだが、丸半日経った今も大佐は戻らず、そ
ればかりかどういう訳か、本部からは何の音沙汰もなかった。
 とうとう“大佐が本部に拉致された”と、出所の解らぬ不可解な噂までが飛び交ったが、
それがまったく信憑性のないものではないと解ったのは、二度目の声明文が着信した時だっ
た。
「ギャラクターが大佐を要求してきた。2時間以内に引き渡さなければダムの爆破を決行
すると言っている」
 流言に沈黙を守っている支局長の代わりに、やっとのことで通じた本部からの知らせを
伝えたのはタカザキだった。
「何だって、奴らの狙いは大佐だったのか!」
 二度目の声明は、速やかにシティの統治権を放棄し、タイ・アニック大佐を引き渡せと
いうものだった。いや、最初から大佐が狙いだったのかも知れない。
「畜生!報復って訳だな」
「それで長官は大佐を監禁してるっていうのか」
「ダムが破壊されれば麓のメロウウッドの街は全滅だ。2時間で50万もの市民を避難さ
せるのは不可能だ。」
「メロウウッドだけじゃない、周辺都市は壊滅する、長官は市民を見殺しにする気か!」
「そんなはずはない、今に命令が下る」
「どんな命令だよ!」
「ダムを占拠しているのはボルテックをシャドウにしている組織(ギャラクター)で、ル
イザとアルが既に接触を果たしたグループだ。直ぐに連絡が入るだろう。そうすれば何ら
かの手段を講じられるはずだ」
「猶予は、しかし、2時間しかないんだぞ!」
 メンバー達はそれぞれに口にしたが、指揮官を欠いた状態では何の行動も起こせはしな
 かった。出動したコマンド隊も既に撤退を余儀なくされたと報告があり、彼らに期待する
ことは出来なかった。八方を塞がれ成す術もなく時間だけが過ぎていった。

 1時間を切った頃、支局長を通して室にアンダーソンからの通信が届いた。
『マッカラムからは、まだ連絡はないか?』
「ありません」
 タカザキが答えると、アンダーソンはモニターの中で白くなった太い眉を寄せ、大きく
吐息を漏らした。
「長官、大佐を帰してください」
 ジョーは今までずっと閉ざしていた口を始めて開いた。だが、アンダーソンは重い口調
でその願い出を拒絶した。
『駄目だ、今彼を自由にすれば必ずギャラクターの要求に応じようとするだろう。我々は
大佐をギャラクターに渡す訳にはいかんのだ』
「50万の市民の命を見殺しにしてまでですか」
『君は大佐を見殺しにしたいのか、彼はこの先、何百万もの命を救える男だ』
 そう言われて返す言葉を失った。50万の市民の命と大佐1人の命を、しかし、ジョー
は自ら秤にかけることは出来なかった。それでも、
「命令とあれば」
 それがアニックの指示であり、願いであるのなら。
『命令は待機だ。マッカラムの連絡を待つ』
 きつく言い放って、アンダーソンはモニターから消えた。

「ジョージ、長官からの極秘命令だ」
 そう呼び付けにされることに慣れぬジョーは、不機嫌に眉を寄せるが、司令室から出て
来たタカザキは気にも止めず耳打ちするように言うと、ドアの内側に呼び入れた。
「極秘命令?」
 訝しげに聞き返すジョーには答えず、彼はガリバーに取り付くとメインディスプレイパ
ネルに映像を取り込ませた。
「ルイザが爆破装置の場所を知らせて来た。いいか、よく見てくれ」
 言われるままにテーブル一面に現れた画像を覗くと、カーソルが示したダムの水門の端
に約2メートル四方の非常用の救命ポットが見える。鉄棒の足掛けが数本打たれ、誤って
ダムに落ちた時、開門の際の流水から身を守るために造られているものだ。その小さなポッ
トの内側の壁にタイマーを付けた爆破装置がセットされていた。
「2度目の声明があった時間から、きっかり2時間後にセットされている。狙えるか? 
起爆装置を傷つけずにターマーだけを」
 いくらか興奮したタカザキの声が何故か奇妙に感じられた。
 ニューカリフォルニアシティまでは幸いにもジェットヘリなら15分もあれば飛べる。
 ジョーは画像を睨んだ。画面が6等分され周辺の様子を映し出す。白いダムの壁を捉え
た部分以外は山深い緑の風景があるばかりだが・・・・、狙うとすれば、お誂え向きに水
門と平行して掛けられた林業用の短い貨物用の吊り橋からだ。
 やれないことはない。いや、やれる自信はあった。だが、ジョーは即答を控えた。
 極秘命令だということは、本部は失敗した場合の責任をアウトサイド、いやチームと大
佐に負わせるつもりなのだ。(ISOは本部以下直列の各国支部から成り、枝葉となる支
局とは組織上の区別があった。第6支局は本部直属ではあったが、対外的には他の支局同
様、組織図では一線を引かれた位置に属している)それがいかに卑怯で理不尽なことかと
思う気持ちと、やはり50万もの人命がかかっているとなると、いくら自信があっても返
事は鈍る。しかし、こうしている間にも時間は刻一刻と迫っていた。
「やるしかないだろう、クローズアップ出来るか?」
 ジョーの返答にタカザキは頷いたが「長距離撮影だから限度があるぞ」と付け加えてか
らコンソールに指を落とした。
 画面が1つになり拡大していくに従って荒くなる画像にジョーは目を凝らした。幸いに
爆破装置は旧式のL型でタイマーは外側にあって狙い易かった。しかし、周りを壁で囲ま
れた狭いポットの中では、破損した部品が起爆装置を傷つける可能性は高い。
「ガム弾を用意してくれ、リュウと出る用意をする」
 一刻を争う事態にジョーはタカザキの了解を待たずにその場を離れようとした。だがそ
の時、標準に戻った画面の端に現れた小さな建物が目に止まった。
「これは?」
「水質管理のための検査室だ」
 水門の横に建ったブロックで出来た簡素な建物が、なぜだか気にかかった。
「どうかしたのか?」
 タカザキの瞳が無表情にジョーを見た。
「人質がいやしないかと思ってな」
「そんな知らせは受けてない」
「オーケー、解った」
 司令室を出るとリュウと目が合った。直ぐに事態を悟ったのか、大きな身体を身軽に動
かしてリュウはジョーに従った。

 ヘリは敵に感知されることを恐れて、メロウウッドの街から谷へ登る入口で2人を降ろ
した。そこからダムまでは舗装されたアスファルトの道路が付いていたが、まさか目的地
までそこを通っていく訳にはいかず、ジョーは谷の中腹を過ぎた所まで来るとライフルを
組み立て、リュウと共に車を降りた。
 脇の山道を時間が迫っているので走って登る。リュウが息を切らせて懸命に付いて来る
のを横目で見ながら既に10分が過ぎた。そして更に5分、とうとう「先に行ってくれ」
と遅れ出したリュウが根を上げたのに舌打ちし、先を急ぐ。目的地付近になると手出しも
出来ず指を咥えて状況を見守るコマンド隊が待ち構えていた。
「到着した、今から狙う」
「了解」
 無線機に伝えるとタカザキの冷静な声が返ってきた。
 ・・・・・ちぇ、参謀役ってのは楽な仕事だな。
 愚痴りながら呼吸を整える。1、2、3、4、5・・・・、8を数えてライフルを握る。
構える前に一呼吸。残り時間は9分、風はない。よく晴れているせいで見晴らしは最高だ。
距離もそう遠くはない。十分に狙える。
 不意に水門の横にある検査室だという建物を目の端が捕らえた。風が一陣、周りの木々
をザッと鳴らした。
 ・・・・・もし、外れたら? まさか。
 トリガーに掛けた指に一抹の不安がよぎる。ザワッとした感覚が訳の解らぬ警告を発す
るのを、ジョーは2度、3度軽く頭を振って打ち消した。
 風が止んだ。頬に銃床をぴったりと当ててスコープにターゲットを捉え、銃口を慎重に
5度下げる。
 ピリピリと神経が逆立つ、トリガーをぎりぎりまで絞り、ショット!!
 スコープの中でガム弾がバスッとターゲットを仕留めた音が聞こえたような気がした。
「任務完了、コマンド隊を仕向けてくれ」
『了解、後は任せて引き上げてくれ』
 無線機の向こうから、少しは感動しても良さそうなものだろうにと思う程、感情のない
声が返って来た。
「なんじゃ、もう終わったんか?」
 息せき切ったリュウが漸くたどり着いた時には、既にダムに雪崩れ込んだコマンド達が
起爆装置を取り外しているのが見えた。だが、言われたものの目の前で敵陣進攻が行われ
ているのを放って帰る訳にはいかない。
「リュウ、行くぞ!」
「おい、ちょっと待たんか、ジョー!」
 額から滝のような汗を流してゼイゼイ言っているリュウを休む間もなく走らせ、ジョー
は敵と味方が混戦するダムの水門に向かった。
 幸いにも、不意打ちを食らってあたふたと駆けずり回るだけで、すっかり攻防の手順を
忘れてしまっている敵の戦闘能力は無いにも等しかった。所詮残党どもはアマチュアの域
を出ないのだろう。忠誠心なんぞは欠片もなく命の方が大事らしい。同類でもフランベル
の組織とは比べものにならない。あっという間にダムは奪回された。
「あっけないもんだな」
 それでもホッと一息つくと、一気に緊張が解けて肩の力が抜けた。無性に煙草が吸いた
くなった。確か残っていたはずだとズボンとジャケットのポケットを探り、最後の1本を
見つけて火をつけようとしたところをリュウの腕に遮られた。
「ジョー、見ろ、あれ!」
 リュウの指差した方向にはあの検査室があった。そこから数人のコマンド達に支えられ
るようにしてドアを出てきたのは、ルイザと一緒だったはずのアルだった。
 人質はいないとタカザキは言ったはずだ。いや・・・・、奴は知っていたに違いない。
知っていて黙っていたのだ。何のために? 勿論、自分に動揺を与えないためにだ。解り
きったことだった。
「見くびられたものだな」と口をついて出た言葉より、裏切られたと感じる気持ちの方が
強かった。
「チッ!」
 ジョーは火の点いていない煙草を足元に投げると乱暴に靴底で捻った。


Guessing Game 4−3



 ・・・・・・乾杯!
 アニックのまだ戻らない室で一足先に祝杯が上げられていた。無論アルコールは抜きで
はあったが。
 ボルテックは逮捕され、これで彼をシャドウとする一連の組織は壊滅するだろう。ルイ
ザとアルは成功と無事を喜び合い、お手柄だと褒められてアルはご機嫌だった。
「ホーク、ジョーの腕、凄いだろ」
「ああ、とても真似は出来ないね」
 自分のことよりもアルはジョーを褒め讃えた。タカザキは笑って相槌を打つ。ジョーは
後ろめたさを感じると共に酷く腹が立った。
「ちょっと、来いよ」
 皆の輪から腕を引いてタカザキを外すと、ジョーは力任せに彼を引き摺り司令室へ連れ
込んだ。
「大佐は、アルのことを知っていたのか?」
 聞かずにはおれなかった。
「いや、知らないはずだ。命令は直接アンダーソン長官が下された」
「おまえは?」
 にじり寄り襟を掴むと、ジョーはそのまま彼の背中を後ろの壁に押し付けた。
「おまえは知っていたはずだ。ルイザからの報告を受けたのはおまえだからな」
「そうだ・・・、言わなかったことを怒っているのか?」
 押さえつけている腕に力を込められ、苦しそうにタカザキは唇を歪めた。
「言ったところで・・・・事態は変えられなかった、結果は同じだ。ならば余計な気がか
りはない方がいい」
 言い放つタカザキに、ジョーはカッと血を逆流させた。
「おまえは仲間を信用しなかった! アルを裏切ったんだ!」
「奢るのもいい加減にしろ、いくら君でも万一のことがないとは言えない。どんなに腕が
たつと言ったって完全な人間などいないんだ。私の判断は的確だった。現に街は救われた、
アルも無事だった。評価は全て結果で決まるんだ」
 タカザキは、冷静に言葉を区切りながら言った。
「手段は選ばないということか、たとえ仲間を見殺しにしても」
「そうだ」
 問われることが解っていたかのように即答が返って来た。
 ジョーは半ば呆れたように吐息を吐き出した。
「思い上がっているのはどっちだ、貴様のいいように俺を操れると思うなよ」
 睨みつけたままでジョーは突き放すようにしてタカザキから腕を解いた。その反動で強
か背中を壁に打ちつけて顔を顰めながらも、タカザキは唇に薄い笑いを浮かべた。
「君を操れるのは、イーグルだけということか」
 タカザキは不敵に笑った。そしてピクリとジョーのプルシャンブルーの瞳が微動し動揺
を現したのを見逃しはしなかった。
「ウィークポイントだな、君の」
「話をはぐらかすなよ」
「怖いのかい? 己の本心を知ることが」
「イーグルは死んだ。俺は俺以外の何者にも束縛されたりしない」
「だが、君は忘れられない。彼を、愛している。それが何よりの証拠だ。彼は死んだ今も
君を、その想いで縛り続けている」
 一瞬、胸が熱く燃え立った。
 呪縛? この手足を、俺を戦場に縛りつけるために? おまえと共に?
 ・・・・・それこそ本望だ。
 ジョーは踵を返すと、タカザキに背を向けた。
「逃げるなよ」と引き止める声に止まり、振り返って、静かに首を横に振った。
「忘れられないんじゃない、忘れないんだ」
 一度瞑った目が再びゆっくりと開き、プルシャンブルーがタカザキを見た。深くどこま
でも澄んだ、美しい、潔い良いまでに思い入れに満ちた瞳。獲物を追う彼からは想像もつ
かない、普段では決して見ることは出来ないであろう、一途で、少年のような、いじらし
いくらいひたむきな瞳だった。
「ジョージ・・・、君は・・・」
 タカザキはふと、自分が酷くバカなことを言ったような気がして苦笑した。
「まいったな・・・・、イーグルは、たぶん君のそんなところに魅かれたんだろう。『自
分にはないものを持っている』ってね」
 乱れた襟を直しながらタカザキが言うのを、ジョーは怪訝そうに聞いた。
「ケンとは親しかったのか?」
「ジェラシーかい? サイバネティックの足を貰うためにYUNOに通ったものでね。彼
とはよく話したよ。君のことも」
「俺の?」
「聞きたいかい? 愛していたと・・・、いつか、もし、伝えられずに自分が死ぬような
ことがあれば代わりに伝えて欲しいと、いや、これは想像だ。でも、君はどう思ったか知
らないが、『忘れないでくれ』なんていう言葉が、愛の告白でなくて何だと言うんだ」
「さあな・・・・」
 ジョーにはタカザキがこれから自分とかかわっていく上で、この上なく危険な人物だと
感じられた。一触即発、常に相反する、例えはオーバーだが、反物質のようなものと対峙
している危機感がゾッとする。しかし、それと共に反発しながらもどこか探し当てられな
いところで、ピッタリと共鳴し合う何かを感じずにはいられなかった。
 ケン、おまえ、こいつが此処に来ることを知っていたのか? こうなることを知ってい
たのか? 俺とやり合う破目になるってことを・・・・。それともおまえの差し金か?
 くそ! 陰険だぞ!
 フッ、とケンが笑った。
 よりにもよって、こんな根暗で意地の悪い、自信過剰の・・・・、そうか、
「クックッ・・・・、」
 おまえにそっくりだな・・・・・、
「何が可笑しい?」
「ガラじゃないんだよ、告白なんてな」
 そうだろ、ケン。
 鼻で笑ってやってから、改めてタカザキに背中を向けるとジョーは司令室を後にした。


4−誓いと捧げるもの END



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