Guessing Game(6)

by トールハンマー


Guessing Game6−1


 海の見える大きな家の門扉を鞦韆代りに揺らして、
 おまえはいつものように迎えた車から、博士に連れられて降りて来る俺を見つけた。
 「ジョーと言うんだ、今日からうちの子だ。仲良く出来るな」
 友達がいなかったのか、博士の言葉に瞳を輝かせて嬉しそうに頷くおまえは、
 握手を求めて小さな右手を差し出した。
 しかし、俺はそれを無視して、棕櫚の木の立ち並ぶ庭の中へと走って行った。
 「まってよ!」
 追って来るおまえに振り向きもせずに、俺は走った。
 が、とうとう玄関までたどり着いて行く手を阻まれ、
 「捕まえた!!」と、飛びついて来たおまえと一緒に芝生に転がった。
 「何すんだ! 放せよ!!」
 ケンカには慣れていたし、力は当然上だと思っていた。
 だが、怪我を治したばかりの身体では、思うように動けない。
 あっけなく組み敷かれて、俺は唇を噛んだ。
 ハアハアと小さな口から荒い息を吐くおまえの、青い瞳が俺を見下ろしていた。
 「痛い! 放せったら」
 顔を背けて叫ぶ声に、おまえの手が一瞬、強張った。
 そして、シャツの襟の中に白い包帯を見つけて驚いて飛びのいた。
 「ゴメン、僕、知らなかったんだ」
 俺は自分より小さなおまえにやられたことが悔しくて、
 俺のために差し出されたおまえの手を振り払った。
 おまえはグッと俺を見据えて瞳を潤ませた。
 「どうした、仲良く出来ないのか?」
 やって来た博士の言葉におまえは「ちがう」と首を振った。
 零れそうになる涙を必死で堪えて。
 「ジョー、今日から一緒に暮らす君の仲間だ」
 大きな手が俺の手を取り、おまえの手に重ねた。
 温かかった、だが、その温もりに思わず脅えて引っ込めようとした俺の手を、
 おまえはギュッと握って離さなかった。


6−この手の中にあるもの


 所々にまだ葉を残した落葉樹の並木は、黄昏の中、過ぎ行く季節の名残りのように、歩
道を時折金色の半月形で飾っていた。
「そうか、博士が行ってしまうのか」
 ポツリと零れた言葉に、サンドラはハイヒールの爪先に視線を落としたままで「ええ」
と頷いた。
 プロジェクトの拡大と大幅な軌道修正を図るために、マントル計画の研究本部が本国を
離れることは知っていた。前の大戦でプロジェクトの中断を余儀なくされた無公害エネル
ギーの研究が、南部博士らの力で本格的に再開されようとしている。崩壊した街や失われ
た自然の復興に全力を投じていたISOが漸く一通りの目途をつけ、次の段階へと踏み出
したのだ。
「寂しくなるな、君までいなくなると」
 ジョーが言うとサンドラは顔を上げ、少し驚いたように此方を見た。
「そんなことを言うと本気にするわよ。もう若くはないんだから私は! 焦りもするのよ」
 初めて聞く彼女の冗談にジョーは幾許かの苦笑を覚えた。それに応えるようにして、少
し笑った風に見えたどことなく寂しげな彼女の表情が気にかかった。きつい女性だとばか
り思っていたが、こうしていると酷く儚げな感じがする。
「ジョー、何故博士を手伝ってはあげないの?」
 サンドラが聞く。そのためにわざわざここに訪ねて来たのだろう。或いは最後の説得の
ためかも知れない。彼女は良く出来た博士の忠実な部下だ。
「人には向き不向きってものがあるんだ。俺はコンピューターとも相性が良くない。あん
たがくれた本を読んでも2ページといかないうちに眠くなっちまった」
 本当のことだ。気が遠くなるような膨大なデータと睨めっこをしながら、デスクに縛り
付けられている自分など想像するだけでも気が滅入る。
「だらしがないわね。でも・・・・」
 一度、言葉を切ってからサンドラは続けた。
「なぜそんなに戦場がいいの? いつ命を落とすかも知れないのに。解らないわ」
 下を向いたままの彼女の声は少しくぐもって聞こえた。
「何処にいたって同じさ、俺よりあんたの方が長生きするなんて誰が言えるんだ」
「狡い言い方ね」
「あんた、俺を連れて行きたいんだろ。博士の懺悔に付き合って」
「ジョー!」
 咎めるような彼女の目からジョーは顔を背けた。
 その先で無邪気にボール遊びに興じる少年達の姿があった。
 道路脇の空地は彼らの絶好の遊び場所で、毎日暗くなるまで活気に満ちた声を聞くこと
が出来た。泥塗れになってボールを追う少年らは、いつしか幼い日の自分達に重なった。
「博士を恨んじゃいないよ。俺はこの仕事が性に合ってるんだ、博士には感謝している」
 俺もケンも・・・・、だから、自分を責めるのはもう、やめて下さい。
 祈るような気持ちで、ジョーはそこにいない相手に訴えた。南部の悔恨の念が辛かった。
   彼が悔いれば悔いる程悔しかった。「私は間違っていない」そう言って欲しかった。
 俺達はあなたの正義を貫いたのだと・・・・、
 あなたは何を悔いることもないんです。あなたに会えて俺達は幸運でした。
 空地からシュートを決めた少年達の歓声が聞こえた。ジョーはゆっくりとそこから視線
を外した。
「博士に伝えてくれ、身体を大事にして下さい、と」
「付いて来てはくれないのね」
「悪いな、フッちまって」
「慣れてるわ」
 サンドラは笑わなかった。スーツの襟に結んだスカーフが冬枯れてゆく木々の間に吹い
た風に流されて、彼女の頬を撫でた。

 時が加速する。
 あらゆる過去が、残像となって眼前を行き過ぎる。
 博士、あなたの息子達はそれぞれに、あなたから旅立ちました。
 あなたが見守っていてくれた中で成長し、喜び、苦しみ、悲しみ、そして、愛して。
 俺は、きっとそれを幸せだったと思うでしょう。
 だから、あなたももうその苦しみから解放されてもいいはずです。
「博士を頼む」
 サンドラを駐車場まで送ったジョーは、最後にそう一言だけ託して、夕暮れの街に消え
ていく彼女の車を見送った。

「こんなところでデートだなんて、隅に置けないね」
 支局の前まで帰って来ると、アルがニヤニヤ顔で待ち伏せていた。
「なんだ、見てたのか」
「言っておくけど、覗き見じゃないよ」
 俺には姿が見えなかったぞ、隠れて伺っているってのを覗き見と言うんだ。
「じゃあ、言っておくがサンドラは“彼女”じゃない」
 アルの鼻をつついてやると、突然ルイザが後ろから顔を出した。
「サンドラって、ドクター・ナンブの秘書の? 恋人だったの? 知らなかったわ」
「違うって言ってるだろ!」
 まったく! どいつもこいつも、人を陥れようとしてやがるな。
「あら! 赤くなってる。マジ?」
 クソッと思う前に手が出てしまった。パシンと頭をはたかれてルイザは半歩前につんの
めった。
「痛ぁーい! 何すんのよ!」
「すまねぇ、手が勝手に動いちまったんだ」
 とても謝罪とは思えない言い訳をするジョーに、しかめっ面をしたルイザが拳を上げる。
 それを難なく避けて、フロントドアを突っ切り廊下の端まで逃げるが、諦めもせずに追っ
て来る。何事かと行き交う職員達の目に、やっぱり不味かったかな、と反省しかけた時だっ
た。
「廊下を走るな!」
 突然、大声が響いた。と同時に黒い大きな身体に前方を遮られた。
「大佐! 捕まえて下さい!」
 ルイザの叫ぶ声に、方向転換しかけた身体がグイと後ろに引っ張られ、アニックの逞し
い腕に捕まえられる。
「何を騒いでる、こんな所で」
「あ、いや・・・・、その・・・」
 逃れようとジタバタ足掻くジョーの身体に、がっしりと巻きついた腕はびくともしない。
「まーったく! 子供みたいにはしゃぎおって」
 あの、はしゃいでいるのではなくて・・・・、
「女性を殴るなんて最低ですね」
 いつの間に現れたのかアニックの横にタカザキの姿までがあった。一部始終を見ていた
のか、そう言ってしどろもどろのジョーに軽蔑の目を向けた。
「ケイイチ!」
 駆け寄って来るルイザは彼を認めるなり拳を下ろし、いきなり泣き顔になってタカザキ
に寄り添った。
「そうよ! 酷いでしょう」
「嘘泣きはやめろ!」
「何ですって!」
 縋っていた胸から離れてルイザはジョーに掴みかかった。女性とはいえ訓練を積んだ戦
闘員の彼女に締め上げられて、身動き出来ないままジョーは悲鳴を上げた。
「やめたまえ、ミス・マッカラム。ここは戦場ではない」
 その彼女の手を止めてタカザキが言う。
「美人が台無しですよ」
「何処にいたって、私はソルジャーよ!」
「ですが、私の前ではレディでいてくれませんか」
 思わずその場にいた誰もが赤面した。遅れてルイザについて来たアルも、タカザキと彼
女を代わる代わるに見遣って言葉を失っている。さすがのルイザも紅潮した頬を両手で覆
うと恥ずかしそうに下を向いた。唯1人、タカザキだけが平然と涼しげな目をしてそれを
見ていた。
「あの、もう離してもいいか?」
 遠慮がちにアニックが言った。
「構いませんか? ミス・マッカラム」
 問われてルイザはコクリと頷いた。
 そうして腕を解かれたジョーは、暫く呆気に取られたように彼女のしおらしい姿を眺め
ていたが、ふと思い出したようにして、そこにある涼しげなタカザキの目を盗み見た。
 目線が合って彼は素早くウィンクを送って来た。
 ・・・・・この、プレイボーイが!
 毒づきながらも、ルイザを一瞬にして黙らせてしまったタカザキの手腕?には、ジョー
は舌を巻いた。
「で、いったい、何だったんだ?」
 腑に落ちないと言うように、アニックは最初の質問を繰り返した。
「何でもありませんわ、大佐。それより午後のミーティングを始める時間です」
 ルイザに言われてアニックは手首の時計を見た。そうだった。5分前になっても現れな
いジョー達を探しにアニックは室を出て来たのだった。
「先に行きますよ」
 すっかり照れてしまったのか、ルイザは先頭に立って、正面のエレベーターが口を開け
るのを見て飛び乗った。それに続いて走ったアルとアニックも扉の中に消えた。
 後に残されたジョーとタカザキはゆっくりと歩を進め、次の扉が開くのを待った。
「私に付き合ってくれたのか?」
 タカザキは走れない。
「礼を言いたくてな、ルイザの鉄拳から救ってくれた」
 クックッとタカザキが、いつもの冷笑を漏らした。
「私は本当のことを口にしただけだ」
「フフン、よく言うぜ」
 今度はジョーが笑った。
「ところで、ジョージ。マントル計画の研究本部がカナディゴウルに移ることが正式に決
まったそうだ。ミス・バトラーは君を連れに来たんだろ」
 ミス・バトラーとはサンドラのことだ。タカザキは「行くのか?」と尋ねた。
「行く訳ないだろ。俺に研究員の白衣は似合わねぇよ」
「着ていればそれなりに似合うようになるさ」
 言われてみても、とても想像は出来なかった。
「慣れればどうということもない。君が思い込んでいるだけで、案外、戦争屋より向いて
いるかも知れないぜ。命も大事に出来る」
「おい、本気で言ってるのか? なら、あんたは何故、足をやられてまでこんなところに
残ってるんだ。保険なら十分に出ただろうに」
「アハハ、そうだな」
 笑っておきながらタカザキはパッタリとその後の言葉を閉ざした。だが、最上階まで上っ
てしまったエレベーターがいつまで経っても下りて来ないのに焦れたのか、やがて静かに
話し出した。
「足をやられた時、ISOは多額の金と引き換えに厄介者となった私を解雇しようとした。
命がけで戦って用がなくなればお払い箱かと、その時『ああ、辞めてやるさ』と意気込ん
だが、いざ当局を去り、戦場から離れてみると、平穏な生活が無性に退屈に思えたよ。
 仕事を探そうとも、最早、自分を満足させてくれる受け皿は何処にもなく、暇と金を持
て余した生活が際限もなく自堕落に続いた。そして、やがて気づいたんだ。自分は戦場で
しか生きることが出来ない人間なんだと。良くも悪くもそれが結論だった。
 そう思えた時、私はその日常に慣れる努力をすることを諦めねばならなかった。私はY
UNOに通う傍ら、ミスター・ワシオを訪ね嘆願した。彼を通してドクター・ナンブに働
きかけ当局に戻してくれるように何度も何度も足を運んだ。そうしている内に、彼は私に
自分のポストを譲ると言ってきた。願ってもないことだったが正直、耳を疑った。私は彼
に尋ねた『あなたは戦場を離れられるのか?』と」
 そこまで話すとタカザキは、ホゥと小さな吐息を吐き出した。
「愚問だった・・・・、彼は何も言わなかった。それから数ヶ月、彼の手配によって私の
IOSへの復帰が現実となった。約束どおり、彼は私に自分の仕事を託すためにYUNO
にオフィスを設え、私を側に置いた。君の話をしたのもその時だ」
 ジョーは初めて明かされたその事実に、半ば茫然と聞き入った。
「ちょうどフランベルの組織の動きが活発になり始めた頃、彼は調子を崩してベッドに縛
り付けられた。君達が出発する1週間程前だ。『気難しい奴だが悪い人間じゃない』彼は
初めて君の名を告げ『気長に付き合ってみてくれ、頼りにしているよ』と言って笑った。
それから私が席を立とうとするのを引き止めるかのように、他愛もない会話を彼は疲れる
まで続けた。私は彼が仕事以外の私的な話をするのを、その時初めて聞いたが、一生懸命
で、まるで小さな子供がゲームや玩具の話に夢中になるように、彼は君のことを語った。
『あいつは昔から手に負えない奴で、言いつけを守らずいつも勉強をサボっては博士に叱
られていた。それが大人になっても直らずに、今でも命令違反ばかりやってるんだ』・・
ってね」

 こうと思ったら突っ走るタイプで、曲がったことはまず受け付けない。
 情熱的だと言えば聞こえがいいが、頑固で融通のきかない性格だな。
 だが、突っ張ってる割には、お人好しで涙脆いところがある、
 いつも1人でいるくせに、意外と寂しがりやなんだ。
 そのせいか、酒にはめっぽう強くて、作戦前夜でも気が向けば飲みに行く。
 付き合わされた俺はいい迷惑だったが、決して酔い潰れたりはしなかった。
 どんな状況にも常に百発百中を決め、シューティングには完璧を誇る。
 勿論、女のハートを射るのも慣れたものだが、
 いかんせん、一度、惚れちまった相手には、まるっきり弱くて、
 せっかく言い寄って来られても、洒落た台詞1つ言えやしない。
 おっと、俺がこんなことを言ったのは内緒だぜ・・・・・、


6−2


「ちぇ、言いたい放題言いやがって」
 ジョーにはケンの声が聞こえるようだった。
「それが、あまり楽しそうに話すものだから『今日の君はお喋りだな』と言うと『たまに
はいいだろう、こんなことを話すのもこれが最後かも知れない』って、寂しそうに笑った
のが印象的だった。それから半月後、彼は帰らぬ人となった。君に伝えたのは最後に私と
会った日に彼が言った言葉だ・・・・。畜生、まだ来ないのか」
 話し終わってタカザキは、未だ上層階で止まったままのエレベーターの扉をコツンと蹴
った。
「やっぱり、おまえがここに来たのはケンの差し金だったって訳だ」
「そうさ、私は未練がましい男だよ」
 ・・・・・たとえ前線に戻れなくても、戦場の側がいいんだ。
「ああ、本当にな。クソッ、ケンの野郎、厄介なのを俺に押し付けやがって!」
 ジョーは意地悪く流し目でタカザキを見て毒づいた。だが、彼も負けてはいない。
「どういう意味だ? 頼りにしていると、君のことを頼まれてやったのは私だ」
「何だと!」
 思わずひっ掴もうとした胸元に伸ばした手を、だが、タカザキの手がスッと捕まえた。
「そうだ、ケンはこうも言いましたよ。『ジョーは考えるよりも行動する方が得意だ』と、
さすがはフェニックスのリーダーだ、メンバーのことはよく把握している」
「タカザキ!てめぇ、その口の利き方直さねぇと、後悔するぞ!!」
 怒鳴ったところでやっとエレベーターが口を開けた。揉み合いながら中に入ると廊下の
向こうから「待ってくれ!」とドタドタ駆けて来る姿が見えた。「早くしろ!」と、閉ま
りかけた扉を開くと、リュウが勢い良く巨体を滑り込ませた。
「痛っ・・・・」
 その衝撃をもろに受けたタカザキが、後ろの壁にぶちあたった。体勢を立て直すことが
出来ないで崩れる身体をジョーが咄嗟に受け止める。
「気をつけろよ!」
「すまん、怪我はなかったかいの」
 頭を掻きながら尋ねるリュウに、タカザキが支えられたまま「ああ」と顔を顰めた。
「いかん! 完全に遅刻じゃ。おまえら何を呑気に構えとるんじゃ、大佐の重大発表があ
るって言うのに」
 自分のことは棚に上げて、上昇中のエレベーターの中で駆け足をするリュウは、額から
大粒の汗を噴き出していた。
「重大発表? タカザキ、聞いてるか」
「いや」
 ジョーの問いにタカザキは首を振った。
「何でも、新しいチームが出来るっちゅう話しじゃ。対ギャラクター専門の」
「フェニックスが復活するのか!」
 リュウの言葉にタカザキはジョーの腕から身を乗り出した。
「詳しいことはオラ、知らんわ。おっ、着いたぞ! 急げ!」
 最上階で扉を開けたエレベーターを飛び降りて、リュウが防弾ガラスの壁に沿って伸び
る西日の射す廊下を、大きな影を落として走って行った。
「タカザキ、少し急げ」
「了解」
 重大発表と聞いて思わず逸る気持ちを抑えて、ジョーはタカザキを顧みながら早足に進
んだ。ところが10歩と行かないうちに、スゥーと足元に影が伸びて来て、背後から追い
越された。
「タカザキ、おまえ! 走れるのか」
「100メートル走は無理ですが、状況に応じて少しぐらいなら、今時の義足はネットワ
ークが優れてますから」
 そう言い残した彼の姿が、見るも優雅に光溢れる廊下を駆け、突き当たりのドアにあっ
という間に消えた。
 「ちぇ、可愛くねぇ」
 そして先を越されてドアを開けると、ちゃっかりテーブルに着いていて「遅い!」と、
アニックの怒声に迎えられた最終ランナーに肩を竦めて見せた。
「たいしたご俊足で」
「ドクター・ナンブの苦心作ですから」
 隣に掛けたジョーに、タカザキは唇の端を少し上げて自慢した。
 ミーティングは既に始まっていて、オーナーシートに着いたアニックを囲んで、シャド
ウ狩りのこれまでの成果と、今後の戦略活動についての検討がなされている最中だった。
 ボルテックの自供により、彼と数名のシャドウの共同投資下にあった2つの組織が崩壊し、
それに伴って近縁の組織も自然消滅したのを始めとし、入手したリストによって半数以上
のシャドウが、当局やISOのシークレット・フォースによって逮捕された。だが、
期待した成果は十二分に成し遂げられたものの、殲滅には至らなかった。捜査の手を逃れ
姿を眩ませた連中は殆どが大戦以前からの大物で、財力と権力にものを言わせて巧みに窮
地を脱することには長けていた。
「残念なことだが、今回のリストからの追跡は打ち切りとなった」
 口惜しげに告げたアニックの「後はシークレット・フォースの地道な追尾に期待する」
と付け加えた口許が固く噛み締められた。シャドウは取り逃がした連中ばかりではない、
リストはほんの一部を我々に明かしただけなのかも知れない。組織の力は確実に大きくな
っている。いつ、ネオ・ギャラクターの名を掲げ宣戦して来るとも限らない状態なのだ。
「今後はボリビア方面を戦線とする。差し当たっては、グスタの組織をぶっ潰すつもりだ。
追って伝令があるので、それまでは待機ということになる。以上だ」
 アニックが手元のファイルを閉じたので、それぞれが席を立った。
「ナイトシフトの者を残して、皆ハーフオフを取ってくれ」
 「了解」と口々に言い残して室を出ようとするメンバーに混じって、ジョー達も腰を上
げた。ところが「ミーティングに遅れて来た者は残れ」とドスの利いたアニックの声に、
約数名がその場で足を竦めた。
「お、お仕置きかな」
 アルが声を震えさせた。
「雷は苦手よ」
 ルイザが両手で耳を塞いだ。
「オラ、努力はしただ」
 リュウは言い訳する。
「私もですか?」
 タカザキはアニックについて遅刻者を呼びに行ったクチだ。
「ああ、悪いが君も残ってくれ。おい、ジョー、逃げるんじゃない!」
 そして他のメンバーに紛れて、こっそりドアに向かったジョーだったが、脱出は失敗に
終わった。
「5人共、ちょっと司令室に来い」
 言ってアニックは奥のドアを開けると、恐る恐るついて来た5人がジョーを最後に部屋
に揃うと、神妙な顔つきでパタンと後ろ手にドアを閉めた。
「よおし、遅刻の常習犯が揃ったところで、重大発表をする。よおーく聞け」
 ジョーとルイザとアル、そしてリュウを睨めつけてから、アニックはコンソールテーブ
ルに両手をつき、少し間をおいて改まってから徐に告げた。
「対ギャラクター専門の新しいチームを結成する」
「やはり」と、ジョーとタカザキとリュウは顔を見合わせた。
 もともとサイド6はギャラクターの残党征伐のために組織された各国の分隊の1つだが、
本部直属で指令はISO長官から、支局長を経て各チームに伝令されるという命令系統を
取っている。だが、アニックの話では新しいチームは独自で1つの隊となり、以前、フェ
ニックスがそうであったように、命令は直接アンダーソンが下すという。
 ギャラクターを潰すための(・・・・主に本拠地を探る)スパイ行為、戦略活動、討伐
の全てを担うスペシャルチームで、その中継役、かつての南部孝三郎のポストを果たすの
が、アニックの仕事となったようだ。
「で、メンバーだが・・・・、揃いも揃って遅刻の常習犯だとはな。先が思いやられる」
 頭を抱えたアニックに、思わずアルが奇声を上げる。
「凄い! フェニックスだ」
「ああ、あやかりたいのなら、そうネーミングするがいいさ」
「凄い! 凄い!」
 アルは連発し、瞳を輝かせた。
「俺がフェニックスのメンバーだなんて、信じられない」
「舞い上がるな、おまえのセレクションポイントは将来性だ。精々腕を磨け」
「ん、だな。ご尤も」
「何だよ、リュウ!」
 言われてアルは思い切り口を尖らせた。
 「私もメンバーですか? 大佐」
 ジョーとリュウの間で、不審そうな表情でタカザキが尋ねた。
「ああ、チーフスタッフとしてこれからは室の仕事を離れて、こちらの専属になっても
らう。フェニックスは全員が戦闘員だったが、今回は作戦司令部との連帯プレイでやっ
ていくつもりだ。」
「ああ、大佐の代わりの留守番役ですか」
 タカザキの横でジョーが思わず吹き出した。
 アニックは自分が前線に出たいがためにタカザキを参謀役に立て、司令室に置いておこ
うという魂胆なのだ。
「ま、まあ、そう思ってくれるのなら話は早い」
 結構素直なところが憎めない。
「で、異論のある者はいないか? たとえばメンバーを辞退したいとか」
「いる訳ないじゃん」
 アルの言葉にルイザとリュウがまず賛同した。
「ジョーはどうか?」
「いいですよ、俺は。戦場に出られるなら何だって」
「そうか、タカザキ・・・・、やってくれるな」
「今更外す気ですか」
「ようし、決まりだ」
 アニックの炯眼がギラリと光った。
 新たな戦いが始まる。
 身体の奥で燻り続けているものが、一気に炎を上げ燃え立つような興奮に全身が応えら
れないプレッシャーを覚える。アニックが、ルイザが、リュウが、アルが、タカザキが、
その重圧に酔っている様を目の当たりにしながら、ジョーは手の中に熱い汗を握った。
「ようし、リーダーは一応俺ということで、俺が前線に参加しない時はサブとしてジョー、
おまえがやれ。」
 とりあえず、リーダーとサブリーダーは必要だろうとアニックが指名する。異議を唱え
る者はいなかった。サブは本来ならタカザキが適任だろうが、前線に赴けないのでは役目
は果たせない。
 ・・・・・・仕方ねぇな。
 こういう役目は苦手なんだが、と思いつつ渋々了解するジョーを見て、タカザキがシニ
カルに唇の端をつり上げた。
「しっかりな、坊や」
 ・・・・・この野郎! タカザキ。
「その内、必ず戦場に引っ張り出してやるからな」
「楽しみにしているよ」
 凄んだジョーにタカザキの唇が不敵に笑った。銀鷹(エル・アルコン)は未だ健在のよ
うだ。
 アニックがチラッと此方を盗み見た。
「俺の話はこれだけだ。明日にでもアンダーソン長官から正式に辞令が下るだろう」
 そして、改めて集合時間は厳守するよう厳重に注意を促すと、「解散」と自らテーブルを
立った。


Guessing Game 6−3


 地下エリアにあるD格納庫は、廃棄処分となったエレカやヘリの解体場所に使われてい
て、普段は用を足さなくなったそれらを運び込むためだけにしか、人の姿を見ることはない。
 ジョーは数日前から管理のエンジニア達を口説いて、そこに自分のレーシング用のマシ
ンを運び込んでいた。スカイブルーの美しいボディの流線に沿ってマッドホワイトの鋭利
なラインを走らせた車体が、青白い照明が照らし出すガラクタ達の中では不似合いな、優
美な姿を横たえていた。
 仕事の合間を盗んで3日がかりで入念に整備したマシンに、ジョーは最後の仕上げのワ
ックスをかけた。すべらかなボディが恍惚と光を放つまで、丹念に、まるで女の裸体を扱
うように優しく車体に触れてゆく。
「オーケー、レディ、綺麗になった」
 全ての作業を終えると傷一つないピカピカのボンネットの上に、用意していた数本の赤
い薔薇で作った小さな花束を添えた。
「お別れだ、相棒」
 マシンは明日人手に渡る。ジョーは今一度、サーキットで生死を共にした愛車を見つめた。
「手放すんですか?」
 不意に後ろから声をかけられて振り向くと、タカザキが立っていた。
「ああ、マシンは走らせてやってこそ値打ちが出るんだ」
「本当は寂しいんだろ」
「ああ、少しな」
 素直に認めてしまった自分が、ガラにもなくセンチメンタルになっているのに気づいて
ジョーは慌てて言葉を繕った。
「ところで、何でこんな所にいるんだ?」
 聞くと、タカザキはこのところよく仕事をサボっていなくなる自分を見張っていたのだ
と答えた。だが、後をつけられた気配はなかったので、きっとここにマシンが運び込まれ
たことを知っていたに違いない。まったく目敏い野郎だとジョーは思う。
「で? 何か用でもあるのか。それともエスケープの現行犯で連行するか」
 ジョーが両手を揃えて差し出すと、タカザキは大きな溜息をついた。
「どうして君は、いつもそう喧嘩腰でしか、ものが言えないんだ」
「いつも怒らせるようなことを言うのは、そっちの方じゃないか」
 プイと子供のように拗ねて横を向いたジョーに、タカザキはフゥともう一度溜息をつい
てから、気を取り直したように言った。
「ジョージ、星を見に行きませんか」
「星だぁ?」
 突然の話題の転換に、ジョーは素っ頓狂な声を上げた。
「今夜はテンペル−タットルの恩恵を受けてよく星が流れるんです、ロマンチックですよ」
 テンペル−タットル?
 ジョーはポカンと口を開けたまま、まじまじとタカザキを見た。からかわれているのか、
何か企んでいるのか、或いは本気?なのか、少なくとも真面目な顔をして男を誘う台詞じゃ
ないことは確かだ。
「誘う相手を間違えてるんじゃないのか」
「いいじゃないですか、それとも私では不服ですか?」
「どうせなら女に誘われたい」
「あはは、モテないんだ」
「うるせぇ!」
 口の減らない野郎だぜ。どうせ、俺はシングルだ。悪いか!

 それでも誘われるままに屋上のヘリポートまでついて行くと、ルイザとアル、そしてリ
ュウまでもが夜空を見上げていた。晩秋の夜はもう薄い上着だけでは肌寒い程だったが、
冷えた大気と、しんと澄み渡った夜空が、瞬く星を従えて美しかった。
「あら、ケイイチ! 探したのに何処に行ってたのよ」
 ルイザがタカザキの腕を掴まえて寄り添った。顔色一つ変えずにその肩を抱くタカザキ
を、眉を顰めて見遣るジョーに「こっちに来いよ」とアルが呼ぶ。
「もう直ぐ来るよ、ほら! 1つ」
 アルの指さす先に赤い星が流れた。
「何してるんだ?」
 目を瞑ってぼそぼそと口籠っているアルを覗き込んで尋ねる。
「願い事を唱えてるんじゃないか、知らないの? 1つ星が流れる間に3回唱えることが
出れば、願いが叶うんだ」
「3回じゃと! そりゃ無理だわ」
 鉄柵に寄りかかって両手で頬杖をついていたリュウが、俄かに顔を上げた。
「欲張るからさ」
「フン、どうせオラは欲深いわさ。ほっといてくれ」
 丸い目を剥いて憤慨すると、リュウはまた掌の上に顔を乗せた。
「で、何を願ったんだ?」
「内緒さ」
 1つ、また1つと星が流れ出した。
「綺麗・・・・」
 タカザキの胸でルイザがうっとりと夢見るように呟いた。
 そして1つ、長い尾を引いて光が走った。
 ルイザは瞳を閉じる。
「何を願いました?」
 甘い声でタカザキが囁く。しかし、夢心地で開いたルイザの唇から漏れる言葉より早く
彼女を差し置いて横からアルが口を挟んだ。
「決まってるじゃないか、“Keiichi Love ×3”だろ」
「煩いわね! 子供は黙ってなさい」
 途端にルイザの鉄拳がアルの頭に命中する。「痛ってー!」と響き渡る悲鳴にタカザキ
が額を押さえて苦悩する。リュウはウシシッと白い歯を見せて笑い、ジョーは言葉を失った。
 ・・・・・本当にロマンチックだな。
 呆れて呟いたジョーの頭上で、一際強い光を放つ星が見えた。

 何してんだ?
 星を掴んでるのさ。
 バーカ、星が掴めるもんか。
 掴んでるのは“願い”さ。
 願い?
 ああ、この手の中に掴むんだ。叶えるために。ジョーもやってみろよ。
 フン、くだらねぇ。
 そうかなぁ・・・・・、

 ジョーは手を伸ばした。流れる星にではなく遠く宇宙に瞬く星に。
「何してんの?」
 アルが尋ねる。
「願いは掴むものだ、この手に」
 星に届かんばかりに腕を伸ばす。光が指に触れ掌の中に消えた。
 ・・・・・フェニックスの勝利を誓って、
 耳元に流れる空気の中に凛と響いた声を感じてジョーは頷いた。そして、きつく握った
 手を胸に戻してゆっくりと開いた。
 ケンが幼いその手に掴もうとしたのは、願い星などではなかった。
 紛れもない現実への挑戦だった。
 ・・・・・ケン、おまえと俺のフェニックスに誓って。
 ジョーは手の中のものを確信した。
 共に生き、共に戦い、嘆き、怒り、愛し・・・・・、
 繰り返した別れと出会い、新たな旅立ちと見送った仲間、
 そしてまた、新たな戦いと新たな絆。
 おまえと俺のフェニックスの手の中に、
 紛れもない・・・・Victory、
 いつの日か、決して遠い未来ではない、その日、
 俺は再びおまえにめぐり会うだろう。
 ケン・・・・・、
 俺はおまえの名を呼ぶだろう、
 ケン、
 おまえと共に・・・・・、
 俺は在る。

 Victory、
 おまえと俺のフェニックスの手の中に・・・・・・、

「ジョー、俺、強くなる」
 アルが言う。
「俺、さっき、ジョーのように、ホークのように、イーグルのように強くなりたいって願
ったんだ。でも、俺、もっと欲張りになる」
 アルは瞬く星に手を伸ばした。
「俺、ジョーより、ホークより、イーグルより強くなるって決めた」
 真っ直ぐな眼差しに、頑なな誓いが込められる。
「いい子だ、アル」
 ジョーはまだ成長過程のその華奢な肩を頼もしげに抱き寄せた。
「だが、そう簡単に俺達を追い越せると思うなよ」
「解ってる。俺、頑張るよ」
 掴んだ星を胸に収める。
「ジョーはともかく、私とイーグルは手強いですよ」
 ひょいと横から顔を出したタカザキが、決意も新たなアルにハッパをかける。しかし、
その励まし?の言葉がジョーの逆鱗に触れたのは当然で、
「タカザキ! 一発殴られねぇと解らないらしいな」
 言うが早いか、ジョーは拳を上げた。
「アル! 彼は見習ってはいけないタイプです」
 頬を掠ったパンチを既のところで避けたタカザキが足をよろけさせた。
「おっと、危ねぇ」
 今度はリュウが支えた。タカザキはその腕を振り払い向き直った。
「私を甘く見るなよ」
「やる気だな、相手になるぜ」
 見合った2人の間で眼光がぶつかり跳ね返り合う。
「やめなさーい! 2人共。アル、ジョーを放しちゃだめよ。リュウも!」
 ルイザの叱声に咄嗟にジョーの拳にしがみついたアルと、タカザキの身体を抱えたリュ
ウの腕に力が籠った。
 そこへ、
「絶妙のチームワークだ・・・・と、言いたいところだが・・・」
 振り向くと、いつからそこにいたのか? アニックの姿があった。腕を組み、目一杯大
きな溜息をつくと、一同を見渡した。
「遅刻にサボリにケンカ、俺は不良少年どもを相手にしている気分だ」
 渋りきった顔で彼が一歩踏み出す毎に、皆がそろそろと後退った。
「ジョー、直ぐに頭に血が昇るその性格、少しは改めろ。タカザキ、おまえがそんなに熱
くなるとは知らなかったぞ。リュウ、力を落とさん程度にもう少し体重を落とせ。ルイザ、
勇ましいのは結構だが、女心も忘れてくれるな。アル、むやみに先輩を見習うな。いいな、
解ったな!」
「大佐ぁ〜!」
 全員が声を揃えた。
 アニックは、だが、眉間に皴を寄せながらも、満足げに5人を見つめた。そして、その
瞳を空に向けると最後の1人に付け加えた。
 ・・・・・ケン、そんなところでサボってないで、さっさと俺を手伝え。
「怠け者め・・・・」
 その呟きははっきりと耳に出来るものではなかったが、星を見上げたアニックの何を思
っての言葉だったか、ジョーには明確に感じ取ることが出来た。彼もまた、失ったものの
大きさを知っていた。そしてまた、
「ジョー、俺はギャラクターをやるぞ」
 何度も噛み締めた誓いを改めて口にする。
 そうして死んでいった者達の心組みを受け継ぐように・・・・、その時のアニックには
亡霊達の姿でさえ、鮮やかに闘気に満ちた勇者となって映えただろう。
「イエス・サー、フェニックスの名に誓って」
 ジョーの宣誓に皆の無言の覇気が伝わってくる。

 俺達は、負けはしない。
 たとえこの身が砕け、土に埋まろうと、
 熱き流血を啜った大地が、灼熱の火花を散らし、
 燃え盛る闘気の炎を上げるだろう。
 そして、猛々しく叫鳴を轟かせ、その中から舞い上がる、
 紅蓮の炎翼(つばさ)を広げた不死鳥の姿を見るだろう・・・・、


 タイ・アニック連邦陸軍大佐(ISO所属)を指揮官とし、ジョージ・アサクラ以下5
名が正式に、対ギャラクター特殊作戦部隊“フェニックス”のメンバーとして任命された
のは、その翌日のことだった。



END

(c)2003 The " Guessing Game " by Thor Hammer all rights reserved.



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