いかさま師

by トールハンマー


 俺は欲張りなんだ・・・・、

 あいつは、私にそう言った。
 いつもの店で、いつもの酒を酌み交わしながら、少し、酔った振りをして。
「実は、仕事を手伝って欲しい」
 私は、注がれた酒に手をつける前に切り出した。
「改まって何だ? いつものことじゃないか」
 あいつはグラスにつけた唇を、少し歪めて笑った。
 そう、いつもの・・・、だが、今度は違う。
 私に命を預けてくれないか・・・、テーブルで組んだ指に力を込める。その緊張があい
つに伝わらないはずはない。
「もったいぶってないで、はっきり言え」
 強い酒をゆっくりと一口喉に流し、あいつは潔くグラスを置いた。
「ギャラクターが・・・」
 私は、初めてその忌まわしい名を口にした。

「返事は今直ぐにとは言わない。私は明日から1週間、ベルノールの会議に出席するので
戻った時に、ここでまた会おう」
 一口も口をつけずにグラスから離れようとする私に、あいつは何も言わず背中を向けた
ままで、琥珀の海を眺めていた。


 ・・・・・乾杯!
 1週間は直ぐに過ぎた。
 この日のために再び注いだ酒で、あいつはグラスを掲げた。
「子供が生まれた。男の子だ」
 何の前置きもなかった。
 眉を下げてなど滅多に笑わないあいつが、満面の笑顔で報告した。
 子供だって・・・?
「おいおい、本当なのか? 何で今まで隠していたんだ。水臭いじゃないか」
 私は何も聞かされていなかったことに、驚きと共に不甲斐なさを感じずにはいられなかっ
た。あいつに好いた女がいるのは知っていた。だが、事がこうなると聾桟敷にされたよう
な気分だった。私の抗議に、そして、あいつは隠していたわけじゃないと言い張るが、隠
さなければならない理由は言わずとも知れていた。
「順序が逆だなんて、野暮なことは言うなよ」
「君に今更一般常識を問う気はない」
 まったく・・・と、グラスをつかむ。素直に祝福などしてやるものか。
「子供に罪はないだろ」
 ああ、そのとおりだ。だから、
「今回の話は聞かなかったことにしてくれ」
 それが私の精一杯の“祝福の言葉”だった。だが、
「そうはいかない。俺はやる気満々だぜ」
 あいつは、無鉄砲なことを言い出した。そうだ、いつもの調子で。
「バカな、息子ができたんだぞ。君は父親だ」
 子供を守れ。
「だからこそだ。俺は、あの子の為に平和が欲しい」
「ダメだ・・・」
「南部!」
 甘いぞ。
「他を当たる」
「俺を信用してないのか!」
「愛する者が増えれば、人はそれだけディフェンスに出る。君にはもう今までのように期
待はできない」
「甘いのはどっちだ。俺は欲しいものはどんな手段を使ってでも手に入れるぞ。たとえこ
の身と引き換えてもだ」
 あいつの言葉に理屈などなかった。こうと思えばたとえ何があろうと後には引かない。
 時には傲慢とも思えるその性格を失念していたわけではないが・・・、
「他を当たる」
 私は、繰り返すことしかできなかった。
「言い出しておきながら卑怯だぞ!」
「何と言われようとダメだ」
 譲らない私に、焦れて険しくなったあいつの視線を感じて腹に力を入れる。
 これだけは譲れない。絶対にだ。だが、
「それなら、こうしよう」
 発せられた声は、この期に及んで穏やかだった。あいつは内ポケットを探ってから、私
の前で握っていた掌を広げた。コインが1枚乗っていた。
「覚えているか?」
「ああ」
 私は次の展開を予想して苦い返事を返した。
“女神の選択”
 昔、まだ学生だった頃、2人の間で揉め事や何かを決め兼ねた時に決まって用いた解決
方法だ。馴染みの店の払い、マドンナをデートに誘う順、夕食のメニュー、ブルゴーニュ
か?美少年か?・・・、そして、
「表が出たらおまえの勝ち、裏が出たら俺の勝ちだ」
 勝負の前の決まり文句。
 あいつはコインを投げた。受け止めて掌を返す。
 コインは裏。
「俺の勝ちだ」
 女神は、どちらに味方したのだろうか?
 ニッとあいつが唇の端で笑った。
 その手をつかんで指をこじ開ける。
「如何様だ!」
 女神のコインは裏と裏。
「今更だろう?」
 まったく鈍い奴だと、あいつは遠慮もなく笑い声を上げて肩を震わせる。
 今更・・・・?
 店の払いも、デートの優先権も、晩餐も美少年も、全部如何様だった。
「まいったね・・・、私はずっと騙されていたわけか」
「反省するんだな」
 してやったり・・・と、満足げに私の肩を叩いたあいつの手は、大きく力強かった。
「なぁ、南部。俺は欲張なんだ・・・」
 再び酒を口にしながら、あいつは、ポツリと言った。
「女も子供も手に入れた。だからこそ平和を守りたい。だが、もっと、そうだ、まだ欲し
いものがある」
 何だかわかるか?
 あいつの唇がグラスを離れて、高慢そうに少し笑った。
「俺は、おまえを手に入れるために、この仕事を請け負う」
 なに・・・?
「私に恩を売るつもりなのか」
「ああ、おまえが、生涯、俺から離れていかないようにな」
 酔っているのか? やはり、あいつの唇は高慢に笑った。だが、それはどんな形より、
 あいつの唇には似つかわしかった


「絶対に許さん」
「何故です、博士。あなたは俺を信用しないのか?」
「戦闘員としての訓練を受けるということが、どういうことを意味するのか、わからない
わけではなかろう」
 私に食ってかかる青い瞳は、あいつの瞳とはちがう。それなのに、その眼差しは呆れる
ほどに似ている。血は争えないということか。
「俺は死んだりしない。俺は生きて、もし、親父と会った時に臆病者ではないと胸を張っ
ていたいんだ」
 青い瞳は怯まない。怯むのは私だ。そう、いつだって・・・、
 鷲尾・・・・、あいつはそうして私を追い詰める。
 まるで、平和のための犠牲を、共に歩むための糧とするかのように。
 屍を踏み越えるための誓いと捧げるように。
 私は呪縛され、引き返せない一本道をただ一条の光を求めて、焦燥と憔悴を引きずりな
がら進まねばならない。
 俺は、あの子の為に平和が欲しい・・・・、
 あいつが守ろうとした健を、あの日、私は、戦場へ送り出した。


 静まり返った室内を震撼させるような通信機のコール音。
『復元ミサイル強奪の末、V2計画を阻止、繰り返します、V2計画を阻止・・・・』
 タイムリミットぎりぎりで、その報告は私の耳に入った。
 そして、そこにいる誰もが、やっと額の汗を拭うことを思い出し、吐き出された安堵の
溜息に生きた心地を取り戻した。
 降下したヴァン・アレン帯は、一機の有人ミサイルによって、大気圏に復元された。

 ・・・・おまえが、生涯、俺から離れていかないようにな。
 ああ、たいした腕前だ。
 あいつの“戯言”を思い出す。
「皆さん、地球は救われました・・・・」
 私の良き友人の犠牲によって・・・、報告は、そして、最後までは言葉にならなかった。
 ブラインドを上げた窓から、二度と見ることは叶わぬかと思った朝日が差し込んだ。その
眩しさに誰もが目を眇める。
 それから起こった歓声に、踵を返し背中を向けてドアを出る。
 誰かが私を呼んでいるのが聞こえたが、振り向くことはしない。

 ・・・・表が出たらおまえの勝ち、裏が出たら俺の勝ち、
 それが、勝負の前の決まり文句。

 さらばだ、レッドインパルス。
 いや、
 そうは言うまい。

 女神のコインは裏と裏。


                END
 



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