KANTSUBAKI

by トールハンマー


 暮れも押し迫った12月30日。
 青竜組初代組長、水木遼一郎が死んだ。享年47歳。肺がんだった。

「親父さん、苦しまんと往生しよったな」
「はい・・・」
「この道で人並みの死に方出来よった・・・」
「はい・・・」
 襖の向こうから聞こえる二つの声音。一つは低く重圧で、もう一つは清涼として若い。
「組、りっぱに務め上げて大往生や、大したもんや。坊もそう思うやろ」
「はい、政治さん」
 庭の苔清水も枯れて凍る冬の日だった。

「島田、おまえは若いがよう腕は立つ。この仕事、組の為にやってくれるか」
「それが二代目の意思なら、俺は従うしかありません」
「そうやな」
 蒼穹に一条の光の矢、遠き彼方で呼ぶものは既にこの身に帰り来ぬもの・・・、

「父は僕にとってずっと遠い存在でした。母が死んでからは尚更。父は僕の父である前に
組の長でした。組をここまでにしたのは父の力です。そして、その代償に支払われたもの
に気づきもしないでたった一人で逝ってしまった」
 淡々と清んだ声はそう語った。
「父にとって僕は、唯血の繋がっているというだけの他人だったんです」
 だから泣けないんです、父が死んだというのに。
「坊、俺には解ってるつもりです。坊の気持ちは。だけど、そんな親父さんだからこそ組
はここまで成長したんです。俺は組長としての親父さんを尊敬してます」
 ありがとう・・・・、
 そう聞こえたのは空耳だろうか?
「島田さん、覚えてますか? 僕と初めて会った日のことを」
 冬枯れの庭に粉雪の舞う、だが、白い陽光の射す新年の朝だった。
 荷物一つ手にすることなく足を踏み入れたその屋敷で、自分に繋がる全ての糸を断ち切
ろうと、過去に繋がる全ての道標をたたんでしまおうとした場所で、思いがけなくも触れ
たその小さな温もりは、たった一つの真実だけを繋ぎとめてくれた。
「あの時、坊は三歳だった」
 小さな室の中の寒椿を覗いている幼い背中を今もはっきりと覚えている。
「大きくなったな・・・、達弥・・・・」
大きく・・・、大きくなりすぎた・・・・、
行き過ぎてしまった時を引き返すことは出来ない。
「島田さん・・・」
 抱く背は少年のしなやかさを宿し、だが、この手に伝わる温もりは変わらない。白い額
に落ちる前髪を、指で掬って接吻ける。
「島田さん・・・、僕は」
 銃声は一度。シリンダーに込めたのは一発きりの弾丸。

「坊は、苦しまんかったようやな。島田、おまえはやっぱりええ腕しとる」
 寒椿の赤と白、達弥の胸を染めたのは深紅(べに)椿。粉雪舞う静寂の中、除夜の鐘が
鳴る。
「坊は何処へ?」
「六甲(山)へ、おまえは気にせんでええ。可愛そうなことをしたが、これが組全体の意
思や。坊も生まれてきた不幸を呪いよるやろ」
 不幸・・・・、生まれて身内(組)に命を絶たれる不幸と、この世に生を受けなかった
不幸と、いったいどちらが不幸といえるのだろう。
明けて3日。青竜組初代組長、水木遼一郎の葬儀は各界の名士を集ってしめやかに執り
行なわれる運びとなった。

 島田一誠様。
 14年間、僕の側にいてくれたことを感謝します。
 父はもう直ぐ死ぬでしょう、不必要な僕を残して、ずっと側にいたかったけれど、僕の
存在は今後きっと組の闘争の種となるでしょう。だから、これが最良の選択だと信じます。
 二代目を政治さんが継ぐことに、父に異存はないでしょう。
 相談もなしに黙って家を出ることを許して下さい。僕は島田さんが好きでした。父がそ
うしたように皆が僕を否定する中、僕が僕であることの証が島田さんでした。
 ありがとう、僕は島田さんのことを忘れません。
さようなら・・・・達弥。

 寒椿・・・・・、
「一成、おい、どこへ行く。葬式の準備があるってのに・・・」
読み置いた書籍の間に残された一通の手紙。
粉雪の舞う、白い陽光の射す新年の朝、
赤と白の寒椿、見守る幼い小さな背中・・・・・、
達弥!
達弥!どこにいる!
達弥・・・・!
白銀に樹氷の降る山の、蒼穹に一条の光の矢、遠き彼方で呼ぶものは既にこの身に帰り
来ぬもの・・・、


END

モトネタ拝借:茶屋町勝呂作品集より「もみぢ」




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