Prologue  約束

by トールハンマー


「ケン、今度の検査が終わったら、一度家に帰ってみるか?」
 カルテに向かっていたオーガスの背中が振り返り、穏やかなダークブラウンの瞳
がケンを見て言った。
「帰れるんですか?」
「ああ、大分症状が落ちついているからね。気候もいいことだし・・・、今なら。」
 細いチタンフレームの眼鏡を外し、彼はデスクを立つと磨りガラスの窓を開けた。
 瑞々しい初夏の緑が眩しかった。
 ケンは懐かしいものを見るようにして目を細めた。
「ドクター、俺の身体が元通りになれば・・・・、」
 膝の上で組んだ痩せた指が力を込めた。
 思い止まるように呟いたその言葉に、だが、彼は気づかなかったのか応えはな
かった。
 俺の身体が元通りになれば、ハイパーシュートは無敵の武器になるのか?
 試作品(プロトタイプ)の段階で何人もの犠牲者が出ていたという事実は、今でも
限られた人間にしか知らされていないトップシークレットだ。
「俺が、最後ですよね・・・、」
 新緑の香を含ませ、風がケンの頬に触れて、長くなってしまった髪を白い病室着
の肩に躍らせた。
「ケン・・・、」
 真っ直ぐに見据えた瞳を、オーガスは遣る瀬無い思いで見つめたが、遂には視
線を逸らし、再びカルテに向かうべくデスクに向き直った。
「ケン、君たちが血みどろになって勝ち取った平和だ。今度は我々がきっと守り抜
いてみせる。」
 それが、彼に言える精一杯の真実だったろう。彼は医者だ、ISOの統率者でも
なければ、軍の高官でもない。
 しかし、ケンは大きく一つ息をついて、彼の背中に言った。
「俺に、約束してくれますか。」
 縋るような、だが、決してその声は弱々しくはなかった。
 ハイパーシュートが二度と使われることのないよう、平和が、その必要性を永遠
に否定してくれることを・・・・。
 白衣の背中は潔く振り返った、そして、再び合わせた瞳は、逃げはしなかった。
「ああ、約束だ、ケン。」
 オーガスの眼差しは少年の日に見た、あの深いプルシャンブルーに似ていた。
ケンはゆっくりと頷いた。

今はまだ・・・・、
生きていられる、
彼の言葉を信じよう・・・・、
この命が、兵器の研究に使われないことを・・・・、
今は・・・・まだ・・・・、

浅い夏の、木漏れ日の誘う、束の間の、
これが、夢でないことをケンは祈った・・・・、




                     To be continued in“Guessing Game”



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