Rainy Blue

by トールハンマー


 ・・・・・・最終段階で発射したミサイルは、前段階で使用した数の10%、戦力には
余力あり。

 報告書に目を通すとそそくさと俺はPCを閉じた。起動した時と同じ短いメロディを奏
で、素直に静かになったラップトップにウィンクを残して部屋を出る。
 毎度、お決まりの文章はあえて読む必要もないが、一応は開いて“読了”のチェックを
入れておかなければ、小煩いリーダーにまた小言を言われるので仕方がない。
「うざったいんだよな、まったく・・・」
 戦況は停滞気味、進展もなければ後退もない。毎度毎度同じ手で攻めて来る相手にそろ
そろ嫌気も差してくる。
 出撃してはミサイルをぶっ放し、大量の敵を粉砕して戻って来る。無傷な時ばかりでは
ないが、近頃は身内に損傷や負傷は殆どない。とは言え、まったく被害がないわけではな
い。ミサイルを撃てば敵を粉砕するだけではない。撃墜されたその残骸は周囲に多大な被
害を及ぼすし、戦地に着く前に破壊される街もある。犠牲者が皆無なはずはなく、まして
自分達の攻撃によって、家を失ったり命を落としたりする人間が少なくないことは肝に銘
じておかなければならない。
 だからと言って手加減していては被害は膨大になる。多くを守るためには多少の犠牲は
覚悟しなければならない。弱きを助け強きをくじく・・・だけではやってられない。
 とはいうものの人間、その辺は割り切れないもので、たまにスクリーンからでもその
“弱き”を目前にすると命令どおりに動けない時もある。そうした時に出た損害に言い訳
は利かない。
「いいかげん、ケリをつけねぇとな・・・」
 自動ロックが掛かったドアに背中を預けて煙草に火を点ける。
 外は雨。
 廊下の窓から見える灰色の景色に紫煙が混成して、目の前がますますうっ
とおしくなる。気分転換の一服もなんだかリラックス出来ない。

 ・・・・・戦争は必要悪だと誰かが言った。勝手な言い分だ。確かに最新鋭のスーパー
ウェポンを生み出してきた技術や、過去、幾度となく繰り返された人体実験を駆使した生
物兵器の研究は、少なからず科学だとか医学だとか、その他諸々のものにその進歩を恩恵
と称して後世に授けたかもしれない。だが、それを大いなる遺産などと取り違えてはなら
ない。
 増え過ぎた人口を効率的に減らす有効手段だとも言いやがる。確かにこの1年数ヶ月で
主だったメガロポリスの人口の20%は減少し、各国でも過密化した都市問題を一気に解
消しはしたが、その都市が失われたのでは元も子もない。第一、必要悪に殺された人間は
どうなるんだ。
 そしてそんなことを唱える奴らは、その減少する人口数の中に自分たちを数えはしない
のだから。
 ふと、そんなことが頭を掠めた。
 外は憂鬱な雨・・・・・、

「・・・ら・・・殺気立って・・・」
 煙草では得られなかったリラックスを他に求めようと、プライベートルーフの健の部屋
をターゲットにして煙草を灰皿に捩ると、フライトジャケットの戦闘員らしき2人が廊下
の端で足を止めて一服していた。
 最近の奴らって殺気立ってないか? 確かにそう聞こえた。聞き耳を立てていたわけで
はないが・・・・。そしてピン!と来た。悪口陰口ってのは、どういうわけかしっかり聞
こえて来るものだ。
「ああ、きっと焦ってるのさ、雑魚ばかりが出て来やがるから」
「でも、ま、そのおかげで俺たちの方は高みの見物を決め込めるけどよ」
 エンブレムはサンダー・アーム、よりによって自分達の僚機を張るチームの連中だ。
「なぁ、おまえ、奴らの姿を見たことあるか?」
「あるわけないだろ、奴らのことはトップシークレットだぜ」
「ああ、素顔はな」
「・・・・って、おまえ、見たのか?」
「見た。一度だけな。リーダーだったと思うぜ。もっともバイザーで顔は見えなかったけ
どな。なんか、こう、気配そのものが冷気を帯びてるってか、血の気が感じられないって
か、そういう感じだったな。ライブ・マシーンとでも言うのか」
「ライブ・マシーン?」
「ああ、身体は生身だが、まるで血の通わない戦闘マシーンのようで・・・一切の感情っ
てのが欠落してるって感じだ。およそ人間とは思えない。まるで・・・」
「悪魔か死神?」
「ゾッとしたぜ」
 全身総毛立ったと男は言った。
「でもよ、それが俺たちの救世主となるわけだぜ」
「俺は御免だ。どんなに崇められようと、人の心を戦場に売った獣にはなりたくない。い
や、獣ならまだいい、血が通っているからな。俺は奴らのチームに選らばれなくて良かっ
たと思ってる」
「ハン! おまえなんかが選ばれるはずはないだろ、その程度の腕で」
「何だと!」

 ・・・・・勝手なことを言ってやがる!
 とても同じ戦場で命を張っている仲間とは思えない言いように、殴ってやろうかと思っ
たが、大事な戦闘員、それもジェットファイターの身体を傷つけては明日からの戦況に係
る。たとえ僅かな傷でも超音速の世界では致命傷になりかねない。
 ちっ・・・・、舌を鳴らして睨みを利かせるのを精一杯の抵抗に、その場を行き過ぎる
ことにする。

「健の奴はどこに行ったんだ?」
 リラックスの目的地に目的物を見つけられずに、チームの司令室に足を向けた。が、そ
こにも健の姿はなかった。
「あ、ジョー、ここは禁煙になったから」
 ジュンが俺の問いには答えずに、火を点けようと咥えた煙草を、綺麗な指先で摘み取っ
た。
「いつからだ」
「もう1週間も前から。掲示板に張り出されてたわよ。基地内で禁煙となった場所の一覧
表が」
 掲示板?PCのか?・・・・関心ねぇからな。基地内報ってのは色っぽくもねぇし、笑
えもしねぇからよ。一覧表?・・・・ってことはここ以外にも“No smoking”のシールを
貼った扉が増えたってのか?
 改めてドアを顧みる。確かに燦然と輝く警告マークが、ニッコリ笑顔のジュンの指差す
そこにあった。仕方なく一度咥えた煙草を懐のボックスに返す。ジュンの指から奪って。
灰皿がなかったせいじゃない、勿体なかったからだ。
 しかし、そういえば最近世界的に定められた規制に従えば、パッケージの警告(あなた
の健康を損なうおそれがあります。吸いすぎに注意しましょう・・・ってアレだ)はその
面積を拡大し、広告用のポスターは近い将来、街からも情報ネットワークからも姿を消す
はずだ。喫煙者にとってはますます肩身の狭い世の中となる。
 ・・・・ったくな、 俺は特大の溜息を吐く、そんな俺の嘆きを他所に、
「兄キなら、さっき西のテラスの方で見たけどな」
 甚平がのほほんと答える。ソファに寝そべってビッグ・マガジンの今週号を読みながら。
「西の?・・・・何してんだ、あんな所で」
「オイラが知るかよ、んなこと」
 意外と冷たいこの反応。仮にも俺たちのリーダーだぜ、ちょっとは気にかけてやれよ。
が、きっと自分がプレイボーイを読んでいても同じ反応をするだろうと、それ以上の言及
は避けた。そして、
「きっと、逢引じゃろ。邪魔すんじゃねぇぞ」
 向かい側の一人掛けから言う竜は、両手に花・・・ならず両手にハンバーガー、こいつ
らってホント逞しい・・・で?
「逢引? 女とか?」
「まっさか、男じゃなかんべ?」
 そりゃそうだ、ごもっとも。

 西のテラスは普段ならばこの時刻、大きく臨める海を薔薇色に染めて沈んでいく夕日が
ロマンチックに演出する場所なのだが、生憎の雨に恋人達の姿は見当たらない。蔦の這い
登ったルーフの下にポツンと一つ、膝を抱えた背中があるだけだ。
「煙草を吸える場所が少なくなったな」
 脅かさないよう、ゆっくり近づいて声を掛けると、咥え煙草の背中が「そうだな」と返
した。
「何してんだ?」
「雨の数を数えた」
 ・・・・・雨の・・・数?
「降って来る雨の雫を数えてたんだ」
 俺はさっきの煙草をボックスから摘む。隣に腰を下ろすと雨音に包み込まれた横顔が、
空色の瞳をささやかに瞬かせた。
 雫を・・・ってか?
「そうか・・・で? いったい幾ら降ったんだ・・・・」
 額を押さえる。
「5千232万7856粒だ」
 負けた・・・・
「それ以上は数えられなかった」
 だろうな・・・・
 これはいったいどういうジョークだろう? しかし、それだけ
数えられれば上等だ。
「5千232万7856粒か」
 我ながらよく復唱できたと思う。聴覚よりも視覚の方が俺の記憶中枢にはインパクトが
強い。が、ふとその数字に思い当たった。さっきの報告書にあった数字だ。
「雨の日には5千232万7856粒の雫になって、魂が地上に戻って来るんだ」
 健・・・・・
“52,327,856”はこの戦争で命を落とした犠牲者の数だ。もっとも正規に確認
されただけの数字だ。そして、命の数を数えるなら敵が失った人命もプラスしなければな
らない。
「破壊した鉄獣メカ18体、出撃回数127回、内、交戦回数120、敵死傷者数不明
・・・・・・」
 健の長い髪がしっとりと湿って、肩にいつもよりきつめのウェーブが流れる。
 1粒、2粒、3粒、4粒・・・・・、俺は雨の数を数えた。数えられるはずもない。
「風邪をひくぞ、中に入ろう」
 寄り添って腕を回す。確かめるように。
 おまえの身体は温かい、それは俺が一番よく知っている。
「さぁ・・・」
「いや・・・・、もう1本吸ってから」
 おまえの指が俺に強請る。
 空色の瞳は変わらない。あの頃と。
 ああ、だから・・・・おまえが好きだ。
 おまえが一等好きだ。


 END



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