流血の誓い

by トールハンマー


海岸縁の南部の別荘からユートランド市内までは、湾岸線をバイクで飛ばせば10分で着く。
 薄いTシャツの上からレザーのジャケットを着込んではいたが、メットをつけずにゴー
グルだけのフェースに夜のこの寒さは肌を刺すようだ。
 火山地帯で噴出した火山灰が気流に乗って上空を覆ってしまったために、昼間でもどん
よりと薄暗く、太陽が射さない場所では軒並み気温が下がった。
 夜は星一つ見えず、束の間、辛うじてぼんやりと滲んだ月が臨めるだけで、人口灯がな
ければ漆黒の闇となる。
 ブラックホール作戦の後遺症を被った地域では完全な崩壊は免れたものの、その被害は
甚大なものだった。メガロポリス周辺の都市は殆どが機能を果たさなくなり、ここユート
ランドも例外ではなかった。

 ・・・・これからが大変だ。殆ど昼夜を問わず各国の救済センターとの支援活動に追わ
れる毎日、ISOの執務室に居ながらも、ノンフレームの眼鏡を外した南部の眉間には、
消えない皴が深く一筋刻まれていた。
 そんな彼を見て、ケンは時折たまらなくなってその場を外す。その衝動が何のか自分で
もはっきりと理解できないままに。
 勿論、都市の復興に博士の片腕として尽力していくことに変わりはない、掴み取ったこ
の平和をどんなことをしても守っていこうと思う、
 しかし・・・・、
「畜生!」
 ケンは一気にエンジンを噴かした。時速100キロ近くに跳ね上がったタコメーターの針
が赤い先端を震えさせた。
 ふと、身体に感じる程度の軽い揺れが襲った。マグマ流に打ち込まれた分子爆弾の余韻
は今もまだ消えた訳ではなかった。時折、激しい地震に見舞われる時もある。人々は未だ
恐怖に脅え、眠れぬ夜を過ごさなければならなかった。

 湾岸線の出口で消えたままの電光掲示板が街への入口の印だった。
 ケンはバイクを左折させると、暗闇の中にぽっかりと現れた燦燦たる真昼の街へと入っ
て行った。
 道路の両側を埋め尽くすほどにあったイルミネーションの装飾は半減したが、それでも
灰色の雲を被った日中よりそこは余程明るかった。
 幾分変わってしまった景色の中にそれでも見慣れたビルボードを確かめると、ケンは路
肩にバイクを止め、その店の扉を押した。
「いらっしゃい」
 すかさず聞き慣れない女の声が迎えてくれた。が、それには答えずにカウンターの端の
席に腰を下ろす。店の中は客も疎らで閑散としていた。以前は軽快なビートを響かせ若者
たちで賑ったこの店も、今は流れるBGMが、掠れて耳障りなノイズを含んでいる。
「久しぶりじゃないか、ケン」
 カウンターの中から無精髭のマスターが笑った。
「ああ、マスターも元気そうだな」
 答えてケンも笑おうとしたが、うまく作り笑いが出来上がらないまま、ぎこちない動作
で俯いて煙草を摘んだ。
「あら、今日はもう一人の彼、一緒じゃないんだ」
 グラスを用意するマスターの横でさっきの女の声がした。顔を上げると派手なメイクを
施した、だが、まだきっと幼いであろう面立ちの少女がいた。
「私さ、あんたの少年ぽくって綺麗なとこ、気に入ってるんだけど、どちらかって言うと
もう一人の彼の方がタイプなのよね」
 少女は細い指を赤いルージュの乗った唇に当てて、無邪気にそう言った。
「残念だったな、奴はもうこの街にはいないんだ」
「あら、本当に? 私、今度会ったら絶対、お近づきになろうと思っていたのに」
 小さな耳たぶに重そうなイヤリングをぶら下げた少女は、カウンターに乗り出して来て
「もう、帰って来ないの?」と残念そうに尋ねた。
「ルゥル、ここはいいから二階の客の注文を聞いて来い」
 バーボンを注いだグラスをケンの前に置きながらマスターが言った。少女はプッと頬を
膨らませると、髪を払って不服そうに口を尖らせながらカウンターを出て行った。
「すまんな、まだ子供で・・・・、働き口がないって言うんで雇ってやったんだが、いつ
まで経っても客の持て成し方を覚えん。まったく困ったもんだ」
「少年法に引っかかるんじゃないのか」
「そんなご時世かい?」
「そうだな」
 ケンはグラスを取って口に運んだ。味わい慣れたはずのバーボンは苦いばかりだった。
「彼女、初めて見るが、あっちは俺たちのことを知ってるんだ」
「ああ、確かジョーと二人で顔を出してくれた最後の夜だったんじゃないかな。ルゥルが
ここに来たのは。そうそう、覚えてないのも無理はない、あの夜はピンクドラゴンズの解
散式とかで、女の子たちが沢山いたからな」
 ピンクドラゴンズというのは、Mエリアでシマをはっていた暴走族でピンキーと呼ばれ
る女性リーダーをヘッドに、女ばかりで成ったグループだった。
 華やかで高慢で、でも、メランコリーを知っている女たち。彼女たちの誘いに『一夜の
夢でよければ』と答えた、男と女のやり取りを心得た気障な台詞が甦る。
「今日はもう仕事明けたんだろ、ゆっくりしていけよ」
 棚のナッツの缶を下ろして、ガラスの小皿に掬いながらマスターが言う。
「ああ、他に行くところもないしな」
「なんだ、ここを気に入って足を向けてくれたんじゃないのか」
 さも不服そうな言い様にケンの唇が微かに緩んだ。
「ま、忘れずにいてくれたのは嬉しいがね」
 マスターは人差し指で摩った鼻を鳴らした。
 長年、こういう生業に身をおく者は客の心の内を敏感に感じ取る。だから、いつも連ん
でいた相棒を欠いた相手にその理由を聞いたりはしない。それでなくとも、今回の戦いで
それぞれが失ったものは計り知れないのだから。
「ツケを踏み倒したままってのは、心苦しいから、顔繋ぎにね」
「なんだ、じゃ、まだ払うつもりはないって訳か?」
「相変わらずオケラでね。マスターさえ良ければ他の方法で支払うけど」
 意味深な微笑を含んで唇が紡いた“他の方法”に、マスターが暫しの沈黙を呈する。
 そして咳払いを一つ。
 その非行少年を咎めるような視線を鼻先で躱し、グラスを置いて頬杖を付くと、ノイズ
の混じったバラードが啜り泣きのように耳に届いた。

「なんだ、ケン。ここにいたのか」
 二杯目を空けた時、隣の席に男が一人止まった。制服のままの胸にISOのメタルプレ
ートを付けたその男は見知った顔だった。確か名前をハリー・マッケイン。人事の異動対
象から毎回ことごとく外され、過酷な業務が局内一とも言われる情報処理室で、長年室長
補佐を務めている男だ。
「南部博士が探してたぜ」
「えっ?」
 反射的に上着の携帯に手を伸ばしたケンは、しかし、マッケインの手にその動作を遮ら
れた。
「たいした用事じゃないさ、きっと一人の夕食が寂しくなっただけだろうさ」
 そう言うとマッケインはケンの手を放し、ズボンのポケットからくしゃげた煙草のボッ
クスを出して、その中の一本に火を点けた。
 オイルライターの匂いが心地よく鼻について、傍らで宙に超新星を宿したばかりのガス
星雲のような薄い紫煙が広がった。
 視線を止めて見つめていると、どこか違う次元に吸い込まれそうになる。
 ケンは上着の懐から紙幣を取り出すとカウンターを立った。
「なんだ、もう帰るってのか? 随分なご挨拶じゃないか」
「ここまで来て知った顔は見たくない。酒が不味くなる」
「それはないんじゃないの。坊や」
 マッケインはマスターが差し出した灰皿に煙草を置くと、再びケンの動作を遮るように
その腕を取った。
「放せよ、付き合うつもりはない」
 振り払うとマッケインは急に真顔になって力を込めた。
「座れよ、少し話をしないか」
「あんたと話すことなんてないさ」
 だが、強引にマッケインはケンをスツールに戻した。
 マスターが新しいグラスをコルクのコースターに乗せた。琥珀の液体が氷山のような氷
の表面をゆっくりと滴り落ちていく。
「飲めよ、口に合うと思うぜ」
 マッケインはキープした酒を勧めると、自分のグラスを取って軽くケンのグラスに合わ
せた。チンと硬質なガラスが鳴って、中の氷が小さくカランと音を立ててブランディーの
海に沈んだ。
「ケン、おまえ、情報処理室に移る気はないか?」
 突然のマッケインの話に、訝しげにケンが眉を寄せる。
「情報処理室が人手不足だっていうのは聞いてないが」
「もう直ぐ有能な人材が一人欠けるんだ」
「それで、なんで俺が?」
「戦争ゴッコにはもう飽きたろ、ギャラクターの残党狩りなんて仕事、おまえには物足り
ないはずだ。が、幸か不幸か、今はもうおまえを満足させてくれる仕事はない。なら、いっ
そのこと完全に手を引いちまったらどうだ。その方がきっと楽だぜ。人間環境を変えてみ
るってことも大切だ。絶対不可能だって考えていたことでも、案外、容易くやり過ごせる
もんだ」
 灰皿の煙草に指を伸ばして、マッケインはそれを口にした。
「何が言いたいんだ、あんた」
「なんだか、辛そうでね。見てられないんだよ。南部博士のところにいるおまえは、今に
も死にそうな顔してるぜ。自分じゃ気づいちゃいないだろうがな」
「俺が何処で何をしていようが、あんたには関係ないだろ。心配してもらわなくても結構、
大きなお世話だ」
 グラスを玩ぶ振りをして、ケンは視線を手元に落とした。
 小さく溜息をついて、半分ほど吸った煙草をマッケインは灰皿に捻りつけた。
「なぁ、ケン。おまえさ、戦いたくてうずうずしてるんじゃないのか」
 ・・・・えっ! 一瞬、グラスを握る指が緊張に震えた。
「ジョーのこと聞いたぜ、分子爆弾投下装置の中から奴の投げた羽手裏剣が見つかったっ
てこともな」
「ジョーが、地球を救ってくれたんだ」
「ああ、そしておまえはっていうと、奴に負い目を感じちまってる。奴を助けられなかっ
た、置き去りにして死なせてしまったと。だがな、それはおまえの勝手な理屈、言い訳じ
ゃないのか、あんな思いは二度としたくない、そうやっておまえは戦場からも、生きる場
所からも逃げてるんだ。が、そのくせ身体の中では戦いに滾る血をどうしょうも出来ない
でいる。違うか。」
「いい加減にしてくれ! あんた、そんなことを言うために俺を引き止めたのか」


 立ち上がると、ケンはキッとマッケインを睨みつけた。だが、マッケインはその瞳を包
み込むように受け止めると、静かに首を振った。
「ケン」
「もう沢山だ!」
 背を向けるとケンは肩を震わせた。
「なら、そのままでいいから聞けよ。いつだったか、そう、ジョーの正体がカッツェにば
れちまって、酷い目に合って戻って来た時だったかな。奴は一人で、ここで飲んでた、珍
しく酔っていてね。こうして隣に座った私を相手に話をしたんだ。私も驚いたね、滅多に
口も利いたことのない奴が、私なんかを相手に故郷のBCのこととか、子供だった頃のこと
とかをね、話してくれた。そんな中で、奴はおまえのことを言ったよ。幼い日に初めて会っ
たおまえのこと、共に戦いに身を投じたそれまでの日々、奴はおまえの名前を何度も呼ん
だ。まるで恋しい女の名を呼ぶようにね」
 ケンの瞳が一瞬、痙攣を起こして不自然に歪んだ。
「地球のためだなんてな、人間そんな大それたことを考えるかな? たった一人の誰かの
ために戦うのが精一杯じゃないのか」
 マッケインの言おうとしていることが、ケンには解からなかった。それでも、
 ・・・・たった一人の誰かのため?
 掠れた声が呟いた。
 俺は、では誰のために?
 初めてケンは自問する。
 がむしゃらに戦ってきた、倒さねばならない敵がギャラクターだったから。
 平和のために、父の仇を取るために・・・・・、
 戦うことが日常で、何の疑問も感じなかったと言えば嘘だが、考えている余裕などなかっ
た。そして、それを不自然だとも感じなかった。
「おまえ、戦場で誰を思った? ギャラクターに追われ逃げ場を失った時に誰を思った?」
 ふいに肩越しに合わせたマッケインの視線は優しく、まるで肉親のそれのように無償の
慈愛に満ちて自分に注がれていた。
「仲間を・・・・、皆は無事かどうか、ジョーは?ジュンは?ジンペイは?リュウは?」
「そうだ、それでいいんだ」
「だが、俺はジョーを死なせてしまった・・・・。奇麗ごとじゃ地球は守れない、平和を
勝ち取るためにはこの身を捨てても、任務を遂行する。たとえ仲間を見殺しにしても
・・・・」
 父、レッドインパルスの言葉が甦った。
「俺は、それを受け入れたはずだった。ジュンがジゴキラーに襲われた時も、そして、
ジョーをクロスカラコルムに置き去りにした時も。血を吐く思いで・・・・、だけど
・・・・、俺は、あの時、忍者隊でなかったら、俺は、真っ先にジョーを連れて帰った
だろうさ、俺はジョーより任務を選んだんだ。それが許せないだけだ」
「それで、そうやって全て奴のせいにして、おまえは逃げてるのか?」
「な、なに・・・!」
「自分が臆病になってるのを、ジョーのせいにするなよ。助けられなかったって、そう
やって、おまえが落ちこんでるの、ジョーは喜ばないぜ。いい迷惑だって思うさ」
「解ったふうな口をきくな」
「解ってないのはどっちだ!」
 初めてマッケインは声を荒げた。
「はっきり言ってやる、おまえは戦いに飢えてるんだ。血を見たくてうずうずしてる。そ
れを認めたくなくてジョーを引き合いに出して、うだうだ悩んでいる振りをしてるだけだ。
自分の気持ちを擦り替えるなよ」
「違う!!」
「認めちまえよ。そうすりゃ楽になる。その上で自分の正義を掲げてみろ。それが出来て
こそ、本物の戦士だ。」
 ・・・・君はガッチャマンだ。
 不意に博士の声がしたように思えた。
「言っただろ、たった一人の誰かのために、血みどろになって戦って、たとえその報復に
命を落としても厭わない。たった一人の愛する者のために、だ。そのためなら敢えて血に
飢えた化け物にでも何にでもなればいい」
 あの時、戦場でジョーはおまえを呼んだだろう、本部の入り口を教えるために、いいや、
それだけじゃない。ジョーは最期におまえを求めたんだ。おまえの姿を見るために、おま
えの声を聞くために、おまえの体に触れるためにな。

 クロスカラコルムの、あの濃厚な霧の中で、やっと見つけたジョー。
 力尽き横たわる姿に、胸がグッと締め付けられて鼓動が耳元までも昇り詰めて高鳴った。
「ジョウ・・・」呼びかけると僅かに開かれた瞳、その中に俺は俺の姿を見た。今にも泣
きそうな顔だった。ゴーグルに隠れているはずの表情があからさまに映し出されていた。
それは俺の本心だったろう。

「解るか、回りくどい言い方をしたが、ジョーが守りたかったのはこの地球なんかじゃな
い、ケン、おまえだったんだよ。」
「俺?」
 思いがけないマッケインの言葉にケンは瞳を見開かせた。
「もう一度、ちゃんと思い出してみてやれ、ジョーのこと。おまえがそうやって心を閉ざ
していると本当にジョーを失ってしまうぞ」
 ジョーは俺を呼んだ。今度は俺がジョーを呼ぶのか。おまえと共に戦うために、そして、
いつの日か再びおまえに巡り会うために。
「ジョー・・・」
 ケンの唇が小さく呟いた。
 立ち上がってマッケインはケンの肩を優しく励ました。その時、スツールに掛けてあっ
た上着の中で携帯が鳴った。慌てて応答したケンは僅かに瞳を緊張させた。
「ミスター・マッケイン、悪いが仕事が入った。あんたの相手はここまでだ」
「残念だな、これからが面白くなりそうだったのに」
「続きは、では、また今度」
 ケンは笑っていた。その笑顔にマッケインは目を細める。
「君は、なかなかいたぶりがいがあるんで楽しみだよ」
 そう言う彼の言葉をケンはもう聞いてはいなかった。既に半透明の強化ガラスのドアを
押し開けてイリュミネーションの光の中に溶け込んでいた。

「まだまだ多感な少年には辛い任務だったな、ケン」
 マッケインはドアに残った残像に視線を馳せて呟いた。
「人は失う辛さを知って成長するものさ。彼は強いソルジャーになる」
 グラスを磨きながらマスターが言った。
「ああ!もう、何てことをしちまったんだ。私は!」
 突然、マッケインが頓狂な声を上げた。
「死に場所を探すような破目にならなきゃいいが。ちぇ、私は奴に戦闘から足を洗わせた
かったんだ。情報処理室の私のポストを譲るつもりだったのに、煽っちまったんじゃ逆効
果だ」
「それは彼が決めることさな。少なくとも、一つ、迷いからは抜け出したようだし、坊や
はまだ若い」
「その若さをドクター・南部は利用したんだよ。少年の心は柔軟だ。どんな言葉ででもコ
ントロール出来る。彼は巧みだった、汚れを知らない無垢な心に正義という絶対服従の神
を植えつけたんだ」
 平和のために、地球のためにと、さながらシレーヌように囁きかけ、彼らを戦場に誘っ
た。目の前の敵を撃て、鉄獣を破壊せよ、幼い戦士たちは夢見るような瞳で呪文を唱えた
ことだろう。彼はその呪文の糸に操られた哀れなマリオネットだった。
「だが、少年は成長するぞ」
「そうだ、今度は自分の正義を見つけなきゃならん」
 マッケインはゆっくりとグラスを傾けた。ふと、傍らに在るはずのない気配を感じて目
を向ける。
「どうした?」
「いや、」
 復讐だか何だか知らないが、ジョーも、あいつも、不器用な奴だったぜ。
 ちぇ、言ってろ・・・・、声を聞いたようでマッケインは肩を竦めた。
 ジョーが守りたかったのは、地球なんかじゃない・・・だが、それも、あいつ自身、気
づいちゃいなかっただろうさ。
「なぁ、マスター。大人は生きるために、いったい、どれだけのものを捨てるんだろうな」
「今度はあんたが落ち込む番か? そうさな、諦めるってことは、ぐうたらになることだ。
しかし、それが生きるための人間の本能なんじゃないかって思うがね」
「本能か・・・、清廉潔白さを我が身に誇示するのは少年の特権だ。だが、その特権を持
ち続けることの出来る者が稀にいるんだ」
「それが彼だと?」
 いつだったか、ケンをそう称した男がいた。そして、それは同時に危うさという少年の
弱さをも共に持ち続けなければならないとも。だが、彼は強いてケンにそれを求め、見届
けたいと・・・・。私もまた、
「残酷だな。私は彼に少年のままでいて欲しいと思っているのかもしれない」
「大人はエゴなものだよ、あんたに限らずな。ま、今夜は過ぎ去った少年時代を懐かしん
で飲んでみるのも一興さね」
「蜂蜜入りのミルクをかい?」
「メニューにはないが、お望みとあらば」
 サービス精神旺盛なマスターは、ボトルラックから蜂蜜の瓶を下ろすと冷蔵庫を開けて
ミルクを取り出した。
「やめておくよ、私にはもうその資格はないんだ。それに舌が受け付けない」
「では、蜂蜜の代わりにウォッカとクレーム・ド・カカオで」
「ネーミングは?」
「青春の残像」
 ふと、ドアに残ったケンの姿を思った。
「いかにも・・・だな。今夜は付き合ってくれよ、マスター」
 マッケインはカクテルグラスの中の穢れなき純白の残像を、愛おしむように暫し、見つ
めて、それからゆっくりと飲み干した。


                END
 



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