Scandal Moon 1 / 機密書類の隠し場所

by トールハンマー

「ケン、ちょっと付き合えよ。いいものを見つけたんだ。」
 触れ合う肩と肩、その間に割って入って、ジョーはケンの首に腕を回した。
「あん!」・・・・横取りはずるいわ・・・というように、ジュンが赤い唇を尖らせて見
せた。
 定時報告を終え、博士の部屋を出ると今日の仕事はとりあえず終わる。後は各自それぞ
れの思惑と共に、ベッドに転がり込むだけだ。だから、この時間からは、あまり野暮な干
渉はしないのが普通だなのだが、その日のジョーは違っていた。
「えっ?」と怪訝そうに見るケンを半ば強引に引きずり、駐車場に着いたジョーは上機嫌
で車のロックを解除しドライバーズシートに滑り込むと、鼻歌混じりでナビシートのドア
を開けた。
「いったい何?」 言いかけて、目の前に差し出された物にケンは目を見開いた。
・・・・・・・ダイナマイト?、  それはちょうどそんな形をしていた。
「今度新しく出回ったヤツだ」
 そう言って手渡すとジョーはハンドルに向き直った。聞きなれた軽いエンジン音と共に
車は駐車場を出、イリュミネーションのまぶしい夜の街を走り出した。
 ケンは手の中の物を分析にかかった。直径3センチ、長さ20センチほどの筒状で重さ
からしても自分の推理に合致していたが、導火線が少し変わっていた。それに上巻きにチ
マチマと不似合いな模様が描かれていた。
「パーッと派手に光るぜ」
 ジョーが言った。
・・・・・・・光子弾か、と閃いた時、車が急停止した。シートベルトを締めた体が僅か
に前にのめった。
 いつの間に市街地を抜けたのだろう、車は緑地帯の中の広場に止まっていた。
「降りろよ」
 言われるままにケンはナビシートを出た。広い敷地に常夜灯が一つ、ポツンと灯ってい
るだけのそこは人っ子一人いない。灯かりの下にベンチが一つあるだけで、バスケットゴ
ールもブランコもない。
「まさか、ここで実験しょうってんじゃないだろうな」
「実験?、かせよ。今度こそは自信があるんだ。俺のカンに間違いはねぇ」
 尻込みするケンからジョーは手中のものを取り上げると、地面に据えポケットから取り
出したライターで慎重に火をつけた。
 パシュッ!!と一瞬勢いよく火花が上がったかと思うと、夜空にはとりどりの色を散り
ばめた光の花弁が散った。
 そして、その中をゆっくりと降下して来るものがあった。
「やったぜ!、とうとうゲットした!!」
 歓声を上げるジョーの横で、ケンは刹那、酷い目眩に襲われた。
「ジョー、あれは.....」
 絞り出された声は震えていて、聞き取れないくらいだった。
 それもそのはず、ケンが空中に認めたものは、なんとパラシュートを付けた苺大福のよ
うな顔にピンクのリボンを飾ったキティちゃんのぬいぐるみだったからだ。
「ジョー....」
 唖然としたままケンは立ち直れなかった。どうしてジョーとキティちゃんなんだ。
 理解の枠を超えた難問が恐怖となってケンを襲った。
 とその時、不意に吹いた風にパラシュートが煽られ二人の視界から消えた。
 慌ててジョーが走り出した。その先の闇に人影が蠢いた。
 ・・・・・・・もしかして!
 茫然とジョーの背中を眺めていたケンは、ある一つの希望的観測を見出して狂喜した。
 きっとあの中には機密を記録したマイクロフィルムが隠されているに違いない。
 そう思った瞬間、ケンはジョーを追って走り出していた。
 林の中に逃げ込んだ人影とジョーは、案の定、キティちゃんのぬいぐるみを巡って格闘
していた。加勢に加わったケンにジョーはウィンクを送ると、素早く物を奪い取り足蹴り
を決めた。あっけなく地面に転がったのは、色白で若いマニアックな感じのする男だった。
「横取りとは、ずるいやり方だ」
 ペッとジョーは倒れている男に唾を吐きかけた。
「で?、何の機密だ」
 ケンは尋ねた。
「えっ?」
「だから、マイクロフィルム」
「何の話だ?」
 話が噛み合わない。
「だから!、その中に何か大事なものが隠してあるんだろ」
 半ば不安に駆られながらケンは答えを強要した。しかし、
「いや、これはそんな物騒なものじゃない。ほら」
 と見せられたキティちゃんのぬいぐるみは、”キャラクターズパラシュート花火”と書
かれたタッグが付いているだけで、弄くりまわしてみても何も出てはこなかった。
「ジョー、ふざけるのもいいかげんにしろよ、俺だって忙しいんだ!。こんなものを見せ
るために、わざわざここまで連れ出したのか!」
 からかわれているのだとケンは思った。いや、思いたかった。だからこのおぞましい恐
怖を腹立たしさで消し去ろうとした。だが、ジョーの言葉は非情だった。
「こんなものとはなんだ! いいかよく聞け、これは打ち上げるまで何が出てくるかわか
らないんだ。俺がキティちゃんをゲットするのにいったい幾ら注ぎ込んだと思う、2万円
だぞ。2万円! JUNのツケが3ヶ月分は払えるんだ」
 憤慨するジョーを目の当たりにして、ケンは愕然とした。
 2万円だと?、俺が誕生日に強請った指輪はそんなにしなかった。遠慮して安物を選ん
だんだからな。それでもおまえは渋ってワゴンセールの”F−4 ”のプラモにしろと言っ
たんだ。それなのに、キティちゃんに2万円だって!
 俺は、ジョー、キティちゃんより劣るって言うのか。
「俺は.....」
 茫然とぬいぐるみを手にケンは立ち尽くした。だが、その内ふつふつと怒りが込み上げ
てきた。・・・・・・・これはジェラシーだ。と感じながらも「こんなもの!」とやにわ
に地面に叩きつけようと、ぬいぐるみを持った手を振りかざした。
「よせ!」
 その手を制し、鋭い眼光がケンを見据えた。それは戦場で幾度となく見かけた、敵に向
けられた冷酷で蔑視に満ちた表情だった。よもや、それが自分に向けられようとは思って
も見なかったケンは、全身から血の気が引き、代わりに絶望に体の隅々までが支配される
のを感じた。
「ジョー.....」
 そう呼ぶのが精一杯のケンの声を、だがその時、無邪気に遮るものがあった。
「ママ、キティちゃんだ。ほら、あそこ」
 声の方を向くと、薄暗い灯かりの中にみすぼらしい身なりの親子が立っていた。やつれ
た顔をした母親は、それでも笑って「だめよ、あれはお兄さんのよ」と宥め「今度お給料
を貰ったら買ってあげるわ」と約束した。仕事帰りなのだろうか、腕に下げたトートバッ
クにささやかな夕食の材料が入っていた。とても子供との約束を守れるような余裕はなさ
そうだ。
「うっ」と傍らでジョーが呷いた。そしてケンから取り上げたぬいぐるみを見、親子を見、
もう一度同じことを繰り返してから最後にケンを見た。その瞳にはさっきの鋭い眼光はな
く、代わりに縋るような危うい眼差しがあった。
 ケンはその時、自分がどんな表情をいているのか解らなかった。曖昧に笑って見せたが、
きっと唇は引きつっていただろう。だが、幸か不幸かジョーにそれを悟られることはなか
った。
 ケン......、
 ケンの笑顔を与えられた答えだと思ったジョーは、ぬいぐるみを持って親子の前に歩み
寄った。そして少しはにかんで「やるよ」とキティちゃんを少女の手に渡した。
「ありがとう!」
 嬉しそうな弾んだ声がケンにも聞こえた。
「よかったのか」
 傍らに戻って来たジョーにケンは尋ねた。ジョーはフッと笑って頷いた。
「俺には似合わねぇさ」
 そう言いながら踵を返したジョーは、ガクンと肩を落とし足元をよろけさせた。それが
キティちゃんを失ったショックのせいなのか、それとも連日続いたハードワークのせいな
のかは測りかねたが、ケンはあえて後者を選ぶことにした。
・・・・・・・ジョー、おまえって奴は......、判然としないままもケンはジョー
の優しさに胸を熱くした。そして車に向かった背中をだた黙って思いの丈に見つめた。
「どうした、送っていくぜ」
 優しさが今度は自分に向けられた。
 振り返ったジョーに、ケンは、だが穏やかに笑って首を横に振った。
「いや、おまえ疲れているようだから早く帰って休め。なに、月も綺麗だしそぞろ歩きと
洒落込むさ」
 そう言って見上げた夜空に、煌々と輝く苺大福のような月が浮かんでいた。
 悪寒がケンの背筋を駆け上った。
 目眩が再び襲った。
 ケンは唇を震えさせた。
 俺はいやだ、キティちゃんを間に川の字になってジョーと寝るなんて・・・・・・・、
深い溜息と共に呟くと、見送るジョーに軽く右手を上げて、ケンは月の下を歩き始めた。
 折りしも、マリアナ海溝で連絡の途絶えた海底研究所の調査のため、1万メートルの
深海に潜る破目となった前夜のことだった。
                     
                     
                     END


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