SCANDAL MOON ? I WISH・・・

by トールハンマー


「なぁ、ジョー。流れ星ってのは願いを叶えてくれるのか?」
 さっきまで熱心にキーボードを叩いていた手を止めて、ケンが唐突な質問をし
た。
「何だって?流れ星がどうかしたのか?」
 咥え煙草を指に戻して、ソファからぶっきらぼうに聞き返すジョーに(・・・何を子
供染みたことを言ってるんだ、とその目は言いたそうだ)以前ジュンから聞いた話
だとケンは言った。流星が消えてしまうまでの間に願い事を3度唱えることが出来
れば、その願いは叶うのだと・・・・、
「おい、ケン、一休みしようぜ」
 そうとう疲れてやがるな・・・と、机の端に腰掛けて、ジョーはケンがさっきから難
しい顔をして、デスクステーションのモニターとかわるがわるに覗き込んでいる厳し
い表紙のファイルを閉じた。
「何するんだ」
 パン!と目の前で閉じられた分厚い表紙から顔を上げて、ケンは口を尖らせた。
「どうせ提出期限を過ぎてるんだ、今更慌てることもない」
「そういう問題じゃないだろう」
「そういう問題さ。な、一杯飲みに行こう。流れ星が見たけりゃ、ここにいたってダ
メだ」
 くしゃっと健のブルネットに指を突っ込んで掻き回すと、ジョーはソファの背に掛け
てあったダウンジャケットを取った。
「始末書・・・・もとい、報告書と睨めっこしてるものいい加減飽きただろう」
「フン・・、誰のための始末書だ」
 今まで手伝いもせずソファに寝そべって新聞を読んでいたジョーが、嫌に熱心に
誘ってくるのに、下心有りかな?と小さな疑惑を抱きながらも、彼が言うようにいい
加減デスクワークに飽いたケンは、「それもそうだな」と大きな溜息を一つ、ストレ
スと一緒に吐き出して、デスクステーションのメインパワーを落とした。

 地下駐車場のジョーの車に乗り込むと時刻は夜の8時を少し回っていた。警備員
にIDカードを提示し赤外線ゲートを潜って地上に出れば、勤務を終えた支局の職
員や会社帰りのサラリーマンたちが週末のイリュミネーションの中に溢れていた。
それを横目に見ながら車はいつもの店に向かうべくメインストリートを200メートル
も行かないうちに右折した。目的地までは5分とかからない。どうせなら歩いて
行った方が帰りも飲酒運転でパクられる心配もないのだが、こればかりはジョーは
絶対に譲らない。ところが、
「なんだ! 休みだなんて聞いてないぞ」
 つい最近、オーナーが大枚を叩いて付け替えたという、新しいオーク材の立派な
ドアには「CLOSE」のプレートが掛かっていた。
「そう言えば、オーナー、近々娘に子供ができるって言ってたぜ。女の子だったら
店を休んで三日見晩、祝いの酒を飲み明かすってさ」
「ちぇ、願いが叶ったってわけか」
「そのようだな」
 ケンはオーナーの眉毛も落ちそうな嬉しそうな顔を思い浮かべて微笑んだ。
「ふん、ならその子のためにも酒は少し慎むべきだな」
 ジョーはお預けを喰らったドアの前で毒づいた。そして仕方なく「JUNに行く
か?」
と尋ねた。
 そうだな・・・と言いながら、だが、ケンはあまり乗り気ではない。
「よし、それならいい所に連れて行ってやる」
 言うが早いかジョーは回れ右をして車に戻った。慌てて後を追ったケンは歩道の
脇のブロックに足を取られ危うく転倒するところだった。
 車は一旦支局の駐車場の前まで戻ると、今度はそれを横目に見ながら街路樹
をサイドウインドゥに滑らせ、ポリスカーのサイレンや若者たちの哄笑渦巻くメガロ
ポリスの喧騒を後にした。
 郊外の一本道は時折小さく民家の灯りが灯るだけで、ポツリポツリと間隔を置い
て現れる水銀灯がやがて途絶えると、車はヘッドライトの灯りだけを頼りに夜の道
を進んで行った。
 エンジンの音以外何も聞こえない深と静まり返った辺りは、勿論、人の気配など
無い。
まるでフロントガラスから見える目の前の僅か数メートル四方が、世界の全てのよ
うな気がしてなんとも言えぬ薄ら寒さを覚える。
「どこまで行つもりだ?」
「地の果てまでさ」
「バカ!」
 そんな心細さを知ってか知らずか、演出効果満点でジョーが言う。思わず声を上
げたケンに片手でダッシュボードの煙草を探って、ニヤリと笑った。
「願いに一番近い所さ」
「願いに?」
 意味を解せずケンは言葉を留める。車はまだ終わらない一本道を、速度を落とす
ことなく走り続けている。

「着いたぜ、ケン」
 どれくらい経ったのだろう? 肩を揺すられて、ケンはうつらうつらと微睡んでい
たことに気が付いた。
「どこだ、ここは?」
 車の中で頭を巡らす。前後左右のウィンドウから見える限りに建物はない。高い
樹木も見当たらない。暗闇に目が慣れてくると、広い地面に緑の絨毯が敷き詰め
られているのが見えた。草原だろうか?
「いいから降りろよ」
 言ってジョーが手の中に寄こしたのは、バックシートに乗せてあった紙袋だった。
何だ?と中を探るとポケットサイズのマッカランが2本入っていた。
「こんなものいつ買ったんだ?」
「おまえが、眠ってる間にパッケージストアを見つけたのさ」
 えっ?・・・・既に民家一軒無さそうなこの寂れた場所でか?という疑問は後回し
にして、ケンは自分が微睡むどころか熟睡していたことに気づいた。日頃から、た
とえどんな些細な気配にも目覚めることのできる敏感な感性を養っているにも拘
わらず、ジョーの側にいると無防備に安心しきっている自分がいることを知ってケ
ンは苦笑した。
「不覚・・・だったな」知らずと呟く先からジョーの声、
「何だって?何してるんだ?早く降りて来いよ」
 あ・・ああ・・・、即されてナビシートを出る。常夜灯一つない闇の中にヘッドライト
の灯りがやけにくっきりと浮かぶ。
「畜生!コートを着てくりゃよかった!」
盛大なジョーのくしゃみを聞きながら紙袋を抱えて車を出ると、なるほど外は随分
と冷え込んでいる。薄手のダウンジャケットでは心もとないと、ケンもブルゾンの
ジッパーを首まで引き上げた。12月も後僅かか・・・・、吐く息こそまだ白くはない
が頬に触れる冷たさに思わず人肌が恋しくなる。ぶるっと震えた肩を縮こめると、
ジョーの手元で操作された信号をキャッチした車が、スッとヘッドライトの灯りを落と
した。一瞬、暗闇の中に取り残されたかと思ったが、しかし、辺りが闇ではないの
に気づいて何気なしに夜空を見上げたケンは絶句した。
 星、星、星、星・・・・、見渡す限りの星の海、地平線の果てまで埋め尽くしてい
る。
「本当に地の果てだな・・・」
 見上げたまま暫く瞬きもせずに広大な宇宙に圧倒される。寒さも忘れて立ち竦ん
でいるケンの手から紙袋を取って、ちゃっかりマッカランを1本抜いたジョーは
キャップを空けるのももどかしく、40度のシングルモルトを喉に流し込んだ。
 そして「こうやるんだ」と言って地面に寝転がった。言われるままにケンもその隣
に身を横たえる。草原のベッドは柔らかかった。が、その感触を覚える前にケンは
息を飲んだ。
 じっとしているはずの身体がふわふわと浮きだして、星の中に吸い込まれていく
ような錯覚を覚える。まるでベッドで愛撫に身を委ねている時のように、
「ジョー!」
 思わず声を上擦らせる。
「凄いだろ」
「ああ・・・」
 それきり言葉はなくなった。
 
 傍らを行くのはM42(オリオン)、それともM45(プレアデス)・・・・、
 フットと意識が実態を離れた隙に、瞬く間に加速する、ペルセウスを望み、グレー
トウォールを漂流する。M31(アンドロメダ)、M104(ソンブレロ)・・・・、
 時空を渡り、無辺の漣に誘われていくその果ては無い・・・・、

 一頻り感動に打ちひしがれた瞳をふと横に向けると、そこには水を湛えたような
色をした美しい惑星があった。
 ジョー・・・、おまえの瞳に地球が見える・・・・、
 ケンはそっと接吻けた。
 その時、一つ、瞬きの合間に星が流れた。
「あれじゃ、とても3度は無理だ」
 接吻けの余韻を残すようなケンの吐息に、こいつは本当に3度唱えられるつもり
でいたのだろうか、とジョーは訝しがる。しかし・・・、いったい何を?
「ケン、おまえの願いってのは何だ?」
 問われてケンは即答する。
「平和さ」
見据えた瞳に躊躇はない。小さなボトルの口を唇に押し当てたまま、ククッ・・・と
ジョーが笑う。
「なんだ?」
「いや・・・、おまえらしいなと思って」
「ならば、ジョー、おまえの願いを言ってみろよ」
見つめられたまま問われて、ジョーは少し照れたようにして唇の端で笑った。そし
て瞳を伏せた。
「平和・・・さ」
「なんだ、同じじゃないか」
「ああ、同じだ」
 ボトルに残った最後の一口を飲み干すと、ケンが今頃になって金色のキャップに
指をかけた。そして期待外れにがっかりしたかと思った予想に反して、
「そうだ・・・な、俺たちの願いは皆同じだ」
 噛み締めるかのように、至極当然のようにケンは頷いた。それが今の自分たち
の望みであり、戦うべく道標なのだと。しかし、ジョーは少し違っていた。
「星は・・・、祈るために有るんじゃない、星は、願いは掴むものだ。この手で」
 ジョーは一際強い光を放つ星に腕を伸ばした。そして掌に収めるようにして指を
閉じると、引き寄せてケンの胸の上で、そっとその5本の指を開いた。
「俺にくれるのか?」
 向き合ったケンの瞳が大きくなった。
 ジョーの唇が薄く笑った。
 俺の願いは、おまえの願いが叶うこと・・・・、だが、その唇は決して本心を告げる
ことはしない。
「なぁ、今度オーナーの店に行く時は、何かお祝いを持って行かなきゃならねぇな」
「そうだな・・・、何がいいかな」
「よし!マッカランの15年ものでも奮発してやるか、おまえの役職手当で」
「何で!誰の役職手当だって!」
 冗談じゃない!自分はプラス?など貰った覚えは1度たりともない、それに酒を
止めろと言ってやるんじゃなかったのか・・・と、抗議の言葉と共に身を起こすと、
草原についたケンの腕を掴んで、ジョーは可笑しそうに笑った。
「だって、俺はオケラだぜ」
「俺だって!」
 では、やはりここはオーナーに禁酒を勧めるのが得策かと、可愛い孫娘のため
にも・・・、とのケンの提案に、だがジョーは渋面を向けると、ことのほか説得力の
ある声で言った。
「酒飲みに酒を止めろと説教するほど、愚かなことはないんだって、知ってるか?
ケン」
「おまえに火遊びを止めろと言うのと同じくらいにか?」
 至って真面目な顔で、すかさず返したケンに「この野郎!」とジョーの拳が鼻先を
掠める。咄嗟に仰け反った背中をそのまま又草原につけて、アハハ!と笑ったケ
ンの声が、気温の低い澄んだ空気の中に輪唱のように響いた。
「車と、煙草と、女・・・・、ジョーには必需品だな」
 からかうケンに「ふん・・・」と鼻を鳴らしたが、ジョーは否定しなかった。そして、
「もう一つ、あるぜ。いや、もっと必要なものがな」
 腕を枕に星空を見つめるジョーは、アルコールが回ったのか微かだが頬を紅潮さ
せた。
「へぇ、もっと必要なもの?」
 何だ?と問うケンにジョーは唇の端を上げて、見慣れた微笑を漏らすだけで答え
ない。
「食い物か?」
 そりゃ、おまえだろ!
「ケン、おまえの想像力って貧困なのな」
「人間が生きていくには必要なことだろう、食欲ってのはさ」
「・・・・・、そりゃそうだが・・・」
「何だよ」
「何でもねぇ」
 空には銀河降りしきる満天の星、心地よいアルコールの誘惑、だが、隣にいるこ
の鈍感にはロマンティックって言葉は通用しねぇ。
 それもまた、おまえらしい・・・・、ジョーは、そして今度もそれを口にしない。
 
 流れ星、願い星・・・・、けれど、
 願いはこの手に掴むもの、
 ならば、想いは唇に告げるもの・・・、 

シングルモルトに淡く熱るケンの頬に、ジョーはそっと指を触れ、目を閉じた。




               To be continued



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