Scandal Moon 2

危険手当と役職手当の行方

by トールハンマー

 夕立の後のアスファルトの上に、何故だか懐かしい砂の匂いがした。
 うすずみ色の雲の残った空には、まだ太陽はぼんやりと掠れて見え、僅かながらに下がっ
た気温が、それでもうだるような暑さを一時凌がせてくれている。
 市街地を見下ろすように丘の上に建った郊外の家は、普段なら風通しもよく夏の盛りでも
エアコンを必要としないほどだったが、ここ数年のオゾン層の破壊がもたらす温暖化のせい
だろうか、この夏は酷く過ごしにくい。
 ・・・・・少しは地球のことも考えろよ。
 V2計画の後遺症ばかりとはいえない有様に憂鬱になる。
 それでも、急速に復興を果たした街は曲がりなりにも平穏を取り戻した。そして空は健気
なほどに青い。今は夏だ。
 開け放しにしたままの窓から降り込んだ雨が、床に置いたエバーグリーンの葉にキラキラ
と小さな表面張力の宝石を無数に輝かせている。
 そっと壊さないように手を伸ばすが、指の先に乗るとすぐに一筋の細い糸流となって手首
から滑り落ちた。
 ふぅー、と唇をついて出るのは溜息。
 ケンは肩に巻かれた白い包帯を忌々しげに見た。
 休暇は早、3日目を過ぎようとしていた。
「ちぇ、ツイてないよな。まったく・・・・・、」
 1年ぶりか?、いや、2年ぶりだろう。何の気紛れか突然与えられた南部博士からの特別
休暇を、前日までかかった任務で負傷してしまったケンは、皆がそれぞれに楽しい計画を
続行中の中、一人、家に取り残されねばならなかった。
「あーあ、」
 今起き上がったばかりのベッドにまた、ゴロリと寝転がる。
 ジンペイは確か大きなリュックをバギーに乗せて、例の如く秘境探検だとか言っていた
っけ?。
 出掛けに見舞い代わりにと置いていったのが宇宙考古学の本だった。開いてみるとジャ
ングルの熱帯雨林に囲まれたピラミッドの写真が載っていた。
 ジュンはバイク仲間とツーリングに出かけ、リュウはヨットを借りてカリブ海クルージ
ングと洒落込んだらしい。ジョーはというと、これは聞かなかったがジンペイの話だと、
初日の朝早く愛車をとばして早々にユートランドを離れたという。
 友達がいのない奴だ。俺がしぼんでるってのに・・・・・・・、
 ケンは自由になる方の腕だけを枕代わりに頭の下に入れ、雨の上がった空を眺めた。
 遠くのビルとビルの間にくっきりと掛かった虹は目にも冴えて美しいが、今はそれさえ
恨めしい。

 コン、コン・・・、ノックの音?。
 いつの間に寝入ってしまったのだろう、昼過ぎに食べた朝食?後に飲んだ痛み止めの薬
のせいだろうか。その間に、外はすっかり黄昏ていた。
「ケン、いるんだろ?。」
 今度は声がした、ジョーの声だ。  ・・・・・戻って来たのか、あいつ。
 おぼつかない足と、はっきりしない覚醒のままドアに向かう。
「どうした、早々にご帰還か。」
 少々嫌味を込めて言ってやると、ジョーはジロリと睨めつけて無言で玄関を入ると無言
で後ろ手にドアを閉め、無言のまま部屋までやってきた。そして持っていた赤と緑の刷り
文字の入った紙袋をテーブルに置くと、小さく溜息をついた。
「いったい、どうしたんだ。」
 尋ねると尚も口を閉ざしたジョーは、窓辺に寄り添いジーンズのポケットから煙草を出
して火を点けた。
 遠くで街の喧騒が聞こえる。
「ジョー?、」
 呼ぶと視線だけがこちらを向いた。
「いいものが手に入ったぜ。見てみろよ。」
 ぶっきらぼうにやっと口を開いたジョーの言葉に紙袋の中を覗くと、ワインが1本とナ
チュラルチーズの包みが見えた。
「へぇー、旨そうだな。」
 鉛を巻いた首を掴んで引っ張り出したワインのラベルは、白地に金色の月桂樹のクラ
ウンと“2000”の飾り文字が描かれていた。
「ミレニアムじゃないか、よく手に入ったな。」
 驚いて見せるケンに、ジョーは煙草を吹かしながら無表情に答える。が、
「飲むか、グラスならあるぜ。あ、でも少し冷やさないといけないな」と、怪我のせい
で南部博士からきつく禁酒を言い渡されているにも拘らず、ボトルを持っていそいそと
キッチンに向かうケンを目で追いながら、「俺のせいじゃないからな」と、目を伏せた。

「で?、車、どこまでとばしたんだ?。」
「ああ?、行き先なんて決めてなかったさ。」
 ワインを冷蔵庫に入れて戻ってきたケンは、そう尋ねながらも、ジョーの行き先より
もワインクーラーがないのを気にしていた。
「そんな上等なもの、あると思っちゃいねぇよ。」
 そして、そう答えるジョーに「どうせ!。」と口を尖らせる。
 その表情がついさっきまで一緒だった女の顔と重なって、ジョーは軽い目眩を覚えた。
 それを悟られないよう、煙草を消す振りをしてテーブルに向かうと、そのままソファ
に腰を下ろした。
「宇宙考古学?、何だこれは」
 クッションの下から探り出した本を見てジョーは言った。
 おまえが読むのか?
「ああ、ジンペイの見舞いだ」
「けっ、また飽きもせずに怪物探しか。雪男で懲りたろうに、今度は何だ。」
「密林に聳えるピラミッドだそうだ。」
 身体を屈めてジョーの繰っている紙面を「これだ」と指で示す。
「ピラミット?、ミイラ巨人か?、進歩のない奴だ。」
「怒るぞ、“男のロマン”をそんなふうに言うと、あいつ。」
 髪を払いながら俯いていた身体を起こそうとした時だった。やにわに腕を引かれ、ケン
の身体はジョー諸共ソファに倒れ込んだ。
「何を!、ジョー。」
 肩を庇いながら抗うケンの唇をジョーは強引に奪った。
 戸惑いに見開かれた瞳、仰け反らせた白い首筋、ジョーは乱暴にケンの肢体を押さえ
込んで唇を這わそうとした。
「やめろ、痛っ、痛い。ジョー!、肩だ、肩。」
 悲鳴のように掠れたケンの声に、胸をさ迷っていた唇が離れ、ジョーの腕は一瞬力を
失った。
 だが、ケンはその隙を狙って身を躱わすことはしなかった。
「悪い冗談だ、女にでもフラれたか。」
「ククッ・・・、鋭いな。やりそこなっちまった。」
「なら、俺じゃ代わりにはならないだろうが。」
 笑ったケンの顔にジョーも苦笑する。そっと乱れたシャツの下を覗くと白い包帯が見
えた。
 ジョーは、ゆっくりと身体を落とすと優しくそこに接吻けた。
「じっとしてろよ、何もしない。」
「信用できるか。」
 プイと背けた子供のような横顔にジョーは、またククッと笑った。
「ここは涼しいな、夏だと言うのに。」
「ああ、夜になるとな。」
 ケンは力を抜いて青いTシャツに絡めていた指を解いた。重なり合っている熱いはず
のジョーの身体が、やけにひんやりと感じられて気持ちがいい。
 気がつくと窓の外にはいつの間にか、月。
 喧騒に混じって聞こえるサイレンの音。
 ・・・・・事故?、また何かやらかしたな。
 強盗、恐喝、殺し、この街に犯罪は後を絶たない。ドラッグとイリュミネーションが
作り出す夢に惑わされ、成功という甘い囁きに酔いながら人は罪を重ねていく。
 金と地位と権力のため、女と男とSEXのため、連ねられる新たな欲望と繰り返され
る新たな死。それでも今は平和だ。
「どうした?。」
 訝しげに今度はジョーがケンを呼ぶ。
「何でも・・・・、」
 瞳を閉じたケンの睫が月明かりに影を落とす。
「重いか?、」
 僅かに頭を上げてジョーが尋ねると、唇がまた間近になる。
「いいさ、ワインが冷えるまでなら。」
 青い瞳が穏やかな眼差しでジョーを見た。
 そして、それは澄んだプルシャンブルーの湖に溶けるようにして重なった。
 心なしか自分を抱いている腕が力を込めたような気がして、ケンは息を詰めた。

「ケン・・・・、」
「ん?、」
「エアコン買えよ、ここ、いくら涼しいからって窓を開けたままじゃ、これ以上何も
できやしねぇ。」
 Scandal Moon・・・・・、
 窓の外には、ドラッグとイリュミネーションが作り出す仮初の夢。
 薄い月は謎めいて、もどかしそうにとどまる指先。

 やっぱり何かする気だったんじゃないか!、
「ジョー、俺、今月の役職手当、セスナの維持費に使っちまったぜ。」
「それがどうした?、俺だって危険手当、ワインに使っちまったんだぜ。」
 静かな夜。眠らないはずの街のさざめきが消えていた。
 その代わり、傍らでジョーの寝息が聞こえ始める。
 シャツの襟元にかかる微かなその息づかいに、ケンはくすぐったいと身を縮めた。
 Scandal Moon、仮初の夢・・・・・・、
 それでも人は幸せだろうか?・・・・・・、

「ジョー、」
 眠ってしまったジョーに微睡みながらケンが耳打ちする。
「俺、絶対エアコンは買わないからな・・・・・・・、」
   Scandal Moon、窓の外の薄い月。
 それでも人は幸せだろうか・・・・・・、
 それでも人は、幸せだろう・・・・・・、


           To be continued



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