Scandal Moon 2005

by トールハンマー




The last day of the year
雪降る夜に・・・


「ケン! 冷蔵庫が冷えてないぞ、コンセント抜けてるんじゃないか」
 ピカピカにワックスをかけたG2号機から、大きな紙袋と缶ビールの箱を3つも抱えて
家にやって来たジョーが、キッチンで第一声を上げた。
「そんなことはない。さっきまではちゃんと冷えてたぜ」
 ニューイヤー・イブ。一応は部屋の片付けもしておかないとと思い、デスクの上やベッ
ドの下に埋もれた雑誌やガラクタを整理していたケンが言う。
 狭い家なので寝室からキッチンまで、さほど大声で叫ばなくてもよく聞こえる。それで
もジョーは大声を上げた。
「痛ってぇ! ぶっ潰れてんじゃないのか!!」
 慌ててキッチンに走ると、床に座り込んだジョーが顔を顰めて指を咥えていた。
「何したんだ、おまえ」
 と聞きながらも察しはついた。ボトル室の引き出しに人差し指を詰めたのだ。
「様ぁないな」
「煩せぇ!」
 怒鳴られてケンは首を竦めた。
 冷蔵庫を見ると、なるほど真っ暗で電気がついていなかった。が、コンセントはしっか
り差し込まれている。原因は?・・・・、
「故障だな」
のほほんと答えるケンに、ジョーはいきなりキレた。
「んなぁことはわかってる!!」
上段から吠えるジョーに、だが、ケンも負けてはいない。
「怒鳴るなよ!!」
 持っていた雑誌をバンッ!と派手な音をたてて足元に貼りつかせた。逆ギレというやつ
だ。
 今度はジョーが首を竦める番だった。こういう時はヤバかった。かなり機嫌が悪いの
だ。無理もない、ここ数日、停滞気味の戦線に上からの言動は厳しいものがあった。
疲れているのだろう。そう思って、ジョーは昨夜も早めに切り上げたのだった。が、ここ
はどうしても引き下がれない訳があった。
「なぁ、ケン。ちょっとここに座れ」
 ジョーは床を指差した。
「何だよ」
「いいから! 話がある」
 改まって、いったい何だって言うんだ・・・と、仏頂面をしながらも傍らに腰を下ろし
たケンの肩にジョーは腕を回す。
「今年のカウントダウンはここでしようって言った、俺との約束を、まさか忘れちゃいな
いよな?」
 額に縦ジワ。ケンは視線を明後日の方向に向けて首を傾げた。
「今年最後の夜を二人で飲み明かそうって、俺がしこたまビールを買い込んで来るから、
おまえがチーズとクラッカーとピッツァを用意する」
「そんな約束したっけか?」
 ケンは顳?に手を当てて考え込んだ。事実、ここ数日、始末書、もとい、報告書の書きす
ぎで頭がパニック状態だったので記憶が定かではなかった。
「しただろ!」
 ここぞとばかりにジョーが言う。しかし、
「悪い、覚えてない」
 ケンは言った。
 当然だ、そんな約束はしていない。実は年末の防犯パトロールにトレーラーハウスが定
住の公園から追い出されてしまったのだ。仕方なく近くの駐車場に料金を払って突っ込ん
だものの、まさかニューイヤーをそんなところで迎えるのだけは遠慮したい。
 転がり込む女のところがないわけではないが、それはそれで後が面倒だ。だから、
「覚えてなくても、したんだ。いいか、ケン、約束ってのは守らないといけないと、ガッ
コの先生にも教わっただろう?」
肩を掴んで言い聞かす。覗き込んだ瞳を、ケンは気まずそうに逸らせた。
「ジョー、俺、チーズもクラッカーもピッツァも買ってない。すまん」
 半信半疑ながら、それでも反省した様子で、ぼそぼそとケンが言った。
その意外といえば意外だが(−いや、もともとケンは素直というか、騙されやすいという
か、生真面目な性格なのだ−)、しおらしい反応にジョーは唇の端を上げる。なかなか可
愛いところがあるじゃないかと、少々良心の呵責に苛まれながらも内心北叟笑んだ。
「あ、いいさ。それも俺がついでに買って来てやったから」
 チーズとクラッカーとピッツァは、さっきスーパーの“歳末売りつくしセール”で買っ
た品だ。
「ジョウ・・・・」
おまえはいい奴だな・・・、青い瞳が心なしか潤んでいるように見える。きっと腹を空か
せているだろうと読んだジョーの作戦は成功した。だが、
「気にするな、それよりジュンを呼べ」
その言葉に、しおらしかったケンの表情が一瞬にして変貌する。
「なんで?」
だが、その問いには言わずもがなだ。
「冷蔵庫を修理しなきゃならないだろうが! 今からじゃ修理屋は無理だ。危険物の処理
とメカはジュンの担当だからな」
「ちょっと待てよ、ジョー」
 体勢を立て直したケンが口調も厳しく聞き慣れた、だが、あまり耳にしたくない低音で
言った。
「冷蔵庫なんてどうだっていいだろう! 食事なら外に食べに出ればいい。飲み明かすな
らパブに行こう、その方がこんなところでニューイヤーを迎えるよりずっといい」
 ケンは断固として反対した。ジュンなんかを今家に入れれば、これから夜通しかかって
大掃除に取りかかるに違いない。いや、それよりなにより、
「女のジュンに冷蔵庫の修理なんか頼めるか、情けない」
「んなこと言ったって、俺たちには直せないんじゃ仕方ないだろ。それに、おまえジュン
のことを、“女”だなんて意識したことあんのかよ」
 言われてケンは口篭もった。そして、
「お、俺だって、ちゃんとジュンを女として見てるさ」
 と抗議するが、言葉が覚束ないのは自信がないからだ。
「じゃあ、口説いてみろよ」
「えっ?」
ジュンをか?・・・・と、当然のことを聞き返す。
「そうだ、上手くいってキスまで奪えたら、今年のJUNのツケ、全額俺が払ってやる」
思いもよらないジョーの挑発的な言葉だったが、この時、既にケンの頭からは故障した冷
蔵庫のことなど飛んでいた。

 目と目が合った。
ジョーのプルシャンブルーにケンのスカイブルーが混成する。
 瞳の奥に光るのは、細く尖った月のような妖しい策略の光。

「本当だな」
「男に二言はない。それにレストランもパブも、もう今日は休みだ。ともかくジュンを呼
べ」
「わかった、男に二言は、ないな?」
「しつこいぞ。だが、その代わり! ダメだったら」
「その時は、俺がおまえのツケを払ってやる」
 売り言葉に買い言葉か、渡りに船か、行き掛り上か? そうして賭けは成立した。
 JUNのツケは貯まりに貯まって優に給料の3ヶ月分はある。役職手当を足しても追い
つかない。ケンはポケットの中にあった請求書を、ここぞとばかりに握り潰した。
 そして、坊やなケンに女が口説けるもんか。これで晴れて懐も暖かくニューイヤーを迎
えられるってもんだ。ジョーは早々、臨時収入の恩恵にこうむって、ボーナスの優雅な使
い道に思いを巡らせた。
「G3号、G3号、応答せよ」
ケンが呼びかける。

 ブレスレットのコールライトがルーレットの球。さあ、賭けは始まった。
 勝利の金貨を手にするのは果たしてどちらか? 
ディーラーは息詰まる興奮を掻き立て、赤と黒の勝敗をその手に握る。

 ところが、
「こちらG4号」
期待外れな返答が返った。ケンとジョーは顔を見合わせ眉を寄せ合う。
「なんだジンペイか、ジュンはどうした?」
「いるわけないじゃん。ブレスレット外してボーイフレンドとカウントダウンパーティー
に行っちゃったよ。オイラもこれから彼女と出かけるところさ。なーんだ、兄貴、こんな
日に一人身かい? 気の毒にね」

 ディーラーは息詰まる興奮を掻き立て、赤と黒の勝敗をその手に握る。

「と、いうことだ」
 ジンペイの言い様に苦笑しながらも、ブレスレットを切ったケンが「残念だったな」と
肩を竦めた。
 ジョーは無言で溜息をついた。
 ビールは床に並んでいた。
「あ、おい! ジョー、見てみろよ!!」
 突然ケンが声を上げた。見れば窓辺に雪、覆い尽くすように降っている。
「奇麗だ・・・」
「けっ、何をガラにもねぇこと言ってやがるんだか。ビールはどうするんだ!」
「心配するな、この調子だと直ぐに積もるさ。そしたらビールを冷やそう」
「えっ?」
「スノーマンの目玉に埋め込むんだ」
「おまえなー、そんな悠長なこと俺はご免だぜ。スノーマンより文明の利器だ。俺は早く
ビールが飲みたいんだ!」
飲めないとなると、それはそれは殊更に飲みたい。地団駄を踏むジョー。それを横目に窓
辺に佇むケンの微笑。
「ジョー、2005年は後僅かだが、夜は長いんだ。やることはいろいろある」
 ・・・・えっ?
ケンの言葉に、思わずジョーの“身体”が反応する。

 見つめ合ったプルシャンブルーとスカイブルー、
 混成した瞳の奥に、細く尖った月のような妖しい・・・・、

 いろいろって、男二人でこんな夜にやることといえば・・・・、
床に並んだ温いビールを、ジョーは煽った。
薄っすらと笑ったケンの唇に宿るのは、挑発か? それとも?
だが、
願わくは、
今宵、名残の夜。
雪に塗れたニューイヤー・イブ、
せめて、ビールが冷えるまで、ブレスレットのコールが鳴らぬよう・・・・、
そっと腕を伸ばし、ジョーは、ケンの髪に触れた。



To be continued



 


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