SUMMER SUMMER SUMMER

by トールハンマー Art by ゆうと・らん

SUMMER SUMMER SUMMER
それはとても気持ちのいい夏の朝だった。
顔を埋めるプレスの効いたピローケースの周りで微かに芳香するウッディグリーンは、夕
べ使ったシャンプーだろうか?それとも、外気に含まれる自然の樹木の匂いだろうか?
昇り始めた太陽はまだその放熱を朝靄の中に抑えながらも、一条に走る光の触手をベッド
の上に伸ばし始めているが、開け放たれたままの窓から吹き込む風が、カーテンを、まる
でセイレーンの手招きのように揺らしながら、頬や髪に優しく触れるのを感じながら、う
つらうつらと微睡んでいることの、なんと気持ちのよいことか・・・、
ここは標高が高いせいで昼間でも気温が低い、連日の強化カリキュラムで心身共に疲れな
がらも、猛暑の熱帯夜にすっかり寝不足気味のケンは、夕べはとうとう我慢できずに、真
夜中にこっそり訓練所のフラットを抜け出し、ここにやって来たのだった。
シャワーを浴びて髪を乾かすのもそこそこにベッドにひっくり返えると、ひんやりと冷た
いシーツの肌触りがたまらなく眠気を誘い、エアコンをつけずとも直に寝入ってしまった。 
普段はパジャマの下だけをつけ上掛けもかけない状態だが、今朝はタオルケットを羽織っ
ていてもいいくらいだ。
ベッドの上にキラキラ弾ける陽光(ひかり)の欠片は、ケットからはみ出したケンの肢体に
も金砂のように塗れている。それは寝返りを打つ度に肩や髪から零れて落ちた。
今日は・・・講義は午後からだったはず・・・・、それまでにレポートを仕上げなければ
ならない、テーマは「戦場における情報量と内向心理」
うざったい・・・と漏らす唇がピローを落ちてシーツにキスをした。と、ふいに首筋に冷
たいものが触れた。ビクッと咄嗟に身を起こして右手でそれを掴む。
「寝込みを襲われたら、一遍にアウトだな」
そう言って手首を握られたまま白衣を着た男が笑った。目の前に銀色の見慣れたステンレ
スのペンがあった。
「プロなら拳銃を相手の身体に触れさせたりはしないよ」
「なら、尚更だ。私が部屋に入って来たのも解らなかったんだから」
「あ・・・」
言葉を詰まらせてケンは唇を引き結んだ。
「ここのセキュリティーは完全だから・・・」
つい言い訳が口をついて出たが、
「おい、待てよ!ドクターはなぜここにいるんだ? パスワードとアイカラーを登録した
のか?」
 驚き顔のケンを上段から見下ろして、男は銀色のペンを白衣のポケットにしまった。そ
の胸元には同じステンレス製の、ISOと刻印されたエリートの象徴のようなネームプレ
ートが付いていて、TACHIBANAと彼の名が刻まれている。
「ああ、ついさっきね。南部博士の命令で君の身体を診察するために」
腰に手を当てて彼は、そして、やんわり付け加えた。
「しかし、それを言うなら君だって、何故こんな所にいるんだい? まだ1週間は訓練所
のフラットにいるはずじゃないのかい?」
 あっ!・・・とケンは思わず下を向き、タチバナはフフンを意地悪く笑った。彼は博士
の命令だと言った・・・ということは自分が無断でフラットを抜け出したことを南部は知
っているのだ。
「俺はどこも悪くない・・・・」
 バツが悪くなって俯いたままでケンが言葉を落とした。それを眺めてタチバナの口元が
また緩む、これは南部の甘さか優しさか?それとも嫌がらせか?「規律を守りたまえ!」
と面と向かって注意するよりケンには余程応えるはずだと。
「夏バテを侮ってはダメだ」
「ぐっすり寝たら直ったよ!」
 ぶっきらぼうに言って口を尖らせるケンに、タチバナは腰に当てていた手を伸ばして素
肌のままのケンの肩に触れてシーツに沈めた
「なら、診てみよう」
 そして、聴診器も使わずに掌で心音を確かめた。
「うん?どうしたんだ、この痣。この間診た時はなかったぞ」
 一通りの手順で健康状態を確認した後、タチバナはケンの左の肩の裏に、もうかなり小
さくはなっているが紫色に変色した部分を発見した。
「受身に失敗したんだ、畜生!あのトレーナー、大男で・・・・」
言い終わる前にケンの身体はひょいとひっくり返された。
「言い訳をするな、敵が優男ばかりとは限らない」
スプリングに軽くバウンドして上を向いた背中をタチバナは慎重に点検した。しかし、脇
や腕、背骨を沿って動く手にケンは不平を言う。 
「おい、打ったの肩だぞ、そんなところはなんともない」
「医者は私だ、君は黙っていろよ」
言いながら手は背骨を沿ってもっと下に下がっていく。腰の辺りを過ぎたところで耐え切
れずクッとケンが身体を捩った。
「擽ぐったい!」
抗議した口は怒っているが、頬が羞恥に少し赤らんでいる。
それを面白そうに見ながら今度は仰向けて首の筋肉を点検にかかる。寝乱れたままの髪を
丁寧に払って、形のいい長い指が少しだけ力を込めて首筋に当てられ、ゆっくりと移動し
ていく。
「起きて」
 言われるままに上体を起こすと、頬を掬った手が左右に頭を動かした。
「痛くないか?」
「なんともないよ!」
 癖なのか文句を言うたびに口を尖らせるケンに小さく溜息をついて、タチバナの手が今
度は首の後ろに回った。接近した彼の規則正しい息遣いが間近に感じられ、白衣の消毒薬
の匂いと微かな柑橘系が・・・オーデコロンだろうか・・・香った。
そしてふと目を遣ったネクタイを締めた襟元に見え隠れする、赤い花びらを散らしたよう
な小さな内出血の痕を見つけて、ケンは思わず目を反らせた。
ドクターも白衣を脱げば普通の男なんだな・・・・、当たり前のことなのに変に納得して
しまう。
と、突然、指が脇腹をツツッと滑り下りた。うっ・・・!と息を詰めて膝の横でシーツを
握りしめる。クックッとタチバナが喉を鳴らした。
「からかってるのか、やめろよ、こんな治療があるかよ!」
「ケン、君は幾つになった?」
 自分の文句など知らん顔で関係のない質問をするタチバナに、ケンは眉を寄せながらも
「15だよ!それがどうかしたのか」と少し息を弾ませた。
「それなら、そろそろ覚えてもいい頃だ」
「何を?」
 と問いかけて、ケンの目は再び彼の首筋に残る花びらを捉えてしまった。それはさっき
よりも赤く色づいて見えて酷く艶かしかった。カッと頭に血が昇った。逃げるように反転
してベッドを離れようとした身体を、だがタチバナの手がしかと留めた。
「別に、珍しいものじゃない」
 ネクタイを緩めると彼は襟元のボタンを1つ外して花弁を露にした。そしてさっきと同
じようにシーツに沈めたケンの肩を抑えて、上気した顔に唇を近づけた。パニック状態の
まま接吻けられて、ケンの頬はますます火照り頭はますます混乱した。
「瞳孔拡散、心悸昂進、脈拍数増加・・・・」
 思考力一時停止・・・・、分析しながら、タチバナの指が胸を這っていく。「やめろよ
!」と叫ぼうとした口が突然の感触に言葉を飲み込んだ。啄ばまれて堅くなった小さな突
起が痛かった。
「ふ・・・巫山戯るなよ!」
「巫山戯てなどいない」
 聞き慣れたはずの声がいつもより低めのトーンで発した。それが妙に真剣でケンは一瞬、
動きを止めた。
「俺を抱くのか?」
「ああ・・・」
 絡まった視線もそのままにタチバナはケンを抱きしめた。身じろいだ身体がSOSを発
するように心音を高鳴らせた。それはタチバナの着衣の胸にもはっきりと感じ取ることが
できた。
「ケン・・・」
 薄いノンフレームを外して耳元で甘く囁くとケンは眉を寄せた。だが、もう抵抗はして
いない。
 好奇心・・・かな?と多感な思春期の少年に「求めよ、さらば、与えられん」と呟いて
みたが、その言葉が自分自身の手向けだと知って、タチバナは苦笑した。
 窓辺で揺れていたセイレーンの手招きが、いつの間にか止まっていた。
 背中を反らせてその行為に耐えていたケンの口から、とうとう耐え難い声が洩れた。痛
覚を刺激されながらも、今まで感じたこともない快感に翻弄され、潤んでしまった瞳から、
ツーゥと悲しくもないのに涙が流れた、それを指で拭いながらタチバナが赤く色づいた唇
を二度啄んだ。
「辛いのか? 悦いのか? どっちだい? ケン・・・」
尋ねられるが、首を振るばかりで答えることが出来ない。
「あ、あぁ・・っ・・・」
反応してしまう身体が恥ずかしくてたまらないのに、どうすることも出来ず、悔しくて唇
を噛むと、彼の手が優しく頬に触れた。
「こんな時は人間、皆同じ反応を示すんだ。自我とは関係なくね、恥ずかしがることじゃ
ない。触れられれば感じる、当然のことだ、解るね。ケン」
彼は、まるで診察室で患者に接するような口調で言った。
それでも、ケンは唇を噛む。が、タチバナの指が巧みに弄むると、それも長くは続かない。
頭の中にボーと靄がかかったようで、何も考えられなくなる・・・・戦場における情報量
と内向心理・・・・所有する情報量は作戦成功率に・・・比例する・・・と共に・・・、
ケンは辛うじて残っている思考能力を駆使して、失われようとする自我を繋ぎ止めよと呟
く唇を震えさせた。
限界が近かった、意思とは関係なく腰が浮き、それが何を求めるものなのかも解らないま
まケンは昇りつめていく自分を感じていた。
不意にタチバナの身体が離れた。
「あ・・・・」
 思わず離すまいとその身体に巻き付けそうになった腕を我慢して、きつくシーツを握り
込む。その様子を満足げに観察しながら、彼はケンの手を絡め取って自分の首に巻きつけ
た。
「ドク!・・・・」
クッと喉で声を殺しながら、たまらずにもう片方の腕を伸ばしてケンは彼の身体に縋りつ
いた。
「爪を立てるんじゃない・・・ケン、わかったから・・・」
白衣の上からでも痛みを感じるほど、ケンの指が彼の背中に爪立った。
「ドク・・・あ・・、や、はや・・く・・・ああぁ・・・」
ケンには自分が何を言っているのか解らなかった。口から出る単語は意味を成さず、震え
る唇の上で消失した。
心臓がバクバクして胸が熱い、だがもっと熱い場所がある。そこを何とかしたくて、だが
手を伸ばすわけにもいかず、どうすればいいのか解らなくて、ケンは焦れた。
「ちょっと力を抜いて呼吸と整えろ」
な・・・、で、出来るか! こんな時に無理なことを強いる医師にケンは潤んだ瞳で訴え
た。しかし、今は言うとおりにする他なかった。腕を緩めて無理やり腹部の力を抜くと、
少しだけ呼吸が楽になった。
ふぅ・・・と息をつく、が、離れた胸が空気に曝され冷やりとしたのも束の間、直ぐ様不
規則に上下し小刻みな振動を始める。タチバナが慎重に反応を確かめながら引き締まった
下腹部に浮かび上がった腹筋を唇でなぞっていく。
「ああぁ・・・!」
 ケンは弄されるままに任せて声を上げ、込み上げるままに身を捩った。
 窓からの風が汗をかいた身体に心地よかった。淡い色の半透明のカーテンが揺れている。
が、セイレーンはもういない。
「一応、ビタミン剤を用意しておくから、後で取りに来なさい。1日3回、食後に忘れず
きちんと飲むように」
漸く呼吸の落ち着いたケンの横に腰掛けると、タチバナは襟のボタンをはめネクタイを正
した。ケンはチラとそれを見て取ると返事もせずに顔を反対側に向けた。
「おい、聞いてるのか?」
「聞いてるよ」
 タチバナの白衣は所々皴になっていたが、薄いレンズの下の彼の目は涼しげで髪の毛一
本と乱れてはいない。それに比べて自分は額にべっとりと汗で髪を貼り付け、涙の跡すら
つけて・・・・、それがケンには、たまらなく腹立たしかった。
「ちゃんと言うことを聞いてくれないと困るんだよ、私は博士から君の担当を任されてる
んだからな」
 ソッポ向いたケンの顔を覗きこんで、タチバナはその額に乱れて落ちた髪を指ではらっ
てやった。優しい感触に閉じられていた瞼が微かに瞬いた。可愛いじゃないか・・・・と、
だが、タチバナが思ったのも刹那、
「食堂に朝食の用意がしてある、顔を洗ったら食べるように、いいね」
「・・・・・!」
「ケン?」
「もしかして、あんたが作ったのか?」
 ぐったりとベッドの上に伸びきっていた身体が、いきなり上半身を跳ね起こした。
「ああ、今日はマーサがいないからね、放っておけば君はシリアルしか食べないだろうし
・・・・」
「それで、ここに来たんだな!」
「何だ? どういう意味だ」
 メイドのマーサは、今日は朝から出かけていない。大きな身体に大きな白いエプロンが
トレードマークの彼女は子供の頃から母親代わりで自分たちのお目付け役だ。そのマーサ
の目がないのをいいことに・・・・というのがケンの推理だった。
「待てよ! 違うよ、私は博士の命令で! だから、パスワードもアイカラーも登録して
もらった。信用しろよ」
 怖い顔で睨むケンにタチバナは首を竦めた。だが、怯んではいない。指を伸ばして右の
鎖骨の下に出来上がったばかりの赤い花びらに触れた。気づいたケンの体温が上昇する。
「大丈夫、ちゃんとTシャツを着れば隠れる位置につけたから・・・・」
「フン、慎重なんだな」
「エチケットだよ、君も覚えておくといい。で、どうだった? 初体験は? まだ感想を
聞かせてもらっていないが・・・・」
「な・・・・!」
問われて耳まで赤くなって、ケンは瞳を丸くさせた。
 ククッ・・・・視野狭窄、血圧上昇、タチバナは満足だった。だが、
「SEXって、そんなに冷静でいて出来るものなのか?」
 好奇心旺盛な少年の質問は突拍子もない。
「さぁ、どうかな・・・」と軽く流してみるが・・・・、
「相手によるってことかな?」
 その言葉にギクリとする。私は本気だったぞ!・・・・と、今更ながらに自分の想いに
素直になる。
「感想は、じゃ、レポートを提出するよ」
 あっけらかんと答えたケンは、まだ少年のあどけなさを残す目許に、その余韻も艶かし
かったが、もういつものケンだった。
「レポート作成にジョーと試してみるものいいが、せめて、これが消えるまでは私のこと
を想っていて欲しいね」
 指でなぞるとその背がピクッと小さく仰け反った。遮ろうとする手首を掴み、そっと唇
を重ねる、差し入れられた感触に眉根が切なげに寄ったが・・・、
 脈拍数・・・・70、正常値?
 タチバナはケンが目を閉じていないことに気づいた。
「で・・・? これも博士の命令だなんて言わせないからな」
 唇を触れさせたまま、青い瞳が身じろぎもせず間近で見開いた。その迫力にタチバナは、
今度はちょっと、たじろいでベッドサイドから立ち上がった。
「なんで? 博士は君を診て来るようにと私に言ったんだよ」
そして、後退りながらもクスッと笑って言い足した。
「君の身体が男性として正常に発育を遂げているか・・・をね」
「・・・・・!」
 ・・・・突発性失語症、
「嘘をつけ!」
 ・・・・回復!
投げつけたピローは、だが、素早くドアに遮られ、タチバナの姿はもうそこにはなかった。
           To be continued


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