TARGET

by トールハンマー
Art by さゆり

 目が覚めたのは開け放した窓から聞こえる雨音のせいだった。
「ちぇ、ツイてねぇ。」
 ぴったりとベッドに重い身体を張り付けたまま、視線だけを窓辺に移す。
 小さな鉢植えに咲いたばかりの乳白色のサボテンの花が、雨に打たれて可憐な
花びらを見る影もなく萎えさせていた。
 ヘッドラックの時計は11時32分。
 アラームは解除していたが些か寝過ごしたと後悔しながらジョーはベッドを降り
た。

                       *

 デスクの上の報告書の山が漸く片付いた時には、とっくに正午を回っていた。
 このところ受け持ちの管轄が広がったせいで今までの2.5倍の量をこなさなけ
ればならない。もっとも増えた部署に関しては事務処理だけで現場に赴くことはな
いが、それでも監督面で神経を磨り減らすのは避けられない。
 ケンはデスクの上に残った最後の書類の右肩にサインを入れると、インプット済
のインデックスを付けてロッカーに終った。これで今日の仕事は、いや、昨日の仕
事は完了した。 ファイルインした事件は優に20件は越えていた。
「ふぅ、やってられないな。」
 窓辺に寄ってブラインドを引き開る。外は雨、窓から見える街は灰色に煙ってい
た。
 徹夜続きの身体が急にぐったりと重くなった。気のせいだとは解っているが雨は
憂鬱な気分にさせる。青い空が見たかった。
「これじゃ、ジョーの奴、サーキットにいけないな。」
 上着のポケットから煙草を取り出しながら、昨日から2日間のオフタイムに入った
ジョーのことを思う。滅多に取れない休暇がこんな雨じゃ.....、週間予報では
この一週間は晴れと出ていた。事実、昨日までは真夏日さながらの陽気だったの
だ。
 日頃の行いが悪い・・・・って、言うとあいつ怒るかな?
 煙草の煙が灰色の景色に重なって、雨脚の強くなった街の輪郭が一層ぼやけ
て見えた。

                      *

 洗面所で顔を洗いTシャツとジーンズを身に付けたが、昼食を取る気にはなれな
かった。 冷蔵庫はいつものように空、申し訳程度にドライサラミのパックが隅の方
に入っているだけで、夕べ最後の缶を開けたのでビールも底をついていた。
 JUNに車をとばそうかとも考えたが、最近あの店は昼間開いていたためしはな
かった。 夜間営業の方が儲かるのは確かで、昼間の売上げは赤字だとジンペイ
がぼやいていたのを思い出した。
 まぁ、あの店は開店している時の方が珍しいくらいで、自分たち以外に常連の客
はない、それでも足繁く通ってくるロック好きがいると聞くのは不思議なことだが。
 ジョーは窓の外を恨めしげに眺めながら、ベッドをソファ代わりに上半身を投げ出
した。 枕を壁と背中の間に入れて仰向けになると、再び睡魔が襲い始めた。

「やめろよ、」
 その声は強硬な拒絶を含んでいたが、その時、自分はそれを捩伏せるだけの力
を持っていた。
「逃げてみろよ、逃げられるなら....、」
 手首を掴んで身体ごとベッドに押しつける。俺の下でケンは抵抗を封じられ、驚
愕に青い瞳を見開かせていた。
 既に一度接吻けた唇は、熱く熱を持ち、僅かにわななきながら赤く染まってい
た。
「な、なぜ....だ、俺が....、」
 ケンの抗議の言葉を、そして俺はもう一度、唇を塞いで遮った。
 首を振り抗うケンを見下ろしているだけで、俺の身体は燃えるように熱くなる。
 我慢出来ずに白い首筋に唇を這わせると、ビクッと大きくケンの背中が仰け反っ
た。
「ケン.....、」
 俺はケンを呼んだ。
 だが、ケンの唇は固く閉ざされ一片の声も漏らすまいと結ばれていた。
 その表情に俺は陶酔した。
 なだらかな肩の輪郭をなぞり、胸に手を進める。掌に伝わる微動が果たしてケン
のものなのか自分のものなのか解らなかった。
 やがて、シャツのボタンを外す毎に、微かに唇に啜り泣きのような吐息が漏れる。
「ケン?、」
 俄かに後悔がよぎった。
 抵抗をやめたケンが悲しかった。
 それでも、閉じた瞼の下がうっすらと色づき始めたのを見ると、押し寄せる激流を
押さえることは出来なかった。

「ジョー、俺、おまえに何かしたか、こんな屈辱を強いられるようなことを。それなら
誤らなきゃいけない.....。言って、くれないか、」
 ベッドで背を向けたままケンが言った。
 緊張が解けてぐったりとした身体は、血の気が引いて青白いくらいに見えた。
 俺は言葉が出なかった。
 自己嫌悪もさながらに、だが、それよりもケンの言葉は俺を奈落の底に突き落と
した。 
 ケンは俺の行為をただの暴力としてしか受け取っていない。何かの報復か、或
いは手酷い虐待、そして、それが自分のせいではないかと心配している。俺を
だ・・・!
「俺は....、」
 言いかけて、だが、伝えるべき言葉を俺は持ってはいなかった。
 俺はケンを抱いた。
 それは....、ただの欲望からか、それとももっと別の意味があったのか。
 俺には答えられなかった。
 ただ「おまえが欲しかった。」それだけが俺を駆り立てた理由だった。

 電話が鳴っていた。
 慌ててベッドから身体を起こすと、じっとりと首筋に汗が滲んでいた。どうやら夢を
見ていたらしい。部屋の中は湿気で充満していた。ジョーは受話器を取る前にエア
コンのスイッチを入れた。

                      *

「なんだ、居るんじゃないか。」
 何度コールしても出ない相手に、諦めかけて受話器を置こうとしたことろで電話
が繋がった。
「今夜空いてるか?。」
『あ?、ああ、飲みにでも行くか。』
 こちらから言い出す前に、ジョーの方から誘ってきた。
「そのために電話したんだ。」
『何時に出られるんだ。』
「8時に、いつもの場所で。」
 電話は3分とかからなかった。ケンは用件だけ伝えるとさっさと受話器を置いた。
 昼食を取りに出ようかと窓の外を覗く、雨は勢いを弱めることなく降っていた。
 見下ろすビルの間のメインストリートは、水捌けが悪いせいか、行き交う車の跳
ね上げる水しぶきが脇を歩く人の傘を踊らせている。
 そういえば、こんな酷い降りの日だったっけ.....、
 ケンはふと、とうの昔に忘れてしまっていた事件を思い出した。
 あれはまだジョーも自分も駆け出しの頃で、本部から流出した情報を奪い返すた
めに、初めて上級のメンバーたちに混じって任務に就いた時だった。
 追っていた組織の人間は幹部クラスで、逃亡経路も複雑で足取りを追うのは困
難を極めた。それでも3日目には追い詰め情報は組織の手に渡る前に回収され
た。
 だが、その際、同じメンバーに組み込まれた自分たち仲間が目の前で敵の銃弾
に倒れた。 人間が撃たれてもがき苦しむ様は、自分たちには強烈だった。初め
て死というものを間近に実感した思いがした。幸い傷は致命傷には至らなかった
が、病院で手術を受け無事を確認しても、手を取り合って喜ぶことは出来なかっ
た。
 それが、何故(なにゆえ)だったか今なら解る。銃撃の現場が恐怖となって身体
に残ってしまうのを恐れたのだ。
 そして、その夜だった・・・・・・、

 慈悲深い自分たちの上官は事件解決後の休息日を与えてくれた。明日の教練
への体調を整える必要がなく、そのせいもあったかもしれない、上級のメンバーた
ちに誘われて飲みに出たジョーは遅くまで部屋に帰って来なかった。
 深夜1時近く、漸く玄関のドアが開く音にジョーの帰宅を確認した時は、うつらう
つらと寝入ってしまっていたが、南部博士から注意も受けていたので、様子を見に
行くためにベッドを出た。
「ジョウ....?、」
 遠慮がちにノックをし、小さく声をかける。中から返事はない。ドアを押すと鍵は
掛かっていなかった。
「大丈夫か....、」
 壁を探って照明をつけると、靴も脱がずにベッドにひっくり返ったジョーが、腕を翳
して目を細めた。
「自重しろって、博士からの忠告だ。」
 言うと、ジョーは唇の端を僅かに上げて笑った。そして腰の下に手を突っ込むと
ズボンのポケットから煙草を出して、半分潰れかけたボックスから1本摘んだ。
「いったい、どれ程飲んだんだ。」
 きつい酒の匂いにそう言いながらベッドに寄ると、煙草を咥えたままジョーは壁
際に寝返りをうった。
「明日は休みだからいいが....、」
 寄り添って腰を下ろすとスプリングが僅かに凹み、背中が触れ合った。
 閉め切った窓の外からは、雨の音が途切れることなく単調なリズムとなって聞こ
えていた。だが、それ以外は何も聞こえない。微かにジョーの息づかいが感じられ
るだけで、時間が暫し止まったような感覚を覚える。
「じゃあ、俺も、もう寝るよ。」
 黙ったままで5分程そうしていただろうか、ベッドサイドを離れようとすると、ヘッド
ラックの灰皿に煙草を捩ったジョーの手が、腕を掴んで引き止めた。
「どうした?、」
 視線が絡まった途端、いきなり力を込められて引きずり倒された身体が、ジョー
の身体と重なった。
「ジョウ....ッ!、」
 抱きしめられて、苦しくてもがくがジョーは力を緩めてはくれなかった。
「やめろ!、放せよ....、」
 乱暴に重なった唇からは、まだ自分の知らないメンソールとアルコールの匂いが
した。
 RiRiRRi・・・・・、
 回想をかき消すかのようにして電話が鳴った。受話器を取ると緊急コール。
「ちぇ、昼食は抜きか。」
 急いで煙草を灰皿に揉み消すと、ケンは司令塔のあるセンタービルに向かうべく
部屋を後にした。


Art by さゆり

                     *

 湾岸道路を走っていると、いくらか雨が小降りになってきた。
 この分なら夜には上がるな、と思いながら南部の私有地に入る前に、ジョーは遅
くなったが昼食を取るために道路脇に並ぶカフェテラスを物色した。
 海の風景の中に立ち並ぶオープンカフェの軒先には、カラフルなパラソルが幾つ
も咲き開き、店のロゴ入りのエプロンを着けたウェイターが、メニューや一輪挿しに
挿した花をテーブルに撒いていた。
 そんな中でジョーが車を寄せたのは、海岸へ降りる階段縁にある小さな店だっ
た。老舗の珈琲専門店らしく、年季の入った木製のビルボードが回りの今風の店
構えとはアンバランスだったが、さすがに中から香るコーヒーの香りはなかなかの
ものだった。 
 車から出ると雨は殆ど止んでいた。ジョーはブラックを注文すると、パラソルの中
の一つに腰を下ろした。
 手持ち無沙汰の時間を紛らわすために、煙草に火をつける。そして軽い食事の
ためにメニューを開いたその時だった。背中にあからさまな殺気を感じた。咄嗟に
その場から離れようと立ち上がると、だが、気配はきれいに消えた。
「なんだ....?、」
 小さく舌打ちする。
 いやな感じがした。ジョーはテーブルに小銭を置くと、コーヒーを待たずにその場
を離れた。

「あれ?、どうしたのジョー。今日はオフじゃなかったっけ?。」
 滄海とプライベートビーチを臨む豪勢な門扉を潜りドアを開けた途端に、ジンペイ
が中から顔を覗かせた。どうやらJUNはまたCLOSEDらしい。行かなくて正解
だった。「俺は仕事熱心なんでね。」
「えっ、何か事件かい?、」
 上着を脱いで応接間に向かうジョーの後を、好奇心旺盛なジンペイがついてく
る。
 ここはISOの端末を備えた南部博士の別邸で、彼の研究室でもある。必要な情
報は全てここで把握できるし、開放された全てのシステムを使用することができる
ので、自分たちにとっては勤務先の支局にいるより、より多く緻密な情報を得るこ
とが可能だ。
「ねぇ、ジョー、」
「うるせぇな。」
 付きまとうジンペイを煩わしげにあしらうが、自分のこういった態度は毎度のこと
で、彼は一向に気にする様子はない。
 が、苛つくのは先程の殺気のせいで、カフェを出てからずっとついて来ていた気
配は、ここに来てきれいに消えた。強固な城壁に囲まれた物理的な遮蔽による妨
害か、それとも自身の安心感からか?。或いは思過しだったのか?、それにして
はインパクトが強すぎる。あれは明らかに自分を狙う者の意識だった。
 ドカッとソファに腰を下ろすと、すかさずジンペイも隣に腰を据えた。
「事件なんかじゃねぇよ、始末書がファイルインされたか見に来ただけだ。」
「始末書って、ジョー、また何かやらかしたのかよ。」
 ジンペイの問いには答えずに、ガラステーブルにあるデスクステーションを作動す
る。 軽い電子音とともに画面は直ぐに起動し、目的のアプリケーションプログラム
にスキップした。
 指定した領域はオールグリーン。昨日までの報告書は完全に処理されていた。
 ・・・・すまねぇな、ケン。
 ジョーは小さく吐息を吐くと、ソファの背にぐったりと凭れた。疲れが残っている感
じだ。
 今度の山で一番苦労させられたのは、新しくメンバーに採用された新人たちの
扱いで、候補生の実習や講義に立ち会っているケンとは違って、彼らの指導に
けっこう骨が折れたジョーだった。
“市街地での発砲は厳禁、標的は常にクリアな状態を確認し、銃撃の際は致命傷
となる部位は避けなければならない。”
 教本通りに習っていては命が幾つあっても足りないことは、いやと言うほど経験
済みだ。 しかし、基本はしっかり叩き込まねばならない。戦力となるノーハウを覚
えるのはそれからだ。今回、路上での発砲を許してしまったのは自分の責任だ。
追跡中の先行車のタイヤを狙ったのだが、クラッシュした車が停車中のトラックに
突っ込んでしまったのだ。
 幸いにして死傷者は出なかったが(勿論、クリアな状態を確認したのだが、完全
ではなかったということだ。)始末書を書くには十分なネタだった。
「ジョーったら、また兄貴に始末書を揉み消してもらったのかよ。」
「うるせぇ、」
 ケンは報告書を上に回す前に、彼の権限でこの一件をファイルインしてくれたよ
うだ。「でも、不公平だよな。兄貴も。オイラの始末書はしっかり博士のところまで
いったんだぜ。おかげでこっぴどく絞られちまってさ。」
「おまえのミスは揉み消しようがなかったさ。ケンのせいにするのはお門違いだ
ぜ。」
「ちぇ、」
 ジンペイは口を尖らせた。
「ところで、今度の新人、使えそうかい?。」
 生意気なその言い様に、ジョーは苦笑する。
「さあな、尻尾をまいて逃げ出すのはこれからさ。」
 彼らはまだ現実の死と直面していない。血を噴き絶命する人間の姿を目の当り
にして平静でいられるだけの神経を、今から養っていかなければならないのだ。
 それは簡単なことではない。苦い思いがジョーの胸を締めつけた。

                      *

「ケン、夕食一緒にどう?。」
 緊急コールで呼び出された事件が一段落ついて、司令室を出ようとしたケンを
ジュンが呼び止めた。
 夕食?、もうそんな時間か。
 チラッと腕の時計に目をやる。7時ジャスト。どうりで空腹だ、そういえば今日は
朝食も取ってはいなかった。
「悪いが、約束があるんだ。」
「あら、残念。ワインのいいのが揃ったお店を見つけたのに。」
「今度、奢るよ。」
「まぁ、珍しい、忘れないでよ。」
“珍しい”と言われて少々憤慨したが、あっさりと引き下がってくれたジュンに感謝
する。 これが他の女ならなかなか諦めてはくれない。ケンはジョーのように女性
を上手く扱えないコンプレックスから、極力接触を避けている。それを面白がって
か、ここの女性職員たちは挙ってケンを誘い出そうとする。
 ・・・・きっと俺は賞金付きの獲物なんだ。
 卑屈になる思いを宥めながら、約束の時間には少し早かったが、ケンは支局の
フロントドアを出た。ここにいてはまたいつ緊急コールを受けるか解らない。拘束
時間はとっくに過ぎていた。

                      *

 ドアから出た途端、待っていたかのように絡みついてきた気配は、ハイウェイを
降りて市街地に入ってしまうと、またきれいに消えてしまった。
 街の雑踏に紛れてしまったのかとも考えたが、どうもそんな気はしなかった。相
手の接触の仕方には明らかにこちらの反応を伺い、楽しんでいる様子が感じられ
た。ジョーはいい加減うんざりして独り言ちた。
「お遊びはこれぐらいにして、そろそろ本番といこうぜ。」
 ちょうど、まだ時間もあった。
「正体を暴いてやる。」
 ジョーは車を道路の端に寄せると、ポリスがいないのを確認してからエンジンを
止めた。 おかしなものを連れて行って、ケンにぼやかれるのはゴメンだ。酒が不
味くなる。
 キィを抜いてダッシュボードからコルト・コマンダーを掴み、上着の懐に突っ込ん
で車を降る。
 思った通り、歩道を歩き出すと気配は接近して来た。擦れ違う人波の中でじっと
こちらを伺っている。
 いったい、何者だ?。
 ジョーはわざと歩調をゆっくりと進めた。そして往来の激しいメインストリートを外
れて裏通りへと誘い出した。
 教本通りってとこだな.....、
 前方に取り壊し中のビルが見えた。イルミネーション輝く華やかな夜の街も、一
歩裏側に回れば、まるで廃墟のような風景が姿を現す。
 路上に放置されたままのドラム缶の上で、縄張りを荒らしに来た侵入者にボス猫
が毛を逆立てた。
 不意に背後で足音がアスファルトの上に共鳴するように響いた。
 やっとお出ましか・・・・、と思った瞬間。けたたましい鳴き声が上がった。
 自分を威嚇したボス猫に違う1匹が襲いかかったのだ。派手な音を立ててドラム
缶が転がった。そして、その狂騒に紛れて足音が接近してくる。
 もう姿を隠してはいない。振り返り様、ジョーはコルト・コマンダーのトリガーを引
いた。同時に銃声がした。咄嗟に身体を翻したジョーの脇腹を弾丸が掠った。皮の
ジャケットの焦げる匂いが鼻をついた。
 正体を現したのは黒いライダースーツに身を包んだ若い男。右肩を撃ち貫かれ、
既に攻撃能力を失っていた。それでも銃を構えたまま慎重に近づいて行く。
「何者だ、」
 膝をついて蹲っている男の髪を掴んで顔を上げさせる。しかし、
 こいつじゃない!!・・・・、それは直感だった。
 男は低く唸って肩を押さえたまま、身動きすら出来ないでいた。
「なぜ、俺の後を付けた?。」
「いい車に乗ってたからよ....、金回りが、良さそうだと思ったのさ...、」
 苦しそうに男はそう絞り出した。傍らに放り出された拳銃はサタデーナイト・スペ
シャル、コンビニエンス・ストアで売っている代物だ。
「とんだ見当違いだったな、あの車が俺の全財産だ。救急車を呼ぶからそこにい
ろ。」
 言い捨てて来た通りを走って引き返す。ビルとビルの隙間からメインストリートの
喧噪とイルミネーション瞬く別世界が見えた。と、その先に見慣れた姿を確認した。
路地を入ってこちらに向かって手を振っている。
「ケン、」
 そういえばこの道は目当ての酒場に行く近道だった。
 ちぇ、何だってこんな時に限って時間前にやって来るんだ。いつもは散々俺を待
たせるくせに.....、そう愚痴った瞬間だった。ざわりと全身が総毛立った。完全
に標的になったのが解った。
 ライフルだ、避けられない!。
 ジョーは心臓の、最後の鼓動を聞いたような気がした。
「ジョー!、」
 気配を察したケンが駆けて来る。
 バカ野郎!、来るんじゃない!!・・・・、その時だった。
 スッと身体から逸れた赤外線ポインターの赤い閃光が、ジョーの視線の横を擦り
抜けた。 なっ、バカな、狙いはケンだったのか!、
 真っ直ぐに伸びた鋭利な針光は、ジョーの目の前の標的をゲットした。
 やめろ・・・・!、
「ケーーン!、」
 満身の力を込めて跳躍する。
 赤外線ポインターの行く手を阻んだ背中を、焼けるような痛みが走った。衝撃に
撓う身体を、それでも必死に保とうとする。
 見開かれたケンの瞳は、あの時を思い出させた。
 ケン・・・・、仰向けになった身体がゆっくりと、まるでスローモーションのように後
ろに倒れていく。イルミネーションの別世界は消えた。走って来るケンの姿だけが
薄汚れた絵のような廃墟の中で鮮やかに映えている。
 ケン....、俺はあの時、おまえを失うのが怖かったんだ。ああ、今やっと解った
ぜ、俺は...、おまえを失うくらいなら....、
「ケ、ケーーン、」
 腕を伸ばす、届かないケンの身体を掻き抱くようにして.....、
 雨の上がった空に星が1つ見えた。
 ジョーの叫びを、そして、メガロポリスはその巨大な体内に呑み込んだ。

Art by さゆり


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