「海辺の家」続編 メビュウスの時

by トールハンマー


二発の銃声、
飛び交うカモメ、
白い砂と青い海と・・・青い・・・空、

うつつは、幻、
ならば、すべては夢・・・・、

すべては・・・・、
いや、違う。健は確かに存在した。

「氷崎か、俺だ、ジョーだ」
その電話を入れて直ぐ、俺はISOの遺伝子学研究所へと車をとばした。
「俺を使ってくれ、知ってるぞ、要るんだろコピー源が」
顔を合わせるなりそう切り出した俺に、その医師、氷崎は驚いたように眼鏡の中
の瞳を丸くした。彼がブレインコピーの研究をしていると聞いたのはつい最近だ
が、長年遺伝子学を手掛ける高名な医学者だというのは、南部博士の助手をして
いたこともあって、ずいぶんと前から知っていた。
そして、思考力、抽象表現、意思決定、人工知能の研究も相当進んではいるが、
やはり“人”のコピーにはかなわないというくらいの知識も、俺は持っていた。
「君の申し出は願ってもないが、それは君のプライバシーをコピーするということだ
ぞ、わかってるんだろうな」
氷崎はまだ若く、考え方も柔軟だ。だが、研究と倫理との区別、いや、分別は持ち
合わせていた。
「それにISOは君の思考コピーを何に使うかわからないよ」
「いいんだ、使ってくれ」
俺はそれを強引に承諾させようとした。
氷崎は唇を固く閉ざした。そして、尚も食い下がる俺に、他の人間ならともかく友人
の君を実験体には使いたくない・・・・と、後ろめたそうに言った。だが、彼とて実験
体は喉から手が出るほど欲しいはずだ。俺はそれにつけ込んだ。
「二度とないチャンスかもしれないぜ」
強化サイボーグの俺の体もいつかガタくる、体はある程度補強がきくが脳細胞は
そんなにもたない。俺は死ぬんだ。
俺は死にたくない・・・・・!

『ジョー、憶えてるか? バードマントの使い方を練習するのに、鳥が飛んでるビデ
オを嫌ってくらい見たっけな』
『ああ、忘れるもんか』

忘れるもんか・・・・・、
俺に向けられたおまえの微笑み、
声も、そして、真っ直ぐに見つめる、その青い瞳も・・・・、

「君の思考パターンは、ISO防御システムの一環として護衛用のアンドロイドにプ
リントされるそうだ」
氷崎は白い研究室の冷たいデスクに指を触れて言った。
あれから何年が経っただろう?
世界はまた戦火に包まれようとしている。
「俺のコピーじゃISOのメインブレインにはなれないだろう、護衛か兵士か・・・で
も」
氷崎は俺を見ない。白いものが混じり始めた髪が彼の小心を物語っている。あの
頃の柔軟な思考も快活な言葉も望めない。人は老いるのだ。

そして、
「戦闘要員としては、JOEは最高のモチーフだね」
「ああ、何年も前のISO工作員のブレインコピーですね」
「未だあれを超える人工知能はないじゃないか、あれを大量にプリントできない
か」
いつでも時代は、俺は欲する。俺はいつもこの世には必要な人間なのだ。
だからこそ、俺は死なない。

平和を・・・・、
ふと、健の声が聞こえた。
平和を望んだ俺が、今は戦いが続くことを望んでいる。
皮肉なことだと笑うなら笑えばいい。
望んだのは俺だ。
いつまでも、いつまでも生き続けることを、
俺の記憶を、意識を次々にコピーし、いつまでもこの世にとどまることを、
誰を待つわけじゃない、健、おまえは死んだ。
二度、おまえには会えないとわかる。
だが、俺は覚えている。
健、おまえのことだけを・・・・、

けれど、
「おや、ごらんなさい、これはアンドロイドの残骸だ」
いつまでも・・・・と、願ったのに・・・・、
「ここが中枢部かな、見たまえ、記憶回路だ!」
「しかし、損傷が酷いですよ。これじゃ復元出来るかどうか・・・・」
・・・・・うつつは、幻、

『今日はすごく気分がいいんだ、だから、外に連れて行ってくれないか?』
すべては、夢。

時代は尽き、人は朽ち、思いは絶える。

白い砂と青い海、
飛び交うカモメと・・・・青い・・・・空。

ジョー、俺はここにいる・・・・、

そして、すべては・・・・、遥かな時の廻りの中に埋没する。



                           END



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