I wish・・・・

by トールハンマー

地球の平和に生涯とその財力の全てをかける南部の願いとは・・・・、


       (AUTUMN AUTUMN AUTUMN)


 車を降りると足元に渦を巻いていた枯葉や落葉が、まるで漣のように向かう門扉に打ち寄せられた。晩秋のそれも早朝ともなれば標高の高いこの辺りは肌寒さを通り越して冷気が肌を刺した。南部は玄関までの僅かな距離だがコートを羽織った。
 家政婦からの連絡で、彼の部下が缶詰状態の支局の情報部から解放され、この別荘にいることは解っていた。
「寝込みを襲われたら、一遍にお仕舞いだな」
そう言って、首筋に感じた硬質な感触にベッドから跳ね起きたしなやかな身体と対峙し、南部は「ISO」と名入れしたプラスチックのノック式ボールペンを上着の懐にしまった。
「プロなら銃口を相手の身体に触れさせたりはしませんよ」
 驚かすなよ!と、だが、その彼の非難の視線をスルリとかわして、
「それならば尚更だろう。私が部屋に入って来たのも解らなかったのだからな」
 南部は眼鏡の奥の目を鋭く細めた。
「あ・・・」
と言葉を詰まらせ、健は唇を引き結んだ。
「君らしくもないな」
 言って、背広の襟を正すと南部は不意に眉を寄せた。戸外では肌を刺した寒気もここまでは届かない。温度調節された室内で、美しく造形された肢体がシーツを落とし、その上半身を露にしていた。
「どうしたのだ、これは?」
 ヘッドポールに掛けてあるTシャツを取ろうと、身体を捻った健の脇腹を見て南部は言った。
「あ・・・、えっ? 」
 健は言葉を止めた。
 見咎めたものに触れようと近づいた南部から、微かなメントールが・・・サロンパスだろうか・・・香った。
 博士も背広を脱げば普通の人間なんだな・・・と、当たり前のことに妙に納得する。
「あ、これは・・・ドクが・・・」
「何! タチバナが!」
 途端に南部の口元が険しくなった。
 しまった・・・!まずかったかな?と、健は内心舌打ちした。が、言い訳を口にする前にベッドに押し倒されてしまった。
 南部の指がそれに触れる。
「あっ・・・」と、微かに開いた健の唇から驚嘆が小さく漏れた。
「な、何をするんです! やめて下さい・・・、は、博士・・・」
 手を添えて振り払おうと抗うが、南部相手に抵抗は弱々しいものになる。寝室が完全に防音されていると解っていても声を殺してしまう。
「やめ・・・はか・・せ!」
 歯を食いしばって耐えると痛みに涙が零れた。だが、南部は手にかけたものに遠慮はしなかった。
「健・・・、私は、私は我慢ならんのだ・・・・」
 覆いかぶさった身体が乱暴にシーツを剥ぎ荒々しく動き出した。
 博士っ・・・・、声を喉に押し止めて、だが、あなたにこれを咎める権利はない!
 健は振り払えない背広の背中に爪を立てて抗った。
 これは真剣に熱くなった証だ。激しさに身を任せた結果だ。現にあなただってその身体に・・・・、俺が気づかないとでも思っているのか・・・・、
 言葉の代わりに瞳が訴えた。だが、その瞳を、南部は見なかった。 
「あっ!ああぁーーー」
 仰け反った喉から耐え切れずに悲鳴上がった。
「私は我慢ならんのだ」
 激しく息を弾ませる健に、南部はもう一度言った。
「シップ薬を貼る時は左右対称に、四辺をきっちり合わせていないと気がすまんのだ」
「だからって、無理に剥がすことはないでしょう・・・痛ぅ・・・」
 健は長方形に赤く腫れた脇腹を擦った。
「なんてことだ・・・」
 南部の口調は重かった。
健は知らずに首を竦めた。いくらトレーニングで熱くなりすぎて無茶をしたからといっても、これは言い訳にならない。戦場で筋肉痛は通用しないのだから・・・・、健は南部の次にくる叱咤の言葉を覚悟した。ところが・・・、
「なんてことだ、タチバナにはいつも口を酸っぱくして言い聞かせていたはずなのに」
 健の反省を余所に、がっくりと南部は肩を落とした。どうやら、彼は自分の部下よりも、シップ薬を左右対称、四辺を揃えて張らなかった助手の失態の方を重要視している様子だ。  彼がドクター・タチバナに寄せている期待は大きい。
 やれやれ、几帳面な性格もここまでいくと傍迷惑も甚だしい・・・・。健は、さぞや南部の肩に貼られたサロンパスは規則正しく並んでいることだろうと、呆れずにはいられなかった。
「健、」
・・・・?(しまった、気づかれたなか?)
 ジロッと眼鏡の奥から睨んで溜息を一つ、南部は視線を赤くなった健の脇腹に戻した。
「後で私の部屋まで来たまえ、新しいシップ薬を貼る。解ったな」
「ラジャ」
 言い残すと南部の姿は既にドアの向こうに消えていた。


                    EMD


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