I ran into him ….

by とらねこ




 彼が置いて行った鍵がテーブルの上で光っている。
 出会った頃はこんな気持ちになるとは思っていなかった。

 彼が部屋に来るようになった頃、正直言って、俺は「困ったことになった」と思った。
 仕事柄、同僚以外の人間が部屋に来るのは好ましいことではなかった。
 まして、その時追っていた事件はとても他の人間に関心を寄せていられるほど生易しい
ものではなかった。
 それでも、彼が部屋に来ることを許したのは打たれた傷を見てしまったからだった。
 最初の晩、薬なしではどんな姿勢をとっても眠る事も出来ない状態だろうに、彼はワイ
ンを酔いつぶれない程度に飲むだけで、痛いとも苦しいとも言わずなんとか寝てしまっ
た。
 最初は彼がはまり込んでいるトラブルから助けてやろうと考えていたが、彼の様子を見
ていて考えが変わった。
 彼が必要としているのは助けではなかった。
 こんな物騒なところに眠りにくる彼を可哀想には思ったが、俺に出来ることはワインを
絶やさないでおいてやることぐらいだった。
 
 バスルームで彼に傷を見られたとき、俺は「面倒なことになった」と思った。
 座り込んでいる俺をほうっておけなかった親切な男だ、大騒ぎするかもしれない。
 しかし、彼は顔色一つ変えずに、「はやく出ろ」といって出て行った。
 俺は彼が用意してくれたゆったりしたシャツを見て、こういう傷の痛みを知っているや
つかもしれないとはじめて思った。
 バスルームを出て、俺はあらためて男を見た。
 男は上着も脱がないまま、ダイニングのイスに座り酒を飲んでいる。
 その上着の下に銃が見て取れた。
 かたぎではない。こんな男に助けられてしまった自分の迂闊さに俺は苦笑した。
 「あんた、何やってる人?」
 「気になるか?」
 「とても、かたぎには見えないんだけど」
 「ごあいさつだな。俺は刑事だよ。まぁ、かたぎとはいえないか」
 そういって苦笑する彼は意外と若く見えた。
 俺は心の中で彼の年齢を40過ぎから、30後半に訂正した。

 俺が刑事だと名乗っても彼は意外そうな顔はしたが、動じはしなかった。
 やはりその辺の不良というわけではないらしい。
 「何か飲むか?」
 「あんたは、何を飲んでるんだい」
 「バーボンだが」
 「なんか、お決まりってかんじだな。ワインはないのか?」
 失礼な上に、ずうずうしいヤツだが不思議と腹はたたなかった。
 彼の不思議なぐらい澄んだ青い目と、まっすぐに人を見るくせがそうさせるのかもしれ
ない。
 「どっかに1本ぐらいあったな」冷蔵庫の中を探してみろ、といいかけて俺は彼が怪我
人なのを思い出した。
 何かの折にもらったワインを探し出してグラスに注いでやると、飲み慣れていないらし
く最初は慎重に啜っていたが、結局ボトルの半分ほどを空けて寝てしまった。
 見た目どうりの未成年か。
 見た目と落ち着き払った態度のギャップを図りかねていたが、年が見かけどうりとする
と、余計に厄介なものを拾ってしまったのかもしれない。
 俺はベッドを占領して眠ってしまった彼を見ながらため息をつくしかなかった。

 俺が目を覚ましたとき、彼はもう仕事に出かけていた。
 部屋の中には、午後の光が射し込んでいる。
 俺は思わず体を伸ばしかけて痛みに怯んだ。
 ここには、任務を思い出させるものは何もない。任務についていると、いや自分の家に
帰っていてさえ、あの時のことを思い出してしまう。
 ここに来れば、眠ることが出来る。
 まぁ、ここでも鎮痛剤は論外のようだが。
 俺は何度も修理したらしいドアと錠を見て思わず笑ってしまった。
 一体何度部屋を荒らされているんだろう。
 テーブルの上に『郵便受けにでも放り込んでおいてくれ』とメモつきで合鍵が置いて
あったが、そのまま持っていくことにした。
 『そんな無用心なことはしない。俺が保管しておいてやるよ』
 俺は彼のメモの下にメッセージを残して部屋を出た。
 何日ぶりに笑っただろう。
 俺は不思議なことに少しだけ気持ちが楽になったような気がしていた。
 
 傷がだんだんと癒えて行っても、彼は相変わらず俺の部屋に来ていた。
 痛みを紛らすために飲んでいたはずの酒の量は確実に増えていた。
 俺の部屋に来るときは大抵は人のベッドを占領して眠っていたが、時々は起きていて不
機嫌そうに、そのくせ人恋しそうにワインを飲んでいた。
 そういう時は俺も酒を飲みながら、仕事で出会った面白い人間や場所の話をしてやっ
た。きな臭い仕事をしていても、長年やっていれば面白いこともいくつかはある。
 彼が自分にもどうにも出来ない何かを抱えているらしいことはわかっていた。
 朝目が覚めた後はさっぱり覚えていないらしいが、時々うなされ、泣きながら目を覚ま
してしまう時があった。
 子供の頃弟にしてやったように少しの間抱きかかえていてやると、安心したようにまた
眠ってしまう。
 俺に何が出来るわけではないが、夢の中ででも泣けるならばそれでよしとしなければ。
 泣けなくなってしまった奴は始末におえない。

 結局鍵は返さないまま持っていた。彼の部屋は居心地がよかった。
 時々、硝煙の臭いをさせて帰ってくるが、そんなときでも彼は穏やかだった。
 俺にはまだ、そんなまねはできない。
 「人を撃った事はあるかい?」
 「俺は刑事だぜ」
 「殺したことは?」
 「ある」
 それ以上は聞かなかった。それだけ聞けば充分だった。
 彼の穏やかさが殺すことに慣れてしまったせいではないのがわかったからだ。



 to be continued??? 



 


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