巡る季節

by ウノ


 健は重苦しい眠りの中にいた。銃声、人々の悲鳴、爆弾が炸裂し、炎が上がる。
徐々に敵に押されていく健と仲間たち。健はこれが最後、とハイパーシュートを決
行した。
「ハイパーシュート!!」
そのとき健は火の玉となり、燃えがる炎に身体を包まれた。
「あーっ!!」と自分でも驚くような声をあげたとき、「健、健、」と誰かの声がして、冷
たいものが触れた。
夢だったのかとハッと目を開けた時、まぶしい光の中に何かの影が見えた。
「健、どうした?」
目を細め、腕で光をさえぎりながら光の中をなおも見つめていると、南部が顔を覗
き込んでいた。
「夢を見ていたのかね?」
南部の手が健の額に触れ、熱い額にその手は優しく、心地よかった。
「気分は?今日は熱があるようだな。」
昨日の手紙のせいか?と思い当たる事はあったが、黙っていた。南部は体温計を
出しながら、
「風邪でなければいいがな。このところ風邪が大流行だが、風邪をひいたものはこ
の部屋に入れないはずだし・・・今年はなぜか寒くて、何度も雪が降ったよ。陽射し
は春だが、まだまだ風は寒い。日陰にはまだ雪が残ってるくらいだ、今年は春が遅
いかもしれないな。」
南部は黙っているのが気詰まりなように、一人で喋りつづけた。以前はこんなに喋
る人ではなかった――と思いながらも、健は黙って聞くともなく聞いていた。
「ここも雪が降ったのはわかるだろう?」
健は頷き、唇で答えた。
(ええ、ここから見えるのは空とビルの谷間だけですからね。)
改めて窓の外を見ると、動く物は空の雲だけ、あとは年中変わることのない建物し
か見えず、まさにここは病室という名の牢獄だった。ただ救いは、広い窓から空が
見えることだろうか。
南部は健の口からはずした体温計を見て、ちょっと顔を曇らせたが、その姿は医者
というより、心配でたまらない肉親の姿だった。
南部もここしばらくで急に年をとった・・・健はじっと南部を見つめたが、
「ここもせめて海や山が見えればよかったんだがな。」
と言いながら南部は、目をあわせるのを避けるように窓際に立って外を見つめた。
胸の中に広がる無力感――健の身体をこんなふうにしてしまったのは自分なの
に、それを治してやる事もできない。いつか必ず元の身体に、いや、それは無理で
も日常生活が送れる健康体に、と健にもあとの4人にも誓ったが、それがいつの日
になるのかは、まだわからなかった。やっと平和が訪れたのに、その幸せを享受す
ることもなく病室に閉じ込められている健――それを思うと悲しくてやりきれなかっ
た。
以前に健が、いつになったら退院できるのかと聞いた時、その時は夏が近かった
から、秋になったら、と言った。秋になってまた聞かれ、春になったら、と・・・ジュン
にも私は同じことしか言えなかった。そうとしか答えられない自分のなんと悲しいこ
とか。それからは気遣ってか、健もジュンも何も聞いてこない。
 南部は変わった、と健は思った。冷徹とも言えるほどだった上官の面影はどこに
もなく、今はただ健を案じていた。
「ごらん健、雪だよ。淡雪だ。春まではもう少しだな。」
見るとちらちらと降る雪が、明るい光の中に輝きながら舞い落ち、それだけが、季
節の移り変わりを示していた。風も動かない、密封瓶のようなこの部屋に移されて
からどれほどの季節が過ぎ、月日が過ぎていったものか。
 なおも南部は黙って窓の外を見つめ、健は気詰まりで、そばのラジオのスイッチ
に手を伸ばした。 完全に密封されて外界と遮断されたこの部屋。ただ一つ、外界
とつなぐものがラジオだった。この先端技術の中にいてラジオという旧式の技術
が、と健は自嘲気味に笑ったが、タン・タタタ・タン・タタタタタタ・・・・聞いた覚えのあ
る、延々と続く単調なリズムに、フウッと張りつめた空気が和らぐのを感じた。
「そうだ、そこでジュンに会ったよ。」
(えっ!)健は思わずギョッとしたように顔を上げた。
(ジュンがここに?)
「君に会いに来たようだったが、私を見たら、これを渡してくれといって帰っていっ
た。君は会いたくないだろうから・・・と言ってたよ。」
南部は1通の手紙と、ハンカチに包まれたものを見せたが、その手紙は昨日の健
と同じく封をしていなかった。だが、昨日の事務的な封筒とは対照的に、優しい春
色が目にしみた。だがその包みは・・?
(それは?)
「さぁ、なんだろう、開けてみよう。」
まだ続いているリズムはだんだんと力を増して、健は自分の鼓動までがそれと共
に、ドキドキと打ち始めたような気がした。
「お、これは・・・」
南部が包みを開いて声をあげた。それはわずかに開きかけたふきのとうのつぼみ
だった。
「どこでこんなものを・・・・」
急いで便箋を取り出して開くと、思わず健は笑いだした。声が出ていたら、さぞかし
大きな声をあげただろうというくらい、そんなに笑ったのは初めてだった。
が、すぐに息が足りなくて呼吸が苦しくなり、呼吸困難を起こした。
それでも健はなおも笑いつづけ、気がおかしくなったのではないかと南部は驚い
た。
「健、健、落ち着きなさい、一体どうしたんだ・・!」
南部がその手紙を開いてみると、そこには大きな字で真中に『バカ!!』と書いてあ
り、すみのほうに小さく『春は必ず来るわ』とあったが、南部にはそれがどうしてこん
なにおかしいのかわからなかった。ようやく健の呼吸が落ち着くと、青白かった頬
にも赤みがさしていた。
「バカ!」は、昨日の健に対する答え。そしてどんなに冬が暗くて長くても、春は必
ず巡ってくる――それが今は健には見えなくても、もしかしたらすぐそこの曲がり
角まできているのかもしれない。実際、健には何も春が見えなくて、冬だと思ってい
ても、ジュンには春が見えていたように・・
南部もそのふきのとうを手に取り、しみじみと
「人は忘れていても、春はちゃんと巡ってくるものなのだね。戦いの日が続いてい
ても、平和な日が巡って来たように・・・」
さっきから続いてきた同じリズムとメロディーが音色を変えて、力強く健の心を鼓舞
していた。いつか、健の冬の日も終わって春が来るかもしれない・・・・小さなふきの
とうに、健はかすかな希望を持つ事ができた。
(ありがとう、ジュン)
昨日とは別の思いで、ありがとうの言葉を口にすることができた。
もうすぐ季節が巡って春が来る・・・本当の春もきっといつか・・・



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