Infection

by yu-jin

クリスマス


 普段ならば秘書のジェーンに頼むところなのだが、生憎風邪をこじらせて寝込んでし
まっていた。責任感の強い彼女は、このままクリスマス休暇に入ることを気にしていた
が、クリスマスプレゼントだと思ってゆっくり休みたまえと言うと、ようやく納得したよ
うだった。
 私はジェーンの代わりに、溜まった書類の整理をケンに依頼した。バイト料を弾むよと
言うと彼は、極上の笑みを浮かべて私の依頼を承諾した。ケンは私には「ツケ」の話はし
ないが、どうやら年末はあちこちから督促されているらしい。そもそも彼が何故ツケに追
われるのか、実のところ私は判っていない。月々彼に支払われている額は、かなりの高額
であるはずだが、彼がいったいそれをどうしているのかを聞いてみたことはなかった。
ジョーの話では、如何わしいバイトもしているという。彼の話は、何分脚色されすぎてい
るのではないかと思っていたが、ジェーンの代わりにここに来た初日、私はケンの体に
ジョーの言う、『如何わしいバイト』の痕跡を見つけ、ドキリとした。
 「ケン。その痣はどうしたんだね」
 私の問いに、彼はハッとしたように、捲くり上げていたYシャツの袖を降ろした。
 「いえ。ちょっと」
 言葉を濁して恥じ入るような表情を浮かべる。両手首に残るその痣は、縄で強く擦った
もののようだ。
 あぁ。何ということだ。
 私はケンの手首の痣に愕然としていた。ジョーが私に語ったことは事実だったのだ。
 そう、あの時ジョーはひどく躊躇いながら私にその話をしていたではないか。
 『SMまがいのバイトしてるみたいで』
 あの時私は『まさか』と一笑に伏した。
 だが、まぎれもなくケンの手首に残る痣はジョーの言葉を裏付ける証拠だった。
 
 両手首にきつく縄がかけられ、ぎりぎりと天井に引き上げられる。
 そう。足が床に付くか付かないかまでまっすぐに引き伸ばされたケンの肢体。全裸に剥
かれたケンの白い体を闇から伸びた手が這い回る。背後から伸びた両手が、胸の突起を指
の腹で撫で回す。両脇をスッと指が撫ぜ降ろす。
 『くっぅ』
 と咽が鳴いて、ケンの体が反り返る。その振動が吊るされている両手首にかかり、食い
込んだ縄が擦れる。
 くっきりと浮かぶ肩甲骨の窪みを無骨な指先が撫でる。ケンの白い背中の感触を楽しむ
ように、幾度も指先が這い回り、背筋を撫で上げられるたびに、ケンの体はその感触から
逃れようとするかのように反る。
 指先には吸いつくような柔らかい肌の感触と、引き締まった弾力とが伝わる。
 もっとその感触を楽しもうとするかのように、その手が広げられ、腰から両脇を撫で上
げていく。
 ヒュンと音がする。
 ピシっという人の肌を打つ音と共に、ケンのその白い背中に赤い筋が浮かび上がる。
 ケンの声の代わりにギシっと縄が泣く。
 吊り上げられた両腕が震え、深くなった肩甲骨の窪みが、体に受けた痛みを表してい
た。
 指は己が付けたその跡を確認するように、赤い筋の上を這う。
 二度目は、今付けたばかりの筋を斜めに横切るように振り降ろされた。
 更にもう一度、もう一度。
 ケンの白い背中に、赤い筋が幾重にも重なっていく。
 その度に、苦痛に身を捩るケンの体は、艶かしくさえある。
 自重に耐えかねたように、縄に擦られた手首に血が滲み、重なった赤い筋にも僅かに血
が滲んでいる。
 赤い舌が伸び、血の味を味わうようにスッと舐め上げた。
 ケンの体がビクリと震え、乱れた髪に隠されていた顔がのけぞる。
 堪えていた声が上がるのはもう間近だ。

 「博士?」
 ハッとして顔を上げた私の目の前に、訝しげな表情を浮かべたケンの顔がある。
 「ん?。何かね?」
 そう応えてはみたものの、私は咄嗟に目の前にあるケンの顔と、ついたった今まで見て
いた苦痛を堪えているケンの顔とが重なり、ゾクリとする。
 「お疲れじゃありませんか?」
 何度か私を呼んでいたらしいケンは、返事をしない私を心配気にみていた。
 「いや。考え事をしていた。何かね」
 『考え事』には違いはないが、まさか裸に剥いて吊るしていたとは言えない。
 「ならいいんですが。すみません。この書類とこっちの書類が」
 ケンは私の妄想に気づくはずもなく、私の目の前に書類の束を差し出す。
 私はその差し出された書類にざっと目を通しながら、彼に指示を与える。だが、どうし
ても私の視線は彼の手首から離すことができない。手の動きを追ってしまいそうになって
私は無理矢理視線を上へ移す。腕、肩、首と視線を動かしながら、私はケンが着ている服
に気づく。
 白いYシャツの下に黒いカットソーのハイネック。
 首筋を覆い隠すその服を私は凝視してしまっていた。
 その下にいったい何があるというのだ。
 ジャラという金属が擦れる音が聞こえたような気がして、私はハッとした。
 首に赤い首輪がはめられ、それには重い鎖が繋がれている。その鎖は天井の滑車に引か
れ、俯いているケンの顔をのけぞるほどに引き上げる。
 人指し指の腹がケンの白い顎を持ち上げる。
 首筋を唇が這う。その感触に嫌悪を露にしたものの、ケンはそのまま耐えるように顔を
背けた。指はそれを許さずに、今度は無造作に掴み上げるように顎を捕らえ、喉元に唇を
這わす。噛み付くように強く吸われ、ケンの喉元に赤い花が咲いた。
 まるでそれが合図であったかのように、闇の中から頭が出現する。肩、胸、脇腹、下腹
部へと、次々に男達の頭が覆っていく。赤い舌がチロチロとケンの胸の突起を撫ぜてい
る。と、また縄が鳴いた。
 腕が強くケンの体を引き寄せて、胸の突起に歯を立てた。
 ケンの首が左右に揺れる。その動きで縄がきしみ、引かれている首が締め上げられる。
 腕はケンの体を抱え込んだまま、周到に胸を責める。
 足元に跪いていた頭の横か
ら手が伸びて、ケンの左足を持ち上げ内腿に唇が這い回る。
 私は身を乗り出して目をこらそうとして、慌ててかぶりを振った。
 「どうしたんですか?。今日はおかしいですよ博士」
 ドサリと椅子の背もたれに沈み込んだ私をケンは先程以上に「心配」を張り付けて覗き
込む。
 あぁ。確かにおかしい。だが、私をおかしくさせているのは君だケン。
 そう言ってしまいたくなるのを抑え、私は額に手を当てて俯く。
 「今日は帰られた方が」
 私はケンの提案に素直に従うことにする。とてもこのまま彼の姿を見ながら仕事をする
ことはできない。
 「そうさせてもらおう」
 「送りましょうか?」
 ひどく疲労した体を椅子から引き剥がした私は、ケンの親切な言葉に慌てる。
 「いや。いい」
 これ以上ケンの体から、痕跡を見つけたくはない。
 「そうですか。でも、本当に大丈夫ですか?博士」
 いつもと変わらない態度のケンを見ていると、やはり私の思い違いなのではないかと思
えてくる。
 だが、手首に痣があることも、ハイネックの服を着込んでいることも間違いのない事実
だ。いや。ハイネックはたまたまかもしれない。
 そうだ。そうに違いない。
 明日になれば私の思い違いが立証されるであろうことを期待して、その日私はそのまま
帰路に付いた。

 翌日、私はケンの姿を見た瞬間に打ちひしがれていた。
 思い違いなどではない。
 ケンは今日もハイネックの服を着込んでいる。それも今日は手首も見せないつもりなの
か、上に着ているジーンズ地のシャツの袖までしっかりと留めている。
 「おはようございます」
 「ああ。おはよう」
 普段は朝に弱い彼が、私よりも早く来て私の目の前にコーヒーを差し出している。
 「ずいぶんと早いな」
 「ええ。まぁ」
 私の言葉をケンはまたはぐらかすように応え、自分の腰を軽く叩く。
 「久しぶりのデスクワークなんで、座りっぱなしで腰が痛いですよ」
 彼が置いてくれたマグカップに伸ばしかけた手が止まってしまう。
 彼は今何と言った?。
 腰が痛い?。
 私の追求を避けるように、まるでいい訳のように付け足された言葉は、私の心臓を射抜
く。
 私は彼に気取られぬように、平静を装ってカップを取って口に運びながら、ケンの様子
を盗み見た。私の斜め横に用意した簡易テーブルの上には資料ファイルが広げられてい
る。彼はそのテーブルの方へ向かいながら、無意識のように腰を叩いている。気のせいか
その足どりが重いように見える。昨日はどうだったのだろうかと思い出そうとしたが、そ
んなそぶりはなかったような気がする。
 そうだったのかケン。君は夕べもまたその如何わしいバイトをしていたというのか。
 朝までその体を…その体を男達に…。

 前かがみにさせられた背中をグッと抑えつけられ、ケンの腰が高く持ち上がる。肘の関
節をきつく縛られ、二股に別れた縄先は膝の関節を縛り上げている。広げられた足首の間
には、閉じることができぬようにと鉄パイプが渡されていた。男の手が剥きだされた内股
から尻を撫で上げる。両手が添えられ、鷲掴みにするようにきつく押し広げると、男の顔
が沈み込む。
 ピクリとケンの体が震える。
 尻を掴む手に更に力が加わり、ケンの太股が小刻みに震えている。たっぷりと湿りけを
与えたのか、男が顔を上げると、ぬらぬらと光る指が進入する。グイと挿し込まれた瞬間
に、ケンの顎が上がった。
 クッと噛みしめられた唇は、声を出すまいと堪えているようだ。対照的に男の唇は薄笑
いを浮かべて歪む。引き抜かれた指は、今度は二本になって再び飲み込まれていく。
 男の指がケンを抉る。
 ケンの頭が小さく被りを振って揺れる。男の指はその様子を確認するように、動き続け
る。
 男の手がケンの髪を掴み、顔を持ち上げさせる。目の前に突き出されたものを、ケンは
青い瞳を見開いて見つめ、それから怯えたように瞳を揺らして顔を背けた。微かに聞こえ
るモーター音は、まるでケンにこんな生活をさせてしまっている私を嘲笑っているかのよ
うだ。
 押し付けられた感触に、ケンの首が左右に振られる。髪を掴んでいる手に力が入る。い
やでも顎をのけぞらせ、顔が露になる。男の手に力が入った瞬間、ケンの口から初めて声
が漏れた。
 
 「いかん。いかんぞケン」
 私はそう叫んで立ち上がっていた。
 「は?」
 突然叫んだ私にケンは驚いたように顔を上げる。
 「絶対にいかん」
 私はケンに歩み寄ると彼の手首を掴み上げる。
 「どうしたんですか博士」
 「この手首の痣はどうしたんだ」
 私の強い口調に、ケンの顔には困惑が浮かぶ。
 「言いたまえ」
 「バイトで」
 ああ。なんということだ。私の想像は正しかった。私の脳裏に彼の父親の顔が浮かぶ。
私は彼に何と言って詫びればいいのか。
 「君は…なんということを…」
 「…すみません」
 ケンは私の押し殺した声にうなだれ目を伏せる。長い睫毛が影を作り、心なし青ざめて
みえた。
 「謝らなければならんことをやっていたのかね」
 謝る彼の姿が私の憤りに油を注いだ。
 「抵抗はしたんですが…。断れなくて。軽率だったと…」
 “抵抗はした”
 “断れない”
 ケンの言葉が私の頭の中を回る。
 私は軽い目眩を感じて掴んでいたケンの腕を離した。
 あんなことを…、あんなことを断れないほどの借金。そうだったのか。そうだったのだ
なケン。
 私は膝から力が抜けそうになる感覚をかろうじて堪えた。
 「良かろう。そんなに金に困っているのなら、君が提案した方法で例のテストを行おう
ではないか」
 「え、本当ですか?博士」
 ケンはパッと顔を輝かせると、その可愛らしい口元を綻ばせた。
 ああ、ケン…、君は美しい。どんなに堕ちようとも、君は…。
 「うむ。だからいいかね?もう私に詫びねばならぬような真似をしてはいかんぞ」
 はい、と表情を引き締めて頷くケンに私は「いいね」と念を押して、資料室へ追加の
ファイルを取りに行くよう命じた。このままケンの顔を見ていたら、何を言ってしまうか
分からなかったからだ。
 バタンと閉まったドアをやや暫く見つめてから、私はホッと息を吐くと、
 「まったく容易ならん」
 と、誰に言うとは無しに低く呟いていた。

 THE END


AND・・・

 「ふぅ〜、焦ったぜ。でも博士にはあのバイトの事がバレちまったみたいだな」
 ケンは廊下を歩きながら今日も気ままに跳ねた髪をくしゃっと掻き回した。でもあのく
らいのお説教で済んだんだから、まあいいか。それに例のシリコンバレーまでのドライブ
の件もOKしてくれたし…。しめしめ、これでジンペイに嫌味を言われずに済むぞ、とケ
ンはほくそ笑んだ。
 「後はジョーの奴を何とか言いくるめて…」
 などと考えた瞬間、クシャン、とくしゃみが出た。ちぇっ、と鼻を擦る。
 「ジェーンが風邪を引く訳だよ。ハイネックを着て袖口まで止めてるってのに、何だっ
てあの部屋はあんなに寒いんだ?」
 地球環境に優しくする前に肺炎になっても知りませんからね、博士…。
 と、ケンは思った。


AND MORE・・・

 翌日から私は何年ぶりかの高熱を出し寝込んでしまった。
 医者は風邪だから部屋を暖かくして寝ていろと言っていたが、忙しい身、そうしてもお
れぬ。それに原因は風邪ばかりではない。熱で朦朧とする私の脳裏にケンの白い肢体が、
そして耳元にはワシオの高笑いが延々と続いているせいだ。あぁ。君は私を嘲笑っている
のか。君から預かったあの愛らしいケンを堕としてしまった私を。
だが、あの金遣いの荒さは君譲りだ。
断じて私ではない。
だが、それにしてもいったい何に金を使っているのだ。
まさか‥‥。いや止そう。
考えるとまた熱が上がる。
私はせっかくのイブに体温計をくわえ、恨めしく天井を見上げていた。


oshimai



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