一秒のOthello -Lonely 3.5-

by yu-jin


 『ワシオぉぉ!!』
 インカムから飛び込んで来た声は、相手の鼓膜の心配など微塵もしていない大声だっ
た。
 無線の調整をしていたジョーは耳を直撃されて、椅子から転がり落ちそうになりなが
ら、ヘッドフォンを耳からはぎ取った。
 「そんなに大声を出さなくても聴こえてます」
 インカムを首にかけたままにしていたケンは、とりあえずそれを耳から外したままマイ
クに向かって答える。
 『馬鹿野郎。聴こえてんならさっさと情報解析しろぉ!。わかってんのかぁ!!』
 ヘッドフォンを耳に当てるまでもなく、相手の声が聴こえる。これだけ大声で怒鳴って
いれば、怒鳴っている本人の側にいる人間も耳をふさぎたくなるだろう。
 『ったく。どいつもこいつも!』
 ブツブツと聴こえる声を残して無線機は沈黙する。
 「なっ…何なんだ?。今のは」
 呆れ返ったジョーの言葉に、ケンは苦笑する。
 「親父の知り合い」
 「親父って、あの?」
 ジョーの頭の中に真っ赤なコスチュームに身を包み、腰に手を当てて高笑いするケンの
父親の姿が浮かび、思わず小さく首を振っていた。
 「あのも何も他にいないだろ」
 「そりゃ、そうだが」
 ジョーの頭の中には、
”知り合いなんているようなオヤジか?”
”まさか赤いコスチューム着てねぇだろうな”
”何を今更知り合いだなんてぇのが出てくるんだ?”
”だいたいあのオヤジの知り合いなんて、いったいどういうヤツなんだ?”
と次々とケンの前では決して口に出せない疑問が沸き上がる。
 ケンにしてみれば夢にまで見た愛しい父親かもしれないが、ジョーから見れば気障で自
信家で鼻持ちならないヘンなオヤジに過ぎない。
”だいたい40過ぎて全身真っ赤のユニフォームってぇ神経が判らん”
 追い払っても追い払っても沸き上がる頭の中の高笑いオヤジに悪態をついていたジョー
は、いきなり目の前にクリアファイルを突き付けられてギョッとした。
 「何百面相してるんだ?。ほら話題の彼の資料だ」
 ジョーはケンの言いぐさに、ピクリと眉が動く。
 不思議なことにケンはジョーがあれこれ考えている時に限って『百面相』と揶揄する。
だが、断じて『百面相』などと言われるほどには自分の表情は動いていない自信がジョー
にあった。おそらく普通の人間が見ていても判らない程度の変化しかない。眉間の皺が多
少深いとか、こめかみのひくつき度合いが普段よりも数秒早いといったその程度のもの
を、何故いともたやすく見抜くのか、そっちの方が余程ヘンじゃないかと一度言ってみた
いと思いながら、考えていた内容が内容なだけに、後ろめたさも手伝って取り敢えず黙っ
て渡されたファイルに視線を落とした。
 「おいちょっと待て!何だこの名前は」
 ジョージ・ウッディ 
 「名前に文句言ったって仕方ないだろ。おまえと同じ名前でも、おまえと違って優秀だ
ぜ。彼は」
 いちいち厭味なヤツだと思ってから、まさかさっきオヤジを頭の中で罵っていたことが
バレてるんじゃなかろうなと、あり得ない想像を巡らせる。
 だが、ケンが言う通り、そのファイルに記されているウッディの経歴は、超が付くほど
にエリートコースを邁進していた。
 国際科学技術庁 環境保全計画 情報部第3調査室室長などという肩書と、さっきの怒
鳴り声とがあまりにもかけ離れている。
 「環境保全計画 ようするに情報部きってのやり手だと有名だそうだ。もっともかなり
強引で、好き勝手だという話もあるけどな」
 ケンがそう言い終わるやいなや、外したままにしていたインカムが喚き始める。
 『おい!いつまでかかってるんだぁ!。ちんたらちんたらやってんじゃねぇよぉ!。
判ったことこっちに流せ!。聞いてるのかぁ!!』
 さすがのケンも天井を向いて息を吹き上げている。ジョーはますますどうしてこのオヤ
ジが『超』が付くほどのエリートなのだと疑いを深くしていた。
 「こっちも始めたばかりです。現在のデータから解析したテロ集団の候補は…32」
 32もあったら候補とは言わねぇだろうとジョーが思った瞬間だった。
 『馬鹿野郎ォ!。32もあったら候補とはいわねぇんだ。もっと絞り込めねぇのかぁ!』
 ジョーは思わず自分の首にひっかたままにしているインカムを見つめていた。
 いいこと言うじゃねぇかオヤジ。
 内心拍手を送りたい心境になる。何しろ未だかつてケンを『馬鹿野郎』呼ばわりする人
間というのにお目にかかったことはない。いやいや、まだ実際にはお目にはかかってない
が、このガラの悪いオヤジはひょっとしていいヤツなのではないかとジョーは一人で納得
する。
 『おい助手!!』
 声の主に親近感を抱いた途端に、それは一方的に拒否された。
 『さっさとプール接続開始しろ!。情報がなけりゃ分析できねぇだろ!。早く次の爆発
地点を絞り込まないと今度は犠牲者が出るぞ!!』
 喚き散らす声が言うところの『助手』に該当する人間はこの部屋の中には一人しかいな
い。
 案の定哀れむようなケンの視線がジョーに向けられる。
 ”何で俺が助手なんだ!”
 そう思った思考を粉砕するようにさらに追い打ちがかかる。
 『テロ関係、現場状況、その他の分析状況の資料は全部そっちに流れるようにしてある
んだ、線と穴繋ぐぐらい猿でもできるだろぉ!。いつまでもタラっタラっやってんじゃ
ねぇぞこの野郎ぉ!』
 「うるせぇ馬鹿野郎。んなことはとっくにやってる!」
 猿呼ばわりにジョーは一瞬にして切れていた。
 『おうおう。威勢がいいじゃねぇか。だがよ。線繋いだだけで口開かなきゃ、情報は流
れねぇんだよ。穴に突っ込むことばっかり考えてんじゃねぇぜ。よく覚えとけっ!』
 慌てて走らせた視線の先には、このクソオヤジが言った通り電源がオフのままのルータ
があった。
 「くそっ」
 首にかけていたインカムをむしり取るとジョーは床に叩きつけた。ケンは深い吐息と共
に天井を見上げていた。
 なるほど。これは確かに難物だ。
 ”悪い男ではないのだが、少々癖が強くてトラブルも多い”
 ケンは博士の言葉を思い出しながら、プール接続が開始されたメインモニタ席に座り、
インカムをつけてスイッチを切り換えた。
 「博士。俺です」
 『どうかね彼は』
 「どうもこうもありませんよ。何なんですかあのオヤジは」
 ケンが答える前にジョーの声が割って入ってきた。予備のインカムをつけたジョーはサ
ブモニタ席で、怒り収まらずの顔のままぼやいている。
 『癖はあるが、彼はあれでなかなか優秀な男だ。今回の件は緊急を要する事態なだけに
彼も焦っているのだろう』
 インカムから聞こえる博士の声の音量にホッとしながらも、ジョーはついヘッドフォン
のボリュームを上げてしまい、さっきまで聞いていた不必要にでかい声に鼓膜が慣れてし
まったのではないかと不安になる。
 「それはいいんですが」
 よくねぇ。
 「どうして俺達が情報部の手伝いなんですか?」
 ケンは『手伝い』とは言ったが、依頼された内容は、今起きている爆破テロ阻止のため
の情報解析の司令塔ともいうものだった。畑違いも甚だしい。
 『こちらでもバックアップ態勢はとっている。君たちにはすまないが、いろいろと事情
があるのだ。よろしく頼む』
 インカムは一方的に沈黙する。
 相手が博士でなければ「ちょっと待て!。この野郎」と間違いなく怒鳴っていたであろ
う自分をジョーは自覚していた。

 部屋の中に沈黙が流れる。
 お互いに見合わせてしまった顔には、「よろしくされたくない」と書いてある文字が読
めた。
 そもそも『任務』と名が付けば文句を言う時でさえ優等生面を崩さないケンがそういう
顔をするのだから、よほど途方に暮れているのかもしれない。
 「どうする?」
 「どうすると言われてもな」
 「ぐずぐずしてるとまたあのオッサンの怒鳴り声が始まるぜ」
 「とりあえず。やれるだけやってみるしかなさそうだな」
 「へいへい。で、何すりゃいいんだ」
 「テロ関係の組織と構成員の出入国状況を調べてくれ。それと、もともとこの国にいる
やつのIDチェック。後、国際科学技術庁の全職員のIDチェック。それから…」
 「おい。いっぺんに言うな!。それに、何だって国際科学技術庁の職員なんか調べるん
だ?。テロ屋じゃねぇのかよ」
 ジョーは画面にテロ関係の情報を引き出し、条件設定をしながら叫ぶ。
 「犯行声明見てないのか?」
 「犯行声明?」
 ジョーは隣のPCの画面に飛び込んで来たメッセージに視線を向ける。
 ”紅い親父に聞いて”
 「何だこれ。紅い親父って…」
 まさか?。あれ?。
 やっと追い払った高笑いの声が再びジョーの頭の中を占拠しそうになり、ジョーは慌て
て首をきつく振る。
 「5箇所の爆発直後に電波ジャックして一斉に地上波に流れた。この犯行声明文を解析
した結果、八割以上の確率でレッドインパルスに何らかの関係があるという結論が出た」
 ケンも喋りながらコンソールを叩き続けている。
 「それで国際科学技術庁の情報部が調査してるってことか?」
 「ああ。レッドインパルスは長官直属の特殊部隊だからな。情報の公開はできない」
 「それで俺達が情報解析だなんて畑違いのことをやらされてるのか」
 デスクに座って画面を見つめ続けるなどという作業はどう考えても、いや考えなくても
自分向きではない。情報解析ソフトの操作程度は、やれないこともないが、バラバラと表
示されている解析状況を目で追っているとイライラしてくる。
 「それもあるんだろうが。どうも理由はそれだけじゃない気がする。そんなことより、
早くしてくれ。現場に残った残骸から想定される爆発物と過去のデータからじゃ32までに
しか絞り込めない」
 「あせらすな。今やってる。だいたい何で俺なんだ?。こういうことはジュンの方が得
意だろ」
 ジョーは反対側の端末に向かい、更に条件設定を追加して検索を始める。
 「博士の指名だ。あのオヤジの相手がジュンにできるとは思えなかったんだろ」
 ケンもキャスターの付いた椅子に座ったまま複数台の端末を操作している。
 「そりゃぁそうだろうが。…該当者無し」
 ジョーは答えながら画面に表示された検索結果をそのまま読み上げる。
 「何がだ」
 ケンは自分の画面に視線を向けたままだ。
 「この一週間以内の出入国に該当するテロ関係者はいない」
 「一人も?」
 「ああ。一人もいない。国際科学技術庁が持っているテロ関係者情報全5109人。全員こ
の一週間以内にこの国に入った人間も、出た人間もいない」
 「範囲を広げろ。一週間単位に過去一カ月以内まで検索してくれ」
 「ラージャー」
 ケンは博士の方でピックアップした過去にレッドインパルスが関わった作戦の関係者の
チェックを始めていた。だが、そもそもが極秘任務であるため、内容の詳細が特定できな
いものが多い。ギャラクター相手が多いのかと思っていたが、どうやらそればかりでもな
かったらしい。
 「これじゃ、レッドインパルスの線から辿るのは難しいな」
 「あん?。何だぁ?」
 思わず呟いたケンにジョーが反応する。
 「あ。いや。意外とテロ関係者との接触が多いんだが、組織を壊滅させてしまってるか
らな」
 「過去の経歴から検索させるか?」
 「いや。それは博士の方にやってもらう。それよりも使用された爆薬の出所の方どう
なってる?」
 「捜査状況は入ってきちゃいるが、まだ特定できてないみたいだな」
 プールされると同時に分類されていく情報からは、出所が特定されたというものはな
い。次々と流れていく文字と、検索状況の表示、自分の周りに並んでいる端末を次々と使
いながらジョーはうんざりした気分になる。
 「飽きるなよ」
 いきなり言われジョーはケンを振り返る。
 「飽きちゃいねぇよ」
 『おいっ!!。まだか!!』
 そう。このオヤジ相手に飽きている余裕もない。
 「この一週間以内に出入国したテロ関係者はいませんでした」
 『いないぃ?。一人もか?。だったら期間を広げて検索しろぉ!』
 「やってるよ。二週間以内、三週間以内共に該当者無し。一カ月以内を検索しちゃいる
が…多分いないだろう。もともと国内にいた関係者のチェックもやっちゃいるが、大がか
りな爆破テロを考えてんなら警戒してんだろう。そうそうチェックにひっかかるような行
動をしてるとは思えねぇ」

 ジョーにしては真っ当な答えだ。
 『んなことはなぁ。判ってんだよ!。まともに検索してひっかかるわけねぇだろ。頭使
え!』
 「いちいちひっかかるオヤジだな」
 『あん?。何か言ったかぁ?!』
 「そっちの状況はどうなんですか?」
 放っておくと言い争いをしそうな雰囲気にケンが割って入る。わざわざ聞くまでもなく
状況は入って来ているのだが、この場合はとりあえず振ったもの勝ちだ。
 『こっちか?。こっちはさっぱりだ。爆発現場が5箇所。ほぼ5分毎に次々と爆発して
いるんだがいずれも人の出入りの多い公園のごみ箱だからな。ただな、どうもおかしい』
 そんなことをいちいち聞くなと怒鳴られるかと思ったが、ウッディの答えは意外だっ
た。
 「おかしい?」
 『ああ。爆発物はリモートスイッチの起爆装置だった。時限式じゃない。ってことは爆
発現場周辺をうろついているってことだ。実際、一番最初の爆破地点のウエストサイドリ
バー公園で不審車両が目撃されてる。公園の側に爆発直後まで1時間以上停まっていたそ
うだ。ナンバーは不明なんだが。どう思う?』
 「テロという雰囲気ではありませんね。爆破マニアか、愉快犯」
 『そうだ。いわゆる愉快犯の行動パターンだ。5分毎に爆破しているのも、自分が爆発
現場で起爆スイッチを起動させて爆破を見て歩くためということも考えられる。5箇所は
いずれも車なら5分以内に回れる場所だ。偶然なのか、あるいは何か意味があったのか。
なぁ、ワシオ。どうも気になるんだ。テロ関係の他に一般犯罪だった場合のプロファイル
出してくれ』
 「了解」
 無線を切ったケンは始めてウッディに対して好感を持っていた。素直に疑問を口にする
年長者といのは珍しい。いや、怒鳴っているのも対等と見なしているからなのかもしれな
い。
 「簡単に言うなよぉ」
 切れた無線に向かってジョーは情けない声を上げる。
 そう言いながらも自分の座っている周りの端末だけでは足りずに、後ろの席の端末まで
使い始めてキーを操作し始めたところをみるとジョーもどうやら同じ見解らしい。
 「プロファイリング出すぞ」
 大型のセンターモニタに爆破状況と使用された爆発物、それと今の目撃情報を元にはじ
き出されたプロファイリング結果が表示される。
 直接的な情報が不足しすぎているが、表示された内容は「テロリスト」と呼ぶにはあま
りにもかけ離れた存在だった。
 推定年齢:特定不可。10代後半から30代前半
 性別:不明
 自己顕示欲とのギャップによるストレスを抱え、破壊衝動有り。情緒レベルは極めて低
く、知能レベルは極めて高い。爆薬入手ルートは特定不能。爆発物は自作の可能性有り。
その他各種類推から単独犯の可能性高し。
 「これじゃまったく別人の犯行になるな」
 画面を見ながらケンは吐息を付く。
 「おい。これ本当にテロなのか?。だいたい爆破されたのは公園のごみ箱なんだろ。テ
ロリストがそんなところを爆破して何か意味があるのか?」
 「確かにな。同時爆破をやるならもっと効果的な場所があるはずだ」
 「何だってテロだと断定したんだ?」
 「電波ジャックしての犯行声明と、その内容。それに爆薬。爆破に使用された爆薬が特
殊なものだった。テロリスト御用達の殺傷能力が強力なやつだ。少量で小さいビルごと
吹っ飛ばせる。公園で使用された爆薬の量はごく微量だったんだが」
 「ミスターウッディ。ワシオです」
 ケンはインカムをオンにしてマイクに向かう。
 『おお。何か判ったかぁ?』
 「一般犯罪としてのプロファイリング結果です」
 ケンがセンターモニタに表示されている内容を読み上げる。相手はそれを黙って聞いて
いた。
 『くそぉ。やっぱりただの爆破マニアの愉快犯だってことじゃねぇか』
 「そうなります」
 『そうなりますってなぁ。おまえ…。おい。あれは?。あれはどうなったんだ?。あの
犯行声明は』
 「可能性としては個人的な怨みということになるんでしょうが、動機としては極めて低
いという結果です」
 『個人的な怨みだぁ?。だとすれば…』
 隠し子か?
 ジョーの頭に咄嗟に浮かんだ言葉は口が裂けてもケンには言えないものだった。
 「任務中に何らかの理由で個人的な怨みを買ったということも考えられますが、資料か
らでは類推できません」
 『バカか。あいつの個人的な怨みって言ったら女関係に決まってんだろ。手出した女の
男か、あるいは隠し子か』
 ジョーはウッディの微塵も遠慮のない言葉に、恐る恐るケンの顔を伺い見た。正面を見
据えたまままったく微動だにしていないケンの顔には表情が無い。まさか最愛の父親が自
分の母親以外に女を作るとは夢にも思ってないのではないかと思うケンの横顔に、ジョー
は見てはいけないものを見てしまったような気がして慌てて視線を外した。
 『そっちは南部に洗わせろ。あいつの女関係を一番把握してるのはヤツだからな。お
いッ!。聞いてんのか?!』
 「聞いてます」
 ケンの声はゾッとするほどに冷やかだ。
 『いずれにしても一つの可能性だ。テロ関係じゃないっていう結論にはならないから
な。次の爆破予想地点の割り出しはどうなってんだ?』
 「テロ関係だという条件付きで現時点で絞り込めたのは21箇所。データ送ります」
 抑揚のないケンの声に、ジョーは思わずケンに背中を向けていた。
 14年間も行方をくらましていた大の男に女の一人もいないと、こいつは本気で思ってい
たのだろうかと、若干の疑問は残るものの、背後から迫る冷気はブリザードのようだ。
 怖い。
 あまりにも怖すぎる。
 『最初の爆破から4時間経ってる。今日中にやるつもりならそろそろ次が爆発するぞ。
取り敢えずその21箇所を警戒する。絞り込めたら連絡しろ』
 ケンは何も言わずにインカムを切り換えると博士を呼んだ。手短に状況を報告し、まる
で機械が喋っているのかと思うほど冷やかに自分の父親の女関係の洗い出しを依頼する。
さすがに博士はケンの口から父親の「女関係と隠し子」と言われたことがショックだった
のか、「うむ」とだけ答えるとインカムを即座に切ってしまった。

 異常な沈黙が部屋の中を圧倒する。
 ジョーは脇目もふらずに過去のデータから次の爆破地点の割り出しに専念していた。テ
ロ活動として効果的な爆破地点を条件設定に絞り込んでいきながら、念のためにケンの兄
弟かもしれないヤツがやらかしている場合の条件を別に検索する。
 二人が操作するキーの音だけが、異常な程に静まり返っている部屋の中に響き、まるで
追い立てられるかのように迫ってくる。
 センターモニタの接続を解除していなかったジョーの端末が、その爆破マニアが計画す
るであろう第二の爆破地点の候補を表示した瞬間、画面に緊急を表す「エマージェン
シー」の文字がけたたましいアラーム音と共に大写しになった。
 『セントラルストリート、メインオブジェが爆発。被害状況は不明』
 ガタンと音を立ててケンは椅子から立ち上がと、そのまま食い入るようにセンターモニ
タを見つめる。
 エマージェンシーの文字の裏に表示されている第一候補地点は、まさに今緊急で入って
きたセントラルストリートだった。
 「どういうことだ」
 ケンがそう呟いた瞬間、無線が喚きはじめる。
 『ワシオぉぉ!!。どうなってんだぁぁ!!』
 「ミスター。被害状況は?」
 『ああん?。まだ正確な情報は入ってない。ただオブジェだけが爆発したらしい』
 「ジョー。セントラルストリートから車で5分圏内のストリートを検索しろ。そこから
各5分圏内もだ。それとオブジェがありそうな場所だ」
 『なるほどな。まだ続くってわけか』
 「ヒルサイド、三番街、ブルーリーフ、それから…、ミッドスクエア」
 ジョーは検索結果を片っ端から読み上げていく。
 『ミッドスクエアぁ!!。まだ避難完了してねぇぞ。だいたいあそこの通りは天井がガ
ラス張りだ。そんなところであんな殺傷能力が高いものが爆発してみろ、上からも周りの
ビルからもガラスが降るぞ』
 「おそらくそれは大丈夫です」
 『何でそんなことが言えるんだ?!』
 「爆薬の量が加減されているんです。オブジェだけを飛ばせるように。ごみ箱の時と同
じです。ミスター時間がありません。爆発物の処理は無理です。避難を優先させてくださ
い」
 『んなことはなぁ。手配済みなんだよ!!。俺はもうすぐミッドスクエアだ』
 「危険ですから…」
 ケンの言葉はインカムから聞こえてくる爆発音に遮られる。
 「ミスター!?」
 『大丈夫だ。おまえが言った通りだ。オブジェだけが爆発した』 
 「ジョー。道路状況と距離から爆破順序を割り出せ」
 「うるせぇ。やってる!。三番街、ブルーリーフ、ヒルサイドの順だ」
 『最後はヒルサイドだな。野郎ぉっ!とっ捕まえてやる』
 センターモニタにミッドスクエアの爆破のエマージェンシーが表示される。ついさっき
までの異常な静寂が嘘のように、けたたましいアラーム音が鳴り続ける。
 ケンはウッディに送った21箇所の爆破予想地点と、センターモニタに表示されている爆
破予想地点とを見比べていた。
 相手がテロリストとして想定された21箇所の爆破予想地点は、政治拠点、経済拠点、軍
事拠点となるものがあらゆる可能性からはじき出されている。経済拠点及び、より大きい
被害を想定した結果としてミッドスクエアが候補として上がっていた。ウッディが吠えて
いた通り、ミッドスクエアが本気で爆破されれば、その被害は甚大だ。
 確かにミッドスクエアで爆発は起こったがその規模はテロ関係としてはじき出したもの
とはいい意味で桁違いだった。
 『三番街ストリート、空中オブジェが爆発。被害状況は不明』
 ジョーが予測した通りの順序で爆発を知らせるエマージェンシーが続く。
 「ジョー。この爆破予測は爆破マニアだったとした時の予測地点か?」
 「ああ。愉快犯であることを第一条件にして、被害状況を最小にした予測地点だ。元が
ごみ箱だからな」
 「ということは、この連続爆破犯は愉快犯だってことになるのか?」
 「テロリストだって言うよりその可能性の方が高いんじゃねぇか」
 ようするにおまえの兄弟。
 とだけは絶対に言えない。
 『ブルーリーフストリート、センターオブジェ爆発』
 異様な沈黙に再び陥りかけた室内にエマージェンシーが続く。
 不謹慎だとは判っていてもジョーはそのアラーム音にホッとせずにはいられなかった。
 「ジョー第三爆破の予測地点を割り出せ。ただし、被害状況は単独犯が実行できる最大
でだ」
 「どういう意味だ?」
 今までの爆破はどれも人的被害はなさそうだ。ただ人が騒ぐのを見て楽しんでいるレベ
ルのものにすぎない。
 「今夜は大晦日だ。爆破マニアの単独犯だとすれば、爆破予定時間は多分午後11時59分
か午前0時だ。俺なら一番効果的に華々しくニューイヤーの花火を打ち上げる方法を考え
る」
 「お、おい。それじゃ今までのは」
 「ただの遊びだろ」
 ケンはそっけなくそう言い捨てると自分の前の端末に向かった。
 『ヒルサイドストリート、メインオブジェ爆発』
 予測した最後の爆発発生が告げられる。
 「ミスターウッディ。ワシオです。犯人の車は捕獲できましたか?」
 『まだだ!。大晦日にこんな場所じゃ車の量がともかく多いんだよ。警察に応援頼んで
ここに出入りする車は全部止めた。時間の問題だ』
 「多分もうそこには犯人はいません」
 『何でそんなことが判るんだ』

 「ストリートの爆破順序です。それに最初の爆破地点。最初の爆破地点とその辺りの位
置は、今夜の混雑ぶりからして車で所要時間2時間程度で南下できる場所です。それにス
トリートの爆破順序も、所要時間5分をメドに南下している。ようするに犯人が最後の爆
破を見学したとすれば、その辺一帯の一番南の端で見ていたはずです。ヒルサイドの南の
端は」
 『住宅街か?!。くっそぉ!』
 ウッディがマイクを投げ捨てたのではないかと思う雑音が入る。どうやら住宅街は封鎖
していなかったらしい。
 背中を向けたまま耳に入ってくる会話を聞きながらジョーはケンが完全に切れてしまっ
ているのを感じていた。異常の上に異常が付くほど冷静だ。暖房が入っているはずのこの
部屋の中にいて凍りつくのではないかと思うほどに、ケンの周りは冷え冷えとしている。
ウッディに親父の女関係を言われた時は、まだブリザードが吹いていたが、今は空気さえ
もが凍ってしまったのではなかと思うほどだ。
 「博士。俺です。そちらは何か出ましたか?」
 『ん?。いや。まだだ』
 「判りました」
 ジョーは今度こそ本気でこの部屋から逃げ出したい欲求にかられる。
 イッちまってるケンの相手なんてギャラクターにでもしてもらってくれ。
 「ジョー」
 「な、なんだ?」
 声がうわずりそうになるのを必死に堪える。
 「本当に俺の兄弟だと思うか?」
 カンベンしてくれよぉ。
 「さ、さぁな。俺には判らねぇけどな。でも、何だ?。別に紅い親父ったって、おまえ
の親父だと限ったわけじゃねぇしよ。レッドインパルスは全員紅い服着てたじゃねぇか。
それに紅い服着てる親父が他にいないってわけじゃなし、そういやぁサンタクロースだっ
て紅い服だしな」
 ジョーは自分で何を言ってるのか判ってるのかと問われたら、素直に判っていないと答
えたい心境だった。
 「サンタクロースぅ?」
 ジョーにはケンのこめかみがひくついたように見えた。
 ひょっとして何かまずいことを言ったのだろうかとジョーは後退りしそうになる。だ
が、ケンはそのまま何も言わずに自分の端末に向かってしまった。
 ”どうにかしてくれこの状況!!。俺は何も言っちゃいねぇし、やっちゃいねぇ!”
 どう考えても理不尽なこの状況に、ジョーはそう叫びたい衝動にかられる。あの紅い親
父に隠し子がいると言った覚えもなければ、それに加担した覚えも当然無い。言った本人
とやった本人が責任を取れってくれと叫んだところで所詮無駄なことも判っている。何し
ろ片や言ったことが悪いことだとは微塵も思っていないようなガラの悪いオヤジだし、も
う片方に至っては既にこの世には存在していない。
 いい迷惑もここまでくれば立派なものだ。
 「ジョー」
 「あ、ああ?」
 「百面相してないで早く割り出せ」
 だからどうして百面相なんだ!
 唖然としたままジョーはケンの背中を見つめていた。

 『犯行声明です』
 爆発のエマージェンシーはもう入ってはこないと思っていたジョーは、突然鳴り出した
アラーム音に飛び上がりそうになる。
 ”今度は天国を賑やかにしてやるよ”
 「博士。発信地点の割り出しをお願いします」
 『ワシオぉぉ!』
 ケンが博士とのホットラインに向かって叫ぶのと同時に、無線から声が飛び込んで来
る。
 『三回目の爆発予測地点はどこだぁぁ!!今度は来るぜ。ドカンとでかいのがよ』
 「うるせぇ。やってる!。まだ予測地域だ。人が集まる場所でヒルサイドから南に2時
間圏内の場所は全部で3箇所。スクエアプレイス、サイドベイシティ、それから、ここ
だ」
 「ここ?」
 ケンが意外そうな声でジョーを振り返った。
 「ああ。この本部ビルの周辺は観光スポットが多い。当然ニューイヤーカウントダウン
イベントがあちこちである」
 『スクエアプレイスにサイドベイに本部ビルだとぉ。馬鹿野郎ぉ。場所が離れすぎてる
じゃねぇか!。どこかに絞れないのかっ!!』
 「それぞれの地域での発生予測地点ははじき出せるが、どれかに絞るには情報が少なす
ぎる。そっちこそもう少し犯人像を特定する情報はねぇのかよ!」
 ほとんどただの八つ当たり状態だとは判っていても、この部屋を冷凍庫にした張本人は
こいつだと思うと、ジョーはどうしても挑発的になってしまう自分を押さえられない。
 『馬鹿野郎ぉ。こっちの情報はそっちに流してあるだろうがよぉ。ヒルサイドの住宅街
で急発進する黒いワゴン車が目撃されてるがナンバーは不明だ。どうやら犯人の車らし
い。それと、今度もリモートスイッチ形式の爆発物だ。それ以外は何もない。ワシオ。お
まえの親父の線からは手繰れねぇのかぁ』
 ”わっ。バカ。それを言うな!”
 いったいこのオヤジはこの部屋をマイナス何度まで下げるつもりなんだと、ジョーは頭
をかかえる。
 「まだ何も。これが爆破マニアの一般犯罪だとすれば、俺の親父が関係しているかどう
かも怪しいですからね」
 『紅い親父の犯行声明はどう説明する』
 「紅い服のオヤジなんて、どこにでもいるでしょう。サンタクロースも紅い服のオヤジ
ですよ」
 ケンの言葉に振り返ったジョーは、震え上がりそうな冷酷な笑みを浮かべているケンの
顔を見てしまう。
 『バ、馬鹿野郎ぉ!。サンタクロースだとぉ!。クリスマスはなぁもう終わったんだ
よ。馬鹿野郎!』
 さっき自分が言った言葉を絶対にケンは根に持っているとジョーは確信する。
 「いずれにしても次の爆破までには時間があります。テロリストの可能性は極めて低く
なりましたが、そちらも含めて解析します」
 『おい。どうして時間があると思うんだ?』
 「最後の花火の打ち上げ時間は決まっているものですよ」
 『午前0時か?』
 「ええ。そうでなければ23時59分」
 『だろうな。取り敢えず俺達はスクエアプレイス向かう。何か判ったら知らせろ』
 「何でスクエアプレイスなんですか?」
 『何だ。やけにつっかかるな。親父に女がいるって言われて怒ってるのか?。理由は単
純だ。本部ビルにそうそう爆発物が仕掛けられるとは思えない。それにその辺りの道は本
部ビルを中心に放射線状になってる。どこでやるにしても封鎖しちまえばそれまでだ。か
と言って同じ時間圏内でもサイドベイシティは遠すぎる。消去法だ』
 「俺はこのビルの方が近いと思います」
 『ほお。おまえの勘ってやつか?』
 「ええ。それに、今度のは時限式ですよ」
 『時限式だぁ?』
 「ええ。今までのはリモートスイッチでしたが、次は間違いなく時限式です。最後の花
火の時間は決まってるって言ったでしょ」
 まるでケンがこの爆破犯人なのではないかと錯覚するほどに、ケンの声は確信に満ちて
いる。
 『やけに自信たっぷりじゃねぇか。まぁいい。いずれにしても早く場所を特定しろ!』
 ”自分の兄弟だとそういうことも予測できるのか?と言わなかっただけ褒めてやる。頼
むからこれ以上ケンを怒らせないでくれよ。オヤジ”
 ジョーはまだ会ったことのない同じ名前の男に拝みたい気分に陥っていた。
 「ジョー。各イベント会場のイベント内容と収容規模の順に爆破予想地点を洗い出せ。
最低でも千人クラスのはずだ。それからそこでクリスマスにどんなイベントがあったかど
うかもだ」
 ケンはそう言い捨てると自分の端末に向かってしまった。
 やっぱりサンタクロースを根に持ってやがると思っても、さすがにその話題に触れる勇
気はジョーにはなかった。体感温度は下がってはいないが、相変わらずの冷凍庫には違い
ない。いったいいつまで自分はこのケンの相手をしなければならないのかと考えただけで
ジョーは途方にくれる気がした。
 黙々と作業は続く。
 途中、犯行声明の発信地を突き止めたという連絡があったが、発信機しかなかったとい
う報告が入った。
 その間、ジョーは想定した3地域以外の周辺も含めて今夜行われるイベントのリスト作
りに追われていた。
 各イベント業者から提供されている内容をマージして並べ替えるだけでもかなりの時間
がかかっている。あちこちで行われるイベントに集まる延べ人数を考えると、世の中には
今夜暇な人間がこんなにも大勢いるのかと驚くほどだった。
 「ジョー。最初に検索していたテロ関係者のリストって、死亡者も入ってるのか?」
 「あ?。死亡者入れて検索しても仕方ないだろ。死亡者のリストは別にある」
 顔も上げずに答えていたジョーは、答えてからケンを振り返った。
 「おい。まさか偽造か?」
 「いや、それは博士の方でチェック済みだ」
 「だったら何でだ?」
 「ん?。一般犯罪だとしても、どうしても爆薬の入手ルートが判らない。あの爆薬はテ
ロリスト御用達だからな。だれかから貰ったか、あるいはそこにあったのを使ったか」
 「何だ?そこにあったのって?」
 「死んだヤツの近くにいた人間。俺は死亡者のリストを洗う。おまえは早く爆発予想地
点を割り出せ」
 ケンから多少は冷気が引いている。どうやら父親のことは脇に置くことに決めたらし
い。ジョーはこれ以上紅い親父に邪魔されないことを願いつつ作業に戻った。
 リストを作り出すまでに小一時間かかった。
 「出来たぜ」
 ジョーはモニタを切り換えて一覧をセンターモニタに表示する。
 千人以上を収容するイベント会場だけでも30は下らない。5万人クラスが2会場、1万
人クラスに至っては8会場ある。それだけでも10だ。

 「これだ!」
 ジッと一覧を見ていたケンがいきなり立ち上がる。
 「あ?」
 「船だ。船上パーティで過ごすニューイヤーカウントダウン。サンタクロースと過ごす
クリスマスディナー」
 ”だから。サンタクロースは”
 ジョーがそう言おうとした言葉はケンに遮られた。
 「出航時間まで時間がない。ジョー。この船に乗ってくれ。出航時に乗り込まないと犯
人に爆破される可能性もあるからな。スクエアプレイスからじゃ間に合わない。急げ」
 一瞬何を言われたのかと呆然とする。
 「お。おいっ!。時限式じゃなかったのかよ」
 「時限式にもリモートスイッチは付けられる。万が一のことを考えればいつでも爆破で
きるようにしておくだろ。出航させなくても、出航間際に大人数で乗り込んでもどこで見
てるか判らない犯人に爆破される可能性が高い。俺は犯人を特定して爆発物の解除方法を
探す。早く行け。船の方にはおまえが乗ることを連絡しておく」
 「判ったよ。その代わりドカンは御免だからな」
 「あたりまえだろ」
 何をバカなことを言ってるんだといわんばかりのケンの答えに、ジョーは取り敢えず満
足すると、念願だった冷凍庫から飛び出していった。
 「ミスター。ワシオです。爆破対象が特定できました」
 『ほんとか!!。どこだ!』
 「そこからでは間に合いません。こちらからジョーを行かせました」
 『馬鹿野郎ぉ!。間に合わねぇだとォ!。爆発は午前0時だって言ったのはおまえだ
ぞ!』
 「船です。船の出航時間に間に合わないんです」
 『船だぁ?』
 「豪華客船でのカウントダウンクルーズです。出航時間は午後10時半。後15分です」
 『後15分でそこから間に合うのか?』
 「一番近いのがここですからね。ジョーの腕なら間に合いますよ」
 『おい。本当にそいつに爆弾積んでるんだろうなぁ』
 「ええ。今夜行われる大規模なイベント会場で、クリスマスにサンタクロースがいたの
はその船だけです」
 『おまえ…。言ってる意味がさっぱりわからねぇんだけどな』
 「説明は後でします。ともかく乗船は出来ないことを前提に手配をお願いします」
 『手配ったって。爆処理が乗り込めないでどうするつもりなんだ』
 「こっちでも何とかします。そっちも何とかしてください」
 『何とかってなぁ。おまえ。おいっ!』
 吠える無線を切ると、ケンはもう5時間以上見続けている端末に向かった。

 『あ、あったぜ…』
 ジョーがその物体を見つけたのは、23時をとっくに回ってからだった。
 「写真撮って送ってくれ。それからもうじきウッディが乗り込むから揉めるなよ」
 『ああ?。どうやってあのオヤジが乗り込んでくるんだ。誰かが乗船したらドカンだっ
て言ったのはおまえだろ』
 「別の客船をジャックしちまったんだよ。過激なおっさんだよ。クルーズしている客船
が他の客船とすれ違ってもおかしくはないだろうってさ」
 ケンが可笑しそうに小さく笑っているのが聞こえる。呑気なヤツだとは思っても、ビリ
ビリとしていられるよりは多少安心する。
 『犯人が他の客船の行路を調べてたらどうするんだ?』
 「ジャックしたって言ったろ。もともとその船とすれ違う予定の客船だから大丈夫だ。
陸から死角になる場所で救命ボートから乗り移ると、そのボートの上からいきなり言って
きた」
 確かに大胆なオヤジだ。それもわざわざ爆発するかもしれないものに乗り込もうという
のだから物好き以外の何者でもない。
 『それは判ったけどよ。解体できねぇとか言うんじゃねぇだろうな。これ』
 「何とかする」
 『馬鹿野郎ぉ!。何とかじゃねぇ何とかじゃ。必ずどうにかしろ!』
 ケンの声に物好きオヤジの声が割り込んで来る。やたらと感度のいいその声の様子か
ら、ジョーは噂の人物が無事にこの船に乗り込んだことを悟った。
 『で、どこにいるんだ。助手は!』
 「船底の機械室です」
 『ったく。んなありきたりの場所に取り付けやがって。隣がボイラー室とか言うんじゃ
ねぇだろうなぁ』
 「隣はボイラー室です」
 『隣はボイラー室だよ』
 重なった二人の声に一瞬ひるんだようにウッディが沈黙する。だが、一瞬だけだ。
 『馬鹿野郎。んなありきたりの場所に仕掛けられたもん探すのに何で一時間もかかるん
だよ』
 『来りゃ判るよ。ごちゃごちゃ言ってないでさっさと降りてこいよ』
 ジョーの声にケンは思わず自分の掌で顔面を覆っていた。この二人に揉めるなという方
が無理かもしれない。そう思いながら片手でジョーが送って来た写真を、博士の方に転送
する。
 「解除方法の解析をお願いします」
 インカムのスイッチを切り換えて博士に呼びかける。
 『うむ。素人が何かを参考にしながら作れる形式のものだが、8色の配線を切る順序を
間違えると爆発する。ケン。ジョーに言って何カ所かに分けて拡大映像を撮るように言っ
てくれたまえ』
 「了解」
 博士の言葉を伝えながらケンはまだ特定できない犯人を追うために端末に向かう。犯人
は起爆スイッチのソフトを積んだPCを持ち歩いているはずだ。その中に入れればこの事
件の全貌も、最悪の場合に爆破を止めることもできるかもしれない。ケンは刻々と迫る時
間に追われながら膨大なデータの中から犯人を追い続けていた。
 この半年以内に死亡したテロリストで、爆薬に関連する立場にいた者。その近親者で、
テロ活動を一切行っていない者。その中でプロファイリングに一致する人物を探してい
た。おそらくは息子なのだろうと想像する。検索条件を狭り込み過ぎるとヒットしない。
広げすぎると対象を絞り込めない。何度となく検索条件を変更しながら、既に調査を依頼
している候補者を更に絞り込んで、ケンはようやく2人の人物を探し出した。
 『ケン。右側のトラップ解除方法は判った。だが、最後の解除方法は解析中だ』
 「博士。どんな方法でも構いません。今から言う二人のIPを洗って、所持している
PCをハッキングして下さい。大至急」
 『どういう意味だね』
 「その二人のどちらかが犯人です。どちらかを特定することが出来ません。そいつの
PCの中に入るしか、あるいは最後の解除方法は判らないかもしれません」
 『判った。何とかしよう』
 ケンは博士から送られて来た解除図を見ながらジョーを呼び出す。
 「ジョー。右側のトラップ解除方法が判った」
 『右側ぁ?』
 『右側ってどういう意味だよ』
 まるでステレオ放送のような怒声が飛び込んでくる。
 「まず。右側のオレンジのリード線を切れ。順序を間違えると爆発するからな」
 ケンは二人の抗議の声を無視して解除方法を伝える。
 『…オレンジ…だな』
 二人の唾を飲み込む音さえも鮮明に聞こえる。
 「ああ」
 『…切るぞ…』
 「切れ」
 暫くの沈黙の後、『………切ったぞ…』というジョーの掠れた声がインカムに入ってく
る。
 「次は茶色だ」
 『茶色だな』
 二本目になると開き直るのか、すんなりと「切ったぞ」という声が返ってくる。
 「次は緑」
 『緑ね。グリーンティか?。そういや咽が乾いたな』
 状況に慣れるのが早すぎる。
 「次は黄色」
 『へいへい。黄色ちゃん』
 「やけになるなよ」
 『やけになんなきゃやってられるかよ!』
 「黒が残ったな」
 『黒だな』
 「まだ切るなよ!」
 耳元でゴクリと咽が鳴る音が聞こえた。
 『『紛らわしい言い方するな!』』
 ダブルで怒声が飛んで来る。どうやらジョーは切りかけたらしい。
 「右側の黒と白の2本は残して、左側の赤と青の線だ。そのどっちかを切ればカウンタ
は止まる」
 『講釈はいいからさっさとどっちを切るのか言え!』
 イライラとしたジョーの声がケンの耳に響く。ジョーの苛立ちが手に取るように判る。
 残り時間は後13分23秒、22秒、21秒。
 刻々とカウントダウンされていく時間に焦るなと言う方が無理だ。
 「まだ判らない。今調べてる」
 『『馬鹿野郎ぉ!。おまえこの状況が判ってんのか!。判らねぇってどういうこと
だぁ』』 
 何だかんだと息のぴったりと合った怒声を聞きながら、ケンはそっと吐息を付く。何と
言われても判らないものは判らない。
 「取り敢えず黙って待ってろ!」
 そう怒鳴るとケンはインカムのスイッチを叩き切った。
 
 沈黙したインカムにジョーはドサリとその場に座り込んだ。その横に中腰になっていた
ウッディも音を立てて座り込む。
 長い吐息を付き額を流れる汗を拭う仕草を横目に見ながらジョーは始めて彼をまともに
見た。
 「何で乗り込んで来たんだ?。爆発するかもしれねぇのに」
 声だけを聞いている時はその迫力と行動力から、がたいのいい見るからに押し出しの強
いタイプかと思っていたが、「来たぜ」と言いながらこの迷路のような機械室に入って来
た彼は、小柄なやせ型の身体で、冬場の街のチンピラか、見ようによっては土建屋の親父
かという格好をした男だった。事前に彼の経歴を知らなければ、彼が『超』が付くほどの
エリートだとはどこからどうやってみても見えない。
 「馬鹿野郎。んな、ったりめぇのこと聞くんじゃねぇ。おまえ一人に任せておけるか」
 少し照れたようにそっぽを向き「まぁ。何だ。俺が居たって何の役にも立たねぇかもし
れねぇがな」と呟くウッディの様子に、ジョーはこの男の口の悪さは照れを隠すためなの
だと気付く。
 やっぱり、人のいいオヤジらしい。
 「乗客の避難はどうなってんだ?」
 「ああん?。検討したんだが避難させるのは難しいという結論だ。せめてこいつが取り
外せれば何とか出来るかと思ったんだが、これじゃ無理だな」
 リード線ごと機関室のパイプに巻きついている物体は不用意に切り離せる状態ではな
い。
 「しかし何だな。この確実にカウントダウンしてるものの横にいるってぇのも、いやな
気分だぜ」
 ウッディはネクタイを緩めて確実に時を刻むカウンタをちらりと見上げる。
 「あんた奥さんとかいねぇのかよ」
 「あ?。いるよ。今年結婚したからな」
 「今年!?」
 何気に聞いたことの答えとしては充分驚くものだ。ケンの親父と同年代と思われるこの
オヤジに「今年」という答えはまったく想像していなかったジョーは、思わす寄り掛かっ
ていた壁から身体を引き剥がして彼の顔を見ていた。
 「ああ。所帯持ちてぇって女にやっと巡り逢ったってぇか。馬鹿野郎ぉ。何言わすんだ
よ。んなことどうでもいいじゃねぇか」
 照れ隠しのようにウッディはジョーとは反対側を向くとバタバタとYシャツの胸元を手
で扇ぐ。
 「よかねぇだろ。結婚したばっかりで奥さん残して死んじまったらどうすんだよ。だい
たい何だって調査室室長が単身で乗り込んでくるんだ」
 「だから言ったじゃねぇかよ。俺ぁ、仮にも責任者なんだよ。乗客を避難させることも
できねぇ状況で、自分だけ安全な陸の上にいられっか。馬鹿野郎ぉ」
 やっぱりこのオヤジはいわゆるエリートと呼ばれる類の人間だとは思えないと、ジョー
は親しみを込めてウッディを見る。
 「それに。何だ。あいつなら必ず止めてくれると思ってな」
 そう呟いたウッディにジョーは苦笑する。
 ”ケンもトンでもねぇのに見込まれたものだ”

 そうは思っても、自分も同じ思いでいることに違いはない。
 ジョーは自分の横に座り込んだ豪快なオヤジを見る。
 確実に天国の、あるいは地獄へのカウントダウンが進むこの状況で、隣に誰かがいると
いう、ただそれだけのことで、不思議な安堵感がある。例えそれが気休めであったとして
もだ。
 「一つ聞きてぇんだがな」
 そんなことを考えていたジョーに、ウッディは天井を見上げたまま口を開いた。
 「何だ?」
 「どうしてこの船に爆弾積んでるって判ったんだ?」
 「さあな。サンタクロースがどうのって言ってたけどな」
 「俺にもサンタクロースがどうのって言ってやがった」
 「親父に女がいるっていうよりも、あいつにとっては、サンタクロースの方が現実味が
あったんじゃないのか」
 ジョーはさっきまでの冷凍庫状態の部屋の中を思い出す。
 今はまるでサウナだ。
 「ずいぶん信用されてる親父だったんだな」
 「どうかな。あいつの場合は…」
 ふと見上げたカウンタが5分を切ったのと同時にケンの声が飛び込んで来る。
 『青だ。青を切れ!!』
 「青…だな」
 ジョーはペンチを握り直して、配線に向かう。
 ゴクリと唾を飲み込む音が自分の真横からも聞こえる。
 思わずウッディと顔を見合わせ、ジョーはおもむろに青の配線を手にしたペンチで挟ん
だ。
 何度やっても気持ちのいいものではない。
 リード線を切る。
 その瞬間閉じた目を恐る恐る開き、見つめたカウンタは、
 「……ケ…ケン。止まらねぇ…」
 止まっていなかった。
 『何ぃぃ!!』
 「馬鹿野郎ぉ。止まらねぇじゃねぇか」
 「おい!!。どうなってるんだぁ!。後3分切るぞ」
 カウントダウンを進めるデジタル時計から視線を外すこともできない。
 全身から一斉に汗が吹き出す。
 『白か黒を切れってことか?』
 混乱したようなケンの声がインカムから聞こえる。ケンの動揺がそのまま耳からジョー
に入り込んで来る。
 「白か黒って、おまえオセロやってんじゃねぇんだぞ。どっちでもいいから早くしろ
よ」
 「どっちでもいい訳ねぇだろ」
 「この際どっちでも同じじゃねぇかよ」
 「馬鹿野郎。同じ訳ねぇじゃねぇか」
 『うるさいぃっ!!』
 ケンの怒鳴り声と共に全てが沈黙する。
 ジョーとウッディはカウンタを凝視したまま硬直していた。
 カウントダウンは10秒を切ろうとしている。
 「借金チャラにしてやるから、何とかしろぉぉぉ!!」
 そう叫ぶジョーの声にケンの怒鳴り声が重なった。
 『白だ!。白を切れジョー!!』

 あちこちで一斉にクラッカーが鳴り響き、花火が上がり、汽笛がなる。
 新しい年が明ける瞬間を、誰もが一斉に祝福している。
 ケンは椅子の背に沈み込み、今頃になって一斉に吹き出した汗を感じながら、遠くに聞
こえるその喧騒を聞くともなく聞いていた。
 付けたままのインカムからは、事後処理に追われる各方面の状況が細切れの言葉で聞こ
えて来ている。その中で、犯人とおぼしき男が、海の見える丘の上でゲームに破れたこと
を知った午前0時1分、他人を巻き込むことなく車ごと自爆したことが伝えられた。

 ケンは天井を見上げたままそっと吐息を吹き上げる。
 これで全ては闇に消えた。
 どうせ博士は何も教えてはくれないだろう。
 絞り込んだ2人の父親はいずれもその世界では有名な爆破工作のテロリストだった。そ
の内の片方の父親は、かつてレッドインパルスが壊滅した組織に属していたことがあっ
た。
 ”紅い親父に聞いて”
 あれは本当にサンタクロースのことだったのか、あるいは自分の父親のことだったの
か。
 ケンは、犯人が最後の配線をロックしていたパスワードを想う。
 ”サンタクロースは来なかった”
 子供の頃、サンタクロースは父親なのだと知った時、自分にはサンタクロースは来ては
くれないのだと思ったあの感情が蘇る。
 彼がいったい何時のサンタクロースを待っていたのかは判らない。ただケンには、遠い
子供の頃から父親を待ち焦がれた犯人の想いに思えた。
 テロリストの父親を持った犯人は、その後を継ぐこともなく無謀なゲームに走った。
 その父親を追う立場にいた父親を持った自分は、父の後を継いだ。
 何かがどこかでずれていれば逆になっていたのかもしれない。
 『何ぃ?!。産まれたぁ?!』
 付けたままのインカムからウッディの声が突然飛び込んでくる。
 『ん?。男?!。そうかぁ。そうかぁあ。判った。直ぐ、直ぐ行くからな!』
 どうやらインカムを切らないまま携帯に出てしまったらしい様子に、ケンは苦笑する。
 『え?。息子だよ。息子が産まれたんだ!。ハッピーニューイヤー、ハッピーバース
デーだ馬鹿野郎!。え?。何だぁ?。あっ!。インカム切ってねぇじゃねぇか馬鹿野
郎ぉ!』
 ケンは堪えることができずに、声を出して笑ってしまっていた。
 子供が産まれるという時に、わざわざ爆発するかもしれない船に乗り込んで行ったこの
無謀なオヤジを父親に持った息子はどんな人生を歩むのか、末恐ろしくもあり、楽しみで
もある。

 ”Happy New Year”。
 そして、”Happy Birthday”。
 新しい年に新しい命が誕生する。
 夜が明けたら親父の墓まりに行こうと、ケンは座り続けた椅子から立ち上がった。



-End- 


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