Lonely Holy Night

by yu-jin

クリスマス


 「んで?。何で俺がその何だかわかんねぇ箱を運ばなきゃなんねぇんだ」
 ジョーはこれ以上はできないというほど露骨に不機嫌な表情を張り付け、挑むような瞳
をケンに向けた。
 「任務だからだろ」
 ケンはジョーの「不機嫌」をさして気にするでもなく、ジョー曰く「何だかわからない
箱」を一人でさっさと車のトランクルームに積み込んでいる。
 「だから何で俺なんだ」
 ジョーは車に寄り掛かったまま、腕組みをして更に鋭い眼差しをケンに向けた。
 「車だから」
  ケンの言葉にジョーの頬がピクリと動く。
 「おめぇ。まさか運転手とか言うんじゃねぇだろうなぁ」
 「お前一人で行けとは言ってないだろ」 
 トランクルームを閉めながら、ケンはジョーの怒声に臆するでもなく応えた。

 「ふざけろ。俺はお前の運転手じゃねぇ。行くならおまえ一人で行け」
 ジョーはそう言い捨てると寄り掛かっていた車から体を引き剥がし、ケンに背を向けて
歩きはじめる。
 「ジョーぉ。任務だ」
 そのジョーの背中からケンの声が追い掛けて来る。瞬間、無視するか立ち止まるかを
迷った。たっぷり三歩分悩んでから、ケンを怒らせると面倒だと思いなおして立ち止ま
る。
 「ジョー」
 立ち止まったまま背中を向けているジョーにケンがもう一度呼びかけた。
 「わぁったよ。行きゃぁいいんだろ行けゃあ。そのかわり、夜の8時までだからな」
 ケンに背中を向けていたジョーは憤ったまま振り返り、ドライビングシートのドアを開
ける。ケンはエンジンキーを投げてジョーに渡すと、さっさとアシスタントシートに収
まった。始めから運転する気は全くなかったらしい。ケンはシートの上に片足を乗せ、窓
枠に肩肘をかけたくつろぎきった格好で、しぶしぶドライビングシートに座ったジョーを
笑いながら見ている。
 『こいつがこういう笑いを浮かべる時は、絶対に何か企んでいる』
 ジョーはケンの笑みを見ながら、内心警戒気味にエンジンキーを差し込んだ。

 「おまえさ。行き先判ってる?」
 差し込んだキーを回そうとしていたジョーの手が止まる。
 「お前なぁ」
 より一層憤りを露にしたジョーに、ケンはクスクスと小さく笑っている。その様子に
ジョーは小さく吐息をついた。思った通りだ。どうせろくでもないことを考えているのだ
ろう。いや、こいつがこういう顔をしている時は、存在そのものがろくでもない。
 「さっさと行き先言えよ」
 仏頂面のままジョーは正面を見据え、エンジンキーを回す。
 「とりあえず、ハイウェイに乗って」
 相変わらず人を食ったようなケンの物言いに、ジョーはモノも言わずにいきなり車を発
進させた。

 沈黙が続く狭い車内の空気に最初に根を上げたのは、ジョーの方だった。
 「で、どこまでいきゃぁいいんだ」
 まっすぐに伸びる路をただひたすら走りつづけることに飽きていた。
 「シリコンバレーまで」
 「はぁ?」
 とっぴな行き先に、ジョーは思わずケンの顔を見てしまった。
 「前見て運転してくれよ。おまえと心中は御免だぜ」
 普段、『死ぬときは一緒だ』とバカの一つ覚えのように言っている人間の言葉とは思え
ない言いぐさにジョーは内心呆れたが、言い返してみたところで、鮮やかにかわされるの
がオチだと話題を元に戻す。
 「何時間かかると思ってるんだ。だいたい何で飛行機乗らねぇんだよ」
 「気圧の変化がまずいらしい」
 ケンは後を親指で差し示し、平然とした顔を正面に向けている。
 「俺は夜の8時までだと言ったはずだ」
 「行き先知ってるのかと聞いたはずだ」
 いかにもケンらしい言葉に、ジョーは怒る気力を一気に失くした。
 「勘弁してくれよぉ。他の日ならともかくよりによって何で今日なんだよ」
 「仕方ないだろ」
 泣き言に近いジョーの言葉をケンはそっけなく跳ね返す。
 『任務なんだから』と言ったらぶっとばしてやると思っていたが、ケンはそれを察して
いたようだ。
 「今日がいつだか判ってるのか?」
 「今日は今日だろ」
 「何の日かって意味だ!。イブじゃねーか!」
 「おまえの誕生日のか?」
 「キリストの誕生日のだ!」
 「いちごの乗ったケーキ食って、七面鳥食って、甘ったるいお子さま用シャンパンのグ
ラスの端を合わせて、メリークリスマスとか言うつもりだったのか?」
 「るせぇ」
 「図星か」
 「おまえ判ってて俺を運転手にしてるんだろう」
 「判ってるって何を?。真っ赤なバラの花束をクリスマスプレゼントに用意してるって
ことか?。普通、花束、クリスマスプレゼントにはしないだろ」
 車を止めて、襟首を掴まえてアッパーの 一つもお見舞いしてやりたい気分に襲われた
が、ジョーはとりあえずブレーキを踏みそうになる自分を抑え、アクセルを踏みつけた。
こんなところで車を止めて言い争っていてもますます帰りが遅くなるだけだ。
 急に加速した車体に、ケンの体がシートに押し付けられる。
 「おい。ムキになるなよ」
 「黙ってろ。舌噛むぜ」
 「はいはい」
 ケンはおとなしくシートに座り直す。
 ユートランドからシリコンバレーまでどんなに早く見積もっても5時間弱といったとこ
ろだ。朝の9時に出発したのだから、戻ろうと思えば夜の8時にユートランドに戻ること
はできる。
 『まてよ。帰りは飛行機って手もある』
 ジョーがそう算段をした途端だった。
 「ジョー」
 「んだよ」
 「先に言っておくが、帰りは飛行機ってのは無しだからな。この車持って帰らなきゃな
んないからな」
 まさに自分がそう思った瞬間だっただけに頭の中を覗かれているようなケンの言葉に、
ジョーは心底驚いた。思わず目を剥いてしまいそうになるのを必死に堪え、何とか平静を
装ったジョーはさらにアクセルを踏み込む。
 「飛ばすのは構わないけど、事故るなよ」
 シートに座ったまま両腕を伸ばして伸びをしている。
 「俺を誰だと思ってるんだ」
 押し出した声は、怒りも交じりって低い凄味のあるものになっていた。
 「コンドルのジョー」
 だが、ちらりとジョーに視線を向けたケンは、そのまま大あくびをしながら、間抜けた
声で応える。
 「おまえなぁ。もういい。黙ってろ」
 ただでさえ不機嫌な気分に拍車がかかる。ジョーのその不機嫌な顔にチラリと視線を向
けると、ケンは「フン」と鼻で笑った。
 「寝る」
 そういうが早いが、窓に頭を凭れ掛からせて目を閉じてしまった。
 「おまえなぁ」
 無理矢理人に運転させておいて横で寝る根性に呆れ返る。だが、『黙ってろ』と言った
手前文句も言えず、ジョーはケンに構うことを止めた。

 路は遥か彼方の地平線まで、まっすぐに伸びている。この路の終わりまで突っ走って
行っても、まだ道のりは半分程度だ。ハンドルを握ったままあちこちをいじってみたが、
この車にはラジオも付いていなかった。
 「ちぇっ。気が利かねぇ」
 単調な道のりを沈黙したまま走っていると自分がどこを走っているのかも判らなくなっ
てくる気がする。上空にヘリが一機飛んでいる以外は、前も後も車一台ない。まして、隣
からは規則正しい寝息が聞こえている。
 横目で見たケンの寝顔は、「眠ってりゃ天使」だ。そういえばとジョーは昔のことを思
いだす。ジョーがケンと出会った頃、ケンは今よりももっと真面目が服を着ているという
感じだった。今も当時と変わらずに妙に堅物なところはあるものの、少なくとも昔は「起
きたら悪魔」ではなかった。
 何時からだったろう。
 ケンの微笑む顔を恐いと思うようになったのは。
 「お出ましのようだな」
 眠っていると思ったケンのいきなりの声にジョーは飛び上がりそうになる。
 「な。何のことだ」
 「ヘリだよ。さっきから付いてきてる」
 「付いてきてるって。おい。何時から気がついてたんだ?。いや、何で付いてこなく
ちゃなんねぇんだ」
 「お宝が欲しいんだろ」
 「お宝ぁ?」
 「そう。オ・タ・カ・ラ」
 ケンは親指で後方を示す。
 「んなやばいモノなのか?」
 「らしいな」
 「らしい?。らしいで命狙われるっていうのか?」
 「らしいな」
 「おまえ他にいいようってもんがあるだろう」
 「そんなことより。スピード上げろ」
 「るせい。これで目一杯なんだよ」
 これでもかと踏みつけているアクセルに、ジョーはイライラしながら怒鳴っていた。
 「そこのスイッチを押せ」
 「どこだ?」
 アクセルを両足で踏み込みながら、ケンの言う「そこ」を目で探す。
 「それだよ。上から二列目の、あぁ面倒臭い」
 ケンが横から手を伸ばしてジョーの目の前のレバーを操作する。ふわりと鼻先をかすっ
たケンの髪から、花束の香りがした。
 「どこのシャンプーだ?」
 「あ?」
 「いや。いい匂いだって思ったからよ」
 「俺に言ってどうすんだそんなこと」
 「そりゃそうだ」
 「そういうセリフは今夜会う女に言ってくれ」
 もう限界だと思っていたアクセルがさっきよりも踏み込み易くなって加速する。どうや
ら特殊車両らしい。
 「で、何なんだあのお宝は?」
 「知らん」
 「知らんっておまえ」
 「シリコンバレーのトール研究所のユーリ博士に届けてくれって言われただけだ」
 「言われただけだって、おまえ。じゃ何であれを目当てに付けてくるヤツがいることを
知ってるんだ」
 「『くれぐれも途中で奪われないように気をつけろ』って言われたからだよ」
 そう言ったであろう人間が目に浮かぶ。おそらく語尾は『気をつけろ』ではなく『気を
つけてくれたまえ』だったに違いないとジョーは確信する。
 「中身ぐらい訊くだろ」
 「知ってたからといってどうなるもんじゃないだろ。それに必要なら教えてくれるだろ
うしな。そんなことより、やばいぜ」
 ケンがサイドミラーに視線を走らせ、窓を開けて後の上空を仰ぎ見る。上空のヘリが高
度を落していることはジョーも気づいた。
 「どこのヘリだか判るか?」
 前方を見据えるジョーの目が厳しくなる。
 「判らない。何もペイントしていないみたいだな」
 「どっかの軍のか?」
 「どっかって言ったって、国連軍かアメリス軍だろ?。軍に狙われるはずがないだろ」
 「だったらギャラクターか?」
 「マークはついてない。来るぞ」
 ケンがそう言った瞬間、上空からマシンガンの弾が降ってくる。
   「まじかよ」
 ジョーはハンドルを裁きながら相手の狙撃を避ける。何発か当たっていることは音で
判った。
 「お宝が狙いの割りには過激だな。車ごと炎上しちまったらもともこもないだろ」
 「特殊素材のケースだと言ってたからな。炎上しても燃え残ることを計算に入れてる可
能性がある」
 「そんな過激なことやらかす相手って誰なんだよ」
 「知るか」
 ジョーは必死の形相で正面とサイドミラーとを見ながらハンドルを操っている。路を外
れて岩場の影に車体を隠し、一陣をやり過ごす。その隙にUターンして反対側の岩影に飛
びこむ。遮るものの何もない上空からの攻撃には、逃げ回るしかなかった。サイドシート
の真横にいきなりヘリが下降しマシンガンを連射する。ジョーは咄嗟に車をスピンさせな
がら避けた。
 「大丈夫か?」
 横のシートでケンは頭に手を当てて、首を振っている。
 「ああ。大丈夫だ」
 真横から被弾したことを考えれば、車体を弾が貫通しなかっただけ儲け物だ。
 「クソ。いったい何者なんだ」
 上空からの攻撃が一端止んだ隙に、ジョーは一気に速度を上げた。
 「さあな。下りてきてくれないことには判らない」
 「そりゃそうだ。ならいっそのことこっちから乗り込むか?。低空飛行している時なら
飛び移れるだろ。俺は運転しているからやるならおまえだな」
 『いいことを思いついた』とジョーの顔が語っている。我ながらいいアイデアだと本人
はいたく満足しているようだった。
 「ダメだ」
 「何で?」
 ジョーのアイデアは一言のもとに却下された。
 「ISOが関与していることを公にするわけにはいかないらしい。くれぐれも変身する
なと言われてる」
 『くれぐれも変身しないようにしてくれたまえ』という南部の声が聞こえてきそうで、
ジョーは思わずかぶりを振っていた。
 「だったらひたすら逃げるしか無いってことか?」
 「そうなるな」
 「勘弁しろよぉ」
 ヘリと遊んでいる間に、予定以上に時間がかかっている。予定ではとっくに前方に見え
る街へ到着しているはずだった。
 「何が何でも、俺は8時にはユートランドに戻るからな」
 ジョーはよりいっそう表情を引き締めて、前方を睨み付ける。
 「ずいぶんその女に入れ揚げてるな」
 「うるさいな。最期まで諦めないのが俺達科学忍者隊だろ」
 決然と言い放つジョーの顔を、ケンは呆れて見ていた。
 「ジョー。多分、何か違うぞ。それ」

 都市が近づくにつれて車が合流し始める。数珠つなぎとはいかないものの、それでも視
界の前方に数台の車が走るようになると、上空のヘリは高度を上げた。
 「とりあえず休戦らしいな」
 はるか上空を飛んでいるらしく、注意していなければエンジン音を聞き逃してしまいそ
うなほどだ。
 「監視されていることに代わりはないみただけどな」
 街中に入るとすぐに、ジョーは手近なビルの地下駐車場に車を乗り入れ、大きな吐息と
共に、シートに体を沈める。1時間近くも追いかけっこをしていれば、さすがのジョーで
あっても、ため息の一つもつきたくなるらしい。
 ケンはナビシステムを起動して、残りの道程を検索を始める。
 「とりあえず街中でまでは襲ってこないみたいだな」
 この街を抜けて郊外に出ると、目指す街まで一直線だ。
 「襲って下さいって路だな」
 ナビシステムに映る映像をジョーはシートに凭れたままみている。
 「ああ。襲撃にはもってこいだ」
 画面の真ん中を一直線に白いラインが突き抜けている。
 「ここを抜ければ目的地ってことだ」
 挑むような視線を向けてジョーが呟く。
 「ここを抜けなければ辿りつかないとも言うけどな」
 襲撃されようが、追い掛け回されようが、ケンの減らず口は変わらない。
 「この街を抜けるのに一時間、この路を突き抜けるのに、一時間ってとこだな」
  ナビシステムに映る映像を切替ながら、ジョーは予定所要時間を口にした。
 「襲撃を受けながらその時速は無理だろ」
 一緒に画面を覗き込んでいたケンは、ジョーの口にした所要時間から時速を逆算して呆
れる。襲撃を受けながら平均120キロは無謀 だ。
 「時速?」
 ジョーは何を言っているんだという顔でケンを見ている。
 「おまえどうやって所要時間出したんだ」
 「勘に決まってんだろ」
 あたりまえだという顔をしているジョーをケンはまじまじと見つめる。
 「おまえが言った時間で辿り着くためには平均時速120キロでぶっとばさないと着かない
ぜ」
 「120キロね。まぁ何とかなるだろ。ようは突っ走ればいいんだ」
 「どういう意味だ?」
 「あれだけのマシンガン浴びて、一発も当たってないってことはない。実際被弾した音
はしてた。けどよ、一発も貫通しなかったってことは、この車のボディは防弾だってこと
だ。第一おまえの真横から弾食らって窓ガラスが割れてないどころか、ヒビ一つ入って
ねぇ」
 「なるほどね」
 所要時間をカンで答える人間とは思えないほど論理的だ。
 「つまり逃げ回らなくても大丈夫だってことだ。さっさと行こうぜ。30分予定時間オー
バーだ。ここからは飛ばすぜ」
 ジョーは不敵な表情を浮かべ、ニヤリと笑うと車を発進させた。
 予想通り街中で襲撃されることはなく、ヘリの音さえ聞こえてこなかった。ひょっとし
たら諦めたのかと思いかけたが、案の定郊外に出た途端に、上空のヘリの音が大きくなっ
た。
 「そろそろだな」
 ジョーはハンドルを握って、自分の上唇を舌でなぞる。今度は逃げ回るにしても、上空
から身を隠す場所はどこにもない。見渡す限り、平坦な土地が続いている。
 「いくぞ。舌噛むなよ」
 「ああ」
 ジョーがアクセルを踏み込む。言っていた通り、ひたすらぶっ飛ばすつもりでいるらし
い。そのジョーの真横をウィンドウ越しに発光する光の帯が突き抜けた。

 「う。うそだろぉ」
 声を上げたのはジョーだった。ケンは思わず後方を振り返っていた。バックウィンドウ
越しに下降したヘリの機体が見える。そのサイドから伸びた銃砲がほんの僅か光る。
 「来るぞ」
 ケンの声にジョーがハンドルを切る。急カーブに車体が傾き、ケンはドアに体を打ちつ
けていた。
 「わりぃ」
 着弾した車道から煙が上がっている。あんなもので撃ち抜かれたらいくら防弾とはいえ
間違いなく車体を貫通するはずだ。
 「ロックオンタイプだ。来るぞ」
 ケンは後を振り返ったまま、ドアフックを握っている。車道に戻ったジョーは今度は逆
にカーブを切った。
 「ロックしてから3、4、5秒だ」
 「弾道読めるか?」
 ジョーは振り返りもせずに怒鳴る。
 「まだ無理だ。あと2、3回」
 「早くしろ。もたもたしていると風穴開くぞ」
 「判ってる」
 連射できないタイプらしいのがせめてもの救いだった。ケンは発射してから次の発射ま
での間隔と銃砲の角度を読み取ろうと、目をこらす。
 「次の発射までに最短で30秒」
 次の襲撃までの時間と、こっちの時速、それに角度を計算させて、予測地点でロックオ
ンしているタイプだと想像する。あまり高性能とはいえない。
 「避けたら直進して、30秒に一回右でも左でもいいから車体を振れ、そうすれば当たら
ない」
 「ゲームやってんじゃねぇんだ。簡単に言うな」
 「簡単だろ。来るぞ」
 「くそっ」
 「バカ。同じ方向にハンドル切ったらどんどん路から外れるぞ」
 「んなことは判ってる」
 ジョーが予想と反対にハンドルを切った瞬間、かなりはずれた位置に着弾する。
 「ほらな。どっちにハンドル切るか読まれてるんだよ。路からはずれるとは思ってな
かったんだろ」
 着弾した位置は、まさに逆にハンドルを切っていたら被弾していた場所だ。ジョーは煙
を上げる路面を見ながら得意気だ。
 「人間が操作して照準を合わせている速度じゃない。ってことは、もう一度同じ方向に
避ければ、二度と合わないってことか」
 「え?。何だってぇ?」
 ケンの声が聞き取れないのか、ジョーはそう訪ねながら、今ケンが思った方向とは逆に
ハンドルを切る。
 「うわ。バカ。そっちじゃない」
 そうケンがどなった瞬間、光の帯がノーズの先端を掠めて突き刺さった。
 「あっぶねぇ」
 「左左右だ」
 「早く言えよ」
 「言った」
 こんな状況でケンカをしている場合じゃないことは二人とも充分判っている。ジョーは
憮然としながらも、黙ってケンが指示した方向にハンドルを切る。
 「次はどっちだ」
 「後は左右を繰り返せばしばらくはしのげる」
 「何だしばらくってのは」
 「敵がバカじゃなきゃ、手動に切り換えるだろ」
 「なるほどな」
 「もっともこの性能なら、手動照準の方が弾道を読みやすいからな。避けるだけならさ
して問題はない」
 左右に体を振られながら、ケンは後方のヘリから視線を外さない。予想通り、発射まで
の間隔が一定ではなくなった。
 「避けるだけで充分じゃねぇか」
 「右だ」
 ケンの言葉にジョーは素直に従う。
 「ただ避けてるんじゃ、車道に戻れなくなる。どこかに追い込まれたらアウトだ。また
右」
 「なるほどな。右に右に追い込まれて行くってことか。おもしろくねぇな」
 ジョーは右にハンドルを切りながら、そう呟くと、何を思ったのか一気に加速した。
 「お。おい」
 後を向いていたケンは、予想外の振動にシートを抱きかかえるようにしてジョーを振り
返る。
 「やられっぱなしってのは性に合わねぇ。手動照準だってことは、合わせられない速度
で動いてりゃ当たらねぇってことだ」
 加速した車体が車道に戻ると、そのまま左に突き抜け、さらに右に戻ってくる。照準を
定められない相手は、むやみやたらと撃ち始めた。マシンガンの雨の次は、レーザーの雨
だ。もっとも連射できない分ジョーの方が勝ち目はあった。
 「うっ」
 何とか掠ることもなく、走りつづけていたジョーが低く呻いた。
 「どうした?」
 後を向いていたケンはジョーの声に振り返り、と同時に目を見開く。
 目の前の路が高架になっている。
 「ゴールは近いってことだな」
 確かにそうとも言う。
 路が高架になるということは、合流地点が近いということだ。だが、その結論はあまり
にも早計というものだ。敵はまだ諦めているわけではない。
 「一気にいくぜ」
 「ちょ。おい」
 ジョーは言うが否や、ケンの答えも待たずに一直線に高架に上っていった。
 「どうするつもりだ。左右に車体を振るったって、対向車線分しか幅がないんだぞ」
 「2分で着く。どんなに早くてもヤツの方は30秒に一回だ。ってことは…」
 計算に頭を使うと集中力が途切れるらしくジョーはそこまで言って黙り込んだ。
 「4回避けきれればゴール」
 「そう。4回ぐらいどってことねぇさ」
 確かにジョーの言う通り、2分で合流地点には辿り着いたものの、残念ながら合流する
車はいない。
 「くそっ」
 「ゴールはまだみたい…おい」
 最初の合流地点を過ぎた時点で、ケンの視界からヘリの機体が消える。だが、エンジン
音は車体の真上から聞こえていた。
 「じょーだんだろ。真上から撃つつもりかよ」
 「それはない。あの銃砲角度じゃ、真下には撃てない」
 合流ポイントまでの距離を示す表示がものすごい勢いで後へ流れいく。いったいジョー
が何キロで走っているのかも判らない。
 「じゃ。前からやるってのか?。まぁ俺としちゃ、後からよりも前からの方が好きだけ
どな」
 「何の話だ?」
 「何でもねぇ」
 異常な緊迫感の連続に、ジョーはたががはずれたようなことを口走っている。
 「そういうことは今夜の相手の耳元ででも言ってくれ」
 「そうだ!。くそっ。予定時間を44分もオーバしてるじゃないか」
 すっかり今夜のことを忘れていたらしいジョーに、余計なことを思い出せてしまったよ
うだ。
 ケンは半ば呆れ、半ば失敗したと思いながらジョーの真剣そのもの横顔を盗み見る。
 「何かついてるのか?」
 「いや」
 視線を感じさせてしまったらしく、ジョーは敏感に反応した。
 だが、それ以上呑気な会話をしていられない状況が目の前に降って湧いて出た。
 「うそだろ」
 今度はケンが先に呟いていた。
 行く手の真ん中にヘリが着陸しようとしている。その胴体の扉が開き、おぞましいもの
が顔を覗かせている。
 「バズーガ砲?」
 対向車線との真ん中に陣取ったヘリの両脇はそのままは通り抜けることもできない。
 「へっ。なめやがって。ケンしっかり掴まってろよ」
 「何をするつもりだジョー」
 「まぁ見てろって」
 真っ正面から狙われているにも関わらず、ジョーはそれに向かってアクセルを踏み込ん
だ。

 ケンはバズーガが発射される火花を見たような気がした。車体が真横に持ち上がる。何
かをひっかけたような音がする。シートから振り落とされそうになるのを、しがみついて
耐える。
 ヘリの後部と崖の隙間を通り抜けたらしいと気づいたのは、ヘリの反対側に抜けてから
のことだった。
 「どんなもんだ」
 目標を失った砲弾が遥か彼方で火柱を上げている。何に当たったのかは判らないが、位
置的には後続車がいたわけではないようだった。ヘリは浮上する気配がない。どうやらこ
の車が通り抜ける時に、どこかを壊したようだった。
 「さぁて、今度こそゴールだ。ちぇっ1時間も遅れちまったじゃねぇかよ」
 悪夢のようなロードレースの終了はもう間近だった。

 「だからその箱届けりゃいいだろ」
 「その隙におまえに逃げられたら、俺一人でこの車をどうしろっていうんだ」
 「レッカー移動でも何でもすりゃいいじゃないか」
 「そうはいくか」
 トール研究所の建物はもう目の前だった。かれこれもう1時間近く、公道の端をお互い
に罵りながら車を押している。
 「おまえが無茶な運転するからこうなるんだろ」
 「ああしなけりゃ、あそこでお陀仏だ」
 「他に方法があったかもしれないじゃないか」
 「あるんなら言ってみろ」
 話題が振り出しに戻る。もう何度目だかも判らない話題に、憤りと苛立ちと疲労が重
なっていく。
 シリコンバレーに入ってすぐに、快適に走っていた車の速度がいきなり落ちたのが始ま
りだった。普通の車並みになり、中古の車並みになり、自転車並みになった時、後の車の
クラクションが鳴り始めた。路肩に停めてみたものの、二度とエンジンはウンともスンと
も言わなくなってしまった。
 置いて行こうぜというジョーをなだめすかして、押しつづけている。
 冬の衰弱した日差しはあっと言う間に夕暮れに染まり、今はもう夕闇に閉じ込められて
いる。
 「ついたぁぁ」
 トール研究所の門の中に車を押し込むと同時に、二人ともその場にへたり込んでいた。

 「で、博士。お約束のものを」
 翌日。ケンは南部の部屋に出向いていた。
 「いささかやりすぎたようなだな」
 南部はケンを見上げると、眉間の皺を隠そうともせずに苦渋に満ちた表情で言う。
 「ええ。レーザはともかく、バズーガはやりすぎでしたね」
 「何の話かね」
 「何って。俺達はレーザーとバズーガで狙われましたよ。いくら新型車両の戦闘データ
が欲しいからといっても、あれはやりすぎじゃありませんか?」
 「私はそんな指示は出していない。第一データの採取は一度しかしてはおらん」
 南部の言葉にケンは唖然としていた。
 「それじゃ、あいつら何だったんですか」
 「レーザーとバズーガで狙われたと言ったね」
 「ええ」
 「ギャラクターが新型車両テストに気づいていたということか」
 「まさか」
 「搭載していたブラックボックスから状況を分析させる必要があるな。そういうことな
ら仕方あるまい。ケン。約束の報酬だ」
 南部はデスクの引き出しから白い封筒を取り出してケンに差し出す。
 「ジョーがどうしても昨日はダメだと言い張るので、つい君の話に乗ってしまったが、
今後はこういうアルバイトは無しだからそのつもりでいたまえ」
 「判ってます」
 ケンはもっともらしい顔でそういうと、南部の差し出した封筒を受け取る。
 昨日ジョーをあの車に乗せることがこのバイト料だと知ったら、ジョーは向こう二週間
は口を利いてくれそうにもない。
 ケンは受け取った封筒をジーンズの尻ポケットにねじ込むと、『失礼します』と丁寧に
挨拶をして南部に背を向けた。
 「ケン」
 「はい」
 南部の呼びかけに立ち止まって振り返る。
 「夕べはどうしていたのかね」
 南部の表情に、困惑しているとも、心配しているともとれるものが浮かぶ。
 「ジョーに天使にさせられてました」
 答えるケンの顔は、穏やかで、そして楽しそうだった。
 「天使?」
 「ええ。少しイブが好きになりました」
 「そうか。それならばいいが」
 「失礼します」
 ケンは艶やかに微笑むと、南部の部屋を辞した。


 メリークリスマス。
 そっと呟いてみる。
 夕べ、両手にかかえるほどの真っ赤なバラの花束を持たされて、ジョーに連れていかれ
たのは、郊外の一軒家だった。
 出迎えてくれたのは初老の淑女だった。
 “まぁ。本当に天使を連れてきてくれたの?”
 彼女はケンを見てそう言った。

 メリークリスマス。
 いちごの乗ったケーキに七面鳥。
 ほんのりと甘いシャンパンのグラスの端を合わせて微笑む顔が、ロウソクの炎に揺らめ
く。
 “ジョーがね。クリスマスを一緒に祝おうって言ってくれたのよ”
 彼女がジョーと知り合ったのは、三カ月前だという。公園で具合が悪くなって動けな
かった彼女を家まで送り、医者を呼び、と甲斐甲斐しく面倒をみたそうだ。
 およそジョーらしからぬ話だと思ってからジョーらしいのかもしれないと思いなおす。
 一人になってからもう何年もクリスマスを祝うことがなかったという彼女のために、
ジョーは花束を用意して彼女との時間を守るために必死になっていたらしい。

 メリークリスマス。
 もう何年もクリスマスを祝ったことがなかった。クリスマスイブの晩はお母さんが天に
召された日だったから。
 だから一人でいたくなかった。
 花束を用意して一人でいそいそとしているジョーが恨めしかった。
 “だから天使を連れてくるって約束したんだ”
 だから…

 メリークリスマス
 クリスマスイブが少し好きになった。


  End




Art by Sayuri


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