メジルシの記憶 -Lonely 2-

by yu-jin



(1)

 「わざわざ付いて来るか?普通」
 ケンは自分の後を付いて歩くジョーを振り返り呆れ顔を向けた。
 「こと金に関しちゃ、おまえに信用はまるで無いからな」
 ジョーはジーンズのベルトに手を差し込んだまま肩を竦める。
 「そこまで言うことないだろ」
 「だったら何で貰った時にすぐ俺に返さねぇんだ」
 「それは…。ある時払いの催促無しかと思ったから」
 ケンは言葉に詰まり、そのまま踵を返すとまた足を進める。博士とのバイトの件がひょ
んなことでバレてしまい、だったら金を返せと詰め寄られた。
 『まさか使っちまったってことはねぇだろうなぁ』
 思いっきりドスの効いた声で迫られ『はいそうです』とは言えず、ケンはジョーを連れ
て銀行へ向かっている。
 銀行へ行ってみたところで金が無いことは当然本人であるケンはよく判っていた。
 さて、何と言ったものだろうかと、思案しながら足を進めていたケンの後から、独り言
にしてはやけに大きなジョーの声が追ってくる。
  「郵便配達に本屋の店員、ピザの配達にレストランの皿洗い、バーテンにガソリンスタ
 ンドに、その上被り物のエキストラ。手辺り次第だな」
 ジョーが上げ連ねたのはこの半年ケンがやったバイトだ。
 「離島に配達しに行ってスクランブルに慌てて低空飛行で荷物放り投げて壊れ物の弁償
させられてクビ、本屋じゃ、持ってる本で前見えなくて店長が乗ってた脚立蹴っ飛ばして
怪我させて治療費取られてクビ、ピザ屋は傑作だったよな。配達途中のピザ持ったまま基
地に来ちまってクビだっけ?」
 思い出したくもない話をジョーはケンの数歩後を付いて歩きながら喋っている。
 「レストランじゃ、空を飛んだ皿が5枚と床と対面したグラスが1ダース。おまえもう
少し器用かと思ってたよ。もっとも甚平は初めからおまえを雇うなんて無謀だって言って
たけどな。あのレストランは最短だったな。3時間でクビだったよな」
 「クビじゃない。スクランブルで呼ばれたんだ」
 「もう来なくていいって言われたんだろ。普通そういうのはクビって言うんだ」
 「だから何なんだ」
 苛立ちを隠しもせずに振り返ったケンに、ジョーはニヤリと笑い返す。
 「別に。俺は3時間でクビになってもまだ飲食店でバイトするおまえの神経を疑っただ
けだ」
 「言っておくが、洗ってて割ったわけじゃない。ひっかけたんだ」
 「割ったことには違いないだろ。その翌日だったよな。バーテン始めたのって。けど
よ。女じゃあるまいし、ケツ触られたからって客を殴り飛ばしちゃ不味いだろ」
 ケンの右手が握りしめられるのを見ながらジョーは僅かに身構えながらも、ケンの横を
すり抜けて前へ出る。
 「相手の前歯の治療費で、結局バイト料はパーだっけ?。その点、ガソリンスタンドは
続いてたよな。まあそれもスクランブルで無断欠勤が続いてクビだったけどな。おまえ収
支決算赤字じゃねぇのか?」
 「ジョー」
 ケンの声に険がある。
 だが、険があるだけで牙を剥かないところを見ると、どうやら銀行へ行っても金はなさ
そうだとジョーは内心吐息をついていた。
 「あん?」
 「ようするに何が言いたいんだ。おまえは」
 「事実関係を確認しているだけだ」
 「確認するとどうなるんだ?」
 『ようするに銀行に行ったところで金はねぇんだろ』という言葉をジョーは呑み込む。
それを言ってしまったら、素直に謝らないケンに助け船を出してやるようで癪に障る。
 「さぁな」
 ジョーはぶっきらぼうに答えると、ケンに背を向けて足を進めた。
 その後からケンが付いてくる気配を背中に感じる。それがジョーの苛立ちに拍車をかけ
る。
 まったく強情なヤツだぜ。
 無いなら無いで素直に謝ればいいものを、と思うと無性に腹立たしい。
 こうなったら何が何でもケンが自分から言い出すまでは折れてやるものかと、ジョーは
足早に歩を進めた。

  「で、これもおまえのバイトとか言うんじゃねぇだろな?」
  すぐ隣にいるケンに身体を寄せて、ジョーは顔を伏せるふりをして耳元で囁く。
 「まさか」
 ケンは正面の男に視線を向けたまま短く答えた。
 目の前では、カウンターに土足で乗った男が、手にしているショットガンで華々しく天
井の螢光燈を撃ち砕き、大声で叫んでいる。
 「じゃ。何だよこいつら」
 どこから見てもいかにもという姿でカウンターの上に乗っている男と、プラスチックの
面をつけたカウンターの下にいる残りの二人を、ジョーは視線で指し示した。
 「見ての通りだろ。銀行強盗様じゃないのか?」
 カウンターの奥で棒立ちになっている男性行員、腰が抜けたのか、床に座ったまま後退
る女性行員。フロアの隅には逃げ後れた客が数人固まって、この突然の侵入者に震えてい
る。
 「銀行強盗様ねぇ」
 強盗犯は三人。武器は手に持っているショットガンだけのようだ。
 「で、どうする?ケン」
 頭上からは『おとなしくしろ』『動くな』という如何にも在り来たりの声が降り注いで
いる。
 二人で三人ぐらいどうということはない。にしても、よりにもよってこんなものと遭遇
しなくてもよさそうなものだ。
 「やるのは簡単だが、後が面倒だ」
 ケンは行内に残っている人間を見回している。防犯カメラは犯人が壊してくれていると
はいえ、ざっと30人以上の人間の目の前で変身するのはもちろんのこと、簡単に強盗犯を
取り押さえてしまうのも、後々面倒そうだ。
 「このまま黙って人質になるってのか?」
 かといって、おとなしくホールドアップというのもジョーには気に入らなかった。
 「防犯カメラは壊してくれたみたいだからな。気絶させて武器取り上げて逃げるか?」
 「そうしようぜ」
 ケンの提案にジョーの声が弾む。
 さっきからの苛々を解消しようとでも言うように、ジョーは片頬を歪めて不敵な笑みを
浮かべる。こんなところでジョーに巡り合った強盗犯の方がいい迷惑かもしれない。
 「手前と上の奴をやる。おまえは奥をやれ」
 ケンの指示にジョーは『判った』と短く答えて身を屈めた。
 ケンの身体が飛び上がる。それを視界の端で捕らえたジョーは、指定された奥の男を殴
り飛ばしていた。
 見ていた人間には、一瞬の出来事だったかもしれない。
 ジョーは殴った瞬間に、男の手からショットガンを奪い取り、首筋に手刀を叩き込んで
気絶させると、ケンの一撃を食らってカウンターの下で伸びている男の手からもショット
ガンを奪い、カウンターに手を付いて身軽に飛び越える。
 カウンターの裏では、飛びつかれてカウンターから転がり落ちた男から、ケンがショッ
トガンを奪い取っていた。
 「行くぞ」
 「ああ」
 そのまま惚けたように突っ立っている行員の横をすり抜け、裏口から外に飛び出す。
 通りすがりに行員の代わりにケンが押した非常ベルの音が、背後から追い掛けてくるよ
うにけたたましく鳴り響いている。
 「くそっ。これじゃ銀行強盗様様じゃねぇか」
 思わぬ邪魔に取り立てを失敗したジョーは、前を走るケンの背中を見ながら、忌ま忌ま
しげに呟いていた。

 その銀行強盗の主犯の男が、拘留中の警察署内で殺害されたと知ったのは、翌日の事
だった。
 ジュンの店で、買い出しに出かける二人に留守番を頼まれ、引き換えに朝には遅い、昼
には早い食事をせしめたケンは、厚切りのトーストを口に運ぶ手を止めてテレビに映る男
の顔を見入っていた。
 「おい。こいつ」
 ケンの視線に気付いたジョーが、画面に映る男の顔に声を上げる。
 「ああ。あの時の犯人だ」
 その強盗犯を殺害した男は、変質者を装って警察に拘留され、看守を殺害した上、小火
騒ぎを起こして逃げたと報道されている。
 「どういうことだ?」
 銀行襲撃犯人がこともあろうに警察署内で殺害されるというのは、只事ではない。
 「ただの銀行強盗じゃなかったってことか?」
 「チンピラの抗争じゃねぇのか?」
 「どうかな?」
 ケンは持っていたトーストを皿に戻してテレビ画面を見ながら考え込んでいる。
 「おい。どういう意味だ?。やつらが関係してるって言うのか?」
 「そいつは判らん。ただ、裏に何らかの組織がいることだけは間違いないだろ」
 「組織ったって、管轄違いだろ。あのショットガンも、ごく普通のものだったぜ」
 「ああ。それはそうなんだが」
 言いながら何気なくジャケットのポケットに手を入れたケンは、訝しげな表情を浮かべ
てそのまま手を引き出した。
 「何だこれは
 その指先には鍵がぶら下がっている。
 「ロッカーか何かの鍵みたいだな」
 ケンが鍵など持ち歩いているのを見たことのないジョーも、その鍵を覗き込む。
 プラスチックの安物のプレートに番号が刻印されている。
 「何でここに入ってるんだ?」
 カウンターの上に鍵を置いて、ケンは自分のジャケットのポケットを探る。だが、それ
以外は何も入っていないようだった。
 「覚えがないのか?」
 「ああ。俺のものじゃない」
 「おまえのもんじゃない鍵が何でおまえのジャケットのポケットに入ってるんだ」
 ケンはもう一度鍵を手に取って、目の前に持ち上げるとしげしげと見つめている。
 「おまえ。そのジャケット昨日も着てたよな」
 ジョーはケンの指先の鍵と、テレビの画面とを見比べる。
 「ああ」
 そのジョーの視線につられたようにケンもテレビ画面に視線を向ける。
 「まさか」
 半信半疑の表情を貼り付けた二人は、お互いの顔を見ていた。
 「これ」
 テレビ画面の中では、昨日の銀行の前でレポータが謎の二人組の男が犯人を倒して立ち
去ったことから、犯人殺害犯との関係を調べていると訴えていた。
 「これってまずくないか?」
 「そうみたいだな」
 「昨日の件。博士に報告したのか?」
 「いや。してない」
 二人の視線は、幾度となくテレビ画面と鍵とを往復していた。


(2)

 つけられていることは、店を出た時から気付いていた。裏路地に誘い込むつもりだった
が、様子を伺っているうちに、いきなり背中に銃口を突き付けられ、ケンは腕を引かれて
狭い路地の壁に胸を押し付けられた。
 「鍵を出せ」
 背後の男の言葉は、思った通りのものだ。
 「鍵?」
 「とぼけるんじゃない。あいつの所持品の中には鍵はなかったんだ。おまえかおまえの
相棒が持ってるんだろ」
 どうやって自分達を探り出したのかは判らないが、たった一日で割り出したのだとすれ
ば、その機動力はやつらにも匹敵しそうだ。
 「何のことだ?」
 ケンは警戒しながら言葉を押し出す。
 「下手な芝居しやがって。あいつから鍵を預かったんだろ」
 「あいつって誰だ?」
 「おまえが銀行であいつと接触してるのは判ってるんだよ。そんな顔晒してると目立つ
んだよ」
 鍵の持ち主は昨日の強盗犯人らしいところまでは想像通りだったが、顔を見られていた
いう予想外のことに、ケンは内心ドキリとする。
 「何のことだか判らない」
 第一誰に見られていたというのだろうか。この男があの中にいたのか?。
 「妙に肝の座ったガキだな。とぼけても無駄だって言っただろ。さっさと出すんだ。何
ならここでバラしちまってもいいんだぜ」
 ケンの首筋に突き付けられている銃口が更に強く押し付けられる。
 と、そのまま背中に重みがかかり、掴まれていた腕から力が抜けた。予定通りジョーが
仕留めたようだ。
 「よお。早過ぎたか?」
 音の身体がずるずると崩れ落ちていく感覚を背中に感じながら、振り返ったケンの目の
前にジョーが立っている。
 「いや」
 ケンは足元で気を失っている男を表情のない顔で見下ろし、爪先で男の身体を仰向かせ
た。
 「知ってる顔か?」
 「いや」
 あの時銀行の中にいた人間でもない。
 顔を隠すことさえしていない男の姿に、この手の仕事に対する自信と非情さを見る。顔
を見られても構わないということは、自分達を殺すつもりだということだ。
 男の手から銃を取り上げ、所持品を探っていたジョーは、他には何も持っていないこと
を確認して立ち上がる。
 「で、こいつどうする?。警察に突き出すか?。それとも締め上げるか?」
 「締め上げても背後関係は判らないかもしれないな」
 所持品が銃一丁だけというのは、どう考えてもただ雇われただけだとしか思えない。
 「何で俺達のことが判ったかぐらいは聞き出せるかもしれないぜ」
 「確かにな」
 どこまで自分達の素性を調べたのか、そしてその情報をどうやって探り出したのかは、
確認しておく必要があった。それは警察には関係のないことだ。

 「おまえ。やっぱりバイト先は選べよ」
 「うるさい」
 ケンは不機嫌極まりない声で怒鳴る。そのケンの後でジョーは声を上げて笑っている。
 「バーテンやってた時の客があの中にいたとはなぁ。おまえ気がつかなかったのか?」
 「客の顔なんか一々覚えてられるか。第一何カ月前のことだと思ってるんだ」
 「四カ月前だな。けど、おまえが覚えてなくても、相手は忘れられなかったんだぜきっ
と」
 「いいかげんにしろ」
 締め上げた男から聞き出せたのは、人質にされた客の一人が、ケンを知っていたという
ことだけだった。
 『綺麗な顔しているから、探すのは簡単だったよ』
 ご丁寧なことに、そいつが自分の隠し撮り写真まで持っていたと聞いた時、ケンは目眩
がしそうになった。
 「バーテンのバイトやってたこと、博士に言ってあるのか?」
 「言うわけないだろう」
 数カ月と経たずに変わるバイト先を一々報告していたら、余計な心配をかけるだけだ。
 「そりゃそうだよなぁ。3時間で変わるバイト先を報告してたらキリがねぇな」
 「3時間はあのレストランだけだ」
 「同じだろ。これに懲りて、不特定多数に顔さらすバイトはやめとくんだな」
 「ほっとけ。そんなことより、問題はこの鍵だ」
 男から聞き出せたのは、どうやって自分達を割り出したのかだけで、それ以外は思った
通り闇の中だ。
 強盗犯が持っている鍵を探すことと、その鍵に関わった人間を殺せという命令だけで、
雇い主さえも判らずじまいだった。
 「面倒だな」
 「ああ。顔が割れちまってるってことはあいつを捕まえてもまた他の誰かに狙われるっ
てことだ」
 「だが、やつらじゃなさそうだぜ。あいつらはこんな手の込んだことはしねぇ」
 「そう願いたいね」
 バイトをしていて正体がバレましたではシャレにもならない。
 「いずれにしても、こうなったらその鍵の中身を探し出すしかなさそうだな」
 警察に届ければ、何故その鍵を持っているのかが問題になる。かと言って博士に頼んで
処理して貰うには、今の段階ではあまりにもリスキーだ。顔が割れている自分達と博士と
の繋がりを明白にしてしまう可能性がある。
 「それしかなさそうだな」
 ケンはそう判断してジーンズのポケットに両手を突っ込んで歩きはじめた。
 「おい。どこ行くんだ」
 いきなり歩きはじめたケンをジョーは大股に追い掛ける。
 「家に帰るんだよ。ハッキングするしかないだろ」
 「ハッキング?」
 「コインロッカーの会社のシステムに入るんだよ」
 「入ってどうするんだ?」
 「設置ロッカーの使用状況を調べれば、この鍵の対象範囲は絞り込めるだろ」
 「なるほどな」
 自分に並んで歩きながら感心顔で頷くジョーを、ケンは立ち止まってしげしげと見つめ
る。
 「なんだよ」
 「おまえ。どこに置いてあるかも判らないロッカーしらみ潰しにするつもりだったの
か?。少しは頭使えよ」
 「うるせぇ」
 まるで、今までのお返しだと言わんばかりのケンの言葉に、ジョーは吐き捨てるように
言葉を投げつけた。

 銀行襲撃があった日以前から使用されている鍵と同じ番号のロッカーは市内に三カ所
あった。
 「この中のどれかってことか?」
 「確定じゃない。このタイプのキーを使用しているロッカーは市内とその近郊、周辺都
市の駅に設置されている。そこまで検索範囲を拡大すると、後8カ所ある」
 ケンがコインロッカーを調べている間に車を取って戻ってきたジョーの隣に、ケンは
PCを抱えたまま乗り込んでくると、ディスプレイを見ながらロッカーの設置場所を告げ
る。
 「この三カ所から先に当たろう」
 ケンはそういいながらも、膝の上でPCのデバイスポイントを操作して画面を切り換え
る。
 「とりあえず中央駅から行くか」
 「警察署内で殺害された男はブライアン・コーネル45歳。住所…」
 ジョーの言葉を無視するようにいきなり画面の文字を読み上げた始め、そしてそこで黙
り込む。その様子に、横から画面を覗き込んだジョーは、そこに記載されている住所に声
を上げた。
 「うそだろ」
 男の住所として記載されているのは、いわゆる高級高層マンションだった。
 「何だってこんなところに住んでるやつが銀行強盗なんかやるんだよ」
 「ただし、職業は無職」
 「無職で住めるかあんなとこ」
 「だな」
 「そうとう後ろ暗い奴なんじゃねぇのか」
 「でなきゃ、宝くじでも当てたか」
 「宝くじね…」
 いつだったが、甚平がケンから金を返してもらうぐらいなら、宝くじの方が確率が高い
と言っていたのを思い出したジョーは、そう呟くなり苛立ち紛れのように車を発進させ
た。
 「株でもやってると言ってくれた方がまだ説得力があるぜ」
 人の金のことを言っているよりも、まずおまえの借金はどうしたんだと言いたいのを堪
える。今はそんなことを言っている場合でないことが余計苛立たしい。
 「株かぁ。確かにそれもあるな。警察も彼の資金源を調査しているみたいだな」
 助手席ではケンがPCの画面を見ながら喋っている。その言葉を聞きながら、ジョーは
さっき見たテレビのニュースで、男の身元は不明と言っていたことに気付く。
 「おまえ何見てるんだ?」
 「あ?。警察ハッキングしてる」
 「ば、犯罪だろ」
 「相手が警察じゃなくったって、ハッキングすれば犯罪だろ。1件やるのも2件やるの
も同じだ、この際」
 ケンは事も無げに言い放つ。
 聞かなかったことにしよう。
 ジョーはスッとケンから視線を逸らして前方を見つめる。
 どうせ博士にもみ消しを頼むつもりなのだろうが、一緒にいて止めなかったとなれば自
分も小言を食らうのは目に見えている。
 「警察もこの男の背後関係を探ってるみたいだな。とっととその鍵の中身を探さないと
やばいな」
 どうやらレポータが言っていたことも、『警察はおまえ達のことは知らない』と言って
いたあの男の言葉も事実のようだ。だが、それも時間の問題かもしれない。
 あの時、襲撃犯を倒して逃げようと提案したのはケンだったはずだと、ジョーは何の足
しにもならない記憶を引きずり出してとりあえず安心してみようとしたが、この事態の前
には大勢に影響はないことは分かりきっている。
 ともかく今は鍵の中身を探し出すことだけに専念しようと、ジョーはアクセルを踏み込
んだ。


(3)

 「やったな」
 二カ所目のコインロッカーで、ケンが差し込んだ鍵が、鍵穴に吸い込まれていくのを見
ていたジョーは、思わず声を上げていた。
 「これで、中身を確認して、後は博士に処理を任せよう」
 カチリと音を立てて鍵が開く音に、ケンの声も心なしか穏やかに聞こえる。
 扉を開く瞬間、これで無理矢理巻き込まれた事件が終わるのだと確信していた二人は、
開かれた扉の中身をみつめたまま、たっぷり30秒は固まっていた。
 「勘弁しろよ〜」
 先に声を上げたのはジョーだった。
 「誰に言ってるんだ?」
 ついたった今の穏やかな声から豹変した冷やかな声で言うと、ケンはロッカーの中のも
のを取り出す。
 「死んじまった犯人に決まってるだろ!」
 ジョーの言葉は、その場に本人が居たら間違いなく襟首に手をかけそうな勢いだ。もっ
とも、この場に本人がいればこんなことをする必要もないなと、吐息をつくケンの指先に
ぶら下がっているのは、また鍵だった。
 「別のコインロッカーだな」
 「ああ。プレートの形も色も違う」
 冷静に鍵を観察しつつも、二人は漏れそうになる吐息を噛み殺し、ゴール手前で振り出
しに無理矢理連れ戻されたよう脱力感を覚えながら車に戻る。
 膝の上に乗せたPCを操作するケンの指の動きが、さっきより乱暴な気がすると思いな
がら、ジョーはドライビングシートに凭れて検索結果を待しかない。
 「同じ会社のものなら、この番号に該当するロッカーは隣の駅のやつだが、多分違う
な」
 ケンは指先に掛けたキーを目の前に持ち上げて見ている。
 「何で判るんだ」
 「隣の駅のロッカーは、さっきの奴と同じタイプを設置している。ということはプレー
トの形も同じはずだ」
 「だったらどこのロッカーなんだよ」
 行き先が決まらなければ動きようもない。
 ジョーは苛々としながら、ハンドルを指先で叩いていた。
 「落ち着けよ。今調べる」
 「よく落ち着いていられるな。警察が俺達を探してるんだぜ。あの男におまえのことを
喋ったやつが、写真付きで警察に喋りでもしたら、それこそ市内の警官がおまえの写真を
持って歩き回ることになるんだぞ」
 ジョーは自分で言って、想像してしまったその構図にブルリと頭を振った。普段つるん
でいるのだから、ケンから簡単に自分の存在は手繰れる。
 「そうなったらそうなった時だ」
 キーを操作する手を止めずに答えるケンの声はそっけない。それが一層、今この瞬間に
行動を起こせないジョーの苛立ちに火を付ける。
 「どうするってんだ」
 「博士に頼んで警察に話してもらうしかないだろ。俺達が銀行を襲撃したわけじゃない
からな」
 声の冷静さと裏腹にケンのキーを叩く音が強くなっている。
 「そりゃそうだろうが」
 いくら金がないとはいえケンが銀行を襲ったわけでも、自分がそれに手を貸したわけで
もないのだから、博士に頼めば警察相手ならそれで済むだろう。
 「けどよ。警察はそれで何とかしても、あいつの雇い主はどうなるんだ?。もし雇い主
がやつらだったら、博士が警察に圧力をかければ、自分から俺達との関係を宣伝している
のと同じことじゃないか」
 鍵の中身が判らない以上、背後にやつらがいる可能性を否定できない。万が一やつらに
正体がバレてしまった場合は、最悪の事態と言ってもいい。
 「そんなことは判ってる」
 ジョーの苛立ちを感じれば感じるほど、ケンの声が冷えていく。
 「こっちの方が可能性が高そうだ。サウスシティホテルの地下に設置されているロッ
カーか、空港のやつだ」
 ようやく検索結果を導き出したケンが顔を上げた。
 「ここから近いのはホテルの方だな?」
  言いながらジョーはもうエンジンをかけている。
 「この二つのどっちかなら、多分空港の方だ」
 「何でだ」
 「ホテルはここから近過ぎる」
 「近くて何が悪いんだ」
 「そんな側のロッカーの鍵をわざわざ使うか?」
 「ごちゃごちゃ言ってるより、行った方が早い」
 いい終わらない内に、ジョーはアクセルを踏み込んでいた。
 ケンは如何にもジョーらしい論理に助手席で苦笑を漏らした。
 
 空港まで一直線に伸びるハイウェイを、ジョーは限界近くまでアクセルを踏み込んで飛
ばし続けている。
 ケンはその横で、膝の上のPCを操作し続けていた。
 「空港のやつじゃなかったら、今度はどこまで行きゃいいんだ」
 前方に離発着する旅客機が見える。
 空港はもう直だ。
 「十中八九、この鍵は空港のやつだ」
 「何で判るんだ?」
 あまりに確信に満ちて言い放つ声にジョーは思わず横目でケンを見る。画面の文字を追
いながら黙り込んでいたケンは、顔を上げて前方を見つめている。
 「一昨日の8日にポート化学の株が暴落している。この街に港はないからな」
 「何言ってるんだ?」
 いきなり意味不明に近いことを言われ、ジョーは思わず顔ごと向けてケンを見、慌てて
視線を前方へ戻す。
 「株の方が説得力があると言ったのはおまえだぜ。ジョー。三カ月前の24日にイース
ト製薬の株が暴落した。三カ月前ってことは2月24日。さっきの鍵の番号が224だ」
 その説明にジョーはハッとする。
 「ロッカーのあった場所はイーストタウン駅?」
 ロッカーの場所と鍵の番号で『イースト製薬2月24日』を意味しているということに
気がつく。
 「そうだ。この鍵の番号は508。間違いなく空港のロッカーだ」
 ロッカーの場所と鍵の番号が何を意味しているのかが判ったところで、鍵の中身が判ら
なければ所詮意味はない。
 「株の暴落とこの鍵の中身が関係してるっていうのか?」
 ジョーは前方に視線を向けたまま、混乱する思考をそのまま口にする。
 「何もなくて株価は急激に変動しない。2月23日にイースト製薬の研究所が何者かに
襲撃されて、主任研究員が殺害、研究データが根こそぎ破壊された。学会発表間近にまで
研究の進んでいた制ガン剤だったそうだ。この事件でイースト製薬の株価が暴落し、競合
会社の株価が跳ね上がった。競合会社の株主は大儲けだったらしい」
 「おい。それって」
 そこまで解説されれば、ジョーにもこの鍵とその事件が関連していそうだと想像でき
る。
 「そうだ。株価を操作するために仕組まれた事件だった可能性が高い」
 「株で儲けるために、事件を起こしてたっていうのか?」
 「儲けていたのがヤツかどうかまでは判らない。仕組んだのは黒幕で、このカラクリに
気付いたヤツが強請っていたか、あるいはヤツが事件の実行犯だったか」
 「ちょっと待てよ。それほど周到に計画して犯罪を侵す人間が、あんな素人同然の銀行
襲撃なんかしないだろ」
 「だろうな」
 「いずれにしても、株ってことはやつらには関係ないってことじゃねぇのか?」
 「だといいんだがな」
 「どういう意味だ?」
 ようやく闇が開け始めたかにみえたにも関わらず、ケンの口調は急に歯切れが悪くな
る。
 「とりあえず前みて運転しろってことじゃないか?」
 ケンははぐらかすように、いきなり話題を打ち切ってしまった。こうなると、まずケン
が元の話題を口にすることはない。
 「おまえなぁ!」
 思わず怒鳴ってはみたものの、目の前に迫る空港の入り口に、今はともかく目的のロッ
カーを開けることが先だと、ジョーは運転することだけに意識を向けた。


(4)

 「で、中身はまた鍵とか言うんじゃねぇだろうな」
 ロッカーの前に立ち、ジョーは嫌な予感を覚えて横に立つケンに顔を向ける。
 「かもな」
 ケンはその問いに同調しながら、鍵を取り出すと、タグの番号と同じ番号が刻まれた
ロッカーの鍵穴に鍵を差し込んだ。
 ケンの予想通りだった。
 鍵はロッカーの鍵穴に難なく納まる。
 鍵を回すと、さっきと同じように、カチっという小さい音を立てて施錠は解除された。
 扉を開く。
 果たしてこれも予想通り、そこには鍵が入っていた。
 「やっぱりな」
 さすがに二度目になれば驚きはない。むしろ当然という思いに近いかもしれない。
 「ああ。用心深いというか」
 「それほど厳重に隠したい物って何なんだよ?」
 「さあな。可能性から考えれば、証拠書類とかの類だろうな」
 鍵を手にしたケンは、掌の上でそれを転がしながら見ている。
 「で、今度はどこのロッカーだ?」
 見る気も失せたと言いたげに、ジョーは先に立って歩きはじめている。
 「多分、銀行の貸し金庫だ」
 「コインロッカーじゃねぇのか?」
 「違う。大きさも違うしプレートもついてない」
 ケンはその鍵をジーンズのポケットに仕舞い込むと、ジョーの後を追う。
 「ということは今度こそ、三度目の正直ってわけだな」
 「二度あることは三度あるって言うぜ」
 「何でもいいからどこの銀行か割り出せよ」
 「割り出さなくても判ってる。答えはさっきおまえが言ってたじゃないか」
 「おい?」
 ケンは両手をジーンズのポケットに入れたまま、表情の消えた顔を正面に向けたまま、
驚いて立ち止まったジョーを追い抜いて歩いていく。
 「おい。ちょっと待てよ。どういう…」
 言いかけたジョーはさっき自分が言った言葉を思い出した。
 『何で素人同然の銀行強盗なんか』
 その答えがこの鍵だとジョーも気がつく。
 「そういうことか」
 あの銀行の貸し金庫ということだ。
 前方を歩くケンは、空港の人込みに紛れそうになっている。ジョーはその背中を足早に
追い掛けていった。

 目的の金庫は目の前にある。
 思わず顔を見合せ、互いに頷く。
 ケンはポケットから鍵を取り出して、金庫の鍵穴に差し込んだ。
 鍵が開く音に、ジョーの喉がなる。
 「開いたぜ」
 空港からここまで押し黙ったまま考え込んでいたケンが、ようやく口を開いた。
 ジョーの脳裏には金庫の中に別の鍵が鎮座している姿が浮かぶ。
 そっと引き出しを引いたケンは、そのまま固まったようにじっと中を見つめている。
 「おい。何が入ってたんだ?。鍵か?」
 ケンの身体に遮られてジョーには中が見えない。
 「いや…。バラだ」
 ケンの答えはあまりにも突飛だった。
 「は?。バラ爆弾とか言うなよな」
 身体をずらしたケンの横から引き出しの中を覗き込む。
 一本の黄バラが真綿の上に乗っていた。
 「何だ?これ」
 茫然と呟くジョーの横から、ケンの指先が引き出しの中へと伸び、バラの下にあるメッ
セージカードを引き出した。
 『Happy Birthday』
 「誕生日プレゼント?」
 「らしいな」
 「誰のだよ」
 「 " 歳を重ね輝き続ける君に jealousy " 」
 「あ?」
 「メッセージだよ」
 「嫉妬?。男が誰に嫉妬してバラなんか贈るっていうんだ?。それもご丁寧に黄バラな
んて気障なことまでして」
 ケンは引き出しの中に納められているバラを取り上げる。
 「黄バラに意味なんかあるのか?」
 「黄バラの花言葉は、可憐、美、不貞、それと、嫉妬だ」
 「さすがに詳しいんだな。誰を口説いてるんだ?。おまえはそっち方が手当たり次第
じゃないのか?」
 ケンの言葉に、嫌味なやつだと思いはしたが、今に始まったことじゃないと無視する。
 「造花にしちゃ瑞々しいな」
 ケンの指先に摘まれたそれは、たった今手折ってきたばかりのような瑞々しさだ。
 「生花だ」
 指先で茎を持ってゆっくりと回しながら観察していたケンは、ジョーにそれを差し出
す。
 「生花ぁ?。んなわけねぇだろ。こんなところに入ってて」
 いつから入っていたのか判らないが、少なくとも昨日から丸一日入っていたはずだ。
 「いや。生花だよ。コーティングされてるんだ」
 ジョーの指先が花弁を掴む。
 薄い膜で覆われているそれは、作り物のような固さを指先に伝える。
 「どういうことだ?。これが株の暴落とどう関係するっていうんだ?」
 「ポート化学が開発していたのは、特殊樹脂だ。研究所の出火で試作品もデータも燃え
た」
 「それがこれってことか?」
 「多分な」
 「これだけじゃ、黒幕はおろか、何が何だか判らねぇじゃねぇか」
 ぼやくジョーの横で、ケンは引き出しの中を丹念に調べている。だが、いくら探ってみ
てもカードとバラ以外は入っていなかった。
 「多分答えはもうじき俺達の前に現れるさ」
 ケンはカードをポケットに仕舞うと、勢いよく引き出しを閉めた。
 「何訳わかんないこと言ってるんだよ」
 「いいから。行くぞ」
 先に立って歩いていくケンの背中がBSを着ている時のように伸び、辺りを警戒してい
るように見える。
 ジョーは何も言わずに、ケンのその背中に従った。


(5)

 「いやぁ。奇遇だねぇ」
 銀行を出たケンの目の前で、黒塗りの高級車のドアが開き、恰幅のいい紳士が降り立
つ。紳士は、ケンを見つけると温和な表情を浮かべて、軽く片手を上げた。
 「お久しぶりです。ライオネス博士」
 ケンは穏やかな表情で、その紳士に挨拶を返す。ケンから離れて立つジョーには、その
表情とは裏腹に、ケンが一層警戒を強くしたことが判った。
 「南部博士はお元気かな?」
 「ええ」
 何ということのない会話を交わしながら、ケンの全神経がその紳士と回りの動きに向け
られている。
 「そうだ。丁度いい。これから晩飯でも一緒にどうかね。博士の近況も伺いたいから
ね」
 「ありがとうございます。ですが、どちらかへ用事がおありでは?」
 「いや。構わんよ。いいレストランがあるんだ。さぁ、乗ってくれたまえ」
 運転手が、開けたままのドアを押えて待っている。紳士は先に乗り込み、ケンに乗るよ
うにと促した。
 車の中には護衛なのかガタイのいい男が乗っている。ケンは大人しく紳士の横に乗り込
んだ。
 「銀行で手に入れたものを返してもらおうか」
 紳士がその言葉を口にするまで、ものの数分も掛からなかった。
 普段、声を荒らげることもない温厚さで知られる紳士のものとは思えぬ、低い静かな声
だ。
 「何のことですか?」
 ケンはそう答えながら素早く左腕のブレスレットでシートを叩く。それを合図に後方の
ジョーの車が加速するのが見えた。
 「とぼけても無駄だよ。鍵を手に入れたのが君だと知ったのでね。だったら南部博士仕
込みの謎解きをしてもらった方が早いと思って黙って見ていたんだよ。そのバラを持って
いるということは、謎解きは終わったということだろう。さぁ、返してもらおう」
 向かい合わせに座る男がケンに手を伸ばす寸前に、車が急ブレーキをかけて止まった。
その一瞬の隙に、ケンは男を沈黙させ、男の胸元から抜いた銃を紳士に突き付けていた。
 車体の前に、突っ込むようにして止めた車からジョーが降りてくる。
 「ライオネス博士。お芝居は終りですよ。一緒に来てもらいましょうか」
 「なっ」
 紳士は言葉にはならない音を吐き出し、驚愕した表情でケンを見ていた。

 「君達の推察通りだった」
 「やはりそうでしたか」
 博士の別荘へ、拘束したまま運び込んだライオネス博士の姿に、南部は驚きを隠せない
ようだった。だが、ケンの説明する事の顛末を黙って聞いていた南部は、何本かの電話を
かけ、1時間後に事実関係の確認を終えていた。
 「ライオネス博士は、国際科学技術庁の常任理事の立場を利用して、各企業から報告さ
れる内容を悪用していた。イースト製薬の他にも、偶発的な事件の後の株価変動で利益を
得たのは、彼が所有するダミー会社ばかりだった。一見さほどの額には見えないように、
何社かに分割して収益を上げていた。トータルの額は桁違いだ。しかし、どうしてライオ
ネス博士が黒幕だと気付いたのかね」
 「彼が黒幕だと気付いていたわけじゃありませんよ。鍵を持っている俺達を邪魔しな
いってことは、俺達が手に入れた後で取り返すつもりなんだと思っただけです。そこに現
れたのが彼だった」
 「そういうことか。いずれにしても、君達に救われたようだ。この特殊樹脂を兵器利用
目的でギャラクターに売り渡すつもりだったようだ」
 南部の指先が、あの黄いバラをくるりと回す。
 「危機一髪だったんだな」
 ジョーは南部の言葉に低く口笛を吹いて、ホッとしたように呟いた。
 「でも、これをあの銀行の貸し金庫に入れた男は、何が目的だったんでしょうか」
 ケンの問いに、南部はジッと手の中の黄バラを見つめ、少し寂しげな表情を浮かべた。
 「これはあの男から私へのメッセージだったんだ」
 あまりにも意外な言葉に、ケンとジョーはお互いに顔を見合わせる。
 「メッセージカードはマイクロフィルムだったよ。ブライアン・コーネルは私の学生時
代の同級だった男だ。この樹脂を開発したのも彼だ。ライオネスからの資金援助で、ポー
ト化学の研究所と所員とを借りて開発を進めていたらしい。自分が開発した樹脂が兵器と
して悪用されることに気付いた彼は、研究所に火を放ち、その全てのデータと試作品を灰
にしてしまった。そして、そのことを私に伝えるために、これを残した。このバラは唯一
残った試作品だ」
 「だったらあんな回りくどいことをしなくても、直接持ってくりゃいいじゃないか」
 散々振り回されたジョーは納得が行かないと言いたげに吠える。
 「それが出来なかったのだろう」
 南部は自分の手の中の黄バラに視線を落とす。
 「何故ですか?」
 「状況的に無理だったのか、あるいは彼のプライド、だったのか」
 ケンは南部の答えに、メッセージカードに添えられた言葉を思い出していた。
 " 歳を重ね輝き続ける君に jealousy "


 -End-



追伸 


  親愛なる南部
  
     私が君をこう呼ぶことに、君は驚いているかもしれない。
    研究は金のためと言った私を、君はずいぶんと批判的に見ていたこ
    とは知っている。だが、君は知っていただろうか。生まれながらに
    して金も地位も持ち、その上誰もが認める頭脳を持つ君に、私がど
    れほど焦がれ、嫉妬していたか。
       今、これを誰に託そうかと考えると、君の顔しか浮かばない。
      これが無事君の手に届く可能性は極めて低い。だが、私は君の持つ
      強運と、私の持つ最後の運に賭けることにする。
       いつの日か再会したあかつきには、この賭の結果を教えてくれ。
      その時君は、白髪頭の爺さんかもしれないな。
      
      これを書いている今日は5月6日だ。
     君の誕生日には少し早いが、迷惑な誕生日プレゼントだと思って受
     け取ってくれ。
      誕生日おめでとう。
      
      -Good Bye-



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