SAD EMOTION

by yu-jin


 「2分23秒。どうでもいいけど早くないかおまえ」
 ジョーの脇から延ばした手で置き時計を取ると、ケンは時間を確認して馬鹿にしたよう
な視線を向けた。
 「うるへぇ」
 ジョーはその視線をかわして、ケンに背を向ける。

 確かにジョーは満たされぬ欲求に飢えていた。おあずけを食った状態だったジョーは、
ようやくその機会にめぐり合うと同時に、味わう間もなく貪っていた。
 「3分以下って、、まずくないか?」
 ケンは呆れたように、明らかにからかうような視線をジョーに向ける。
 「だから何だっていうんだよ」
 「別に。ただケツの青いガキじゃあるまいし、そうがっつくなんておまえらしくないと
思ってな」
 ケンはそう言うとジョーから顔を背けてまた小さく笑った。
 「笑うな」
 「はいはい」
 ジョーにはその言い方が気に入らずに立ち上がったケンの腕を掴む。
 「どこ行くんだ?」
 「あ?。おまえはもう気が済んだんだろ?。だったらもういいじゃないか」
 「おまえはいいのかよ」
 名誉挽回とばかりにジョーは不敵な笑みを浮かべてケンを見上げる。
 「俺は…」
 ケンは瞬間言葉を濁すと意味深な薄笑いを口に上らせた。
 「俺は別に構わないぜ。満ち足りてるからな」
 「満ち足り、、おい。おまえ」
 「何だ?。俺が満ち足りてちゃいけないのか?」

 「どこでそんな」
 絶句しかけたジョーが手の力を緩めるのを見計らったように、ケンはジョーから身をか
わす。
 「どこだっていいだろ?。コーヒーでも飲むか?」
 もう部屋を出て行きかけているケンに、ジョーは苛立ちを覚える。何だか自分一人が道
化のようだ。
 「待てよ。ケン」
 普段自分からコーヒーを入れるなどしたためしのないケンのその様子に、ジョーは何や
ら怪しげな匂いを感じていた。
 「言えよ。誰と楽しんで来たんだ」
 ケンが開いた扉の前に立ちはだかり、ジョーはケンを見据える。
 「どうでもいいだろ」
 ケンはジョーから逃れるように、スッと視線を外した。
 「後ろめたいヤツとってことか」
 ジョーはケンの顎を掴むと、その空色の瞳を覗き込んだ。
 「別に。何でおまえに後ろめたくならなきゃいけないんだ」
 ケンは首を振ってジョーの手から逃れようとする。そのケンの首筋にジョーは顔を近付
けていった。
 「ふ〜ん」
 ジョーは何かを確信したように鼻で笑った。
 「何だよ」
 「スパイシーな匂いがするぜ」
 「だから何だ」
 ケンはジョーの手を払いのけて、キッチンへ向かう。
 「コーヒーの匂いで誤魔化そうったってそうはいかないぜ」
 コーヒーメーカーに水を注ぐケンの後から抱きつくと更に首筋に顔を埋める。
 「やめろよ」
 ケンは軽く振り払おうと身体をずらしたが本気で抵抗しているようではなかった。むし
ろ早くコーヒーを入れようとするかのようにコーヒーメーカーをセットしている。
 「何を焦ってるんだ?。おまえ」
 「何のことだ?」
 「ばっくれてるんじゃねぇよ。相手は博士か?」
 どうやら図星だったようにケンの身体がピクリと震える。もっとも密接していなければ
判らない程度の動きだ。
 「図星だな」
 「何で、何でそう思うんだ」
 ケンの言い方は『正解です』と答えているのと同じだ。
 「気に入らねぇな」
 ジョーはケンの身体から手を離し、冷蔵庫から缶ビールを取り出すと、プルトップを開
けて一気にあおった。
 「おいジョー。おまえ車じゃないのか?」
 「うるへぇ。この匂いだと、オマール海老の香草焼に、フォアグラのポワレマデラ酒
ソース。甘鯛とポワロー葱の温かいサラダ。メインデッシュは和牛フィレステーキ ト
リュフ フォアグラソースってとこか。ずいぶん豪勢だな」
 列挙されるメニューにケンは深い吐息をついていた。
 「相変わらず、すごい嗅覚だな」
 呆れたように自分を見るケンの視線に、ジョーはますます苛立つ。
 「今は今夜のおまえの晩飯の話だ。いや、博士の依怙贔屓の話だ。おまえが目一杯贅沢
な晩飯で、何で俺がカップ麺なんだ」
 「仕方が無いだろ。博士のお伴だったんだから」
 「俺がカップ麺の3分さえ待てねぇほどに腹減らしてる時に、おまえはオマール海老か
よ。トリュフかよ」
 「行方不明になってたのはおまえの勝手だ。だいたい何だってたった3分を待てずに喰
い始めるほど腹すかしてるんだ。おまえが」
 ジョーはケンを横目に睨みつけると、缶に残っていたビールを更にあおった。
 ”キャッシュカードごと財布を無くして探し回ってたなんて言えるか”
 「まあ、金がなきゃ飯も喰えないってことだな」
 そう言ってケンがジョーの目の前に差し出したのは、ジョーの財布だった。
 「おまえ。これ」
 「基地の待機ルームに落ちてたぜ。一割貰っておいたからな」
 「一割って…」
 「拾って預かっててやったんだ。ありがたく思え。にしてもやけに金入れてるんだな。
おかげでビールが買えた」
 ジョーは思わずその場に座り込んでいた。
その財布には週末のレースのために下ろした金が入っていた。どうりで冷蔵庫にやけに
たっぷり缶ビールが入っているはずだと気づいてみたところで所詮後の祭だ。
 飲んでやる。
 全部飲んでやる。
 ジョーは空になった缶を叩き置くと冷蔵庫から2本目の缶ビールを取り出す。
 「どうでもいいが、飲んだ分だけ金はもらうからな」
 涼しげな顔でそう言うケンを振り返ったジョーの瞳が、ひときわ鋭かったのは言うまで
もない。



-Oshimai- 


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